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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
アオルタ探偵物語

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俺は”世界”を呼び寄せる

 不審な男たちが乗る白い車両の追跡は執拗で、アルが巧みに他の車をすり抜けても、白い車両も追い掛けて原付の後ろに寄せてくる。一般の幌付き自動車と違って、全身鉄の塊なその車は、まるで戦車が突進してくるような恐ろしさや迫力がある。


「いい加減にしろよな、全く……!」


 アルは自分の腰にしがみついているアリサの手の甲を軽く叩いて合図し、反応した気配を感じると左斜め前方を指差した。

 アリサの前方の道路は二又に分かれており、左側の方向にはラムスカ通りと呼ばれる広い大通りがある。車両の通行も頻繁な地区で、アルが何を意図しているかすぐにわかった。

 アルの原付はそのラムスカ通りへと入ると、やはり白い車両も勢い良くついてくる。だが、数百メートルほど走行したところで、急ブレーキを掛けて止まらなくればならなくった。

 夕暮れ時のラムスカ通りは、途中に河を渡る橋が架かっているのだが、幅が狭く歩行者も多く行き交うので常に渋滞が発生する地域である。白い車両は当然、立ち往生となったが、アルとアリサを乗せた原付は渋滞する車両や通行人を巧みにすり抜けていく。特徴のある形や色の車両なだけに、海にぽっかり浮かんだ孤島のようで、どこにいるのかはアルたちの目にも一目瞭然だった。


「ちくしょう……!」


 ミラー越しに、目を剥いて車から降りてくる2人の姿と声がアルたちの耳にも届いた。


「こんな手に引っ掛かるなんざ、ちょろい連中だな。もうちょっと自分の町を把握しろっての」

「このまま、警察署に向かいましょう。あの人たちが頼りになるかわかりませんが」

「そうだな。とりあえずアンタをどこかに降ろしてからにするよ」


 猛スピードで走行しているために、アルとアリサは互いに大声を張り上げながらラムスカ通りを抜けて、衣服店のある交差点を左に曲がると、急に車両も通行人の数も減り、辺りは静かな商店街に入っていた。しばらくして、バス停の停留所を見つけてそこに原付を停車させた。


「これ以上はつき合わせらんないから、ここでいいかい。家まではちょっと無理だけどさ」

「わかってます。私も内心、不愉快でしたから、早く帰れるならなんでも結構です」

「あんたも相変わらずはっきり言うね」

「あなたとどんな会話を交わしていたか、私はまるで覚えていないのですが」

「うん、まあいいや。お互い元気でいよう。それで、いいじゃあないか」


 冷淡で素っ気ない上に、堅苦しく理屈ぽい。

 不具者としての哀れみやはじめは変わったと思っていた“戦乙女(ヴァルキリー)”も、いざ話してみると戦場での印象とまるで変わらず、幾分抱いていた好意に似た感情もすっかり醒めてしまい、さっさと話を切り上げたい気分になっていた。

 アルは足早に停留所の時刻表を確認しようとすると、キキッと鋭いブレーキ音が路上に響き渡った。音のした方向に目を向けると、あの男たちの車両が交差点から曲がってくるのが見えた。


「乗れ!」


 咄嗟(とっさ)にアルが叫ぶが早いか、アリサも原付の後部にすばやく飛び乗っていた。アルが急いで原付を発進させると、そのまま白い車両はバスの停留所に突進し、時刻表を粉砕してしまっていた。


「まじかよ……」

「アル、これで間違いなく私たちの敵となりました。しかもこちらが容赦する必要のない」


 原付を走らせる向かい風の中で、アリサの低い声がはっきりと聞こえたのかは、アルにもよくわからなかったが、ミラーに反射する光を見てアルはぎょっとして後ろを振り向いた。

 アリサの手の内から膨大な光の塊が生じ、煌々とした光が周囲に放たれている。光の塊からは強大な魔力が背中越しにびりびりと伝わってくる。


「喰らいなさい。私の魔法を……」

「曲がるぞ。しっかり掴まってろ!」


 アリサが魔法を放とうとする直前、アルは原付を急に右折させ、バイクが通れる程度の細い路地へと飛び込んだ。一応、脇をしっかり固めていたからアリサがしがみついていると確認することはできたのだが、不満気な視線がアルの後頭部に刺さってくる。


「どうしてそんなに遠慮するのですか」

「わかんない?」

「わかりません」

「相手は猛スピードで突進してくる鉄の塊、あのまま魔法をぶつけていたら、どうなるかくらいわかるでしょう」

「あなたは私が、猪突猛進していた頃の“戦乙女(ヴァルキリー)”だと思っているのですか」

「まあ、いいから。その話は後にしよう」


 その通りだろとアルとしては言いたかったのだが、逃げている最中に仲間割れなどしている場合ではない。それにアルとしては死なせるよりも生かして、誰の依頼によるものか聞き出す必要があった。アルの記憶によれば、飛び込んだ路地は複雑になっていて、車など到底入ってこられる場所ではない。しかし、その分、治安も悪い場所なのでいつまでもうろうろとしていられるところではない。とにかく落ち着ける場所を探そうとアルはハンドルをまわした。


