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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
“戦慄の魔女”シジム・サーバンス

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62/203

自分たちの力を信じろ

 クエンティンに到着してから3日目の午後、トウマ・ライナスは馬のコレルに乗って町役場へと向かっていた。出発が明日ということもあり、手紙と旅に必要な荷物の確認のためである。ダマラはすべてを請け負うとは言ったが、旅をして手紙を運ぶのはトウマなので任せっきりというわけにもいかない。最終的な確認はトウマ自身で行わなければならず、要不要な荷物などを選別し、必要があれば改めて要求しなければならないからだ。


「よう、“配達士ポストマン”、お出かけかい」

「昨日はご馳走様」

「今夜も良かったら来な。あんたなら奢るぜ」

「ありがとう。ちょっと寄らせてもらうよ」


 外でビール瓶の入った籠を運んでいた酒場の店主が、トウマの姿を見ると手を振って挨拶をしてきた。トウマも手を振って返したが、酒場の店主に限らず町の人間はトウマに親切で、トウマは快適な日々を過ごしている。

 町や村の人間が親切にしてくれるのはそこまで珍しいことではなく、特に強い魔物に囲まれた町や村の人間にその傾向が強い。その理由としては外の人間が珍しいのと、手紙とともに新しい情報を運び込んでくれるからだろうとトウマは推測している。しかし、それにしては親切が過ぎるのではないかという感覚が、トウマのどこかにあった。

 途中、広場に差し掛かると男たちの喚き声とともに、硬く乾いたもの同士がぶつかり合う音が幾多にも重なって、トウマの鼓膜を刺激した。その広場は手紙を配った広場で、そこでは木剣や槍を模した棒を手にした十数人もの若者が集まって、激しい訓練を行っている。これもクエンティンでは日常の光景のひとつで、クエンティンでは毎日午後二時間ばかり、一カ所に集まって訓練を行っているという。他にも射撃場があって、そこでは弓や銃、時にはシジム指導の下で魔法の訓練も行っているらしい。

 どの若者もたくましい面構えと体つきで、いかにも頼りがいがあるように感じられた。


 ――こりゃ、帰りも楽そうだな。


 ダマラにも言ったことではあるが、魔物や盗賊が横行する一人旅は、熟練の戦士であるトウマといえども常に不安と緊張感に強いられる。途中までとはいえ、複数の頼りがいのある人間と一緒にいられるならば、それに越したことは無いのだ。

 トウマは広場を抜けると、まっすぐに職人たちの工房が軒を連ねる通りに入った。レンガづくりの平屋が建ち並んでおり、10分ほどすると、靴職人と空き家との間にぽっかりと空間ができたように、他よりは少し広めの敷地と2階建てでレンガ製の建物が現れた。それがクエンティンの町役場で、人気はなくひっそりとしていた。トウマはコレルの綱を適当な木に縛ると、役場の中を覗き込んだ。しかし、静かなのは雰囲気だけではなく、建物の中にはほとんど人が見当たらない。手前の受付の机に陰気で痩身そうしんの青年が一人座っているだけで、あとは人の姿がなかった。

 役場の青年はトウマの姿に気がつくと、もそもそと緩慢な動作で顔をあげた。いかにも迷惑そうな顔つきでトウマを見上げている。

 


「こんちはあっす」

「……なにかご用ですか」

「俺は3日前、手紙を配達に来た“配達士ポストマン”なんだけどさ、旅の荷物と手紙の確認に来たんだよ」

「……」

「ダマラ町長がこちらに任せてくれと言っていたから、今日はその確認に来たんだけど、聞いてないか」


 役人の男は陰気な無反応に、伝わってないのではないかと気になって確かめるように訊くと、男はああとつまらなさそうに後ろを振り向いて顎で差した。その先には、室内の奥に衝立がしてある場所があった。


「あの衝立のところに、手紙と荷物がまとめてありますよ」

「なら、確認してもいいか」

「どうぞ」


 男はうなずくとそのまま目線を下に落として、あとはトウマを見もしない。役所の人間の無愛想には慣れているつもりだったが、ここまで露骨な態度は初めてかもしれない。何を見ているのかと後ろからこっそりのぞき込むと、どうやら小説のようだった。ジャンルは不明だが文学だろうが世俗小説だからと、この男の態度が改善されることは無いだろう。トウマは心の中で男の後頭部に罵声を浴びせながら、部屋の奥に足を運んでいた。

