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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
“凶刃”のギオン

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120/203

集中しろ

 刃と魔力をまとった拳が交錯し、生じた衝撃波がトウマとラムザを一瞬のけぞらせるが、真っ向からの力勝負では押されているのはトウマの方で、直後に次の攻撃を仕掛けてくるのは必ずと言って良いほどラムザのパターンとなっている。

 ラムザの膂力は以前よりも増しており、トウマは正面からの力押しでは不利だと感じていた。いつもなら魔法攻撃も混ぜて相手の虚を突くところなのだが、拐われたリイサを追わなければという焦りから冷静さを失っていることに加え、魔法を使えば街への被害という意識もあって、攻撃が単調となってしまっている。


 ――このままだと、まずいな。


 一度は距離を取り、冷静さを取り戻す必要を感じていたが、ラムザもトウマの動揺を見抜いて、容易に間合いから抜け出させない。ラムザの鋭い攻撃に押され。防戦一方となっていた。

 ようやく、わずかな間隙を見つけると、トウマは思いっきり踏み込んで袈裟斬りに剣を振るった。だが、それはラムザの誘いのようだった。手刀で剣を跳ね上げると、そのまま反転し、ガラ空きとなったトウマの腹部を強烈な後ろ蹴りが抉っていた。


「……!」


 息が詰まり、一気に膝の力が抜けてトウマはその場に崩れ落ちた。頭部にダメージを受ける場合とは異なり、意識ははっきりしている。あっけないなと、ラムザの勝利を宣言するかのような哄笑が、トウマの耳をろうした。


「貴様と戦うことを第一の目的としていたが、こんなものか。いや、どうやら私が強くなりすぎてしまったようだ」

「……」

「復活した時、まずは貴様を始末し完全に勝利することを目的をしていたが、今日で貴様の役目も終わりだな」

「……」

「トウマ・ライナス、我が戦歴の糧となって死ねい!」


 右手に集められた魔力が燃え上がる炎の剣のようになって、懸河けんがの如き勢いで振り下ろされる。その動きもトウマの目では見えてはいたのだが、足に力が入らず動くことができない。睨み上げるだけが精一杯となったトウマの視界に、炎の刃が広がっていく。額に到達する寸前、ラムザの右腕が突如跳ね上げられた。光の粒子がひらひらと宙に漂っている。


「なんだと!?」


 魔法による攻撃だと思ったが、一般的な炎や雷系統の魔法なら、下位や上位魔法に関わらず着弾と同時に爆発してしまうものである。だが、今の魔法は爆発まではせず、光となって拡散しただけだった。そして、弾かれた右腕が痺れを感じるほどの威力を秘めていることは確かだった。


「トウマさんを死なせるなど、そんなことはさせない」


 強い風とともに届いた声は、普段から聞き慣れていたはずなのに、何故か懐かしいように思えたのは、窮地から脱した反動による安堵感だとはトウマも気づかなかった。宙に、風の魔法で飛翔したアリサ・サーバンスの姿がある。魔法を発現させる構えをするアリサの姿は、トウマの目には空で舞っているように映った。一方、ラムザはふんと嘲るように鼻を鳴らした。


「あの時の女か!身の程知らずめ」

「私は、するべきことをするだけのこと。相手が誰であろうと、身の程など関係ない」

「ほざくな、小娘」


 ラムザは吼えた。かつて“戦乙女ヴァルキリー”として恐れられた元女兵士だとシーリングから耳にしている。

 先ほど放ってきた光弾もラムザも知らない魔法で、おそらくアリサ・サーバンスが独自に工夫して生みだした近代魔法のひとつなのだろうとは想像できた。

 衝撃の強さには驚かされはしたものの、魔法無効化に絶対の自信があるラムザには、蟻が象に噛みついて無駄な抵抗しているようにしか思えなかった。


「多少の工夫はしてきたようだが、完膚なきまでに敗れた貴様らふたりで、私に勝てると思うのか!」

「二人ではない」

「なに?」


 この時のラムザはトウマに完勝したという高揚感も多少あって、慢心という状態に近かったかもしれない。

 アリサの不意打ちに気がつかなかったように、次に接近する気配に気がつくのも遅れを生じた。ふと、上空からの重い圧力に気がついた時には、太陽を背にしたルーク・ターレスが大剣を振り上げ、ラムザの頭上へと迫っているところだった。慢心とルークが手にする剣への驚きがラムザの行動を鈍くしていた。

 だが、ルークにはそれはない。

 未知なる敵を前にして、心にあるのはアリサに言われた先手を取るという必死の一撃があるだけだ。


「その剣、タルギスタの……」

「うらぁぁぁぁっっっーーー!!!」


 咆哮とともに渾身の一振りが怒涛の勢いで駆け抜け、ラムザも閃光が奔るのを目撃した。咄嗟にラムザは跳ね退いたが、同時に胸に激痛が生じ、思わず抑えた左腕にぬらりと熱いものが流れていた。


