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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
逆襲の〝白髪鬼〟

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25/203

君の声を聞いた

 どちらが上下かもわからず、朦朧(もうろう)としたトウマは海の中を漂っているような感覚をおぼえていた。

 たった一撃の魔法で瞬く間に形勢を逆転され、さすがはクロンだとトウマは認めるしかなかった。

 わずかな隙を見逃さず、一気に仕留める。

 それがクロンの戦い方でだったことをぼんやり思い出していたが、やがてトウマの混濁した思考はクロンが言った「死んだ仲間たち」への後ろめたさへと移っていった。トウマの脳裏には兵営時代を過ごした仲間や、戦場で苦楽を共にした部下を顔が次々に浮かんでは消えていく。

 あいつも俺の目の前で死んだ。

 こいつも背中を砲弾の破片で背中を割られて死んだっけ。

或いは病院で廃人となっているか、世捨て人のように暮らしている。または行方がわからないのも多い。ひとりひとりを思い出すうちに、トウマは自分に向けられている彼らの目が、どこか冷ややかに感じられた。

 その目は死んだ仲間を忘れ、平和を満喫し安穏と暮らしている自分を責めている。「オマエダケナゼダ」。トウマには彼らがそう言っているように感じられた。

 クロンが指摘したように仲間を軽くみたわけではないが、過去を今の記憶で埋めて忘れていようとしたのも事実だった。

 特に“配達士(ポストマン)”となり、生活に余裕が生まれるようになってからは、以前のことが夢のようにさえ思え、現実味が薄れてすらあったのだ。

 

 ――トウマさん。


 不意に遠くから誰かの泣きながら自分を呼ぶ声が聞こえ、それがアリサ・サーバンスのものだとわかった時、ほんの少し前に、喫茶店でアリサと食べたチョコパフェを思い出していた。

 パフェを頬張るアリサのほころんだ顔。

 呆れる周囲の上品な客。

 澄んだ空に、明るい日射し。

 賑やかな人に溢れた街並み。

 幸福に満ちた時間と空間だった――。

 そう、楽しかった。

 それなのに、今、暗闇に浮かんでいるアリサはなぜか泣いている。ルークも倒れている。その周りに無数の傷ついた町の人々が呻いている。

 混濁した意識の中で、わけがわからずアリサたちを注視していると、アリサたちの背後に黒い影が突如現れ、トウマとアリサもろとも覆い被さろうとしてきた。

 ささやかな平和さえも踏みにじろうとする傲岸と独善。

 津波のように押し寄せてくる影の存在から巨大なエゴを感じ取り、トウマの身体中の血液が急激に沸騰し、腹の底から怒りが一気に噴き上がってきた。


「とどめだ!」


 クロンの怒号がはっきりと耳朶(じだ)を打ち、視界がひらくとクロンの長身が躍り上がっている。トウマはわずかに腰を沈めたのを、膝の力を失ったと見て勝利を確信の笑みを浮かべた。だが、次の瞬間にはクロンの表情が突如強張り、言葉を失ったまま口を喘がせていた。


「な……に……?」


 息が詰まるほどの強烈な痛みが腹部から生じ、呼吸も言葉も奪っていた。くの字に折れたまま、クロンはおそるおそる視線を下ろすと、トウマの拳が深々とクロンのみぞおちを下から抉っていた。

 バカだなとトウマが自嘲した。


「……思い出したよ。ついさっき自分で言ったばかりなのに、忘れちまうなんてな」

「ば、ばかな……」

「アリサやルーク、それだけじゃねえ。他のみんなも、辛い想いを抱えて生きているんだ」

「……」

「それを乗り越えて今を生きてんだよ」

「おのれ……!」

「てめえに理屈があってもな。あいつらを泣かしていい理屈なんてねえんだよ!」


 クロンは拳に魔力を滞留させたが、かまわず放ったトウマの拳は、魔法ごとクロンの顎を跳ね上げていた。

  ※  ※  ※


「……おい、ピット。クロンが危ない」


 時計台の屋根の上で、無言のまま戦闘を見守っていたルボルト・クリッパだったが、腕組みをほどくと、まとっていた軍服を脱ぎ捨てた。


「わあってる。こっちは任せろ」


 ルボルトの呼び掛けに応じてピット・オーガは双眼鏡を投げ捨てると、傍らの狙撃銃を手に取り、素早く照準をトウマに搾った。


「タイミング間違えて、俺の弾に当たるんじゃねえぞ」

「頼むぞ」


 ルボルトは短く言って、地上のトウマたちを見据えながら屋根から屋根へと飛び移っていった。巨体の重さを感じさせない素早さと、軽やかさ兼ね備えた動きだった。

 トウマ咆哮がルボルトの鼓膜を刺激した。まるで獣だなとルボルトはわずかに口の端を歪めたが、すぐに表情を引き締めた。ルボルトの全身から青い稲光がほとばしり、体全体が膨れ上がっていく。膨張した筋肉が衣服を破り、衣服の下からは毛で覆われた腕や上半身が現れた。肉体は異形の姿に変身しながらも、ルボルトの青い瞳は変わらずトウマを捉えて離さなかった。


「うりゃあああああっっっっっ!!」

「ぬっ……!」


 トウマの連撃はクロンを逃さず、顎を打ち抜くと鳩尾を抉り、攻撃にクロンから反撃する機会をまるで与えない。激戦の最中、トウマの視界の端に木の傍に立ち、戦いを見守るアリサのルークの姿が映った。

