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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
妖刀〝クロバナ〟

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役所の嘆き

「……俺たちもねえ、放っておきたいわけじゃないんだよ」


 トウマが渡した封筒をひらひらさせながら、男は憤然とした口ぶりでトウマに言った。

 男はベガルシアの役人でヘルゼナという。

 町の取締りにあたる警ら隊を指揮する若い隊長で、トウマは翌日、ハナの案内でベガルシアの役所にいた。役所の建物は町の東側にあって、石造りで平屋の建物の周りを広い芝生が囲んでいる。

 室内にはヘルゼナの他に五名ほどの部下がいて、それぞれ机に向かって書類作業にいそしんでいるようだったが、町の状況を考えるとその書類仕事が何を意味するのかはトウマには見当もつかなかった。

 トウマが持ってきた封筒は書留で、受け取りのサインを要するものだった。ヘルゼナは話好きな性格らしく、加えて久しぶりに郵便物が届けられたことや、はるばるアオルタから来た〝ポストマン〟ということもあってか、しきりにアオルタの様子を知りたがっていた。交通網通信網がまだ不十分で、たとえ公的機関であっても中央の情報には乏しいのだという。

 とはいってもトウマの現在はいち民間人である。中身は他愛もない雑談ではあったが、ヘルゼナには十分らしい。そんなヘルゼナとやりとりしている内に時期や部隊は異なるものの、互いに西部戦線にいたことが判明して会話が長引いていた。

 当時の戦況や共通して知っている士官や兵士の話などをしていると、ヘルゼナの口調は戦友と会話している気分になったらしく、次第に熱を帯びて今の町の状況を嘆く話に移っていたのだった。


「だが、クロバナという男、俺たちでも迂闊に手が出せないんだ」

「そいつ、やたら強いらしいね」

「強いというより、何をしでかすかわからん。まるで狂犬みたいな男だ」

「あのじいさんも、似たようなこと言ってたな」


 トウマはぼそりと呟いた。

〝クロバナ〟と呼ばれた男がふらりと町に現れたのは一ヶ月ほど前である。

 ワキノに用心棒を売り込んで一度は断られると、その足でツマサキ組に乗り込んでツマサキ組の用心棒とツマサキの家族他、手下も数人斬った。

 ついでに近くに通りかかった夫婦を巻き込んで死なせたことから、その時は役所も動いたのだが、捕縛に向かった役人三名が一刀で斬り殺されたのだという。その役人らは腕の立つ人間と知られていたので役所は戦慄し、それ以降は迂闊に手が出せなくなったとヘルゼナは語った。


「銃で狙えば?」


 トウマが言うと、ヘルゼナは無言で手を振った。


「それもダメだった。奴は魔力も強くて弾丸程度では結界に阻まれる。弓矢では読まれるしな」


 銃や大砲といった遠距離から火器が発明されて二〇〇年。

 今日までに改良を重ねて進歩を遂げ、近年では戦車などといった重火器を搭載した走る兵器などが登場してはいるものの、刀や剣、弓矢といった時代遅れとも言える武器が戦場においてはいまだに主力となっている。

 それには〝魔法〟の存在がかなり大きい。

 本来、魔法効果を薄めるはずの鉄でも、火薬やガソリンを用いる戦車や銃は魔法効果を薄めることができず、かえって魔法の威力を増してしまう。

 魔法に対しては近接戦闘や、遠距離なら火薬などを用いない投石や弓矢が最も有効で、火器類、剣、魔法は三つどもえといった様子で拮抗きっこうしていた。


「ワキノや手下は俺たちで何とかなるだろう。だが問題はクロバナだ。近くの町に援軍を要請しているがどこも似たようなものらしく手が足りないらしい。中央政府にも頼んだがそれも先週だ。手紙が届くにも一ヶ月以上掛かるご時世だから時間が掛かるのも止むをえんが……」

「……」


 ヘルゼナは自嘲気味に自分の封筒に目を落とした。内容は首都アオルタに住むというヘルゼナの母親からのもので、「妹が結婚するので出席の有無」という内容だが、結婚式の日付は先週となっていたらしい。

 かわいそうにとトウマは素直に同情した。


「時間、かなり掛かりそうだな」

「しかし、抗争も終わっているわけではない。次に巻き込まれる奴がでてくるかもしれん」


 そこまで言ってから、ふとヘルゼナは何かを思いついて、まっすぐにトウマを見た。


「貴様、西部戦線にいたのなら、腕には相当な自信があるだろう」

「……」

「〝抜刀隊〟」


 ヘルゼナの発した名前に、トウマの眉がピクリと動いたがヘルゼナは自分の発言に気がつかないらしく、戦場の思い出にふけっているような顔つきだった。

 トウマはなんとなく後ろめたい気分があって、自分が所属していた部隊は曖昧にしている。

 西部戦線のカルマ第3大隊に所属していたと伝えた程度だ。


「西部戦線特殊部隊〝抜刀隊〟。魔法を斬り、弾丸をもかわす化物集団。俺は恥ずかしながら縁が無くて直接見たことねえんだが、あいつらに助けられた戦友も何人もいる。敵にまわすと恐ろしいだろうけどよ」

「……そうだな」

「一騎当千の奴らほどじゃないだろうが、このご時世で〝配達士ポストマン〟やっているくらいだ。相当な腕には自身があるんだろ?」

「まあ……、自分の身を守れるくらいならな」

「その腕で町を守ってくれないか」

「え?」


 トウマは言葉の意味がわからず、ヘルゼナを見返した。ヘルゼナは表情を崩すことはなく口をまっすぐに結び、瞳には理性と正気をうかがわせる強い光が宿っていた。声を潜めてさらに顔を近づけてくる。荒い息がわずかにトウマの頬をなでた。


