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【完結】リリー・ガーランド・ゲイン -林檎姫の呪いと白百合の言祝ぎ-  作者: 冬原千瑞
第五章 冬編

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白百合の祈り Ⅱ



「お願いだから、ここから出してください……!」

 交差された槍の柄で阻まれつつも、リーンは鳥籠の出入り口から身を乗り出して、警固の兵鳥(バード)たちに訴えかける。

「なりません。不逞の輩に攫われた以上は、まずお身体の安静を第一に」

「ヨッカは違うの! 罪人じゃないわ! エルに会わせて! 話をさせて!」

「エマニュエル様はご公務中です。明朝に取り次ぎの使いを……」

「それじゃあ遅いの……!」

 ――だけど、彼の存在で白百合(リブラン)が僕の傍を離れるって言うなら、消すしかないじゃないか。

 あの言葉が本気であるなら、ヨークラインに何をするか分からない。命さえ奪いかねない抑揚が耳にこびりつき、胸騒ぎが一向に止まらない。

「死んでしまうかもしれないの! だから、お願いですから……!」

「――騒々しいわね。淑女が闇雲に喚くものではなくてよ」

 甲高い靴音と共に、女性の冷ややかな声が差し向けられた。兵鳥(バード)は慌てて敬礼で応える。

「アルテミシア候……何故この夜更けに……?」

「ガーランドの小娘が負傷したと耳にしたのだけれど。よもや、わたくしの聞き違いだったかしら。ただ錯乱しているだけじゃない」

 アルテミシアは少女を見下ろすようにして、その表情を窺う。そして侮蔑にも似た眼差しで睨んだ。

「嘆かわしい。それが、一人前の当主の振る舞いだとでもいうの」

 リーンはハッと目を瞬かせ、すぐに恥じらうように居住まいを正した。

「……いえ。お見苦しいところを見せまして、大変失礼いたしました」

 荒げた息をどうにか整えれば、力が抜けてふらりと足元から崩れていく。それをアルテミシアが正面から抱き留めて、しっかりと支えた。

「小娘をこのまま中で介抱するわ。入ってもよろしくて?」

 兵鳥(バード)の二人は顔を見合わせると、渋々頷いた。警固の番とはいえ、鳥籠の中まで入るのは禁じられていたのだ。

 

「横におなりなさい」

 寝台へと促されたが、リーンは小さくかぶりを振った。

「いえ……大丈夫です。頭に血が上っていただけですから」

「何があったの。今宵の祝賀会では、お前のお披露目があったようだけれど」

「その最中に、フラウベリーの知り合いに会いました。その人に連れていってもらったところに……ヨッカがいて……」

 寝台の隅に腰掛けると、顔が自然と俯いた。膝上に作る拳が、硬く握り締めるせいで小刻みに震えていく。

「どうしよう……このままじゃ、ヨッカが死んじゃう」

 アルテミシアは忌々しそうに息を漏らした。

「……成程。あの鳥共は己の筋通しのためなら、本当に躊躇いもなければ見境もないようね」

「アルテミシア様……。私、ようやく分かりました。前から知っていたけれど、当たり前だったから、分からなかったんです」

「……何のことを言ってるの、小娘」

「この街に来たばかりの頃、見えるもの、見たいものを感じろと言ってくださいましたね。……私たちは、見たいものしか見ない。見ようとしない。……見えなくなって、いないと分かっていても姿を追ってしまいたくなって、そしてまた会えてしまったなら、……その大切さ、いとおしさを抱き締めたくなりました」

 少女はそう言いながら、もどかしく自身を抱え込んだ。 

「私の見たいものは、やっぱりずっと、ヨッカなんです。ずっと見ていたくて、この目に一番焼き付けておきたい人なの」

 嗚咽交じりの声を上げながら、やはりそうだと心が呼応するように訴える。この世界の中で、何よりも、誰よりも、この瞳いっぱいに満たしたいと思わせる人だ。

「でも、私が傍にいたら、苦しめるだけだと思ってしまう。ヨッカの大切な家族を、キャンベルの皆まで巻き込んでまで、私のわがままを通していい訳がないって……」

『――あら、そんなの無用の荷厄介ね。あたしは今、ワガママを存分に貫き通してきたところよ。ド腐れ外道の高慢ちき男をこの拳でブン殴るってね』

『あたしもね、くそたわけの古ぼけ天外魔をフルボッコにしてきたとこなのよ』

「え……」

 リーンは潤む眼を瞬かせた。何処からともなく響く少女たちの声を聴くのは、今日で二回目だった。

「まったく……粗野で野蛮な小娘共ね」

 眉をひそめつつも、アルテミシアは懐から紙札を取り出した。通信用の解呪符(ソーサラーコード)には、マーガレットとプリムローズの姿が映っていた。顔には多少の傷と疲労が見てとれたが、二人共得意げに笑みを浮かべている。

