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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
“凶刃”のギオン

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130/203

まいったな。こいつは、ハードボイルだぜ

 ギオン・ダグオンの姿を目の当たりにし、不意にひりひりと右目がうずきだした。アルは思わずさするようにして右目を手でさするように覆っていた。

 ここから、どう動くべきか。

 アルはギオンを注視しながら、思考を目まぐるしく回転させていた。ギオンは同じ部隊に所属していた人間で、アルにとっても上官にあたる男でもあったが、トウマやクロン・ステイシアと違い“戦友”と呼ぶには程遠い存在だった。

 のこのこと表に出ていって、平和に事が進むなどとアルは思ってもいない。しかも戦闘の直後で殺気立っている。

 現在もすでに屍と化した男たちを剣で突き刺しているが、死体を弄ぶような男相手に、無事で済むわけがない。

 

 ――道を変えるか。


 リイサを連れ去った警備隊は、大広場を抜けて北側に向かったという。警備隊を追うには、大広場を通過した方が近道ではあると思えたが、おそらくギオンに見つかってしまう。急がばまわれという古いことわざを思い出しながら、アルは決断した。アルはギオンに気配を察知されないよう、慎重に建物の勝手口へと足を運ぼうとした。


「それで隠れているつもりか!」


 ギオンの怒鳴り声が轟き、振り向きざま、いつの間に拾い上げた瓦礫のひとつをアルの方向へと勢いよく投げつけてきた。


 ーーまずい、バレた!


 アルは咄嗟に身を床に伏せた瞬間、玉子を潰したような異様な破壊音が天井の向こう側から聞こえた。続いて、何かが倒れる重い音がした。アルがそっと顔を上げて窓に目を向けると、赤い血が窓ガラスに流れ落ちている。


「隠れるなら、もうちょっとうまく隠れな。巡吏程度の腕で俺を倒せると思うなよ」


 ギオンのせせら笑いが、床に伏せるアルの頭上を通り過ぎていく。

 話の様子から、警備隊が一人のこっていて、ギオンを狙撃する機会を窺っていたというのは想像できた。表に出ればその正体もわかったろうが、今のアルにはその勇気はわかなかった。難を逃れたことにわずかに安堵したアルではあったが、これでは容易に動けないという考えが次に過ぎると、再びスタート地点に戻ってしまったような気分になっていた。


「ギオン隊長がどこか行くまで、様子を見るしかねえのかな」


 リイサとの距離がますます離れてしまうが、かといって、アルにはどうしようもなかった。金縛りにでもあっただった。

 再び、ひりひりと右目がうずきはじめる。


「俺のとうちゃんを返せ!」


 甲高い声がアルの鼓膜を刺激した。弾かれるように体を起こし、窓から外を覗くと、男の子がギオンに向かって石を投げつけている。10歳にも満たない小さな男の子で、力もないために石はギオンの足元に届く程度だった。だが、男の子は涙を浮かべながら、鬼のような形相で石を投げ続けている。


「なんだ、小僧。俺様に用事か」

「とうちゃん……、とうちゃんを返せ!」

「とうちゃん?ああ、こいつらの誰かが、お前のとうちゃんなのか」

「よくも……、よくも……!」

「とうちゃんというヤツはこいつかな?」


 言うなり、ギオンは屍と化した男の一人を青龍刀で刺した。男の子の反応を試しながら次の屍を刺した。


「それとも、こいつか。おっと、違ったようだな」

「……趣味が悪いな、相変わらず」


 アルは嫌悪感を覚えながら、苦々しげに呟いた。血を好み、相手を苛む悪癖は軍隊時代でも何度も目撃している。敵味方、軍人民間人問わず相手を苛み、時には死にも至らしめる。


「もしかして、こいつかな」

「やめろ!」


 ギオンが巨大な鎌を武器としていた男を刺した瞬間、男の子が絶叫した。ギオンは動じた様子もなく、それどころか可笑しそうに男の子を眺めている。


「そうか、こいつがおめえのとうちゃんか。だが、残念だな。こいつはもう肉の塊だ」

「……」

「おめえの父ちゃん、弱くて残念だったな。何の手応えもなかったぜ」

「うるさい!とうちゃんを馬鹿にするな……」

「反抗的な目をしてやがるな。気に入らねえ。だがな、俺はそういうヤツは好きなんだぜ」

「……」

「そんな目をした奴が、絶望に落ちる様てのが俺は好きでよお」


 ギオンの醜悪な笑みがさらに大きくなった。

 容赦なく斬るつもりだとアルは直感した。

 逃げろと叫びたかったが、無駄だとは頭のどこかでわかっていたし、何より全身が硬直したようで声も出せなかった。かたかたと小さく物がぶつかる音がする手元を見ると手にしている銃の先が、床にぶつかっている音だった。そこで初めて、アルは自分が震えていることに気がついた。

 くそ、とアルは自分を罵った。


 ――あの人に負けない実力はあるだろう、アルフレッド・フォークナー!


