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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
逆襲の〝白髪鬼〟

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19/203

俺はそうだと決めたんだ

 局長室を出て一階の事務室に戻ると、トウマは大きく息を吐いた。

 結局、トウマは警護の依頼を断ったのだが、後ろめたい気分がトウマをひどく落ち込ませている。

 今は疎遠となり国の反逆者となったとはいっても、クロン・ステイシアがかけがえのない戦友であったという気持ちはゆるぎない。刃を向けて戦うなど考えられなかった。

 そんな自分の気持ちを正直にミラルカへ伝えると、ミラルカは小さく微笑した。


「まあ、しょうがないよ。軍にいたらやらなきゃいけなかっただろうけれど、だからこそ軍を離れたとも言えるしね。俺もだけど」

「申し訳ありません」

「いや、これは軍がやるべきことで、トウマ君が責任を感じる必要はない。軍からの依頼と言っても退役軍人に権限や情報を与えるとは思えない。純粋に任務を遂行させるには余計な情報を与えずに目標を絞っておいた方が良いからね」

「そう、ですね……」

「でもそれは、何か不都合があっても教えてくれないてことだ。それを軍から離れた君にやらせるのはどうかなと思うよ」

「……」


 トウマ・ライナスも傲慢ではない。いかにトウマが優れた戦士であっても、所詮は一部隊の隊長でしかなかった。何が起きても代わりはいくらでもいるのだというくらいは理解している。


「おそらく、クロンが君を見れば警戒することは間違いない。関係者のそばにいたら盾代わりには心強いと思ったんだろうな」

「……」

「ま、そういうわけだ。せっかく仕事が早く終わったのに悪かったね」


 そこまで言うと断りは自分が伝えると言って、トウマには帰るよう促したのだった。

 正直に答えたはずなのにトウマの心は晴れなかった。自分の出した答えに確信が持てず、葛藤の中で大きく揺れ動いている。

 クロンの実力がいかに化物クラスとはいっても、青の国にも人がいないわけではない。ましてや〝紅の国〟との国交正常化といういかに策をめぐらしたところで厳戒態勢にある警備陣を突破するなどトウマでも自信はなかった。顔も割れて追われている身であるなら国外に脱出した方が得策で、自分が暗殺者の立場ならそちらを選ぶ。

 しかし、とトウマの中で再び逆接が繰り返され、まだ多くの職員が残る事務室内を見渡した。

 トウマが知っているクロン・ステイシアは意志を曲げるような男ではない。


 ――奴が動いたら俺はどうするんだ?


 その答えが見いだせないまま、トウマは視線を宙にさ迷わせていた。

室内を見渡す中で、ふとアリサ・サーバンスの隣でルークとなにやら会話している光景が目にとまった。

 仕事の話と察しがつくのは、ルークが深刻な顔つきで書類をめくりながらペンをはしらせ、アリサが素早く指示しながら忙しそうにタイプライターを打っているからだった。アリサのタイプライターを打つ手は滑らかで、数か月前の新人の頃とは別人のように思える。

 棒切れのようだった義手も新しく取り替えられ、金属製の人の手のような義手に替わっていた。

 見た目だけではなく指先がアリサの意思によって稼働する精巧な義手で、ミラルカ局長が軍を通して手配した軍の試作品である。

 まだ慣れていないこともあって軽い鉛筆が持てる程度ではあったものの、簡単な筆記ができるまでには扱えるようにはなっている。乱れた字で自分の名前を書き終えた後、普段はポーカーフェイスで感情を表に出さないアリサが大粒の涙を流して喜んでいたのを、今でもトウマの脳裏に焼きついている。

 ひどい苦痛を伴う接合手術と耳にしてはいたが、それ以上の価値をアリサは手に入れたのだとトウマは思った。


「ルーク、どんな具合だい」


 頭をかかえるようにして書類を凝視しているルークが心配になって、トウマは背後から声をかけた。手が空いたら手伝えばとは言ったものの、少年ひとりを職場に置いて先に帰れるほどトウマは冷たくはできなかった。ルークを手伝うつもりで訊くとアリサが大丈夫ですと代わりに返事をした。


「庶務関連の書類をチェックして仕分けしてもらっていたところです。ルークのおかげでこちらの仕事もはかどりました。もう帰ってもらっても問題ありません」

「ほんとに大丈夫か」

「はい。本来は私の業務ですし、こちらがお礼をいいたいくらいです」


 お礼と言いながらタイプライターを打つ手を休めないアリサの口調は、相変わらず平坦でひどく素っ気ないようにも聞こえる。しかし、本人なりに感謝しているのだということは、それなりの付き合いで伝わってくる。