 衝立の奥には紐でくくられた手紙の束と、食料品や日用品が一緒に置かれている。その中で、長身の銃と数十もの実弾を置かれているのを見つけて、トウマは受付の男に声を掛けた。


「この銃は俺のじゃないけれど、どうしたの」

「ダマラ町長が用意したものですよ」

「ありがたいが、これより矢の方が良いな。30本ばかり用意できるか」

「倉庫に十分余ってますけど、銃のが便利じゃないですか」

「人相手にはな。だけど魔物相手には弓の方が有効だ」

「へえ、そうなんですか」

「弾は火薬の影響で威力が半減しちゃうけれど、鉄だけの矢じりには魔力を込められるから、その魔力分だけ威力を倍増できる」

「……」

「魔物はたしかに強いし怖いけど、ボスが倒れれば他にも影響を与えて逃げてくれる。その辺りがわかりやすい。」

「わかりました。準備しときます」


語るトウマに対して、男は愛想もなにもなく素っ気ない口調で答えただけだった。

せっかくの経験談を披露したのに無駄口叩いただけのようで、ひどく虚しい気分に陥ってトウマは元の作業に戻っていった。一見したところ手紙の数は300通ほどで、郵便鞄には十分詰め込める量だ。余計な金品を入れたものや貴重品など無いかなど確認していると、ふとあることを思いついて、再び受付窓口の男に声を掛けた。


「そういえば、シジムさんはここ来たかい」

「シジム様が?」

「シジムさん宛に手紙があったんだよ。本人から手紙受け取ってないから、こっちに持ってきたのかと思ってさ」

「さあ……。そこに無かったらないんじゃないですかね」


 本に目を落としたまま、男が呟くように言った。


 ――これは来てないな。


 やかまし屋のシジムが来ていたのなら、男の態度を見逃さないはずで、こっぴどく叱られているはずだろうから印象に残らないはずがない。あとでシジム本人に会ってみるかと旅の荷物を調べていると、そう言えばと男の声がした。


「ダマラ町長と一部隊率いて、町の外に出ているはずですよ。“石守人ソルジア”を配置しないといけないから。広場に像が無かったでしょ。あれと、もう一体裏門にあるのを使っているんですよ。役場のみんなも出払って、僕はお留守番。ま、戦うの嫌だからいいけど」

「“石守人ソルジア”の配置て、なんでまた」

「明日の魔物退治のためですよ」


 男の言葉に、トウマは頭をガンと殴りつけられたような衝撃を感じた。魔物退治という意味を探るのに頭の中が飽和状態となってしまい、呆然と男の薄い背中を眺めている。そんなトウマに気がつき、男は不審そうに眉を寄せた。


「どうしたの?」

「村への買い出しのために、明日、町の人間で部隊編成して出発するんじゃないのか」

「あんた、何も聞いてないんだなあ」


 男は軽蔑するように頬を歪めていたが、内容が衝撃過ぎてトウマには気にならなかった。


「この町、2年前辺りから魔物が急増したのは知っているでしょ」

「ああ、もちろん」

「これまで色々と調査させていたんだけど、2週間前にようやくその原因がわかったんですよ。ここから5キロほど離れた山奥に巨大な洞穴があって、そこに魔物が潜んでいたらしくてね。そこにため込まれた強い瘴気しょうきが流れ出て、他の魔物を呼び寄せていたんですって」

「……」


 あの機嫌の良さはそういうことか。

 数日前、“あんず屋”で話をした時のダマラを思い出していた。トウマの強さを知って、魔物退治に加えようと考えたが、本音を言えば断られると思い、村までの買い出し部隊などというものを思いついたに違いない。町の人間が親切にしてくれるのも、ダマラが吹聴したからだろう。考え込むトウマに、さらに追い打ちをかけるような男の声がトウマの鼓膜を激しく刺激した。


