巡り廻る風花と踊れ
――それは遥か昔の物語。
国を平定した初代の王フェルディナンドが、神の娘、林檎姫より授かりし絶対たる力。安寧に国を治めるための力の根源であり体現――それが金の林檎。
しかし長い時を経て、血を受け継ぐと共にその強大な力は変質し、歪み、災いを呼ぶ種ともなった。やがて、『林檎姫の呪い』と言わしめるまでに。
「王家はさ、もうボロボロだったんだ。林檎姫から授かったチカラは、長きにわたって繁栄へと導いてくれたのに、国を分かつ争いの火種ともなってしまったからね。……力が歪み始めると、王家と縁の深い七大都市同士が牽制を始め、監視の立場である天空都市さえも、我が物顔に振る舞うのは時間の問題だった。食い止めようにも、呪いの副作用で精神までもが冒された身体ではさ……。誇り高き陛下の最期がどんなものだったか、君は知らないだろう?」
魔術師より皮肉めいた笑みを向けられ、アルテミシアは苦々しげにゆっくりと息を吐いた。当時は、聖草都市の解呪師教会で奉公する身の上だった。閉鎖的な空間で、修行に励むばかりの日々を過ごす中では、凋落の顛末など知る由もない。
「だからお前はあの幼い鳥を、林檎の器と見定めたのね。林檎姫の呪いを、王家から取り除くために」
「ま、見つける前に、先に王家が崩壊しちゃったんだけどね。……陛下が崩御されたと同時に、林檎姫の呪いは行方知れず。密かに受け渡した先がガーランド家だったのは、まあまあ無難な判断だし、納得したよ。神の力を公正に扱う一族だからね。結果的には、殿下の采配は見事だったとしか言いようがないな。当時のガーランド家当主とも懇意にしていたのは、これを予期していたからかもねえ」
「殿下は人たらしだったからねえ。エマ=リリー・ガーランド――血も涙もない氷の姫君さえも手懐ける手腕は、確かに見事なもんだった」
カタリナは愉快そうに言いながら、紅茶を啜る。その隣で微笑むエミリーは、窓辺から透き通るような青空を幾分眩しそうに見上げた。
「……殿下は、果たして息災でいらっしゃいますでしょうか」
「さあてね。ま、あの方の『影』だったあたしが、こうして今でもピンシャンしてるんだ。言わずもがなさね」
カタリナもいささか焦がれるような眼差しで空を見つめたが、ふと不思議そうに瞬いた。
「それにしても、ミルキィは悠長にしてていいのかい? 鳥の親玉共が失せたもんで、巣の中がてんてこ舞いだって聞いてるけど」
エミリーの住まう塔で午後の紅茶を楽しめるのは、暇な老人と魔法使いは当然として、都市の顧問官も兼任するアルテミシアは、多忙な身の上の筈である。
「……いい加減、その名で呼ぶのはおやめください」
顔をしかめるアルテミシアだったが、淡々と口開いた。
「わたくしは一介の解呪師。自滅した鳥の後始末など、役目の範疇外だわ。隣で暇そうにくつろぐ古狸が適任でしょう?」
じろりと横目で睨めば、エミリーがくすくすと肩を揺らす。
「ご意見伺いと称して、何らかの裁定を委ねられることは多くなりましたね。最高顧問としての責務は果たしておりますよ」
それでもアルテミシアは冷厳に言い連ねていく。
「悪事を重ねた鳥たちの断罪も、お前がしたのでしょう。塔でだからきちんと言ってやるけど、裁定が手緩いにも程がある。多くの命を手にかけた悪逆者共よ」
「情状酌量の余地はあると、判断しました。一人は出頭してきましたしね。……それでも、この国に二度と足を踏み入れることはありません」
簡素な声ではっきりと告げ、その淡泊な視線がテーブルへと流れていく。
「そして、あなたは殺そうにもどうせ生き延びそうなので、しばらくこのまま私の手元で預かります」
手の平大の大きさになった魔術師が、ドールハウスのティーセットで紅茶を啜りながら、肩を軽く揺らす。
「うわあ、実質の飼い殺しじゃん……。でもま、ゴハンが美味しいから別にいいけど。しばらくはお人形さんになってあげる」
「太古の魔法使いとしてのプライドはないのかねえ」
カタリナから呆れた眼差しを送られても、一向に涼しげにしている。