『局長、お約束のブツよ』

『獲れ立てぴちぴちほやほやなのよ』

 その映像に別のものが入り込んだ。虫かごのような小さな檻の中に、人形じみた姿の何かを捕らえたものだった。よくよく見ればそれは魔術師(マグス)で、何故だか手のひらに収まるくらいの大きさに縮んでいる。

『ヤッホー、雪のお嬢さん。君と一緒で、囚われの身となっちゃったのさ』

 少々げんなりした様子だったが、皮肉そうな笑みを浮かべてリーンに手を振ってくれる。

「え、あの、どうやって……?」

『ベイリーフの双子魔導師の技術を、ちょっとばかし利用させてもらったのよ。我がキャンベルの解呪符(ソーサラーコード)に埋め込んでね』

『あーあまったく、嫌になっちゃうよね。神の御業(みわざ)魔術技術(ウィッチクラフト)の複合産物なんて、さすがに千年万年生きてる私でも範疇外――』

『“そのつぶらな瞳を僕の夢の中に閉じ込めて、どれだけ愛を紡いだと思ってるんだい。もう決して離さないよ、清らかにきらめく星の乙女。僕の永遠ディスティニー、僕のたゆまぬラプソディ”』

 傍から聞こえるのはジョシュアの優雅な声だ。気障な台詞の羅列に、魔術師(マグス)はたちまち耳を塞いで身悶える。

『ああっ、やめてっ、とめてっ、きっもいきっついくっさいしんどい』

 そこにはマッジーもいて、本を片手に高慢な笑みを浮かべていた。

『この日をずぅっとずぅっと待ってたの。お前に読み聞かせるためのメロディアスなロマンス小説を何百冊も拵えて。――“瞳に星屑ロンリネスシリーズ”、“アナタと破滅の逃避行シリーズ”、これから毎日たぁっぷり読み聞かせてあげるわ』

『やめてえええええかゆいいいいい』

 芋虫のように身を縮める姿には、アルテミシアは何処か気が抜けたように嘆息するしかない。

「……お前を殺すのに、刃物はいらないようね」

『いらない、いらないよう。こんなデロデロ甘々な恋バナばっか聞かされてたら、ラリってキチっていずれ自ら喉笛を掻き切るよね!』

 マッジーが身を乗り出して迫る。

『だったら教えなさい。あの神の子とかいう坊やをぶっ潰す方法を』

『ええ~。人でなしな私も、さすがに契約者のことを容易く裏切る訳にはいかないんだけどさ~』

『じゃ、ジョシュの美味しいゴハンもお預けね。アナタだけ霞でも食べてひもじい思いしてなさいな』

『兵糧攻めはよろしくないと思うな! ……はぁ、背に腹は替えられないよね』

 魔術師(マグス)は蹲っていた身体を渋々起き上がらせた。観念した様子で口を開く。

『つまりは簡単なことなんだけど。あの子から、林檎姫(メーラ)の呪いを奪えばいいってこと。金の林檎を食べてから、まだ日は浅い。あの子の器と完全に同化した訳じゃないんだ。引き離そうと思えば、その余地はあるよ』

 マーガレットが心得たように頷く。

『成程、それならヨーク兄さんの目論見が果たされる前提を基点に、コトを為せばいいわね』

「あの、どういうこと……? ヨッカは、何を……」

『兄ちゃまはね、あのこまっしゃくれのガキ鳥から、呪いを奪い返そうとしてるのよ』

「エルから……!? どうして!」

『納得がいかないんですって。兄さんにとっては、自分の身に死の呪いがあろうがなかろうが、構わないのよ』

「そんな……。でも、そんなのって……」

 ――俺はそんなことされたくなかった。全くもって望んでいなかった。

 ヨークラインの痛切な声が蘇り、リーンは知れず唇をぎゅっと引き結んでいた。

 決して死んでほしくないから、呪いを解き放ってみたかったというのに。たとえ望まれなくても、生きていてほしいのに。そんな自分の願いを、改めて否定されたような気持ちになった。