「町長からは、アンタも喜んで魔物退治に協力してくれたと聞いているよ」


※  ※  ※


 翌朝の午前7時、武装した町の若者たちに案内され、トウマは魔物が潜むという北の山へとコレルを進めていた。クエンティンからでも“石守人ソルジア”が見えないほどの深い森が続く山で、薄暗い闇の中で鳥の甲高い鳴き声が不気味に響いた。やがて複数のかがり火が見えて近づくとものものしく武装した数十人もの男たちと同じ数くらい馬の姿が見え始め、その中にダマラ町長とシジム・サーバンスの姿があった。

 仏頂面なトウマの姿を見て、気まずそうに半笑いして迎えるダマラと、その横でシジム・サーバンスが目を丸くして馬上のトウマを見つめている。


「アンタ、なんでここにいるんだい。昨日帰る予定のはずだろ」

「町長、シジムさんには話してないんですか」


 トウマが睨むと、ダマラは頭を掻きながらそっぽむいている。


「ダマラ、あんた私にも説明しないつもりかい」


 シジムの強い口調に、ダマラは苦笑いしながらトウマに向き直った。


「いやあ、町の人間には、過剰な期待は君へのプレッシャーになるからこの件には触れないでくれと口止めにはうまくいったと思っていたんだがね。到着ぎりぎりになるまで黙っておくつもりだったんだが、不機嫌そうな君の顔を見てばれたとすぐにわかったよ。人の口には戸が立てられん。やはり、ばれてしまうものだな」

「町長、あんたよくそんなことが平気で言えますね」

「いや、君には済まないとは思っているが、これも町を思ってのことなんだ。頼りになる人間はひとりでも多く欲しいからな」

「私じゃ頼りにならないってのかい」


 語気を強めるシジムにダマラは急いで手を振った。


「いやいや、決してそんな意味ではないですよ。ただ相手が魔物とわかっているだけでどんな相手かは未知数です。不測の事態を考えれば、彼のような優れた剣士を去らせてしまうのは惜しい」

「俺は剣士じゃなくて“配達士ポストマン”です。剣は無事に配達するために俺の身を護るためのもので、町のトラブルを解決するためにあるわけじゃないですよ」

「だが、これも君の仕事じゃないのかね」

「どういうことです」

「これから退治する魔物がいなくなれば、魔物も減り配達も楽になるだろう。町の人間の話を聞く限り、相当な修羅場を潜って町のトラブルを解決するために、いくつも手を貸したような節がうかがえる」

「……」


 酒場の連中かと、軽率な自分を呪いたい気分になって舌打ちをしていた。

 一昨日、酒場で店の主人や客から酒を奢ってもらい、お礼に国際情勢や政治などの時事問題の他、くだけた話をするために自身の旅の経験談を披露したのだが、それを誰かがダマラに告げたらしい。その場にいた主人や客たちは目を輝かせて聞いていたが、すでに彼らはダマラからトウマが魔物退治に加わるという話を聞いていたはずで、武勇伝を語るトウマを頼りになる剣士と純粋に映ったはずである。あのやけに親切な態度も、そのあらわれに違いない。


「騙してしまったのは悪いと思っているが、君の力を借りたい」

「……」

「改めて頼む。協力してくれ」

「そんなのやる必要ないよ」


 口を挟んできたのはシジムだった。腕組みをして、厳しい表情をダマラに向けている。


「ダマラ。相手は正体もわからない魔物なんだよ。この“配達士ポストマン”はいくら腕が立つといってもね、通りすがりのような外の人間を騙すように連れてきて、いきなり命を懸けてやれなんて非情にもほどがあるだろ。人の命をなんだと思ってんだい」