 あいつらにみっともない姿を見せられない。あいつらのためにも負けられない。疲弊した体は鉛のように重かったが、残る力を振り絞るように、トウマが絶叫していた。


「だあっっっっ!!」


 肘がクロンの尾骨を打ち、のけぞらせて繰り出した後ろ廻し蹴りがクロンの頭部を打った。クロンの体はアヴァロンの石像に叩きつけられ、ボールのように跳ねた。重い衝撃に揺らされ、台座の中からクロンが隠していた武器数点が地面に転がり出てくる。膝から崩れ落ちたクロンに、トウマが突進を仕掛けた。


「こんな力が、どこに……」


 だが答えを探している場合ではなく、クロンは咄嗟に近くに落ちていた拳銃に手を伸ばした。


「そんなもんが通用するか!」


 トウマはクロンの拳銃を把持した手を蹴り飛ばすと、そのまま飛び込むような格好で、クロンの頬を膝でえぐっていた。凄まじい衝撃にそのままクロンは重い音を立てて地面に倒れると、そのままピクリとも動かなくなった。


「トウマさあん!」


 わずかな静寂の間の後、声をあげたのはルークだった。目をみはったまま、興奮しているのしきりに手を振っている。傍らに佇むアリサも酷い姿をしていたが、無事な様子にトウマは安堵した。緊張した筋肉がみるみる弛緩していく。

 その刹那だった。

 風を切るような鋭い音が迫るのを耳にし、本能的に身を捻ると右の肩に焼けるような激痛が広がった。鮮血が宙を舞い、トウマの視界に青空が広がった。瓦礫が散乱する地面が間近に見えるまで、トウマが自分が倒れたと認識するのに時間が掛かった。

 遠くからルークとアリサの悲鳴ようなものが混ざって聞こえた。


「頭部を狙ったはずだがかわしたか。流石だ」


 トウマの視界に男のものらしき太い足が見えた。しかし、靴は履いているものの破れたズボンからは茶系の毛が飛び出し、ヒトのものとは明らかに違う。トウマは必死に視線を上げると、半身を露にした野獣のような男が見下ろしている。「野獣のような」といっても四方に広がるたてがみや顔は野獣そのもので、少年の頃、図鑑でみたライオンに似ているとトウマは思った。

“ライオン”はおもむろにクロンに近寄り、軽々とその長身を担ぎ上げた。


「こいつは俺たちが連れていく。一応、仲間なのでな」

「仲間……?“天風党”か」

「そんなものと一緒にするな。我らの目標はもっと高い」

「……そんなもの、だと?」


 掠れた声で反発したのはクロンだった。


「なんだ。完全に気を失ったかと思ったが、意外に丈夫なのだな」

「黙れ……」

「おい、軍がこっちに向かっている。さっさと引き上げるぜ」


 狙撃銃を手にしたピットが後方から飛んでくるように追いつき、“ライオン”の男――ルボルト――に言った。四方から多数の車両が近づく音が響く。屋根で配備されていた警備兵も異変にようやく気づいたようで、屋根づたいに向かってくる。


「待ち……やがれ……」

「相手をしてやりたいが、コイツの面倒も見てやらないといけないからな。そのまま寝ていろ」


 行くぞとルボルトはピットを促すと、2人は背を向けて走り出した。高い建物を駆け上がって警備兵の発砲も軽くかわしてあっという間に見えなくなってしまった。


「くそ……。待ちやがれ……」


 おびただしく流れ出る肩の血を押さえながら、トウマはよろめきたった。どこに向かおうというのか、千鳥足でルボルトたちが逃げた方向へと足を進めていく。


「トウマさん、どこに行くつもりですか!」


 ルークがトウマにしがみついてきた。トウマは虚ろな表情でルークを見下ろしていたが、やがてうっすらと笑みを浮かべた。


「やあ……、ルーク君……、ひさしぶりだな」

「何を言っているんですか。しっかりしてくださいよ」

「アリサちゃんはどうした」

「大丈夫です、そこに……」


 ルークが指した方向に、アリサがびっこを引きながら歩いてくる。杖も失い、義足も折れたため、早く傍まで行きたいのに進めない。アリサは自分の体がもどかしい思いで歩いていた。


「アリサちゃん」


 意外と明朗な声に、アリサが思わず足を止めた。


「な、なんですか」

「俺がピンチの時、君の呼ぶ声がよく聞こえたんだ」

「……」

「ありがとな」

「いえ、私は何も……」


 トウマが劣勢となった時、思わず飛びだしてしまっていたが、胸が詰まって何も言葉を発することができなかったのだ。それはルークも同じだった。

 叫んだような記憶はない。


「私は見ていただけなんです」

「いいんだ。良く聞こえた。助かった。ホントに……ホントにな」


 トウマは何度もうなずいていたが、そのまま頭を垂れたままふらつき始めていた。言葉も明瞭さを失っている。トウマは突然、体を震わして深々と息を吐いた。


「……しかし、ちょっと寒くなってきな」


 ふっと視界が真っ暗になり、糸が切れた操り人形のようにトウマは膝から倒れこんでいった。トウマから急速に周囲の音が遠退いていった。

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