「ぐぬっ……!」


 傷は思った以上に深手で、大量の血がラムザの体を濡らしている。

 耐え難い激痛が全身を襲い、尋常ではない量の汗が噴き出している。ラムザはその場に崩れるのを、必死に堪えていた。ここで膝をつくなど弱みを見せれば、一気に仕掛けてくる。わずかな笑みを浮かべながらルークを注視していたのはラムザの虚勢ではあったが、ルークは余裕を見せるラムザを警戒して、それ以上攻めてはこなかった。アリサもトウマも動かない。内心、駆け引きに勝てたと安堵しながら、ラムザは治癒魔法をかけて肉体を再生させていく。治癒魔法といっても失われた血や体力までは回復しないのだが、外見だけ十分な状態には戻れた。

 慎重に呼吸を整え、ラムザはルークに向き直った。


「自分の背丈ほどもある大剣……、か。小僧、面白い剣を持っているなあ。どこで手に入れた」

「手に入れたんじゃない。代々、家に伝わる剣だ」

「家に代々伝わる……。貴様、タルギスタの一族の者か」

「なんのことだ。僕の名前はルーク・ターレスだ」

「ルーク、無駄口を叩くな」


 トウマが立ち上がって、間に入ってきた。体力を取り戻したらしく、足にも力が入っていた。一方で、ラムザには心なしか、今の会話の遮り方が幾分慌てているようにも見えたのは、トウマという男が“配達士ポストマン”という身分ながら、彩花衆(ラフレシア)絡みの様々な事件に関わりすぎているからかもしれない。何度も苦杯を嘗めさせられてきただけに、シーリング・ローゼットもトウマ・ライナス他アオルタ郵便局の連中とは関わるなと指示を出しているほどだ。

 そんな男が慌てている。

 ルーク・ターレスという少年が持つ、見覚えのある大剣。

 トウマは何かを知っているのかもしれないと、ラムザは直感した。


 ――だが、今はそんな場合ではないな。


 ラムザは笑みを消した。

 ルークという少年の一撃には、油断のできない鋭さが秘められていた。

 しかし、かわしきれないものではなく、その一撃をむざむざと受けてしまったのは、自身の慢心だという自省の念がある。傷口は完全に塞いだとはいっても、大量に失った血と体力はすぐには戻らない。短期で決着をつけなければならない。自身の魔法を最大限に使えば、戦況も大きく変えられただろうが、ラムザはあくまで肉弾戦にこだわろうとしていた。そのこだわりの理由はラムザ自身も判然としなかったが、シーリングたちと約束したことが理由ではないことは確かだった。


「……トウマさん」

「ああ、来るぞ」


 傍らに近づいてきたアリサのささやきに、前を向いたままトウマが応えた。

驕りが消えたラムザの雰囲気の変化は、殺気となってトウマ達にも伝わり、3人は構えを締め直していた。アリサちゃんとトウマはまたアリサの名を呼んだ。これからの戦闘はアリサの援護が要となるとトウマは感じていた。


「ルークと俺で仕掛ける。アリサちゃんは、さっきの魔法で援護頼む」

「わかりました」

「それと風の魔法。ラムザと接近戦となったら、細かく緩急使い分けて。さっきの獣野郎との戦いで動きが読まれたのは、そこが欠けていたからだ」

「はい」


 トウマの指示に対し、アリサは素直に返事をした。使い慣れていない風の魔法の、緩急を使い分けるだけでも難儀ではあったが、ラムザには接近戦で反応しきれず、一度倒されている。戦いはいかに弱点を見つけ、そこを突くかである。再びアリサを狙ってくる可能性は十分にあった。


「ルーク、以前戦ったイフリートの要領だ。リイサも心配だが、目の前の戦いに集中しよう」


 トウマの呼び掛けに、ルークは黙って頷いた。

 オルタナと呼ばれる町に出没した炎の魔人イフリートも難敵だったが、勝利できたのはルークの活躍が大きい。あの時もラムザに浴びせたような思いっきりの良い一太刀が、勝利の決め手となった。ルークとはこれまでの旅の経験で、言葉数は少なくとも意思疎通できるほどの連携は巧みになっている。短いやりとりでも、自分たちがどう動くか伝わっているはずだった。


 ――そして、俺自身も。


 トウマは大きく息をつき、刀の柄を握り直した。

 目の前の戦いに、集中する。

 それはリイサを取り戻そうと焦っていた自分を思い出し、自戒を込めての言葉でもあった。

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