 ジョシュアがやれやれと小さく肩を揺らす。

『自分勝手だよねえ。あいつはいつもそうさ。君を自分の宿命に巻き込むのが嫌なだけ。……君がそうであるように。似た者同士だね』

「……うん、そうね。そうなのよね」

 その願いは、自分だけしか望まないものでもあるのだ。たとえ、誰かのためを思っていたとしても。

「私も、ヨッカも……ただどっちも、譲れないだけなのよね」

『そうよ。……だからね、リーン。他人のためを願うなら、自分の心にもっと正直になってからになさい』

 マーガレットからきっぱりと言い放たれ、リーンは瞳を大きく瞬かせた。

「メグ……」

『自分の気持ちを殺したままだと、いずれもっと泣きたくなるわよ』

 苦笑を向けるマーガレットの隣で、プリムローズも両肩をすくめる。

『というかね、どっちみち泣いちゃうこと間違いなしなしなのよ』

『やりたいことをやって流す涙と、やりたくないことをやって流す涙、あなたはどっちがいいのかしら』

 リーンは視線を迷わせつつ、言葉を探して拾い上げながら、ゆっくり音にしていく。

「私は……ヨッカに、生きてほしいの。メグたち……キャンベルの皆には、幸せになってほしいの」

『だったら力を貸して、リーン。言ったでしょ、あたしたちキャンベル家は、一蓮托生で死なば諸共。その家訓に、あなたも参加なさい。……ですから、局長。もう一枚の切り札も、この子に』

「……神の領域を侵すのは、必然の禁忌よ。己の果てない業となるのかもしれないわ」

 アルテミシアの苦々しげなしかめ面と、マーガレットの真剣な表情を、リーンは互いに見やった。

「切り札……? 業……?」

『局長に預けてあるのよ。林檎姫(メーラ)の呪いの源泉機構(ソースコード)を書き換える、新たに開発した解呪符(ソーサラーコード)を』

 マーガレットの語調が勢いを増す。

『これを兄さんの急所に当てて使えば、ガーランドの一族であるあなたに呼応して、体内の呪いがあなたにも引き寄せられる。そのタイミングを狙って、二人の中で力を巡らせつつ、呪いのシステムを変化させるの。クラム家とガーランド家、二つの王家に連なる血族だからこそ、呪いは共有可能と踏んだわ』

「……それって、ヨッカの呪いを、私にも取り込むってことよね? つまり、呪いを吸い込むっていう、解呪師の古法の……」

 思い当たるものを言葉にしながら、じわり、と胸の奥が熱く滲んだ。

『あら、知ってたの? あたしの母校で、文献を散々漁って見つけた方法だってのに。……ま、ともかく、呪いの負担は間違いなく軽減されるわ。あのガキ鳥から呪いを取り戻したなら、兄さんの身体は今度こそどうなるか分からない。無茶を押し通すのなら、こちらもその要望に応えつつ、今出来得る最良の(すべ)でフォローするしかないでしょ』

「私にも、その無茶を一緒に……ってことなのね」

『そうさ、レディ。……勿論、トンデモな方法だって承知さ。君には荷の勝つ役割を任せるのだって心苦しく思う。たとえいつか恨まれたって文句は言えない。僕らはそれも承知で頼み込んでいる』

 ジョシュアの真摯な眼差しには、苦渋の色で揺れている。けれどリーンは、先程からじりじりと胸の奥から疼くものがあるのだ。鼓動が鋭く高鳴り、全身の血潮が滾って巡っている。

「……ううん、私を頼ってくれてありがとう。それは本当にとっても嬉しいの」

 酷いことをしてしまったのに、キャンベル家は何処までも受け入れてくれる。皆のために、彼のために、まだ出来ることがあるのなら――リーンにもう迷いはなかった。

「だからとて、その後がどうなるかは分からないのよ」

 アルテミシアが諫めるような低い声音を発した。それでも雨空色の冷えた眼差しは、悲痛が見え隠れしている。

「甘言に乗せられるにも程があるわ。お前の母が必死に感染(うつ)させまいとした尽心を、無下にすることでもあるのよ。背負う必要のない業を、わざわざ掴みにいくというの。……何処かの古狸みたく」

