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【完結】リリー・ガーランド・ゲイン -林檎姫の呪いと白百合の言祝ぎ-  作者: 冬原千瑞
第五章 冬編

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Decision Bell Ⅲ



 月影ほのめく夜空から舞い降りた少年は、白百合の少女をその純な瞳でじっと見据えていく。やがて頬を喜色に染め上げて、そろりと一歩踏み出してから、徐々に進む速度を上げる。脇目も振らずに駆け出していく。

「夢じゃない……本当に……やっと会えた……白百合(リブラン)ッ!」

 飛びつかんばかりの勢いで少女を強く抱き締めた。噛み締めるように落とす囁きがかすかに震えている。

「会いたかった……ずっと会いたかった……」

 少年の腕の中でリーンは瞳を潤ませていく。

「良かった、本当に生きていたのね……」

「当たり前だよ。だって、君にもう一度出会うために僕は生きてきたんだ」

「エル……」

 少女の泣き笑いの表情を優しく見返しながら、濡れる目元をそっと拭った。そして手指を絡ませてしっかりと互いの両手を繋いでいく。かねてからの約束のように、額を重ね合わせて熱っぽく囁く。

「これからはずっと一緒だよ、白百合(リブラン)

「うん……」

 天使の風貌の乱入者と仲睦まじくする姿を見やりながら、プリムローズが静かな声音で問いかけた。

「……嬢ちゃま、どういうことなの。ちゃんと教えてほしいのよ」

 リーンはたちまち表情を曇らせて、エマニュエルから僅かに身体を離した。しかしその手を繋いだままで、張り詰めた表情のキャンベル家と向き直った。

「この子――エルは、私の仲間なの。数年前、世界の果て(ランズエンド)(フォリー)で暮らしていた頃の……」

 マーガレットが瞠目する。

(フォリー)って……私設の解呪機関の……」

「うん、招呪師の巣窟でもあったところだよ」

 そう告げるのは魔術師(マグス)だ。リーンとエマニュエルの背後に立ち、二人を両腕で囲い込む。

「この子と雪のお嬢さんは、かつてそこで重宝がられた神の子と、神さまのお嫁さまなんだ」

「神の子……?」

「簡単に言えば、呪いを受け付けない身体ってところかな。つまり、人の身に非ざる体質――だから神の子って呼ばれてる」

天園鳥(クレイドルバード)だからじゃないの……?」

 そう独りごちるマーガレットは、ハッと思い出した。『鳥』に気を付けなさい――そう忠告したアルテミシアの複雑な表情を。

 エマニュエルは背にある白い翼を外套に戻すと、蹲る青年に視線を下ろした。解呪符(ソーサラーコード)の効果で身動きの取れないヨークラインは、歯を食いしばりながら睨み返す。

「その神の子とやらが、俺に何の用だ」

 エマニュエルはにっこりと笑いながら、自身の胸元に手を添えた。

「君から実る『金の林檎』がね、欲しいんだよ」

「何を……」

「神の子たるこの肉体は、常人(つねびと)の身よりも脆いんだ。だからね、人として生きるために、その糧を得るためには……絶対たる力を手に入れなきゃいけない」

「それが金の林檎という訳か」

 ヨークラインの眼差しが軽蔑の色を強くする。

「……成程、サイケデリック・アルカディアの拡散は、それが狙いか。一気に力を行使すれば、未苗であっても呪いは芽吹かせられるからな」

「うん、そうだよ。魔術師(マグス)に頼んで作ってもらった」

 マーガレットが信じられないと苛烈に目を吊り上げた。

「そのために、あんな呪具を(エサ)代わりにばら撒いたってワケ!? 天の御使いのくせして空念仏が余程お得意のようね、このなまぐさ小坊主が……ッ!」

 喚き続けながら、巻き付く蔓をどうにかほどこうと必死に足掻く。だが締め付けはきつくなる一方だった。

 ピックスが小馬鹿にしたようにせせら笑った。

「そうキャンキャン吠えるなよ、小物。ま、林檎は貰ってくが、きっちりアフターフォローはしてやるんだからよ。……お嬢が何のために、このド腐れ外道と徒党を汲んだと思ってやがる」

