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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
“凶刃”のギオン

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残念だがな

「トウマさん……!」

「うらあぁぁぁぁぁっっっ!!」


 咆哮しながら、トウマは身をよじった。魔法陣を右に動かすとともに、ギオンの拳も右側へと逸れていく。それ以上耐えていれば、力が遥かに勝るギオンの拳に結界もろとも粉砕されていただろう。髪の毛よりも細い、ほんのわずかなタイミングを見計らう判断力や、実行できるだけの力と技量も必要なはずである。それをやってのけたトウマに、たいしたものだとラムザが思わず感心するほどだった。アリサも自分の状況を一瞬忘れて驚愕の色を浮かべていたが、トウマだけは表情を変えず、しっかりつかまっていろと叫んで、抱える腕に一層、力がこめてきた。


「今度は俺の番だな」

「……え?」


 独白のように発した言葉の意味がわからず、アリサが聞き返そうとした瞬間だった。

猛烈な衝撃波がトウマとアリサを襲い、2人の体は木の葉のように激しく回転しながら吹き飛ばされていった。凄まじい圧力に天地が回転して上下もわからなくなった。風圧で目もろくに開けられず、地鳴りにも似た轟音がアリサの鼓膜をろうした。衣服越しに伝わるトウマの体温と、腕の強い力だけが確かな感触だったが、何か強い衝撃があたって腕の力が緩むと同時に、轟音も遠ざかっていった。ただ、戦闘と衝撃波の影響で大量の砂や粉塵が宙に舞い上がっているのだろう。砂塵独特の不快な臭いが、アリサの鼻腔を刺激していた。


「トウマさん! アリサさん!」


 暗闇の中でルークの声が響きアリサが顔を上げると、砂塵の中からルークが涙を溜めながらテマから降りてくるのが見えた。テマの傍らにはコレルが心配そうに視線を送ってくる。吹き飛ばされた影響なのか、頭が痺れた感覚はまだ残っていてぼんやりとルークを追っていたが、ルークが自分の傍まできて膝をつき、その視線の行方を追った瞬間、頭の中の痺れは消え去り、一気に覚醒していった。

 アリサの体の下で、全身の至るところから血を流し喘鳴しているトウマ・ライナスの姿がそこにある。アリサを抱えていた右腕は袖が破れてひどい擦過傷があるものの、腕の形を保っている。しかし左腕は奇妙に捻じ曲がり、指もあらぬ方向に向いていた。腹と右の太ももには建物の柱に使われる鉄筋の一部が突き刺さっていた。


「やあ、アリサちゃん……。ご機嫌よう」


 生きているのが不思議なほどの状態にも関わらず、トウマはニヤリと笑ってみせた。


「さっき……、俺は、兵隊さんに助けられたからさ。今度は俺がアリサちゃんを護らないと」

「……」

「たださ。結界で、なんとか出来ると思ったけれど……、さっきより勢いが強くてまいった……」

「わかりました。わかりましたから、もう喋らないで。すぐ治します!」


 アリサは悲鳴にも似た声をあげ、治癒魔法を掛けながら慎重に鉄筋を抜いていた。ルークは添え木代わりになるものがないかと、いそいで周囲を見渡している。トウマを傷つけた鉄筋も添え木代わりにはなるが、2本だけでは足りない。近くには兵士や市民の死体が転がっている。剣の鞘や衣服などを切り裂けば、添え木や包帯代わりくらいには使えるはずだった。治癒魔法を変形した怪我の状態で治しても、筋肉や神経、骨が融合してしまうなど、後に後遺症へ繋がってしまう。重傷者に対し、せめて添え木などで形を整えるのは治癒魔法を行う上で常識だった。


