取り戻そう
宴会といっても、その夜の宴会で歓迎の音楽や歌がかき鳴らされ、宴会らしい賑わいをみせたのは最初の20分程度だった。今はトウマが運んできた手紙をそれぞれ読み聞かせたり、既に筆と紙を手に返事を考えていたり、或いは外の話を聞くためにトウマの周りに人が集まって、穏やかなざわめきを起こしている。
「……で、式典は大混乱になっちまったんだけど、関係はうまくいったらしくてね。今は“紅の国”との間に線路や道路が敷設する計画が進んでいる」
「あの“紅の国”とねえ……」
「この“クロン・ステイシア”て奴が、セレモニー襲撃した犯人なのかい」
「まあね」
トウマが村特産のビール片手に、なすのチーズ焼きをつつく隣で、村人の一人がクロン・ステイシアの顔が載せられた紙面を眺めながら、ふてえ野郎だと呟いた。
村人が読んでいるのはトウマが持ってきた新聞の一部で、残りは村人たちが集まって食い入るように読んでいる。
これまで町や村をいくつか廻り、手紙も届かない町や村は情報に飢えている感触があった。
仕事に慣れてから、目的地には出発当日の新聞とピックアップした過去の新聞を一部ずつ持っていくようになっていたのだが、予想はあたって、どの町や村も貪るように新聞を読んでいる。そうなるとトウマへの扱いも、ただ手紙を運ぶよりはぐっと良くなるので、できる限りの予習をして旅に出ていた。
「クロンて奴はどこに逃げたかわからないらしいから、似たような奴が来たら入れないように注意した方がいいよ」
「そうだな。旅人は歓迎するが、悪人を入れるわけにはいかねえしな」
「砦のとこに貼りつけとくか」
ある村人の提案に、もう一人が妙案だと言って何故か陽気に笑った。化け物によって道が途絶された辺境の村ではあるが、自給は出来ている村なだけに健康的な明るさがある。
トウマはビールをすすりながらアルルカの村人たちの様子を眺めていたが、やがて夫婦らしき男女に目が止まった。
トウマたちから少し離れた席で、建物の陰で隠れるようにしている寂しげな姿が、やけに気になっていたのだ。
女は車椅子に乗っていた。
外見から40前後だったが、男が熱心に女へ語りかけているのに対し、女は呆けた表情のまま人々を眺めている。身なりもアルルカ村のそれとは違うように思えた。
「あそこにいる2人て、アルルカの人と雰囲気違うね。ここの人?」
「あの人らなあ……」
トウマに訊かれた村人は、気の毒そうに顔をしかめた。
「あの夫婦はミヒラさんといって、森の化け物に襲われてな。命からがら、ここまで逃げてきたんだよ。もう半年になるか」
「……」
「旅の商人で家族や仲間も他にいたみたいなんだが、バラバラ生き残ったのはあの2人みたいなんだ。村じゃガキらに文字や数字教えたり、村の雑用みたいなことして暮らしてるが、奥さんの方は魂抜けたみたいになってな。可哀想に」
「……“カルネ”の犠牲者か」
「“カルネ”?あの化け物はカルネつうのかい」
「ああ、麓の村の連中はそう呼んでいたんだ。女の子も歳は15くらいだったか。花の髪飾りして」
トウマがそこまで言うと、周りの村人たちは怪訝そうに互いの顔を合わせている。様子を不審に思いトウマが訊ねた。
「どうした」
「いや、“カルネ”てなあ、あの奥さんがうわ言のように口にしてたんだよ。たしか娘もいたよ。なんつったっけ」
「カルネと“リサ”をご存知なのですか!?」
悲痛な声に振り向くと、ミヒラ夫妻が、血相を変えてこちらに歩いてくる。
「“カルネ”がどうしたんですか。今、花の髪飾りした娘といいましたよね。もしかして“リサ”ですか」
“カルネ”の名と“娘”の話を耳にして、途中から話を聞いていたらしい。もっとも血相を変えているのは夫の方で、妻は車椅子に腰掛け人形のように表情が固まったままだった。