 絶句するマーガレットは、瞳を揺らしながらリーンを切実に見つめる。

「リーン……あなた、知ってたの? 今日、何が起きるのか。何を起こそうとしているのか」

 リーンは哀しげに眉をひそめ、俯いた。

「……黙っていてごめんなさい」

 隣にいるエマニュエルが泣き出しそうな頬に手を添えた。

「そんな顔しないで、白百合(リブラン)。今日は祝福の日なんだよ? 林檎姫(メーラ)の呪いに侵された、君の善き賢者を助けるための大いなる祝祭なんだから」

「……うん、そうね。そうなのよね……」

 リーンは頷くと一度目を閉じ、覚悟を決めたようにゆっくりと瞼を開けていく。そして凍てついた水面の如く透き通る、つめたい光をたたえた瞳が真っ直ぐと青年を射抜いてくる。

 ヨークラインは一瞬たじろいだが、痙攣の弱まってきた身体を無理やりにでも起こしていく。

「馬鹿馬鹿しい……ッ、神の呪いは……人の(すべ)では絶対に解けない……ッ」

「解けるよ」

 背後から優しく囁かれ、細い手指がヨークラインの頬を柔らかく撫でてきた。その人形のような乾いた低温に、すさまじい悪寒が背筋を立ち昇っていく。

「だってその呪いは、僕が貰っていくんだから」

戯言(たわごと)を抜かすな。林檎姫(メーラ)の呪いは、王家に連なる一族にしか受け継がれないッ」

「問題ないよ、僕は神の子だもの。だから、まずはそこに眠る金の林檎を頂戴。――白百合(リブラン)、教えて」

「うん……」

 ヨークラインの正面に屈んだ少女は、眇めるように目を細めた。その人差し指が、ためらうことなく心臓に位置する部分を示す。

「――『ここ』よ」

「リーン=リリー……ッ、やめろ……!」

 身を捩って後ずさるヨークラインを、ピックスが羽交い絞めにした。

「ちっとばかし大人しくしとけ」

「借りるね、ピックス」

 エマニュエルはピックスの腰元にあるナイフを手に取り、ヨークラインの前身頃を裂く。剥き出しとなった胸元に浮き上がるのは、赤黒い文様だった。その形状は何処となく林檎を彷彿とさせる。

 魔術師(マグス)はつい嬉しそうに口零した。

「懐かしい。その形、陛下たちと一緒だね」

 そして手に持っていた黒い種をヨークラインの急所に宛がった。皮膚に触れた一粒の種は、柔らかな土の中へ沈みゆくように埋め込まれていく。

「……っ、ぐ、っぁ……!」

「っ、ヨッカ……」

 呻き声を上げる青年に少女は思わず手を伸ばしそうになるが、背後からエマニュエルが留めるように抱き締めた。

「心配ないよ、白百合(リブラン)。これは必要な痛みだ。……ほら、ちゃんと実っていく」

 胸元から隆起するのは黒々とした幹だった。瑞々しい若葉を茂らせた枝に真っ赤な花を咲かせていく。花びらは呆気なく散り、取り残された果実が見る見るうちに膨らんで、黄金色にきらめく林檎へと姿を変える。

「じゃあ貰っていくね、林檎姫(メーラ)の呪いと共に」

 エマニュエルは手のひらの果実をしっかり鷲掴みにして包んでいく。

「この手は神に倣いし浄化の御業(みわざ)。王のさだめよ、裏返れ。神の娘よ、我が声に応じよ。神なる子どもを――受け入れたまえ」

 ヨークラインの身体が一度痙攣し、呪いの文様がうっすらと滲んで掻き消えていく。照り返る果実に、同じものが浮かび上がった。

 期を逃さず、エマニュエルはあっさりと捥いだ。思い切り良く大口で咀嚼し、呑み込んでいく。実を失った黒い幹はたちまち弱々しく収縮し、萎れていった。

 青年の目から生気が消え、ぐったりとする身体をピックスが抱え直した。うなだれて髪に隠れる頬は、すでに死人となったように生白い。

「おら、とっとと次の手打たねえとくたばるぞ」

「はいはい、慌てない慌てない」

 魔術師(マグス)が新たに取り出したのは切手大の印紙だった。

「その呪符……ッ!?」

 呆然と見やるしかなかったマーガレットが、ほぼ無意識に声を張り上げる。それを横目に魔術師(マグス)は嬉々と口角を上げた。

「『パスリセージ・ロズマリアンタイン、これは楽園に導く天なる鍵、冥闇燦然(めいあんさんぜん)の鼓動を君に』!」

 呪文と共に、呪具が胸元に貼り付いた。瞬間、ヨークラインの目が大きく瞠り、苦しそうに大きく咳を繰り返していく。青白かった肌は血色がほんのりと差し、呼吸を重ねるごとに身体の強張りはほどけていく。怒りに滾らせる眼でねめつけ、脆弱ながらも声を荒げた。