「……」

「“配達士ポストマン”さん、たしか、あんたの名前はトウマと言ったね。申し訳ない」


 そう言ってシジムがトウマに頭をさげると、少し離れて様子を見守っていた男たちから、どよめきが起きた。

強情なやかまし屋で偏屈と知られる“戦慄の魔女”が頭を下げた――。

 日の浅いトウマでも戸惑うくらいだから、付き合いの長い町の人間たちには衝撃だっただろう。


「これは私らクエンティンの人間がやることなんだ。関係ないのに巻き込んでしまって悪かったね。誰かに町まで送らせるよ」

「あ、いや……、そこまでしなくてもひとりで帰りますよ」

「……こんな時になって、ほんとに帰っちゃうのかよ」

「お黙り!」


 誰かが発した言葉に、シジムが振り向きざまに怒鳴った。

 凄まじい怒号に圧され、誰もが口を閉ざして、どよめきも不満の声も一瞬にして掻き消えた。


「さっきも言ったろう。何を話し聞いてんだい」

「……」

「これは、クエンティンに住む者としての誇りの……!」


 憤りで顔を真っ赤にするシジムがさらにまくし立てようとした時、突然地鳴りがし、大地が激震で揺れ始めた。トウマ達を覆う木々が激しく揺れて、折れた枝や大量の落ち葉がばらばらと頭上に降り注いでくる。男たちは急いでかがり火を消すと、不気味な唸り声が森に響き、続いてずしんと腹の底まで伝わるような重い衝撃が大気を揺るがせた。やがて、森の奥から喚き声がしたかと思うと、数人の人影が闇の中から浮かび上がって、剣や銃を持った若い男たちが血相を変えて飛び出してきた。


「た、大変だ」

「どうしたあ!」

「この先で魔物の住処すみかを見張っていたら、突然地響きがして中からばっと何か飛び出してきやがって……」

「“石守人ソルジア”が、そいつと今格闘してる」

「お前ら、正体を見たのか」


 ダマラが急き込むように訊くと、蛇だと一人が青ざめた顔をして言った。


「そう。大木のようにぶっとくてデカい、白蛇の化物だよ!」

「白い蛇だって……」


 シジムはまさかとつぶやいて考え込むように呻いている。その近くでダマラを始めとした男たちは、逃げてきた男たちの恐怖が伝染したように、激震で揺れる森を右往左往しているだけだった。訓練を積み買い出し部隊で実戦の経験はあっても、想定以上の事態にすっかり浮足立っているようだった。


「お前たち、何やってんだ!」


 馬上からトウマが思わず叫んでいた。

 騙されたことやわだかまりは、既にどこかへと吹き飛んでいた。戦場での感覚がトウマの中で蘇っている。かつて、抜刀隊の一部隊を束ねた頃の顔に戻っていた。

 戦場で鍛えられたトウマの声は激震の中でもよく通り、一斉にトウマへと視線が集まった。

 そこの二人と、トウマは痩せと太っちょの男に向かって叫んだ。


「お前らはその男たちを連れて、急いで山を下りろ。町には戦闘の準備をさせておけ」

「は、はい!」

「残りはその白蛇に向かう。どうやら強い化物だが、“石守人ソルジア”が食い止めている。近接はあいつらに任せて俺たちは距離を取って攻撃を仕掛ける。蛇ならどんな化物になろうが火に弱い。火矢か魔力を籠めた矢で射れば、奴を弱めることができる」

「……」

「いいか、お前ら。お前らが町を護るんだ。お前らは日々訓練を重ねてきた。戦ってきた。お前らには町を護れる力がある。それを信じろ」


 トウマが一気に言いきる頃には、男たちの表情が一変していた。先ほどまで怯えきった町の若者という表情はなく、ひとりひとりが勇敢な戦士の面構えとなっている。ダマラとシジムは驚嘆してトウマを見つめていた。


 ――ここまでとは。


 ダマラは深々と息をついた。腕に覚えがあるだろうとは思っていたが、発する言葉には不思議な説得力や重みがあり、実があって心に沁み込んでくる。同じ言葉を自分が言ってもこうはならないだろうと、ダマラは惚れ惚れとする思いでトウマを注視していた。


「いくぞ、俺に続け!」


 トウマが手綱を引いて駈けると、男たちも馬上になりトウマの後を追った。激震がさらに大きくなったが怯む人間はもはやいない。一個の生物のように怒涛の勢いとなって突き進むと、急に視界が開けた。戦闘によるものだろう大量の木々が折れてあたりは荒野のようになっていた。太陽の光を浴びて、一本の巨大な影がトウマ達の頭上に佇立していた。2体の石の石像が、白い大蛇を押さえつけようとし殴りかかっている。

 予想通り、勝負は五分と思えた。

 ――チャンスだ。


 トウマは敵を見据えたままコレルに掛けている矢筒から、組み立て式の弓を出して片手で器用に組み立ててしまうと、次いで1本の矢を取り出して矢じりに魔力を注入した。火の魔力に反応して、矢じりにぽっと紅い光が灯った。

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