「えへへ、そんなのあるわけないじゃん。衣食住が約束されてるんだもの。ここでなら呑み友だちもいてくれるし。ねえ、今度、雪のお嬢さんも誘って一杯やらない?」
「お姫さんも飛んだ奴に懐かれたもんだ。……ま、どうせ直に忙しなくなる。今の内に、声はかけておいてもいいかもねえ」
「ん? 雪のお嬢さん、何かあるの?」
カタリナは椅子の背に身を預けると、気怠げに肩をすくめた。
「やれ茶だの酒だので呑気にヒマ潰しするあたしらとは違うんだよ。若者は、日々を貪欲に過ごす内が花さね」
*
闇狩りの手で荒らされたキャンベル家ではあったが、きちんと片付けと整頓を行って元通りにし、マーガレットの私室は今ではすっかり通常の雑然とした空間になっていた。
部屋の主の少女は、カルテを片手に少し残念そうに息をつく。
「ホーント、随分とサッパリしちゃったわねえ」
その視線の先には、剥き出しとなった白い肩先。短くなった黒髪が軽やかに揺れていた。反対に、リーンは穏やかな面持ちでけろりと笑っている。
「ふふ、メグとお揃いになるのは嬉しいわ」
「あら、可愛いこと言ってくれちゃって。だからって何も出ないわよ。ジョシュあたりなら、午後のティータイムに奮発してくれるかもだけど」
満更でもない笑みを浮かべて軽口を返し、身体検査の測定内容をカルテに書き込んでいく。その眼差しに、密かな憂いの色を浮かべながら。
――去年の測定時より、雪のマナ数値が半割減少。そして、この短いままの黒髪。
マーガレットは、自身の肩下に降りる金の髪へさりげなく視線を落とす。一月もあれば、こうして僅かたりとも伸びるものだ。しかし、この晩冬に、神さまの果実を口にした少女は、その兆しが全く感じられず、時が止まったかのように肩先で留まっているのだった。
丸椅子に座る少女の背をくるりと回転させ、マーガレットは再び正面から見据えた。
はだけた胸元には、木の実を彷彿させる赤い文様が浮かび上がっていた。かつて兄にあったものと酷似しているが、それより小ぶりで模様の形も違う。
少女の体質の変化は、やはりこの呪いによるものなのか。今後、一体どんな症状が現れるのか。少しの兆候も見えない中では、まだ何も分からず、把握のしようもない。
「……ま、マナ数値自体は平均値だし、これといった自覚症状もないようだから、今しばらくは様子を見ましょうか」
マーガレットの考え込む表情を、リーンは胸元のボタンを閉じながら見上げていく。
「ありがとう、メグ。何から何まで……」
「それはこちらこそ。どうにもならなかった兄さんの力になってくれて、心から感謝しているわ。これで我がキャンベルの地盤は、益々安泰ってもんよ」
マーガレットの麗しい微笑みが、少し嬉々とした色を乗せて深くなる。
「……で、結婚式はいつするの?」
「え……?」
「やるんなら盛大に祝わないとだし、村の人たちも張り切って支度を手伝ってくれると思うわよ? まずはウェディングドレスからかしら? プロデュースに腕が鳴るわねえ」
「あ、あの……」
「ねえちゃま、世話焼き婆みたいで鬱陶しい」
プリムローズが呆れた顔をしながら部屋に入ってきた。
「もしくはお節介丸出しな近所のおばしゃまなのよ」
「あら、こういうものは勢いが肝心でしょ。せっかく二人が良い具合に纏まったんだから、ちゃっちゃと挙式まで取り付けた方が、リーンも兄さんもぐずぐずウダウダ余計なことを考えずに済むでしょ」
「その言い回しが益々おばしゃまなのよ。というか、ねえちゃま自身が式を挙げたいだけでしょ。何で自分が主役でやらないのか、謎になぞなぞなのよ」
「あんた、あたしに相手がいないのを知ってながら……。センシティブな発言よ、表に出なさい」
「上等なのよ、引きこもりには負けないのよ」
お互いに好戦的な眼差しが密に交わされていき、リーンはとうとう口を挟んだ。
「二人共、言い合いはその辺に……。ええと、プリムは用事があったんじゃないの?」
「ん、そうだったのよ。嬢ちゃまにね、はいどうぞ」
プリムローズが差し出したのは大判の郵便物だった。施された封蝋に見覚えのある校章を見つけて、マーガレットは目を瞬かせる。
「それって……アンジェリカ・アカデミー――女学校の願書?」