「っ、は……、貴様ッ……俺の身体に、何を……ッ」

 エマニュエルはくすりと笑った。

「これはね、僕と白百合(リブラン)からの――君へと捧げる聖呪(アナテマ)だ」

 ピックスと魔術師(マグス)は青年の顔を覗き込み、手首を持ち上げたりしながら容態を確かめていく。

「意識は当然あるし、脈拍も悪かねえ」

「よしよし、イイ感じじゃない?」

 マーガレットは後ろ手の蔓を密かに床面に擦りながら、投げかける。

「あんたたち、ヨーク兄さんに一体何をしでかしたの……っ」

 魔術師(マグス)が愛でるような手つきで、胸元の呪符を撫でた。

「ま、言わば強心剤。サイケデリック・アルカディアは、これが本来の正しい使い方。林檎が実って枯渇しちゃった若様のカラダを、この呪具の力で補うって算段さ」

 プリムローズが瞳を真っ赤に燃え上がらせて叫ぶ。

「くっそたわけ! あんな胸くそ悪いものを、よくもにいちゃまに!」

「安心しなよ妖精(プーカ)。これに依存性の副作用はないから。あの享楽主義者たちに授けたものとはまるで別物さ」

「ともかくこれで、すべてスッキリ解決だ。……やった、とうとうやったんだね……!」

 エマニュエルは両手を上げて、満面の笑みではしゃぐ。

「僕は林檎を食べて生き長らえて、白百合(リブラン)の賢者の呪いも解けて、これにてめでたしめでたし! ――じゃあ、行こうか白百合(リブラン)

 リーンの手を取り、弾む勢いで歩き出そうとした。ヨークラインが力なくも吠える。

「待て! リーン=リリーを、連れ去るつもりか……っ」

 天使の風貌の少年は、目映いばかりの極上の微笑みを向ける。

「今まで白百合(リブラン)を守ってくれてありがとう。安心して、これからは僕がその役目を受け継いでいく」

 舌打ちしかねない形相で、ヨークラインは密かに懐を探った。

「一族の盟約がある限り、彼女の守護者(ガーディアン)はこの俺だ。――中毒エンコード:『ジギタリス』!」

 少年の身体を野太い光線が貫いた。その足元が幾分よろめいたが、依然健やかに、穏やかな風情で微笑むままだった。

 プリムローズが畏怖と驚愕の入り混じった目を向ける。

「何で……へっちゃらなのよ」

「だって僕は神の子だもの」

 ヨークラインは急激な力の消耗で膝をついたが、一段と志気強くねめつけていく。

「神の子だろうが、神の花嫁(エル・フルール)に勝手な真似は、許されない……ッ」

「受け入れがたい? それもそうか」

 少年はふと笑みの種類を変えた。安易な興が乗ったと言わんばかりに投げかける。

「じゃあさ、僕にも忠義を尽くしてよ、クラムの血を引く守護者(ガーディアン)。君さえ良ければ、天空都市で重用したっていい」

「ふざけたことを……!」

「――駄目よ、エル。ヨッカはもういいの」

 凛とした声が間に入った。感情の色を灯さない、無機質な声音だった。

「この人は、もう私に必要ないの」

 我が耳を疑うしかないヨークラインは、呆然と少女を見据えていく。

「……リーン=リリー……?」

 丁寧な所作で歩み寄ったリーンは、彼の傍らに今一度膝をついた。蹲った細身の体躯を見下ろす翳った瞳は、何処までも冷ややかで――底が見えない。

「ガーランド家当主、リーン=リリー・ステファニー・エマ・ガーランドが、ヨークライン・フォン・クラム――我が守護者(ガーディアン)に命じます。クラム家との盟約を、守護者(ガーディアン)の絶対たる忠義と責務を……この時この場をもって、解きます」

「何を……言って……」

「これで、呪いも何もかも、あなたを縛るものはすべて失くせる……」

 ガーランドの姫は仄暗いアイスブルーを伏せて、すっと立ち上がった。

「行きましょう」

 天の御使いと魔法使いを連れてその場から去ろうとする氷の横顔に、ヨークラインは息も絶え絶えにだが声を発する。

「駄目だ……、待つんだ……」

 静々と一歩ずつ踏み出す度に、しゃらり、しゃらりと銀の花冠が清澄な音を立てる。

「聞こえないのか、リリ……!」

 青年のひりつくような呼びかけに、ふと立ち止まる。軽く首を振り向かせ、薄く微笑みかけてきた。凍える世界でも背筋を伸ばして凛と咲く、寂しげな一輪の花のように。

「短い間でしたが、お世話になりました。……さようなら、お元気で――()()()()

