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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
逆襲の〝白髪鬼〟

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20/203

美味しい思い出です。

 その日の日曜は雲ひとつない快晴で朝から空気も澄み切っていた。

遥か彼方にそびえたつアルル山の尾根もアオルタの町から眺めることができ、〝神の山〟とも呼ばれる山を目にした人々は平和の兆だとアルル山に向かって祈りを捧げている姿が目立っていた。

 それも昼間になると変化し、祈りを捧げるより姿よりも歴史的な瞬間に立ち会おうと見物客が増え始め、日傘やサングラスなど快晴の陽射しに対する準備をして式典が行われる中央広場へ向かって集まりだしていた。

 元上司であるイングウェイの依頼から式典が行われるまでの1週間、町は厳重な警戒が敷かれ、クロン・ステイシア一人のために徹底的な捜索も行われていた。

 アオルタだけではなく、周辺の都市からも軍の応援を呼び寄せると、下水道や空き家の屋根裏や地下室も捜査した。街頭のあらゆるところで検問所が置かれ、巡吏からは執拗な取り調べを受けた。トウマ・ライナスも取り調べを受けた経験を受けた一人で不愉快な気分にさせられたのも一度や二度ではない。もちろん政府には市民だけではなく有力者からも苦情が多数寄せられたが、政府は強硬な姿勢を崩さなかった。

 それでもクロン・ステイシアを見つけることができなかったと、式典前日にミラルカ局長がトウマにこっそりと教えてくれた。


「政府がここまでやっているんだ。奴も迂闊には出せないだろうさ」


 どことなく浮かない表情でいるトウマに、ミラルカが励ますように言ったものだった。


 ――手が出せないどころか、俺なら諦めてアオルタから逃げるな。


 トウマは見物客の集まる人垣をテラスから眺めながら、ここまでの厳重な警備を思い返している。

 広場に集まる見物客の奥から軍楽隊が勇壮な音楽を鳴らしているが、さきほどチラリと見たところでは、見物客と分断している鉄柵の場所も式典の会場から相当離れた位置に設置してある。クロンにとって標的である“紅の国”の大使やアウレス・トバス宰相の姿も、客と会場の間には参列した兵士や軍の車両等が盾代わりに囲んでいるから、見物客からしてもあそこで式典を行っているぐらいしかわからないはずだった。

 他に警戒するとしたら長距離からの射撃や魔法攻撃だが、現在、見物客の前で魔法を使ったショーも行われているのだが、警護のために結界も張る目的なのもトウマは知っている。

 万全な警備体制が敷かれており、いかにクラン・ステイシアでも突破は無理だろう。


「アリサさん、式典が始まっちゃいましたよ」

「あれは見物客対象のもの。式典までまだ少し時間があります」

「間に合うかなあ……」


 ルークとアリサのやりとりに現実へと引き戻されると、トウマの正面の席ではアリサ・サーバンスが円卓の上を占拠するチョコパフェと格闘中の光景が視界に入ってきた。

 随分と巨大なチョコパフェで、アリサの上半身を隠すほどもある。

 トウマの隣では、ルークがつまらなそうに頬杖ついていた。

 式典まで少し時間があったので、広場に近い喫茶店に寄ってそれぞれ注文したのだが、アリサが興味本位で頼んだ「スペシャルチョコパフェ」が予想もよらない巨大なパフェだったのだ。


「だから、量多すぎじゃないかと言ったじゃないですか」

「だって、こんな品の良さげなお店で、ここまで量が多いパフェを出すとは思わなかったから……」


 アリサも忙しくスプーンを動かしているが、口に運ぶ量は少ない。今日は服装も上品に衣服を着飾っていたし、貴婦人がかぶるようなつばの広い帽子に珍しく口紅までも塗っている。化粧が落ちるのと衣服の汚れに加えて、周りの上品な客の目を気にしてか、ちまちまと舐めるようにクリームを運んでいるから、減る量もトウマがたまに行う事務仕事よりのろい。

 