  ※  ※  ※


 迷路のように入り組んだ裏路地をようやく抜け、そっと表通りを覗きこむとアルは小さく舌打ちした。

表は繁華街で、帰宅途中の会社員の他にはすでに出来上がった酔客や、客引きの姿が目立つ。近くの従業員のものなのかわからなかったが、車が路地の端に縦列している中、執拗な追跡をしてきた不審な男たちが乗った白い車両が、ぽっかりと浮かび上がって見えた。

 一般的に普及していないデザインの車は、通行人の目にも珍しく映るのだろう。好奇の目を向けて通り過ぎていく。


「あれでも、隠れているつもりなのかねえ」

「しかし、これからどうします。アルベルト・フォークナー」

「“アル”と呼んでくれないかなあ、“戦乙女(ヴァルキリー)”」

「アリサで構いませんが、その名はやめてください。昔の話です」

「あ、そう。そりゃ悪かったねえ」


 鋭く睨むアリサ・サーバンスに、アルは通りに目を向けたまま口だけの謝罪をして、煙草に火を点けた。安堵とともに深々と吐いた濃い煙が、アルの顔を包んだ。

“戦乙女(ヴァルキリー)”の異名は、アリサ自身も気がつかないで時折口にしているのだが、他人から言われると抵抗があるらしく、面識がほとんどないのにわけのわからぬチンピラを相手にトラブルに巻き込まれた上、口論ばかりしているアル相手だとさらに不愉快さが増すようで、アリサは吐き捨てるかのようなもの言いとなっていた。

 しかし、アルはそこまで気にしていられず、慎重に表通りを窺っている。

 さきほどの追突を仕掛けてきたことで、相手が問答無用で冷酷な人間だということは把握できた。アリサではないが、明らかに“敵”でありこちらも容赦をする必要はなくなっている。ただ、情報を掴むのが早く、冷酷な追跡を仕掛けてくる割に下手な待ち伏せをしているあたり、男たち自身はそれほど有能ではないのだろう。背後にいる組織か個人の威を借りているだけに過ぎないとアルは思った。


 ――連中も、そろそろ痛い目を見てもいい頃だろう。


 そんな結論に至ると、アルは煙草を揉み消してアリサに振り向いた。


「アリサさん、あんたとここでわかれよう」

「どうしてです」

「連中の狙いは、俺だろうからねえ。俺がけりをつけないと」

「……」

「かといって、その足じゃ帰るのは大変だろうから、俺の原付に乗っていきなさい。俺が先に逃げてけば、あんたまで追ってこないだろうさ。原付の運転はできるよな?」

「どうやって逃げ切るつもりです。あんな相手、私の魔法で簡単に倒せるのに」

「相変わらず、物騒な性格だねえ。もう少し落ち着きなさい。煙草でも一本、どうだい?」

「要りません」


 アルが煙草を一本差し出したが、アリサは憮然とした口調でそっぽ向いた。

 いくら見掛けの雰囲気が変わっても、“戦乙女(ヴァルキリー)”の中身はやはり戦闘マシーンで、周囲への被害を考えない本性は変わらないらしい。

 アルは苦笑いしながら、内ポケットからコルク栓のついた小瓶を取り出した。中には白っぽい砂状のものが入っている。栓を開けて地面に傾けると、さらさらと乾いた音を立てて小瓶から流れ落ちていった。


「それは……砂ですか?」

「そ、俺が使う魔法の材料」


 アルは、小さな山となっている白い砂の塊に手をかざした。淡い光が手のひらから広がったかと思うと、砂は自分から崩れて幾何学模様のような図形を描き出していく。

 その図形にはどこか見覚えがある。アリサは眺めているうちに、ふとあることに思い至った。


「もしかして、これはアオルタ……。町の地図ですか」

「うん、これが俺の魔法。“召喚興図(ハロー・ワールド)”。俺たちが今いる場所はここ」


 アルは地図の一角を指した。細かく入り組んだ細い道と大通りとの境に、二粒の小さな砂がある。

 つくられた砂の地図は指先や手の動きに反応し、拡大や縮小、スライドするように砂の形が変化していく。

 アルの魔法によって描かれていく地図は詳細で、裏路地にいながらも、アリサには現在地と周囲の様子がありありと伝わってくる。


「南方の島に、パラスカ海岸てあるでしょう」

「聞いたことあります。たしか海岸の砂地が、珊瑚の小さな破片でつくられた砂地だとか」

「これはパラスカ海岸の砂なんだ。泥や塵でも地図が出来るんだけど、それだと見にくくてねえ」


 造り出された地図に目を落としながら、アルは自身の魔法について説明していたが、やがてペンを取り出し、その手を地図の上に掲げると、アルは何かを見つたらしく、チッと小さく舌打ちをした。


