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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
その男の名は“イチ”という

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174/203

お前はお前で良い

 クロン・ステイシアの刺すような視線に対して、シーリングは動じた様子も無く話を続けた。


「リーマからも聞いてはいるだろうが、トウマたちには何度も計画を邪魔され、我々にとっては厄介な連中だ。活動拠点のひとつとして目をつけていたデサントという町も、手紙の配達にやってきただけのトウマが、首を突っ込んできて阻止された。アリサ・サーバンスに対しても殺し屋を向けたが返り討ちに遭っている」

「……俺がトウマたちを、始末しろということか」

「君の実力を思えば、そうするのが一番良い」

「……」

「しかし、今のアオルタはベルファネスのようにはいかない。先の殺し屋はアリサの始末に失敗したどころか、一般人も複数巻き込んだために騒ぎとなっている。“彩花衆ラフレシア”にとって厳戒態勢という状況で、簡単には人を送れない状況だ。お尋ね者として顔も知られている君を送ることはできない」

「……」

「雇った殺し屋も相当な実力者で、あれ以上の殺し屋もなかなかいない。連中には連中の繋がりがあるのか、何人か当たってみたが断られたよ」

「……それで、俺にどうしろと」

「トウマに対抗できるような、或いは同等の技量を持つ人物に心当たりはないか。抜刀隊や他の特殊部隊でも良い。君なら何人か心当たりがあるんじゃないのか」

「知らんな」


 クロンは目を細め、吐き捨てるような口調でそっぽ向いた。

 言いながら、クロンの脳裏には一人の男の姿が浮かんでいる。

 丸顔で大柄な男。

 笑った顔がやけに愛嬌がよく、周りからも好かれていた男。

 どこで学んだのか詳しくは聞かなかったが、整体術の腕前があった。

 目が見えないため、抜刀隊三番隊では雑用係として使われていたが、トウマ・ライナスの手ほどきを受け、尋常ではない腕前となった男。

“イチ”という男の姿が脳裏にある。

 そんなクロンの背中を、リーマは後ろからじっと見つめていた。

 リーマの視線に気がつかないまま、クロンは声を荒らげて話を続けた。


「俺がアオルタでどんな活動に関わっていたか、忘れたわけではあるまい。元々は見捨てられた兵士や家族たちへの救済や補償のために活動に参加していた」

「……」

「それなのに、救うべき戦友たちをトウマと戦わせるだと?バカなことを言っては困るな。俺は貴様らに助けられた恩義もある。汚れた仕事もしよう。だが、戦友たちを売るような真似など出来るか。巻き込むことは許さんぞ」


 クロンは鋭い目でシーリングを睨んだが、シーリングはあくまで平静で、無言のまま見つめ返してくる。


「用がそれだけなら、もう帰るぞ。トウマとの決着が必要なら、俺を使え。そのために俺がいる」


 しばらく無言の対峙が続いた後、そう言ってクロンが踵を返した。

 だが、シーリングは引き止めることをせず、平静な表情を保ったまま、シーリングを見送っている。

クロンの後をリーマが追っていく。

扉が閉まった後も、シーリングはじっと扉の方へと視線を注いでいた。


「珍しく、あの男が怒っていたな」


 それまで無言のままふたりのやりとりを見守っていたラムザが言うと、シーリングは肩をすくめた。


「仕方ありません。反政府という点では一致していますが、我々とは目的が違いますからね」

「しかし、どうするつもりだ。貴様もリスクが大きすぎるからと、組織の人間をトウマたちとは戦わせたくないと言っていたじゃないか」

「リーマが報告に来てからですね。すべては」


 あの獣人族の女かと、ラムザは首を捻った。

 顔を合わせてから間もないが、リーマという女が常に冷静な表情を保ちつつも、クロンに心を寄せているのはラムザでもわかっていた。


「クロンとは随分と懇意にしているようだが、迂闊に口にするとは思えんがな」

「口にはしないでしょうが、明日の午前中までには、何らかの収穫はあるはずです」

「やけに自信があるな。何故、わかる」

「そうですねえ……」


 そこまで言って、シーリングは自分の腕時計を見た。時刻は午後2時になろうとしている。シーリングはビジネスバッグの他に、ボストンバッグを手にとった。


「失礼。そろそろジムに行く時間ですので、詳しい説明は明日の方が良いでしょう」

「キックボクシングという競技のジムだったか?そんなジムに行く時間があれば、ここで十分ではないか。稽古くらいつけてやるぞ」

「勘弁していただきたい。あなたとでは、レベルが違い過ぎてついていけませんよ」


 シーリングは首を振って断ってきた。


「私にとっては強さを追求するというものではありません。実戦的な運動をすることで、動きの柔軟性や、精神に刺激を与えることを重視しているのです」

「……」

「それに、そのジムはクロノス銀行の取引先のひとつ。営業を兼ねて挨拶しにいきませんと。何をさぼっているのかと部長に叱られてしまう。これでも中間管理職ですからね」

「……そういうものか」


 釈然としないものがラムザの中にあったが、シーリングのやりたいようにさせることにした。

 戦車を速射砲など近代兵器の登場とともに、魔法の在り方も変化をしている。

 長い詠唱によって精霊たちの力を借りて発現させる魔法から、より迅速に対応できる自身の精神を具現化する魔法が主流となっている。

 精神の力、“魔力”というものが具体的にどういうものかは、集中力が高い者にも強い魔力が確認されるるなど様々であるため、数多くの議論されていて結論は出ていない。

 ただ、魔力の増強には体力も大きく関わっており、トレーニングによって体力が増せば、魔力も増すことは長い戦乱を経て判明している。さらに魔力が増せば、肉体も強化されることがわかっている。