「じゃあ、お言葉に甘えて帰らせてもらうよ」

「……それと、トウマさんに確認をしたいのですが」

「何の確認?」

「エルザドに出発するのは、来週の月曜日からとなっていました。ですがさきほど、局長から一度保留という指示があったのですが、そのことで局長からなにかお話ありましたか」

「ああ、あれね」


 トウマは来週の月曜から、エルザドという町まで手紙を配達しにいく予定となっていた。出発準備のため、庶務係のアリサが馬や荷物などの手配に関わっていたのだ。保留にしたというのも、日曜の式典を考えてのことだろう。万が一予告通りにテロが起きてトウマが倒れれば、配達どころではなくなる。


「後で局長から話あると思うけど、予定通りだ」

「そうですか」

「コレルの調子はどう?」


 コレルは配達士(ポストマン)に就いてからの相棒である馬の名前だ。もっとも名前を知ったのはつい最近で、アリサからは「案外、冷たいですね」と白い目で見られたものだが。


「問題ありません。健康状態も良好です」

「そうか」


 と、そこでアリサがようやくタイプライターを打つ手を休めてトウマに体を向けた。ほんのり頬が紅くなっていて、そんな時のアリサはやけに可愛らしくなるので、トウマとしても反応に困ってしまう。


「日曜はお時間ありますか」

「日曜? 多分、大丈夫……だろうけど」


 断ったとはいえ、式典とクロンのことを考えると、どうしても曖昧な返事にならざるをえない。

 それにミラルカからは、混乱を避けるためにクロンのことを口留めされている。


「お時間ありましたら、一緒に式典を見に行きませんか」

「え、俺と?」

「どうでしょう。月曜日には出発ですし、式典の後で軽くご飯でも……」

「あ、いいですね。僕も行きますよ」


 二人の間に突然、ルークが割って入ってきた。話をしている間に自分の仕事は済ませてしまったようで、仕分けされた書類が机に並べて置かれている。


「あ、あの、私は……トウマさんと……」

「今日はお世話になっちゃいましたからね。そのお体じゃ大変でしょうから手伝わせてくださいよ。トウマさんも月曜に出発だから、トウマさんを疲れさせないようにしないと」

「……」


 アリサの表情の変化があまりに微妙なので、ほんのり紅潮させてトウマを誘ったのも、ルークに対して迷惑そうに眉間を寄せたのも、少年はまるで気がつかないで無邪気に笑みをたたえている。真っ直ぐで明るい性格はアリサも好ましく思っているが、こんなときにはただの迷惑でしかない。いくら子どもでも、もうちょっと察してくれたらいいのにと内心、アリサは憮然としていた。


「ねえトウマさん、僕も行っていいでしょ」

「俺はまだ行くとは言ってないぞ」

「じゃあ、行きましょうよ。この歴史的なイベントを、見逃さない手なんてないですもん!」

「歴史的ねえ……」


 抜刀隊時代、戦線から少しでも後方にさがれば式典の箔づけのために参加しなければならないことが何度もあった。腹の立つことばかりで、長い分列行進や大袈裟に磨き立てて装備品を手入れしなければならなかったし、炎天下でも直立不動の姿勢でうんざりした記憶しかない。立場上、不平不満を漏らす部下を叱ってはいたものの、内心ではトウマも部下たちと気持ちは同じだったのだ。

 そんな嫌な思いでしかないのでテロ云々以前に、格式ばった式典など目にもしたくないのだが、目を輝かせているルーク少年の瞳が眩しくて行くなとも嫌だとも言いにくいものがある。

 それにクロンなら無関係な人間には手を出さない。トウマが知っているクロンは常に最大限の努力をして最善を尽くし、部下の死を心から悼み哀しむ男だった。〝白髪鬼〟と恐れられるその白い髪も、戦場での度重なる心痛によって染められたものだ。

 意志が強くて優しく、そして誠実でどこか儚げ。

 トウマが知っているクロン・ステイシアとはそんな男で、守ろうとした市民を巻き添えにするとは考えにくい。

 それにたった1名のクロンに何ができるだろう。追われる身としては国外に逃亡する準備に忙しく、式典に襲撃を仕掛ける余裕などないはずだった。

 襲撃はない。

 そう決めつけることで、トウマは自分を強引に納得させることにした。


「……じゃあ、3人で行こうか」


 トウマが了承すると、はしゃぐルークを横目にアリサは少し複雑そうな表情を浮かべていた。

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