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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
妖刀〝クロバナ〟
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無口な少女と不愛想な老人

 魔法の影響で凶悪化したといっても、人との接触を恐れる本能は残っているのだろう。

 ベガルシアに近づくにつれ、トウマ・ライナスに襲い掛かってきた魔物の数は次第に減っていき、山を下りて平野の先に横へと広がるようにして建築物が建ち並ぶ見えた頃になると、魔物たちの気配はすっかりどこかに消えてしまっていた。

 陽はまだ高く、トウマの頭上で燦然さんぜんと輝いている。ようやく町だと安堵すると、体の中から疲れや眠気が急激にわき起こってくるようで、早く休みたいという思いに駆られながらトウマは馬を急がせた。


「……まずは、宿から探さないとなあ」


 ベガルシアの町に入ると、すぐにトウマは適当な宿がないか辺りを見回した。

 小さな宿場町といってもトウマが予想していたよりもはるかに建物は多く、人口五千という町も意外と広い。トウマに任された手紙は千通ほどだが、ベガルシアには半年経ってもまだ郵便局が再建されていない。街を眺めながら、トウマは自身が配らなければならないことを改めて思い出し、いささかうんざりしていた。


 ――配達するだけと思っていたけど、ちょっと甘く見ていたかな。


配達して終わりというだけではなく、ベガルシアから本局に持ち運ぶ手紙も集めなければならない。事前の講習では配達完了するまでの間、特定の場所に待機し手紙を集めるようにと指示されている。

 ベガルシアは初めての町で、地理に不案内なトウマにとってはどう考えても手間のかかる仕事である。

 後々のことも考えれば、手紙を配るよりも先に、旅の疲れを癒すのが先決だった。

 だが、町の様子を眺めながらトウマはある異変に気がつくと、一度はゆるんだ神経を張り直し緊張した面持ちで周囲をうかがっている。刀までは抜かなかったものの無意識にそっと目釘を改めていた。

 ベガルシアの町は戦火で焼失した建物も多いが、宿場町としての隆盛を思わせるような石造りの立派な建物が何件も並んでいる。しかし、どの建物も厳重に扉が閉ざされていたし、町の数や建物の多さに比べて異様に通りに人の数が少なく、誰もが陰気な表情をして歩いている。

 乾燥した地面から舞う砂埃が、町を一層、陰鬱な空気をもたらしていた。


「君、随分町が静かだけど、今日はこの町でなんかあったのか」


 トウマは通りがかった少女を呼び止めて馬からおりると、宿の場所ついでに町の様子を訊ねた。

髪はぼさぼさで遠くから見れば普通に見えたブラウスらしき服にロングスカートも、埃で黒く汚れている。手には十匹ばかりの小魚や山菜をこんもりと入れたざるを抱えていた。歳は格好背丈から一〇歳にも満たないように思えた。少女はトウマに声を掛けられると無表情に見返していたが、やがてぼそぼそとしゃべり始めた。


「今日だけじゃない。ずっと、こんな感じ」

「そっかあ」


 と、トウマは答えたものの、いつまでもぼんやり立っているわけにはいかない。


「あのさ、どこか良い宿知らないかな」

「良い宿……」


 少女が無表情のまま首をひねっていると、突如、怒号が響き渡り、少女はようやく思い出したように一軒の木造の建物を指さした。


「あそこ。おじいさんが一人でやってる」


 少女にならってトウマは視線を向けた。建物は長い雨風にさらされているせいか、外壁はかなり汚れている。その店の前で閑散とした街にどこに潜んでいたのかというくらいに人垣ができていた。人垣の頭に入口付近に〝トマリギ〟という木製の看板がちらちらと映る。悲鳴や怒号はそこからしていた。やがて、路上に多数の男たちが飛び出してくると、騒ぎながらどこかに去っていってしまっていた。その後から、店から老爺が表に出てきて何ごとか悪態をつきながら荒らされた店内を片付け始めていた。


 そんな様子をトウマは顔をしかめて、隣にたたずむむ少女に目を向けた。


「この町じゃ、あんな騒ぎがしょっちゅう起きているのかい」

しかし、少女はトウマの問いに答えもせず、そのままスタスタと〝トマリギ〟へと歩きだしていった。

「おい、ちょっと……」


 慌てて声を掛けたが、少女の足は止まる気配を見せない。


「無視かよ」


少女を追うようにして、トウマは馬を引いて野次馬たちが集まる〝トマリギ〟へと向かって足を進めた。


※   ※     ※


「ちょっといいかい」


 店の入り口からする若い声に老爺が顔を上げると、トウマ・ライナスが店の中に覗き込んでくるところだった。老爺はトウマの身なりから相手が〝ポストマン〟だとわかっているはずなのに、うさんくさそうな目つきでトウマをジロジロと眺めては、不機嫌そうに先ほどの喧嘩によって乱された店内の椅子や飯台、壊れた食器を片付けている。トウマは手伝おうかとも考えたが、老爺からは一切の親切を拒絶するような雰囲気がある。仕方なく終わるまで待つことにし、老爺は無言で作業を続けていたが、やがてそれも一区切りつくと老爺は忌々し気に口を開いた。


