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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
政道復古~リアクタンス~へ

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やがて確信に

 突如、トウマ・ライナスの脳裏に様々な光景が過ぎり、思わず周囲を見渡したが、視界に映るものは人気の無いアオルタ郵便局の裏庭と、目の前にいる郵便馬のコレルだけである。

 専用ブラシで体を洗われていたコレルは、首を向けてトウマをじっと見つめていた。

 それまでは機嫌良く、鼻歌のように小さくいなないていたのだが、トウマが急に手を止めたので、いななきも止まっている。不審の他に、もしかしたら不満も多少混ざっているかも知れない。


「お、悪い悪い」


 コレルの視線に気がつき、トウマは謝ると、再びブラシを持つ手を動かし始めた。


 ——今のは、“念送流転ハロー・アゲイン”だよな。

 

 どこかの駅の構内で突然、右手側から炎が燃え上がる映像が最初に脳裏を過った。次に列車らしき場所で誰かと対峙していた。また、場面が変わり、場所もどこかの原野だった。そこで先の同一人物らしい相手と再び対峙している。しかし、正面にいたはずなのに、いつの間にか背後に移動していて草むらに埋もれるように膝をついていた。そして、また切り替わり、その相手を肩で担ぎ、空に飛んでいく後姿——。

 他にも映像はいくつかあったのだが、フィルターが何枚も重ねられているようで、人物や場所や状況もぼんやりして判然としない。

 その4つだけが、ようやく内容を推測できるものだった。

 ただ、4つ目の映像がトウマには引っ掛かりを覚えた。

“誰か”を肩で担いでいた仲間らしき人物。体格からして男だろう。がっしりとした広い背中に、銀色らしき長い髪。そして空を飛べる能力。


 ——あれは、もしかして闘神ラムザか?


 心にざわめきを感じながらそこまで考えた時、後方から響いた泣き声によって、トウマの思考が中断された。

 見ると、アリサ・サーバンスが局員用の通用口から出てきていて、精霊のココナをあやしていた。よほど慌ててきたのか、どんな時でも手にしている杖も持っていない。


「どうしたのさ、アリサちゃん」


 トウマは作業を中断して、アリサに駆け寄った。アリサの両手に抱きかかえられた恰好のココナは、アリサの胸元で泣きじゃくっている。依代である肉体がぬいぐるみであるから涙こそ流れないが、手足を動かせるように、表情もわずかに変化する。激しく動揺しているのは明らかだった。


「わかりません。突然、泣き出してしまって」

「ナタデが……、ナタデがぁ……!!」

「ナタデがどうした」

「ナタデ、ナタデ……」


 トウマの声も届かないようで、ココナはナタデの名を連呼し続けている。ココナを少しでも落ち着かせるため、2人は通用口から離れ、ココナたちの遊び仲間でもあるコレルが居る場所まで戻っていった。その間、他の局員は現れなかった。局員たちは既にココナたちの存在やその理由も理解されているが、来客はそうではない。対応に追われているのかも知れなかった。

 コレルも異変を察したらしく、泣きじゃくるココナを慰めるように長い顔を近づけて鼻を擦り寄せている。長い時間を掛かけて、ようやく泣き声も震えも収まりだしていった。


「ココナ、ナタデに何かあったのか」

「……きえちゃったあ」

「消えた?どういうことだ」


 わかんないよと、鼻をすすりながらココナが言った。


「でも、ぼくたちは感じられるんだ。レモネもきっと感じている。ナタデがきえちゃったって……」

「すまない。今はぬいぐるみのおかげで、ココナたちがここにいるのはわかるが、普段、俺たちが精霊たちをこの目で見ることは難しいんだ。精霊たちの世界に戻ったのとは、違うのか」

「違う。きえちゃったから……」

「消えたというのは、精霊の存在そのものが消えたということですか」


 アリサの問いに、ココナはうんと頷くと再び体の震えが大きくなり始めた。

これ以上の質問は難しいと感じ、トウマとアリサは互いに顔を見合わせている。


「さっき、奇妙なことがあったんだ」


 トウマが言った。


「奇妙なこと、とは」

「いくつか映像らしいものが、いきなり俺の頭の中に流れ込んできた。と言っても、内容が何とかわかるのが4つほどだったが」

「……」

「特徴から、アルの“念送流転ハロー・アゲイン”だと思う。何か2人の身に起きたのかも知れない」


 アリサは無言のまま、目を見開いていた。

 しばらく重い沈黙の間が続いた後、先に口を開いたのはアリサだった。


「アルはシーリング・ローゼットを調べていました。それを面白くないと思っている者たちがアルやナタデに何かしたと?」

「わからん。ただ、ココナの様子からしても、尋常じゃないことが起きているのは確かだ」

「……」

「ちょっと、ミラルカ局長のところに行って外出願いをしてくる。アリサちゃんは、コレルと一緒にココナの面倒を頼むよ」

「どこに行くつもりです」


 通用口に向かおうとするトウマに、アリサが呼び止めた。


「アオルタ駅に行ってくる。運行に影響が出ているはずだから、何かわかるかもしれない」


 充分な説明をしていないため、当然、アリサは訝しげな視線を送ってくるが、時間惜しさと焦燥感もあって、トウマはそのまま通用口へと向かった。

念送流転ハロー・アゲイン”によって送られてきた映像のひとつに、炎らしきものが燃え上がっているものがある。まともに浴びれば生死に関わるもので、それが駅構内となれば大騒ぎだろう。アオルタ駅にも何かしら影響が及ぶのは間違いない。