「それって、エミリーの……」

 ――ですからこれは、呪いなのです。殿下の力になりたいと私が祈ったばかりに背負ってしまった、……何処までも続いていく私の業なのです。

 儚い笑みを浮かべた姿が不意に脳裏に蘇り、リーンは僅かに俯く。

「私は……でも……」

 ――どうかこの痛みを、母に分けてちょうだい。

 ――そうすれば、これは(めぐ)(めぐ)って、お前と私の中で分かち合えるものになる。どんな苦しみも、喜びも。

 ――私たちは、そうやって手を取り合って生き長らえていくの。

 ――だから、どうか笑って、リリ。

 そう愛おしげに囁く母の声も、ありありと思い出していく。返してと泣きながら訴えても、満面の微笑みを向けてくれたことも、その眼差しに宿る甘やかな温かさも。

(そうだ……お母さんも、きっとそうだったんだわ)

 ようやくその真意に触れられた気がして、気付けば自然と口元が綻んでいた。

「……でも、お母さんは、幼い私に教えてくれたんです。痛みは分け合うものだって。そうすれば、どんなに怖くても、涙が止まらなくても、ひとりじゃないって思えるから。だからきっと……心を捧げたい人には、笑顔と手を差し伸べてみたくなるんです」

 アルテミシアは僅かに目を瞠り、やがて諦めたように深く息をついた。懐から革張りのカードケースを差し出してくる。

「……ならば、お前の覚悟の行く末、しかと見届けてやるわ」

「ありがとうございます、アルテミシア様」

 リーンが受け取ろうとすれば、不意に阻むようにその手首を掴まれた。アルテミシアが、少女の服装をじっと気に食わなそうに睨んでくる。

「……その薄い寝間着で外をうろつく気なの」

「い、いいえ」

 リーンは頬を赤らめ、すぐさま部屋隅のクローゼットに駆け寄った。ガウンワンピースを脱ぎ、真っ白な厚手のコットンワンピースに袖を通す。

 服の中に潜った髪を掬い上げて背に流せば、腰下まで伸びるその長さにマーガレットが感心したような声を上げた。

『あら、髪が随分と伸びたわね』

「うん……伸ばした方が良いって言われていたから」

 アルテミシアはコートを持ち出し、少女に羽織らせながら淡々と告げる。

神の花嫁(エル・フルール)は、髪の長い女性であることが代々のしきたりなのよ。一種のまじないみたいなものね」

「おまじない……」

 腑に落ちないようにきょとんとするリーンに、ジョシュアがくすりと笑う。

『古くからのまじないって、なかなかどうして強いものさ。ほら、絵本にもあるだろう。蛙にキスをすると呪いが解けて、人間の王子様に戻るってね』

「そういえば、それもおまじないなのよね。あまり深く考えたことはなかったけれど」

『……キスには魔法があるものなのよ。古くから伝わる、素敵なおまじない』

 ふと声にしたのは、しばらく口を噤んでいたプリムローズだった。リーンに実直な眼差しを注ぎながら、幾分困ったような囁きを向ける。

『……ねえ、嬢ちゃま。あたしが『だめ』って言ったお願い、覚えてる?』

 リーンは少しだけ沈黙してから、小さく首を傾げた。

「『食べちゃだめ』って言ってたこと? もしかして……これのこと?」

『そう、きっと、これのことだったのよ。……呪われた木の実を食べてしまえば、人の身と運命を歪ませる。だから、絶対に食べちゃだめって』

「プリムは、一体いつから分かっていたの?」

『さあ? あたしは思ったことを何となく口にしちゃうし、ただ単にホントのことしか言わないってだけなのよ』

 リーンは眦を引き締めて、力強く声にしていく。

「でも、私は、……痛みを分け合いたいわ。ヨッカだけの、独りの痛みにしたくないの」

 途端、妖精のような面差しが、ころっと無邪気に笑った。

『んふふ、むしろそうこなくちゃなのよ。だからこれは、嬢ちゃまの完全なる自己責任ってやつなのよ』

 隣でジョシュアやマーガレットも優美に微笑みかける。

『その責任は、当然僕らも一緒に背負ってあげる』

『だから、行ってらっしゃい、リーン。――あたしたちに、お帰りなさいって、言わせてちょうだい』

 軽やかに促され、少女は泣きそうになりながらも晴れやかに笑った。

「うん……行ってきます!」




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