 軍では何度もライト級ボクシングで王者となり、剣や銃の腕前、徒手格闘術、魔法でも部隊で一目置かれていた。難敵と戦い、幾多の死線をくぐり抜けている。ギオンの膂力はたしかに人間離れしているが、いかに凶暴であっても総合的に見れば、ギオンに引けを取らないという自負はある。

 しかし、アルは動けないでいた。

 全身に脂汗が滲み、ギオンと退治する男の子と過去の忌まわしい映像とすり替わった。男の子の姿が襤褸をまとう傷だらけの少女と重なる。

 アルの右目が激しくうずきだした。痛みなど感じないはずなのに。

 ヒュンと風を切る音が聞こえ、悲鳴が上がった。我に帰ると男の子の頬から鮮血が流れている。子供を弄ぶつもりなのだろう。


「どうした。我慢しないで泣けよ。子供は素直じゃねえとよ」

「とうちゃんを返せ……。ゆ、許さないぞ」

「次は右腕でも斬り落とすか。その次は足にしてやろうかな。どこで、どんな表情に変わるか楽しみだぜ」


 ギオンの巨大な影が、男の子をゆらりと覆った。男の子は顔面を蒼白にし、両目には涙を溜めていたが、それでも歯を食いしばり、真っ直ぐにギオンを睨みつけている。


「ほら、早く泣き叫べよ。命乞いをしてみろ」


 ギオンは大きく青龍刀を振り上げた。ギオンの技量ならわざわざ大げさに構える必要などないはずだったが、男の子に力を誇示し、恐怖を植え付けるつもりなのだろうと容易に想像ができた。


「やめろ!」


 一気に感情が沸騰し、アルは叫ぶと同時に複数の銃声が耳元に鳴り響いた。手には重い衝撃が伝わり、硝煙の臭いが鼻腔を刺激する。自分にも意識はなく、気がついた時にはギオンに向けて発砲していた。無意識な行為でも狙いは正確で、突然の銃撃に、ギオンは思わず飛び退いている。醜い笑みを消し、アルに向けて鋭い視線を向けている。


「この俺様に、気配を感じさせねえとはな。褒めてやる。出てこいよ」


 褒めてやると余裕を感じるような言い方ではあったが、その声にはわずかに強張りが含まれていることに、アルは気づいていた。不意を疲れてプライドを傷つけられたのだろう。あの人はそういう人fだ。アルはそこまで考えると、自分の頭の芯が冷えていくような感覚を抱いた。震えも止まっている。

 アルは体を起こし、居酒屋からゆっくりと表へと歩き出した。大広場まで出ると、太陽の光が崩壊した建物の正面からアルを眩しく照らしてくる。薄暗い店内から急激に変化したせいで、アルは思わず中折れ帽子を傾けた。

 それを余裕を見せたと勘違いしたらしく、随分と格好つけんじゃねえかと、ギオンの苛立った声が響いた。


「お前、どっかで見たな」

「……」

「巡吏を始末してやったと思ったが、その下に隠れていやがったとはな。射撃の腕前も相当なもんだ」

「……」

「だがよ、二度は喰らわねえぜ。なんせ俺様は……」

「……元抜刀隊二番隊隊長ギオン・ダグオン様だからよ、ですか」

「あん?」

「相変わらずですなあ、ギオン隊長」


 アルはつばを上げ、ギオンを正面に見上げた。しばらくの間、ギオンはきょとんとした面持ちでいたが、何かに思い当たると、少し目を丸くさせてから急に破顔となった。

 こいつは驚いたとケタケタと笑いながら、がなるような声が大広場に響き渡る。見た目では腹を抱えて哄笑しているギオンではあるが、油断のない視線をアルは見逃してはいなかった。大丈夫とアルは自分に言い聞かせた。あの人のことはわかっている。何があっても対処できると。


「やっと思い出したぜ。変な格好しているから、トウマといる時には気づかなかったけどよ」

「……どうも」

「こうやって向き合うのも、軍では無くなっていたな。“元二番隊”のアルフレッド・フォークナーさんよ」

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