「アリサちゃん……」

「トウマさん、ごめんさい。私が先走ったばかりに……。ごめんなさい……!」


 慙愧と後悔の念が胸から溢れ出し、涙がアリサの頬を濡らしていた。義肢となった自分には、以前のような戦う力は失われ、戦いから退いたはずだった。だが、これまでに“彩花衆ラフレシア”との争いや闘神ラムザとの戦いを経て、まだ自分は十分に戦えるのだと思い込んでしまっていた。それは過信と言ってもいいのかもしれない。戦えたのは周りの援護があってこそで、トウマの言葉にしっかりと耳を傾けているべきだったのだ。涙をこぼしながらうなだれるアリサに、トウマが再びアリサの名を呼んだ。しかし、その声はあまりにか細くて、自分の失態に打ちひしがれているアリサの耳までは届かなかったようだった。

 アリサちゃん、と更にトウマは声を掛け、今度は右腕でアリサの手を握ってきた。ようやく、アリサは我に返って顔にあげると、トウマの弱弱しい視線と正面からぶつかった。


「……逃げろ」

「え?」

「俺のことはいいから、ルークと一緒にここから逃げるんだ。この煙が消えたら……、ギオンの野郎は間違いなくこっちに向かってくる。まだ煙がのこっている今しかない」

「そんな、置いて行けるわけないじゃないですか!」

「コレルたちの負担になるから……、余計な荷物はない方がいい」

「ダメです! 逃げるなら一緒に……!」

「……」

「トウマさん……?」


 急にトウマの反応がなくなり、アリサの手を握っていた手もするりと地面に落ちて乾いた音を立てた。トウマの顔がみるみる青ざめていく。数えきれないほどの死を目の当たりにしてきたアリサにはわかる。死がトウマの生命を肉体から押し出そうとしていることが明らかだった。

 これまでのアリサなら、“戦乙女ヴァルキリー”だった頃のアリサ・サーバンスであれば冷静沈着に相手を看取っていた。だが、今のアリサは“戦乙女ヴァルキリー”の頃のアリサではない。そしてその死を迎えようとしている相手が、トウマ・ライナスであれば冷静沈着などでいられるはずもなかった。


「いや……。こんなのって……。こんなのいやだ! トウマさん、トウマさんてば!」

 

 だが、トウマは沈黙したままで、アリサの必死な呼び掛けも空しく響くだけだった。トウマを蝕もうとする死へ抵抗するかのように、泣き叫びながら治癒魔法を掛け続けている。戻ってきたルークは、かき集めてきた添え木や包帯代わりの衣服の切れ端を抱えたまま、力を失ったように地面に膝をつき、むせび泣いていた。アリサに怒鳴られ、トウマの治療に当たったが、状況をずっと見物していたラムザの目には焼け石に水、といった行為に思えた。


「シュオンクと同じ……、か」


 ラムザは重いため息をついた。

 終わりだと思った。

 ギオンとの戦いの決着も、トウマ・ライナスの命も。

 たしかにトウマたちに対して興味を持ち、それぞれ評価している。

 かといって、敵に手を貸すほどラムザもお人好しではない。

 史書によれば動きを封じられたシュオンクは、自らの口から放った炎で自分の両腕を焼き切り、代わりに両腕からそれぞれ炎を生やして戦ったと記述にはある。後は「惜しくも敗れた」と簡単にあるだけで内容はわからない。しかし、強引に自らの腕を引きちぎったギオンとやり方は異なるが、どちらにしても自分の身をちぎってでも戦うなど、尋常な精神状態で出来ることではないだろう。だが、かつての側近と重ねたラムザではあったが、醜く暴れまわるだけだったギオンの勝利の理由が、精神力の勝利とは思いたくはなかった。ギオンが異常だったから起きた事故のようなものだ。

 アリサの行動は、間違ってはいない。

 状況が同じなら、自分でもそうしただろうとラムザは思った。

 だが、やるべきことをしても、起きてしまうものはあるのだ。

 自分が自ら築いた王朝を、滅亡させてしまったように――。

 そこまで考えが及ぶと、ラムザは首を振った。

 余計な考えだと、意識を地上に向けた。


「何にせよ、一波乱起こしてしまったな。アリサとやらは」

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