「どうしたんです」

「トウマ隊長は今、レオーネ通りにいるようだ」


 アルは四方から合流している通りを指した。小さな砂粒がひとつ、アルたちの方向とは正反対の方角から向かって動いているものがある。レオーネ通りはアリサも知っていて、ここからだと10キロほどの距離があった。広い大通りで車も通行人も、この繁華街よりずっと賑わっている。

 その先に警察署に通じる道があるので、トウマはおそらく警察署から帰ってくる最中なのだろう。


「トウマさんの居場所までわかるのですか」

「まあね。俺の“召喚興図(ハロー・ワールド)”はただの地図作成の魔法と違ってさ、特別な結界がなければ、世界中に地図を広げられる。ただ、行った場所までだけどね」


 アルは指先を動かすと、地図も動きに合わせて変化し、形から“青の国”全土を示す地図へと変わっていった。さらに指先を寄せる仕草をすると、アルたちがいる路上に拡大され、ご丁寧に階段や柱まで地図に描き出されている。

 地図作成魔法の使い手は何人か知っているが、大雑把なものばかりで方角や現在地を知る以外使えない魔法だというのが、魔法を学ぶ者が持つ共通の認識で、ここまで詳細な地図作成魔法はアリサにも記憶にない。


「人を捜す場合は、もう少し条件が必要でね。対象の物――髪の毛でも良いけれど――がありさえすれば、人がわずかに残す魔力を探知して探すこともできる。このペンはね。昔、トウマ隊長に貰ったものなんだよ。まあ、ただの借りてそのままなってた安物のボールペンだし、本人はおぼえてないだろうけどさ。ここに残されたわずかな魔力からリンクさせて探すんだ」

「……」

「俺がこの商売を始めようと思ったのは、映画の影響も大きいけれど、この魔法が生かせると思ったからだよ」

「そんな力があるのなら、もっと早くやってくれれば良いのに」

「バイクを走らせながらだと、砂が吹き飛んじゃうでしょ」

「……」


 非難がましく目を向けたアリサだったが、当たり前のことを言われると返す言葉もない。

アリサ自身は性格的に向いていなかったのか、地図作成という砂魔法は十分に習得できなかったが、基本的な概念は学んでいる。馬鹿げたことを口にしたと、アリサはちょっぴり後悔した。


「まあ、もちろん飛ばないために砂鉄もあるけど、下に敷く鉄板を事務所に忘れちゃってねえ。A4程度のサイズの紙みたいに薄くしたやつで、持ち運びやすかったんだけども」

「それはともかくとして、」


アリサの問いに、アルは砂の地図に目を落としたまま、無言で首を振った。


「ダメだねえ。さっきも説明したけれど、髪の毛だとか対象が持っていた物がないと、奴らを探知することまではできないんだよ」

「そうですか……」

「とにかく、俺は連中とそろそろ決着つけるよ」

「決着?どうするつもりです」

「ここの路地の向かいにも、一本路地があるでしょう」


 言いながら、アルは地図を指さした。

 アルの指した先には、アルたちいる路地と変わらない幅の道が一本ある。しかし、行先は行き止まりとなっている。


「ここだったら車でも入って来られないし、連中の仲間がいたとしても挟み撃ちにされないで済むから」

「……」

「俺は連中の口を割らせる。アリサさんは俺にバイクに乗ってそのまま帰りなさい。途中、巡吏がいたら報せてくれないかな。直接、警察署でもいいや。トウマ隊長に出会えたら巡吏連中より頼りになるけど、贅沢言ってらんないしな」

「しかし……」

「こんな時にしかしも案山子(かかし)もないでしょ。本来、関係ないのだから。まあ、ここは頼むよ」

「……わかりました」


 アリサがうなずくのを見ると、アルはタバコを揉み消し、建物の陰から慎重に表通りの様子を窺った。繁華街の光を背にして、白い車両の中で人影らしきものがふたつ、わずかに動いている。周囲に仲間らしい者は確認できない。

 アルは向かいの細い路地と白い車を、何度も何度も交互に見ていた。


「じゃあ、バイクは明日にでも取りにくるから」


 アルはそう言って飛び出すと、男たちの目にとまるようわざとスキップするようにぴょんぴょん跳ねながら、向かいの路地へと飛び込んでいった。そんなアルの姿に反応し、車中の男たちも一斉に車から飛び出して、アルを追い駈けて行った。その模様をアリサは建物の陰からじっと見つめていた。


 ――行かなければ。


 自分には関係のないはずなのだ。アルの言葉が頭に反芻(はんすう)し、原付のハンドルに手を伸ばしたアリサだったが、表通りに出たところでブレーキを踏んでいた。アルや男たちが駆け込んでいった闇の広がる通りを見ているうちに、言いようのない怒りが自身の内からわき起こってくる。わけのわからぬトラブルに巻き込まれ、他愛もない相手に追い回されて自分の時間を無駄に消費はおろか、一時は命の危険にもさらされた。


――このままで良いのか?


 そんな問いが自分に向けられると、瞬間的に頭の中が沸騰したように熱くなり、アリサは原付をアルたちが消えた路地へと向かわせていた。

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