「カタリナおばあさまにお願いしたの。私、分からないことばかりだから、きちんと勉強してみたいって」
リーンは溌剌とした笑顔を向けつつも、不安そうに零した。
「その前に、入学試験に受からないといけないけど……。秋までに、頑張って勉強しなくちゃ」
姉妹は顔を見合わせて、一瞬だけ難しそうな顔をしたが、やがて何でもないように肩をすくめてみせる。
「……ま、嬢ちゃまなら、入学も勉学も問題なしなしなのよ」
「そうね、肝の据わった存外根性のあるあなたなら、きっと大丈夫だと思うけど。それで、ヨーク兄さんには伝えたの?」
「ううん、まだ。……ここのところ、ずっと視察で出かけてばかりで」
「そうだったわね。んもう、困ったものよねー、経過観察中なんだからゆっくりしてなきゃいけないってのに」
嘆かわしく言いながら、マーガレットは窓辺を見やっていく。庭には春先を告げる小花が咲きこぼれ、温かな陽光に包まれるフラウベリーの冬景色は、徐々に雪解けが始まっている。それと共に、ヨークラインは普段と同じようにキャンベル伯領の管理仕事に精を出していた。
この一月はリーンと共にしばらくは寝たきりで、ろくに食べもせず日がな一日寝ていることも多かったのだが、小川に雪解け水が流れ始めた頃から調子を取り戻し、それまでの飢えをしのぐように多くの食事を平らげるようになった。その食欲旺盛さにはプリムローズすら閉口していた程である。
扉がノックされ、ジョシュアが顔を覗かせる。
「レディたち、そろそろお茶にしないかい? 今日のおやつはレモンタルトさ」
「やった! 丁度、甘酸っぱいものの気分だったのよね。ありがとジョシュ」
「やったのよ。嬢ちゃま、行こう!」
「う、うん……」
窓辺を少し残念そうに見つめるリーンの袖を引っ張りつつ、プリムローズは不意ににんまりと微笑んだ。
「だいじょぶなのよ。にいちゃま、今日はきっと早く帰ってくるのよ。何となく、そんな気がする」
「そうなの?」
リーンが首を傾げると、マーガレットがしたり顔で微笑む。
「あら、プリムが言うなら間違いないわね」
「そうなのね……。でもごめんなさい、今日は一緒にお茶が出来ないの。外に出かけようと思ってたから。あの、ジョシュア、お願いしていたものは……」
優美に微笑むジョシュアの片手には、焼き菓子がぎっしりと詰まったバスケットがある。
「張り切って支度したよ。素敵なお茶会になるといいね」
「うん、ありがとう」
リーンは満面の笑みでバスケットを受け取って、出かける支度をするために立ち上がった。
向かったのは、フラウベリーのジャム屋『トゥッティフルッティ』。この村に迎え入れられたばかりの頃、初めて出来た友人を訪ねるためだ。
「いらっしゃい、リーンちゃん! ……あらあらあら、いつになく思い切っちゃったわね」
店主のリコリスは、少女の短くなった髪を見て驚いたようだが、「そっちもとっても素敵よ」とにっこり笑って受け止めてくれる。
「こんにちは、リコリスさん。あの、電話でお話しした……」
「ええ、ご要望ならと、たっくさん用意したわよ。レモンマーマレードがイチオシね。新作もたっぷり作ったから是非是非感想を聞かせてね」
カウンターには特大の瓶が何個も積み上げられており、リーンは目を丸くするしかない。
「わ、すごい……。あの、こんなにあると思わなくて、今日の持ち合わせが……」
「お金ならいいのよ。『いつもご贔屓にどうも』って主人が前払いしてくれたから」
「そ、そうなんですか? こちらこそ、どうもありがとうございます……!」
リーンは店内の奥まで視線を巡らせた。カムデン夫妻の居住家屋と繋がっているのだが、自分たち以外の人の気配はないようだった。
「旦那さんのカムデンさんにもお礼が言いたかったんですけど、今日はお出かけですか?」
「ええ、雪解けになった途端に、はしゃいで何処かへ行っちゃったわ。もう、じっとしてられない性分なんだから」
「ヨッカもなんです。何だか、似てますね」
リーンの言い分に、リコリスはむっと睨んでみせる。