 厳しい訓練を積んだ優秀な兵士が矢や刀に魔力を帯びさせて戦車の装甲を貫き、嵐のような弾丸もかわして斬ることができたし、着弾しても結界は爆風を防ぐほどの強度を持つ等の報告や記録は、各国でも残されているからだ。

 戦時中、優秀な兵士には優れた魔法を使える者が多かったこともあって研究が進み、近年では、筋トレやスポーツなどで分泌されるアドレナリンやドーパミン、エンドルフィンなどの脳内物質が精神に作用し、その影響は魔力の向上にも繋がっているとも言われている。

 そんなこともあって、シーリングも週に2,3回ほど1時間ほどジムへ足を運び、ミットやサンドバッグ、スパーリングで汗を流している。筋は良い方らしい。心肺機能強化のトレーニングや一般的な筋力トレーニングも、隙間時間を見つけては毎日行っているという。

 ラムザにしてみればお遊びのようにしか思えない練習時間ではあるが、それでシーリングを軽んじることはしなかった。

 クロノス銀行の銀行員として様々な顧客と会うため各地を飛び回ると同時に、“彩花衆ラフレシア”のリーダーとして活動している。ラムザも王として君臨していたが、当時の大臣たちに政治や外交関係については丸投げしていた。もし、まともに王の仕事に取り組んでいたら、シーリングと同様の時間しか確保できなかっただろうと思うのだ。隙間の時間を見つけて、積極的に励むシーリングを笑う理由などどこにもなかった。

 ただ、ラムザには懸念がある。


 ――戦う者の姿勢ではないな。


 以前、ベルファネスでの事件に区切りがついた時、シーリングに万が一の際には手を貸すようラムザは頼んだことがある。

 トウマ・ライナスや魔族の末裔であるルーク・ターレスはもちろん、強力な魔法の使い手であるアリサ・サーバンスもラムザにとっては侮れない存在ではあった。元は肉弾戦も得意としていたことは聞いたことがあるものの、ベルファネスの戦闘でアリサが使用した光弾の魔法は、呪文を無効化する自分のためだけに編み出した魔法だろうとラムザは思っている。

 魔力を極限まで圧密させて物質化することで、無効化能力を持つはずのラムザに強烈な衝撃を与えてきた。岩や鉄球を投げつけて攻撃してくるようなものだが、岩や鉄球を操るには相当な魔力を消耗するし、ラムザ自身がまとう魔力が鎧代わりとなって、そちらはさほどダメージを受けることは無い。未解明な部分が多い魔法だからこそ出来ることだった。

 次の戦いで負けるとは微塵も思ってはいないが、油断のできる相手ではない。


 ――シーリングの“星羅連環コード・コネクト”『自体』は、確かに無敵だが……。


 シーリングには言っていないが、ラムザの目にはわずかな隙があるように感じられた。

 時間を極限までに鈍化させ操る“星羅連環コード・コネクト”ではあるが、シーリングは攻撃に魔法を選ぶ。

 同時に魔法を使うことは至難の技で、一回の使用で一種類の魔法が原則で、シーリングが魔法で攻撃をするのなら“星羅連環コード・コネクト”を一旦は解除しなければならない。瞬きするほどの時間でしかないが、その隙をつくってしまうのはどうなのか。

 だが、それをシーリングに告げようとは思わなかった。

 懸念といった程度で、致命的な欠点とまでは言えないからだ。

 トウマレベルの剣士といっても、その隙をつくのは厳しい上に“星羅連環コード・コネクト”を前にすれば、何もわからないまま倒されるだけだろう。

 

 ――それに。


 ラムザは苦笑した。

 シーリングが求めているものは政治に携わることであって、そんな男に戦士としての姿勢を求めても仕方がない。

 人にはそれぞれ役割がある。役割に応じてやり方も異なる。

 ラムザは再び稽古場へと足を向けた。

 大広間の中央に立つと、再び結界を張り巡らせた後、印を結んで魔法陣を浮かび上がらせる。

 召喚魔法により呼び寄せた巨大な黒い複数の影が、魔法陣から伸びていく。

 ラムザの稽古相手のために呼び寄せた悪魔たち。

 相手のことなどまるで無知な悪魔たちは、丸い目を爛々に光らせながらラムザの動向を窺っている。美味そうな餌を見つけたと思っているのかもしれない。そんな悪魔たちを前に、ラムザは不敵な笑みを浮かべたまま腕組みをしている。知能は低そうだが、何を仕掛けてくるかわからない分、手ごたえはありそうに思えた。


「さて、やるか」


 闘神としての鍛錬が再び始まろうとしていた。

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