 外出願いなら主任のレフリムが筋ではあるのだが、レフリムは日常生活を送るごく普通の社会人である。

 異常事態が起きたと言っても、根拠があるわけでもなく、まだ勘や憶測、、思いつきという段階でしかない。何かと“彩花衆ラフレシア”が起こす事件に巻き込まれ、アルとも面識がある。元軍人として、今も軍や政府とも繋がりを持つミラルカ局長の方が、事情を呑み込みやすいだろうとトウマは思ったからだった。


  ※  ※  ※


 トウマの予想通り、アオルタ駅前には人だかりができて騒然となっている。

 あちこちに運休を報せる貼り紙がされ、足止めを受けて、八つ当たりのように駅員を問い詰める人々の姿が見られた。あちこちで怒号が飛び交っている。貼り紙には運休の理由に「運行トラブルのため」としか記されていない。できれば詳細をもう少し知りたがったが、流れて聞こえてくる乗客と駅員のやりとりの内容も、結局は詳細不明というもので、駅に訪れた人間や乗客を激昂させて混乱を増している。これ以上の収穫は期待できそうもなかった。

 しかし、勘や憶測と呼んでいたものが確信へと変わっていくのが感じられ、トウマの心のざわめきが一層強さを増していった。


  ——一旦、引き返すか。


 やむなく、トウマがそう考えだした時、後方から複数のサイレンが鳴り響いた。振り返ると、巡吏のパトカーが駅に向かって走行してくる。ただ、それだけではなく、さらに後方から軍の装甲機動車と歩兵を乗せたトラックが何台も続いている。

 おそらくアオルタ駅の混乱と騒ぎの通報を受けての出動ではあろうが、駅前は一気に物々しい雰囲気へと変わっていった。

 ロータリーに車両が止まって、一斉に兵士たちがトラックから降りると、一部は四方に分かれて警備に当たり、主な部隊は巡吏らと共に、混乱の鎮静化に向かっていった。

 ライフルを手にした兵士の威圧感もあるのだろうが、彼らの動きには無駄が少なく統制がとれている。瞬く間に混乱が収束していくのが、トウマの目にもわかった。なかなかの人物が指揮しているのだろうとトウマは思った。


「誰かと思えば、こんなところで出くわすとはな。トウマ・ライナス少佐」


 背後から自身の名と軍隊時代の階級を呼ぶ声に、トウマは思わず背筋を伸ばしてしまっていた。

 習い性と言うものなのか、かつて、雑務役としてトウマの部隊に従軍していたイチという男のように、気をつけの姿勢まではとらなかったが、反射的な行動をとってしまうほどに、その声と人物はいまだにトウマに大きな影響を残しているようだった。

 トウマはゆっくりと振り返ると、装甲機動車の隣で軍服姿の男が佇立している。

 かつての上官であったイングウェイ・ラフィス国防副大臣だった。

ただ、その副大臣にも『元』というおまけがついている。

 クロン・ステイシアが起こしたテロ事件後しばらくして、市内の巡回部隊に異動となったと新聞記事で目にしたことがある。「事件の責任を負わされたのさ」とミラルカ局長は語っていたが、その時のミラルカの口調はいつもより寂しげな響きがあったのをトウマは記憶している。ともあれ、国防副大臣から巡回部隊なのだから、明らかに左遷といってよい。いささか閑職に異動されたといっても長身で均整のとれた体型は抜刀隊時代から変わっていない。

 ただ、表情は随分と穏やかになった気がする。

 トウマは軽く会釈をした。


「お久しぶりです。大隊長」

「大隊長はよせ」


 と言っても、貴様に呼び方をされても違和感しかないなとイングウェイは話を続けた。


「クロンが騒ぎを起こした時以来……、と言いたいが、あの時はミラルカに帰らされたら会っていないか。しかし、“配達士ポストマン”の活躍は、時折耳にしている。大したものだ」

「ミラルカ局長からは、話は伺いました。改めて、ありがとうございます」

「随分前に貴様から手紙を貰っている。いまさら、見舞の礼などいらんよ」


 イングウェイは頭を下げるトウマに対して、面倒臭そうに手を振った。

 クロン・ステイシアがアオルタで爆破テロ事件を起こした際、トウマがクロンとの激闘の末、クロンの計画は完遂するまでには至らずに済んだわけだが、トウマも負傷し入院している。イングウェイがかつての部下の見舞に訪れたのだが、ミラルカとの間で一悶着が起き、イングウェイは帰らされている。後日、話を聞いたトウマは御礼の手紙を送っていた。もう1年近く前の話となる。