「あらあら、領主様に似ているなんてとんでもない。あの人は私利私欲でしか動かないもの。領地の皆のために尽くしてくださる領主様とは、月とすっぽん、雲泥の差だわ」
「それでも、カムデンさんには、この冬に沢山お世話になったんです。本当に、本当に……」
リーンの優しい眼差しがリコリスの胸元に注がれていく。そこには、蒼玉、水晶、真珠が連なり実るペンダントが淡く輝いていた。見覚えのある宝珠がここにある理由をリーンは想像することしか出来なかったが、嬉しさをもって感じ取っていく。
「おかげでキャンベル家の皆と、ヨッカと、またここで……一緒に暮らせるようになったから」
静かに紡ぐ、噛み締めるような言葉に、リコリスはただふんわりと微笑んだ。
「……少し、大きくなったわね?」
「そうですか? あ、確かに、メグに身長を測ってもらったら、前より伸びてるって言われたわ」
「やっぱりそうね。そうなると、ドレスの仕立ては、きちんと測り直してからにしないと」
「ドレスって……?」
リーンが首を傾げれば、にこにこと無邪気な笑みを浮かべるリコリスは、茶目っ気たっぷりに告げる。
「婦人会の方々から頼まれちゃったの。リーンちゃんとお茶する時に『ご結婚の挙式はいつなさるのか、聞いておいて』って」
「……ええと……」
村の中では相変わらずヨークラインと自分の話で持ち切りらしい。どう返事すれば良いのか分からないまま、リーンはどうにか笑みを浮かべるのだった。
*
重いものは持たせられないから、後日に主人から届けさせる。リコリスがそう譲らないので、結局は空になったバスケットひとつ抱えて、夕暮れ時の村道を歩いていた。
春が近付いてきたとはいえ、まだ空気は冷たい。それでも、上がる吐息はもう真っ白に染まらない。薄い雲の狭間からひらりと淡雪が舞い降りて、軽くなった黒髪に触れては融けていく。
「……もう、寒くないのね」
雪解け水の流れ込む清冽な小川を越えて、水車の横を通り過ぎた時、突如突風が耳をなめた。
リーンは立ち止まり、辺りを見回す。呼ばれているような、引き留められているような不思議な感覚があった。
予感に惹きつけられながら――気付けば屋敷への道を少し外れて、牧草地の中を訳も分からずに走り出していく。初めてキャンベルの屋敷に足を踏み入れて、すぐさま飛び出してしまった時のように、無我夢中の駆け足で。
根雪がまだ仄かに残る牧草地を、夕陽が春を告げるように甘やかな紅色で染め上げていた。丘の上から見下ろす先に、ごま粒程のキャンベル家がちらりと見える。
ひとりぼっちは嫌だと、寂しさだけを募らせて泣き腫らしたあの日から、もうすぐ一年が経とうとしている。季節をたった一巡りしただけなのに、今はまるで違うもので胸一杯に満たされていた。一度は自ら手零してしまって、それでも掬い上げたもの――胸元に手を添えて、暖かな夕陽を眩しく見据えていく。
後方からの草の掻き分ける音を耳にして、ゆっくり振り向いた。プリムローズの『何となく』に口にする言葉は、どうやら本当らしい。
「まだ朝晩は冷える。薄着で出歩くのは感心しない」
ヨークラインが少し呆れた表情をしながら、自分の外套を脱いで差し出してきた。リーンは申し訳なさそうに首を振る。
「大丈夫よ。私、寒さには強いから……っくしゅ!」
「それ見たことか。いいから羽織っていたまえ。……体質とて、以前より変化しているのだぞ」
少々強引に着せながら、前身頃のボタンをきちんと留めていく。
険しい声を崩さない様子に、リーンはおずおずと尋ねた。
「……ヨッカ。何だか、怒ってる?」
「君のわんぱくぶりには、毎度手を焼かされてるなと思っただけだ」
「そうかもしれないけど、……それだけじゃなくて」
ボタンの留める手付きがふと止まり、ヨークラインはリーンと目を交わした。少女の眼差しが、迷い子のように覚束なく揺れている。
「……ヨッカには、いつも私のわがままを聞いてもらってることには、やっぱり不安を覚えてしまうもの」
漆黒の眦から逃れるようにリーンは顔を逸らし、沈む夕陽を背景にするキャンベル家の屋敷を、眩しそうに見つめていく。