「なんだよ〝ポストマン〟。騒ぎは終わったんだ。あとは、このジジイの顔くらいしか見るもんなんざねえぜ」

「いや、俺はここに宿をとりたいんだけど」

「宿?」


 老爺が不審そうに眉をひそめた。


「ここはただのおんぼろ飲み屋だ。そんなこと、だれが言ったんだ」

「いや、この子に教えてもらったんだけど」


 トウマが案内した少女を前に出すと、それまで不愛想だった老爺の顔が突然ほころんだ。


「なんだ、お前。来てたのなら顔を出せば良かったのによ」


 牛の糞よりも不愛想だった老爺は急に明るい声をだし、少女が持ってきた小魚や山菜を手に取って満足そうにうなずいている。まるで別人のようだった。


「今日はシロハエにオオバコにウワバミソウか。こりゃあ良いな。全部買わせてもらうぜ。いくらだ」

「……8カパル」

「そうかそうか。ちょっと席に座って待ってな。銭の他にお前にやりたいもんあってよ」


 老爺は少女を奥の席に座らせると、そのままざるを持って店の奥に足を向けた。


「どうしたんだい、あの子」


 トウマが老爺を呼び止めて小声で訊いた。


「あの子はな、近くのおんぼろ小屋にたった一人で暮らしているんだが、時々こうやって魚や山菜を売って暮らしてんだよ。よくまあ、あんな小さな子がこれだけ魚を獲ってくるもんだ」

「そんなの食えるのかい」

「もちろん食えるさ。だが、客には出しやしねえよ。俺の酒のつまみ代わりにすんだよ」


 老爺がそこまで言うと、ふと思い出したような顔をした。


「……そういや、宿をとりたいとか言ってたな」

「迷惑なら他を探すけど」

「いいぜ」

「え、ホントに」


 不愛想で偏屈で頑固そうだと半分諦めていたので、意外な返事にかえってトウマは驚いていた。


「あの子がそう教えて案内してきたんだからな」

「じいさん、あの子には随分と優しいんだな」

「あんな小さな子が、ひとりでいるなんてかわいそうじゃねえか」

「ふうん……」

「もういいかい。金払わなくちゃなんねえからよ」


 そう言って、老爺は厨房で魚や山菜を自分の笊に移し替えると、厨房の横にある暖簾のれんがかかっている店の一室へと入っていった。どう見ても狭苦しくて最初は物置のようにも思えたが、暖簾の隙間から干された洗濯物や布団なども見えるところから、どうやらそこが老爺の自室らしい。やがて自室から銅貨と古い上着数点手にして戻ってくると、老爺はなくすんじゃねえぞと衣類と銅貨を飯台の上に置いた。


「なんか食べていくか」

「でも、お金がないから……」


 もじもじする少女になあにと老爺が明るく言った。


「余った料理で簡単なもんをつくるだけだ。それで構わないならただで良いんだぜ」

「うん、ありがとう」


 少女は小さな声で礼を言った。

表情にこれといって変化はないが、恥ずかしがっているようだとトウマは少女の仕草や雰囲気から察した。たしかに可愛らしい子ではあるが、所詮は他人である。老爺の少女に対する可愛がりは孫にでも接しているように思えた。


 ――そんなにかわいそうなら……。


 だったらこの家で養ってやればいいのにと、トウマは心の中で思ったが口には出さず、すぐに後悔の念が襲ってきた。人にはそれぞれ事情がある。多く語らないのにも理由があるのだろうし、裕福そうにもみえない老人が、人の世話をしているだけでもなかなかできるものではない。昨日今日来た人間が訳知り顔で正義感を語るものほど滑稽なものはなかった。

自分の浅はかな考えを抱いたことを恥じながら、トウマは誤魔化すように声を掛けた。


「それにしても、ずいぶんとこの町は寂しいな。ちょっと前から外国からも流れ者が集まっていると聞いたけど、そのせいかい」

「とくにひどくなったのは、ここ一ヶ月ばかりよ」


 老爺が苦々し気に言った


「この町にはもともと、ツマサキて親分が町を仕切ってよろしくやってたんだ。で、ツマサキの手下にワキノなんて奴がいる。ツマサキの筆頭頭みたいな奴だったんだが、戦争直後に皆がてんやわんやしてるとこを良いことに、ワキノの奴が急に力つけやがった。それからなんかの利権めぐってツマサキとワキノが仲たがいしてから抗争が始まりやがってよ。そんで一ヶ月ほど前に腕の立つ用心棒なんかも雇いやがったんだが、みんな表に出るのを怖がってそれから町はこの有り様よ」

「この町にだってお役人いるんだろ。どうしてんの」

「元々が戦中でもツマサキに頼ってのんびりやってた町だから役人も数が少なくて腰抜けだ。奴らはワキノよりその用心棒が怖くって手も出せねえらしい。近々、軍隊呼ぶかどうかて噂が俺たち唯一の救いかな」

「軍隊まで呼ぶのか。よほど強い用心棒みたいだな」

「ワシたちは、その用心棒を〝クロバナ〟と呼んでいる」

「クロバナ? 変わった名前だな」

「ああ、そいつはな……」


老爺が言い掛けた時、表の通りがわっと騒然となった。戸の締まる音が次々とし、男が一人、血相を変えて店内に顔を出してきた。


「おい、“クロバナ”の野郎が手下を連れてこっちに向かってくるぞ!」


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