「おい」


 イングウェイは運転席にいた若い将校を呼んで何か指示をすると、将校は他の兵士らとともに駅へと駆け出していった。抜刀隊時代の頃を比べるとかなり柔らかな口調で、別人ではないかと内心驚くほどだった。

 将校らが去った後、その場にいるのはトウマとイングウェイだけとなった。駅前の昼下がり、足止めを受けた乗客以外にも、通行人は多数あったが、周囲に配置された兵士や巡吏を恐れて、トウマたちの近くに寄ろうとする者はいなかった。


「ところで、貴様は何故ここにいる。平日でまだ陽は高い。ふらふらと、散歩に来たというようには見えんが」


 イングウェイの質問にトウマは口を開きかけたが、ふと別のことを思いついて、そちらを口にした。


「その前に、訊きたいことがあるのですが、これは何の騒ぎですか。またテロ事件でも起きたとか」


 わずかに間が生じた。

 鋭い目でトウマを見ていたが、大隊長は周りに人がいないのを確かめると、手招きしてトウマを傍に呼んで声を潜めた。


「“紅の国”の国境近くで、列車が横転したらしい」

「……」

「1時間ほど前、“紅の国”から、政府に通達が届いた。抗議の文面だ。何でも、“青の国”から訪れた人間が憲兵に暴行を働いて、機関士を脅して列車で逃走したということだ」

「……」


 ただ、こちらの方が重要だと、かつての上官が言った。


「抗議はあくまでも表面上のもので、見逃せない不審点が幾つもあるという。こちらに協力を求めたいと要請があった。“紅の国”の外交関係や政治事情からして、政府としても看過できん事態だ。現在、国を挙げて、事故事件の両方で捜査に当たっている。そのために鉄道の運休、アオルタ駅の封鎖と警備や混乱の解消のため、我々がここに派遣されたわけだ。……これでいいか」


 イングウェイは厳しい表情で兵士や巡吏が、群衆を取り締まる様子を眺めていた。トウマも大隊長に並ぶ恰好で立っていたが、意識と聴覚は大隊長に向けられている。


「……大隊長は、アルフレッド・フォークナー少尉を覚えていますか」

「クロンの部隊にいた妙な男だろう。軍でのボクシングでライトヘビー級王者。ギオン・ダグオンの件では苦労した。貴様とも仲が良かったな。あれだけの騒ぎを起こした男だ。もちろん覚えている」

「少尉とは……、アルとは今でも付き合いがあり、ベルファネスの件でも何かと助けられました」

「ベルファネスの件というとギオン・ダグオンが荒れ狂った事件か。貴様が彩王朝の末裔という娘の警護という話は耳にしていたが、それか」

「両方です。リイサ・ペンシル王女が無事でいるのも、ギオンを倒せたのもアルのおかげです」

「あの場に、アルフレッド少尉もいたのか」


 イングウェイは動揺を隠せない様子で呟いていたが、我に返って話を続けろとトウマを促した。


「アルは数日前に人物調査のため、“黒の国”へと向かいました」

「誰だ」

「シーリング・ローゼット。クロノス銀行の行員。ご存知ですか」

「名前くらいはな。だが、会ったことはない」


 言いながら、大隊長は憮然としていた。

 アルがベルファネス事件の際、渦中にいたことも把握しておらず、各国の政府高官や有力者との繋がりを持つシーリングにも会ったことがない。

 軍の中枢から外れ、閑職に廻されているという話は確かかもしれないとトウマは思った。イングウェイが憮然としているのも、その自覚があるからなのだろう。

ただ、その憮然もかつての面目がそうさせるのであって、くすぶる魂に火を点けたとは言い難いものかもしれない。

 抜刀隊は部隊長クラスでもトウマやゼノ・クライヴのように除隊するか、或いは戦死しており壊滅状態にあった。加えて、クロン・ステイシアやギオン・ダグオンのような反乱分子を生み出してもいる。今では抜刀隊というものは解体されて過去のものとなっている。彼らを統率していたイングウェイが“配達士ポストマン”で満足している自分のように、左遷や閑職とは言っても、余計な気苦労から解き放たれた現状に満足しているということは、穏やかになった顔つきを見ても十分に考えられることだった。

 現在のイングウェイに、軍内部でどれだけ気概や影響力があるのか。

 トウマはそこにいささかの不安を覚えたが、アルの安否への手掛かりを得るためには、大隊長への説明が必須だと思い直した。今は閑職とはいえ、国の大事に関わる事態にイングウェイも放置してはいられないだろう。


「……アルフレッド・フォークナー少尉の“念送流転ハロー・アゲイン”。これは大隊長も把握していることだと思います」


 トウマは横目で、イングウェイの表情を注視しながら口を開いた。

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