名探偵は金に縁がないのさ
白い原付にまたがった男の服装は全身黒づくめのスーツ着用し、丸いサングラスをかけている。手にした中折れ帽子を使って自分たちに手を振っているようで、共に帰路を共にしていたパウラとリイサもルークの様子に気がつくと、立ち止まって軽薄そうな男を眩しそうに見つめた。
「何ですか、あのサングラス男は。全身黒づくめでセンス悪い」
「変なアフロ。ニヤニヤしながら手を振っているみたいだけど、ルークの知り合い?」
「誰だったかなあ……」
ルークにも見覚えはないが、その異様な服装など心当たりある気がしたが、その正体までについては靄がかかったようで判然としなかった。首を捻るルークの前に、そのセンスの悪い黒づくめの男を乗せた原付がゆるやかに停車した。やあと丸いサングラスを掛けた男が白い歯を見せた。
「君のその帽子からすると、アオルタ郵便局の人かい」
「……そうですけど」
パウラとリイサは事務員扱いなのでそれぞれ私服だが、外勤のルークだけは“配達士”の制帽を被っている。買い物とはいっても勤務中だからだ。
「ちょっとねえ、訊きたいことあるんだけど」
「用件があるなら、まず自分から名乗ってはどうですか」
パウラがルークの前に出ると、男はいや失敬と苦笑いを浮かべ、懐から名刺を三枚取り出すとルークたちにそれぞれ渡した。
「俺の名前はね、アルベルト・フォークナー。この町で探偵やっている」
「ああ、あなたが“アル”さんですか」
名前を聞いて、ルークはようやく思い出していた。
奇妙なファッションセンスの持ち主だがトウマ・ライナスと同じ元抜刀隊で、アオルタで探偵をしている男。アリサ・サーバンスがこの男のためにある事件に巻き込まれてしまい、後日アリサが散々な文句や愚痴をトウマに話していたのを、ルークも傍で聞いていたのだ。お詫びにとトウマがアリサをなだめるために、いささか豪華な食事を奢ってルークもお相伴に預かったことまで思い出した。
それでアルに見覚えはなくても、心当たりがあるのだとわかった。
「なんだあ。君は俺のことを知っていたのか」
「トウマさんやアリサさんから、お名前は聞いたことがあるので」
「それなら話が早いや。トウマ隊長、今日はいるかい」
「いえ、アリサさんと“黄の国”まで出張していますから、戻りは明後日ぐらいになると思いますよ」
「“黄の国”まで?それは随分遠いなあ」
うちの局長の指示なんですとルークが言った。
「首都のイエロンまで列車で手紙を運びに行くんです。けっこうな量で貨物2両がいっぱいいなるんですよ」
「でも、“黄の国”とは昔から友好関係で交通や運送網がしっかりしているから、国内の危険区域よりはかなり安全なはずだろ。トウマ隊長やアリサ・サーバンスの2人で行く必要あるのかなあ」
「そうなんですけどね。まあ、まだ危険区域に配達する手紙が規定に達していないらしいので、アオルタで遊ばせとくわけにはいかないからじゃないですか。それにアリサさんだって、昔はどうあれ、今はアオルタ郵便局の事務員ですから。ちょくちょくこうした仕事はしているんですよ」
「へえ、そうなんだ。変に考えすぎたかな」
ルークの返事に、アルは納得した表情をみせた。
一方のルークは内心、納得してくれたかと安堵の息をもらしながら、アルという探偵の勘の鋭さにも驚いていた。
イエロンへの出発前、トウマは説明しなかったが、どこかぎこちない雰囲気を醸し出していて、なにか裏があるとルークは察していた。ファルトマへ護衛以来の手紙を渡しに向かった時とやり方が似ていて、届ける書類というものは恐らく、先ほどのリイサが帰郷する話か“彩花衆”の件だろうとルークは推測している。あの時も政府関係者では目立つおそれがあるというので、腕利きの“配達士”であるトウマを使って竜神ファルトマに会ったのだ。だが、ルークはその推測を黙っていた。所詮はただの推測でしかないが、トウマの知り合いとはいっても、迂闊に口に出すべき内容ではない。
「しかし、トウマ隊長がいないなんて残念だなあ。トウマ隊長のペンから最近、魔力を感じられなくて、俺の“召喚興図”じゃ、居場所わかんなくなってんだよねえ」
「はあ……」
ルークらはアルフレッド・フォークナーが得意とする魔法“召喚興図”については知らない。ルークとしてはなんのことかわからず、ただ訝しむだけだった。
「えと……、それでトウマさんに何か用事が?」
「いやいや、大した用事じゃないと言えば、大した用じゃないんだけどねえ」
曖昧な表現を口にしてアルは内ポケットから煙草とライターをおもむろに取り出すと、アルは煙草をくわえて火をつけた。ボボッとライターから火柱のような巨大な火が伸びあがり、ルークたちは驚いて思わずのけぞった。ルークに限らず、初めてアルのライターの火を見る者は大概似たような反応を示すのだが。
「それにしても、残念だなあ」
「……あんた、ホントに探偵なの?」
ルークと話している間、アルと名刺を好奇の目つきで交互に眺めていたリイサが間に入ってきた。
「探偵だよ。こんな格好しているけども」
「小説で読んだことあるけれど、探偵てあれでしょ。アケチコゴローみたいに怪盗と戦ったり、ホームズみたいに難解な殺人事件を解決したりするお仕事なんでしょ」
リイサは思想や物理に数学、哲学など堅苦しい書物は端から受け付けないが、小説は好んで読んでいる。現在のお気に入りは探偵小説で、衣服についた泥で行動を推測しようとしたり、指先の汚れで職種を推測しようしたりと、探偵の真似事をするのはまだいい方である。最近は治まったが、探偵小説に影響されたせいで、何かにつけて大事件だと大騒ぎするので同僚たちには迷惑がられていた時期もあるのだ。もちろん、リイサの名推理はどれひとつとして当たったことがないのだが。
「悪いけどねえ、そんなドラマチックな依頼されたことないんだわ。まあ、時々つまんないことには巻き込まれるけどねえ。さっきも依頼人から約束のお金すっぽかされちゃってさ」
「……」
「ま、名探偵は金に縁がないものさ」
「へええ、大変ですね。生活が大変じゃないですか」
ルークがお人好しぶりを発揮して、同情するような発言をするのがいけなかった。
キラリとアルはサングラスの奥を光らせると、いやあそうなんだよねえとどことなくうきうきしながら、突然わざとらしいくらいに笑い声を上げて、自身の原付パンパンと軽く叩きだした。
「まあ、生活は何とかなるけれど、こいつがねえ」
「その原付ですか」
「うん。ガソリン代が足りなくてねえ。今日明日じゃないんだけど、ガソリンがなくなりそうなんだよねえ」
「……」
「いやいや、今日明日じゃないんだよ?だけどねえ、だけど、どうもこいつのご機嫌がイマイチで」
「……あんた、もしかして、子供からお金をせびる気?しかもほぼ初対面なのに」
あまりの厚かましさが衝撃だったのか、リイサは怒りを通り越して半笑いを浮かべていた。
呆れるリイサの視線を正面から受けながら、アルは丸いサングラス越しにニカッと大きな笑みをつくってみせた。