「私はハク・ミヒラ。こちらは妻のレナと申します。“カルネ”が……“リサ”生きているんですか」
「すまないが、先に訊きたいことがある。誰だい“リサ”て」
「私たちの娘です。この村に来る途中、蜘蛛の化け物に襲われて離ればなれに……」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
トウマは慌ててハクの話を止めた。
「蜘蛛の化け物て、なんの話だ?麓の村の連中の話だと、人型の鬼という話だった。そいつ人を襲っているらしいんだ」
「鬼……ですか?」
今度はハクが戸惑うような素振りをみせた。
「でも、カルネは“リサ”が可愛がっていた小型犬ですよ」
「犬?」
トウマは腕組みして、麓の村での会話を思い返していた。四足の動物が魔力の影響で、人型の化け物に変化したという話は聞いたことがない。リザードマンのように二足歩行はいるが、ゴブリンと同様、種族に近い。巨大化凶暴化してもベースは変わらないはずだった。
「俺たちがこの人から聞いた話は、蜘蛛と聞いたぜ」
「あんたらは化け物を見たことあるのか?」
間に入った村人にトウマが訊ねると、村人はいや、と苦し気に首を振った。
「村でも化け物退治に2度ほど村の腕自慢が出たんだが、帰ってきた奴がいなかったからわからない」
「……」
「数百人程度の村だ。戦争も終わったばかりで悔しいが、これ以上、若い奴を減らすわけにはいかなかったんだ。半年間、村を守ることだけに専念してたんだ。幸い、この村は辺境だが、自給はできる分の余裕はあるんでな」
「そうか」
トウマは短く答えた。
嵐にどうせ抵抗できないのだから、どこかに身を潜めて過ぎ去るのを待った方がいいというのは、この村だけではない。だから“配達士”のような仕事の需要があるので、トウマはそれ以上、問い詰めることはしなかった。
だが一方で、肝心の森の化け物の話に頭が混乱しかけていた。情報不足と思い込みで、情報がまとまっていない。行きは幸運にも無傷で済んだが、帰りはどうなるかわからない。1から話を整理する必要があるように思えた。
「……化け物に襲われたのは、ミヒラさんたちが最初かい?」
「まあ、そうなるかなあ。それまでは、俺たちでも追い払えるレベルだったしな」
「なるほど」
トウマは残ったビールを一息で飲み干すと、狼狽えたように佇むハクに視線を向けた。広場に設置された舞台で、また村の音楽が流され始めたが、トウマの周囲は張りつめた空気によって遮断されたように、誰もが緊張した面持ちでいる。
「ミヒラさん。もしかしたら、俺が出会った娘さんはあなたの娘かもしれない」
「そうですよ。カルネなんて名前を知っているんですから、間違いありません。一刻も早く……」
「待て」
次第に興奮し始めるハクに、トウマが低い声で制した。低いがあまりの迫力に、ハクはおろか、周りの村人も雷に打たれたかのように体を強張らせていた。
「だからといって、ただの女の子があんなところに生きていられるとも思えない。当時、どんな状況だったか話してもらえないか」
「そう、ですね……」
トウマの鋭い視線に気圧され怯えたようにハクは視線を背けていたが、やがてポツリポツリと話し始めた。
「当時、馬車を中心に私が先頭を進み、仲間が馬車の後ろを守っていました」
「……」
「しかし、突如、馬車から悲鳴が起こって振り返ると馬車の幌がみるみる割けて、中から“カルネ”と“リサ”をくわえた蜘蛛の化け物が現れたのです」
ハクや仲間は必死に応戦したが、次々に仲間が倒れてしまい、あとは生き残っていたレナを連れて逃げるのが精一杯となっていたのだという。