「もし、アンタに自信があるなら、クロバナの討手を頼みたいんだ。これは警ら隊からの正式な依頼だ。公の依頼だから何の違法性もないし、成功すれば報酬もたんとはずむ」

「本気で言っているのか」

「恥も承知だ。だが、俺たちも事態を重く見ているし、恥よりも解決を優先にしたい」

「……勘弁してくれよ」


 長い沈黙の後、トウマから出てきた言葉はひどく気弱いものだった。

 トウマが口にした言葉はけっして本心ではない。

 ただ、トウマの脳裏には〝キンザ〟とクロバナの名前と顔が交互に重なっていて、関わり合いになることに億劫となっていた。

 妖刀〝クロバナ〟の呪縛から所持者を解き放つこと。

 それは捉われた本人の意志か絶命させるしかない。

 前者には期待できない。だが後者の選択をトウマは選ぶことが出来なかった。

 俺は弱くなったとトウマは思う。


「……俺はただの〝配達士ポストマン〟で、人を斬りにきたわけじゃないんだけど」

「だが戦場を離れて、半年しか経っていないだろ。それに、ここまで来るのに魔物や夜盗と戦ってきたのだから、その感覚を忘れちゃいないだろう」

「半年〝も〟だ。それだけあれば十分だ。それに夜盗や魔物も、それとこれとは別だ」

「……」

「その戦場の感覚を使うのは旅して身を守る時だけにしたい。当時のことは夢でも見ていた気分なんだよ。あんたも戦場にいたならわかるだろ」

「……そうだな」


 トウマに動く気はないと悟って、ヘルゼナは諦めた様子でため息を吐いた。

 ヘルゼナにも心当たりがあるらしく、親しい誰かを思い出しているような顔つきだった。


「町の問題なのに、無理を言って悪かったな」


 謝るヘルゼナにいやとトウマは答えたが、逃げたような後ろめたい気分は、その後もしばらく拭えなかった。


    ※  ※     ※


 思っていたより随分と話し込んでいたらしい。

 トウマが役所から表に出ると、陽が傾き始めていて町は赤い光に覆われていた。弱まった陽の中で、ハナが柵に繋がれた馬と遊んでいるのが見える。あいかわらず無表情でいるが、馬と戯れているのが嬉しいのか、幾分頬が紅潮しているが夕暮れの陽射しでもわかった。


「待たせたな。暇だったか」

「……ううん」


 ハナはじっと見返してくるだけだったが、喜んでいる様子はなんとなくわかる。


「ちょっと残っちゃったな。暗くなるから明日にしよう」

「明日……」

「あと20通なんだが、頼めるか」

「うん。任せて。わたし一人でもできる」

「助かるよ。ハナの案内は正確だからな。確かに、ひとりでも大丈夫だろう」


 事実、ハナの記憶は驚くほど正確で案内も的確だった。一日目は午後に雨が降ってきたため中止にしたものの、翌日はハナの案内でみるみるうちに枚数も減り、二日目の午後三時になるまでにはすっかり片付いてしまっていた。


「疲れたろう。馬に乗れよ」

「いいの?」

「ああ、勲功第一だ。たいしたことはできないが、せめてものお礼だよ」


 ハナは幾分興奮気味であったが、いざ馬を正面にしてみると見上げるような巨体に気が臆したのか、じっと見上げて立ちすくんだままでいる。それを察してトウマはハナの小さな体を抱え上げて馬に乗せてあげた。郵便局が所有する馬は誰もが乗りやすいように元々がおとなしい性格に加えて、長旅の中で魔物を撃退するトウマをすっかり信頼している節がある。見知らぬ子どもが上に乗っても嫌がる素振りもなく、おとなしくトウマに手綱を引かれている。緊張と興奮で頬を赤くするハナを乗せ、一行は細い路地から大通りに出て、〝トマリギ〟のあるクヌイ地区へと向かった。


「しかし、ハナはその歳でずいぶんと町に詳しいんだな。俺もそんなすたすたと配れないや」


 ハナは封筒の住所を教えると、あっちとだけ指示してトウマを案内した。

 さすがに全員の細かい住所とまでにはいかなかったが、宛先主の住所は大まかに把握していて、足取りには渋滞がなかったのだ。


「どうしてそんなに詳しいんだ。釣りや山菜も上手いみたいだけど」

「……」

「話したくないなら、訊かないけど」

「……お父さんとお母さん」

「え?」

「お父さんとお母さんが、全部教えてくれた。トウマみたいに、一軒一軒荷台引いたロバに乗って、モノを売り買いしていたの。私もお父さんたちと一緒にいたから。釣りはお父さんの趣味で、お母さんは山菜摘みが好きだった」

「行商人をしていたのか」

「うん、そう。たくさん色んなものを売ってた」


 それで町の地理を覚えたのかとトウマは納得したのだが、新たな疑問がトウマの脳裏によぎった。


「それで、お父さんたちはどうしたんだ」

「……」

「あ、いや、ごめん」


 ハナの表情に暗い影が差すのを見て、軽率な質問をしたとトウマは後悔した。

 そっと見上げると、ハナは落ち込んだ様子でうつむいている。一見、表情の変化に乏しいように映るが、それは見た目だけで実際は感受性に富んでいる普通の女の子だった。

 やがて〝トマリギ〟の店が見えてくる。店先にうろうろしている人影が見えた。目を凝らすと〝トマリギ〟の老爺で、おそらくハナを心配して店の外にまで出てきたのだろう。こちらに気がつくと、普段の不愛想に似合わず表情をほころばせて手を振ってきた。


「……トウマが来てくれて楽しい」

「え、なにか言ったか」


 ハナの呟きがあまりに小さかったのと突然吹いた風にさえぎられて、トウマはハナの声を聞き逃していた。


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