「おっそいなあ。いつもはパクパク食ってるのに」

「私はそれほどパクパク食べていない」

「うっそだあ。この間、辞典みたいに分厚いサンドイッチを大口開けて、半分くらいまでかぶりついたの見ましたよ」

「……」

「いつもポーカーフェイスなのに、食い意地はすごいんだなあておもってたのに、変に上品ぶって……」


 突如ルークの言葉が途切れたかと思うと、右足のすねを抱えてギャンと吠えるように飛び上がった。アリサはいつの間にか杖を手にしていて、くるりと器用に手の内で回して見せた。


「いったいなあ。ぶたなくってもいいだろ!」

「女性に向かって失礼です」

「何が女性だよ」


 へんとルークは鼻を鳴らした。歳もルークとは一番近く、かつ新米のアリサはルークにしてみると姉のような感覚を持つらしい。いつもは礼儀正しい少年だが、アリサに対してだけは少年らしくちょっと生意気になる。慣れ慣れしいとも言えたが、ルーク少年のそんな一面を見るのが好きだったので、トウマはいつも黙っていた。


「いつもは地味なのに、そんなおめかししちゃってさ」

「紅の国との友好を讃える歴史的な式典です。おめかしをしない方がおかしいです」

「そんなこと言って。トウマさんとのデートが楽しみだからだろ」

「……ぶちのめしますよ」


 低い声でスッと目を細めるアリサの鋭い視線に、ルークは思わずひぃと小さな悲鳴を挙げた。しつこくからかわれたのと本心を衝かれた反動で、アリサは思わず“戦乙女(ヴァルキリー)”の名残をちょっぴりのぞかせてしまっていた。


「アリサちゃん」


 トウマがたしなめるように声を掛けると、アリサは我に返って申し訳ありませんと頭を下げた。


「も、もういいです。先に広場に行ってますから!」


 強烈な殺気が消えたのを幸いにルークは気を取り直すと、自身の剣を背負って逃げ出すようにして店の外へと出ていってしまった。トウマはテラスから人混みに紛れていくルークの背中を見送っていたが、やがて小さくため息をついた。


「からかわれたくらいで、あんな子どもに怒るなよ」

「申し訳ありません。ついカッとなってしまいました」

「アリサちゃんて、意外と短気だよな」

「……」


 おかしそうに笑うと、アリサは小さくなってスプーンを運び続けていた。アリサも過剰に反応しすぎたと内心、後悔していたが、改めてトウマから言われると恥ずかしさで恐縮してしまう。


「……でも、ルークの言うことも一理あるか。そのペースだと式典始まっちゃいそうだ」


 トウマは自分のスプーンに手を伸ばした。


「俺も手伝うよ。食べていいかい」

「えと、あの、その……」

「ダメ?」

「……どうぞ」


 消えてしまいそうな声でアリサが真っ赤になって顔を伏せた。他愛もないことなのに、何故こんなに胸が熱くなるのか、嬉しさと恥ずかしさが混ざったような気持ちになり、なかなか顔をあげられないでいた。


「アリサちゃんも協力してくれよ。俺ひとりじゃ辛いや」


 トウマに促されてアリサがひょいと顔をあげると、トウマはスプーンを動かしながらリスのように頬を膨らませていた。大衆食堂で飯をかっこむようにパフェを頬張るトウマに、周りの客も唖然としながら眉をひそめている。

 頬をふくらましながら大真面目なトウマの顔がおかしくて、アリサは思わず噴き出してしたまった。ひゃんだよとトウマはパフェを口にしたままふがふが言った。


「わらってふぁいで、ふぁやくかたづけひょうぜ」

「はいはい」


 変に気取っていた自分がなんだか馬鹿馬鹿しくなっていた。アリサもスプーンでアイスを大きくすくうと、トウマの真似をして、盛大に口の中に放り込んだ。口元にクリームのついた感覚があったが構わずスプーンと口を動かし続けた。ボリュームのある感触に味が一段増したように思えた。正面のトウマはアリサを眺めながら、感心した様子で口を動かしている。


「トウマさん、なんですか」

「たしかにルークの言った通り、大きな口だなあ」

「ぶちのめしますよ」


 過激な言葉ではあったもののアリサは微笑んでいる。

 トウマも笑って肩をすくめると、あとは二人で一心不乱にパフェへと取りかかった。元が食を詰め込む習慣のある軍人だけに食べる速度も速く、二人がパフェを平らげるまで5分とかからなかった。

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