そこまで話し終えるとハクは疲れきったように重い息を吐いたが、トウマは無表情に腕を組んだままでいる。
「蜘蛛が現れたのは、森の奥からじゃなく馬車の中からなのか」
「え?ええ……」
「それまで、誰も気がつかなかったのか」
「当時、妻とリサとカルネが馬車の中にいましたが、遊んでいる笑い声がしていました」
「森からではなく馬車の中……、蜘蛛と鬼か」
椅子に沈みこむトウマの両眼には、息を呑むような獰猛さがあり、しばらくの間は誰も声を掛けられなかった。
※ ※ ※
トウマは滅多に使用しない拳銃の手入れをし、次に自身の刀の状態をもう一度丹念に確認してから、鞘に戻した。既に装備品に身を固め、静かに椅子から立ち上がると、虚空の敵を見据えて何度も何度も抜き打ちに刃を放ち、自身の剣を確かめている。
やがて、素早く刀を腰に戻すと、椅子に腰掛けて静かに呼吸を整えた。
予定の3日間が過ぎていた。アオルタへと運ぶ手紙も集まり、出発の準備も既に済ませている。
――あとは、ここのケリをつけるだけだな。
ハクから聞いた話を思い返しながら、目を閉じていると、トントンと軽くノックがされ、陽の光を背に顔を出したのは村長だった。
緊張した面持ちで、額には汗が滲んでいる。
「“配達士”。準備が出来たぞ。みんな集まった」
「協力、感謝します」
トウマは勢いよく立ち上がり、集会所の建物から表に出ると、弓や槍、銃を手にした10名ほどの男たちが建物の前に集まっている。1人は荷を積んだコレルと荷馬車の手綱を引いている。どの男の表情にも、恐怖と緊張の色を浮かんでいる。その中にハクの姿を見つけ、トウマは目を丸くした。
充血した目で睨み付けるように佇む姿は、宴会の場で見せたような弱さや頼りなさがなくなっている。まるで別人のように思えた。
「ハクさん、どうしてここに」
「私の娘がいるんですよ。連れていってください。これでも旅を重ねた身。剣や魔法くらい多少は扱えます」
「しかし、万が一あなたの身にに何かあったら、奥さんはどうするんです」
「構いません。それよりもリサかどうか確かめたい」
「彼も連れていってやってくれ」
トウマの後ろで、村長がささやくように言った。
「彼も命を懸けているんだ。こちらで彼女の面倒を見る。絶対に約束する」
「……わかりました」
村長はどことなく遠慮がちで、思い詰めたハクを村に残したままは危険だと言っているようにトウマには聞こえた。ここにきて厄介な荷物を背負い込んだ気分に一瞬とらわれたが、大きく息を吸って表情を改めると、ハクをはじめとした村の男たちを見渡した。
「まずは協力してくれてありがとう。これから俺は手紙を運ぶ途中、化け物退治を行う。計画は昨晩話した通りだ」
「……」
「改めて言うが、不明瞭な点がまだ残っていて、“奴ら”については推測の域を出ていない。もしも、失敗したら俺のことは構わず麓の村まで退避し、次の対策を練ってもらいたい。奴らの正体がわかれば次は必ず倒せる」
トウマの表情は日常会話のそれと変わらなかったが、言外に死の覚悟を匂わせる内容に、誰もが口を真一文字に締めてトウマの話に耳を傾けている。
「アルルカの村は自然とともに生き、尊重し或いは畏れ、これまで静かに暮らしてきたと聞いている。魔物たちに復讐され怯えるような謂れはないはずだ」
「……」
「みんなで森を取り戻そう」
取り戻す。
静かに語りかけるようなその一言で、男たちの表情が一変した。瞳を覆っていた怯えや畏れがすっかり霧散している。
「行くぞ」
トウマがコレルにまたがって、馬首を翻すとハクや男たちが荷馬車を引いて後に従っていく。村長以下、残った村人の目には彼らが勇壮な精鋭部隊のようにも映っていた。