「ヨッカとの盟約はなくなったのに、こうしてフラウベリーに戻ってこられたことが、まだ信じられない気持ちだから」
「俺としては、君の向こう見ずさの方が、信じがたいというか、理解しがたいのだがな」
コートのボタンを留め終えると、屈めた背を戻し、少女に憂いの眼差しを寄せた。
「……呪いの源泉機構は確かに書き換わった。だがそれは、明日の平穏の絶対を約束するものではない。君も俺も、今後どうなるか分からんのだぞ」
「ヨッカ……」
その言葉に不思議と力強く応えたくなるのは、どうしてなのだろう。不安が鎮まっていくリーンは、胸の前で手を組んだ。
「……大丈夫よ、皆がいるから。たとえ何か立ち向かわなくちゃいけないことがあっても、ヨッカも私も、もう独りで抱えなくてもいいのだから」
「君は……どうしてそこまで強くあれる」
「ううん、まだまだよ。だって私、もっと、強くなりたいもの」
リーンは背筋を伸ばして、ヨークラインを真っ直ぐ見上げた。
「ガーランド家の生き残りとして、誰かに求められることは、今後もあると思うの。その時に、何かを迷う惑うことなく決めるためにも、沢山の色んなことを学びたい。そうしたらゆくゆくは胸を張って、ヨッカの隣にいられるようになると思うから」
「相も変わらず、俺というか、他人のために献身的だな」
「違うわ。ヨッカの隣にいたい、私のためよ」
きっぱりと言い返せば、ヨークラインの黒目が居心地悪そうにそばめられた。気持ちを持て余すように首裏を掻く。
「……意外と強引なんだな、君は」
「ふふ、ヨッカみたいなむっつりさんは、押しかけ女房ぐらいが丁度良いって、プリムは言ってくれたわ」
「まったくあいつは、またいらん耳年増を発揮しおって……」
長々としたため息を落とし、リーンと同じように、沈む夕陽へ眩しそうに眼差しを注いでいく。
「未来のことなど誰にも分からない。……が、それを希望と呼ぶか、絶望と呼ぶかは、己が心次第か……」
やがて視線を戻し、真正面からリーンと向き合った。その大きなアイスブルーの瞳を実直に見据えていく。
「リーン=リリー・ステファニー・エマ・ガーランド。……生涯に渡る伴侶として、俺と共に歩む契約を、結んでくれるか?」
「……うん、勿論そのつもりよ」
にっこりと微笑みながらも、リーンは少し剥れた声になってしまう。
「さっきからそう伝えているつもりだったけれど。もしかして、分かってなかった?」
「分かってはいるが、これはけじめだ。言葉を蔑ろにするのはよろしくない。君も同じくに」
じろりと睨まれて、求められているものを悟ったリーンは、慌てて背筋を伸ばし直した。はっきりと強く声に出していく。
「は、はい。私も、ヨークライン・フォン・クラムを生涯の伴侶とすることを、ここに宣言し、誓います!」
「そうか、ならば結構」
思ったよりも簡素な抑揚で頷かれた。心からの言葉を伝えたのは確かなのに、リーンは何処か釈然としない。
「……ええと、何だか言わされたような気持ちになるのは、どうしてかしら」
「言葉はまじないだからな。一度契ってしまえば、気持ちの向きは容易く逸らせまい。言わば、言質は取った、というやつだな」
「あの、それって……」
困惑していれば、長身が再び屈み、少女の瞬く瞳をよくよく覗き込んでくる。
「君の優しさにつけ込む俺の居直りの良さを、いずれ後悔しないといいがな。腹の据わった俺は、一辺倒の面倒な男だぞ」
困ったようにだが、少し愉快そうに笑む。過去の面影が僅かに見え隠れする柔らかな表情をリーンは今一度見据え、その頬にそっと触れた。
泣き虫で弱虫の自分に、絶え間なくとびっきりのおまじないをくれる善き賢者。この世界で、誰よりも目に焼き付けたいただ一人。
「……でも、やっぱり大好きよ。ヨッカがずっと、いつまでも」
だからこうして、私だけのおまじないで、あなたの心を深く染めたい。
「リリ……俺の宿命。俺だけの――」
そして言葉にせずとも、お互いの巡り廻る熱は分かち合える。優しい温もりの中でそう知れて、また一つの喜びが、リーンの胸の内で甘やかに咲いていくのだった。
リリー・ガーランド・ゲイン -林檎姫の呪いと白百合の言祝ぎ- 了