「……っ」

 今度こそ背を向けた少女へ、隣に寄り添うエマニュエルが飛翔装(バードコート)を広げて包む。真っ白な翼に抱かれ、艶やかな長髪が吹き荒れる風に促されて強く舞い上がった。装束の裾から覗く靴の爪先が、石床からふわりと軽やかに離れていく。

 天の御使いに(いざな)われ、こうして神の花嫁は天へと飛び立ってしまった。



 淀んだ雪雲の失せた今、砂金のようにちらばる星々と淡青の満月が夜半に飛ぶ鳥たちを見下ろしていた。

 晴れ晴れしい濃紺と肌を刺す清涼な冷気のあわいに翼をはためかせて、揚々と飛行を続けていく。風の切る音に紛れながら、切ない響きを零すのは極々小さな啜り泣き。

「っ……、ぅ……っ」

 飛翔装(バードコート)に包まれる少女が、その身を丸めて肩を小刻みに震わせていた。少女を胸内で抱くエマニュエルは目を丸くし、不思議そうに首を傾げた。

「どうしたの、白百合(リブラン)。お別れがそんなに辛かったの?」

 リーンは一度小さく息を吸い込んでから、声を詰まらせつつも振り絞る。

「大好きだったから……ヨッカが。……メグも、プリムもジョシュアも、フラウベリーの皆も……」

 極寒の冷気に晒されても眦から零れる雫は熱く、喘ぐような吐息と共にままならない昂りを押し出していく。

「でも、私の傍にいたらヨッカは命を削る。呪いも解けない。いつまでもガーランド家に縛られたままで、したいことも出来ず、自由になれない」

「じゃあこれで一安心だね。白百合(リブラン)の恩人は助かったし、しもべからは解放されたし、何もかも自由だ。全て白百合(リブラン)の願い通りだよ、本当に良かったね。……でも、どうして?」

 エマニュエルは小首を傾げながら、優しく囁き続ける。

「どうして君は、そんなに泣いてるの?」

「……分からない。分かりたくなんか、ないの」

 ――凍えてしまえば良い、こんなわがままな涙など。

 いつまでも泣き虫のままで、押し込めた心はこんなにも駄々を捏ねるばかりで。わがままをいくつも殺しても殺しても、悲鳴がたちどころに溢れて止まらない。

 隣で翼をはためかせるピックスが、ぼそりと呟いた。

「お前さんは良くやった。……充分に立派な大人に見えたぜ」

「……うん、ありがとう」

 大人になるのは、そう見せかけるのは、なんて難しいことなのだろう。

 ――聞こえないのか、リリ……!

 信じられないように自分の名を叫び、顔を歪ませるヨークラインが瞼裏に浮かぶ。決してそんな顔をさせたい訳ではなかった。それでも欲しかったものがあった。得られたものがあるから、構わないのだ。この胸の留まらない絶叫と痛みは、当然の代償なのだ。

 何もかもを取り払った幼顔で、少女は涙を零し続けた。

「ごめんなさい、ヨッカ……っ、本当に本当に――大好きだったわ」



 瞬きすらも出来ない黒曜石の瞳は揺れたまま、青白い満月を背景に遠く小さくなっていく少女を捉えていく。

 不意にその身体が、力尽きたように倒れていった。

「ヨーク兄さん! ……あーもう、こいつ、いい加減にっ」

 マーガレットは歯噛みしながら、もう少しで擦り切れそうな蔓をひたすら床面に擦り続ける。だが次の瞬間、拘束された身体に開放感が生まれた。胴体に巻き付いた蔓が緩んで床面に落ちていく。背後には、杖を携える老女が億劫そうに息をついていた。

「やれやれ、とことん仰々しい別れの儀式だったこと」

「おばあさま……」

 カタリナは仕込み杖の刃で、プリムローズとジョシュアの蔓も同じく取り払っていく。

「ばばしゃま、すまないのよ。ていうか、存在をすっかり忘れてたのよ」

「レディ・カラミティ、お怪我は?」

 カタリナは軽快に肩をすくめる。

「大事ないね、物陰に隠れてたからさ。そこの坊やはどうだか知らないけれど」

「ヨーク兄さん、しっかり……!」

 姉妹とジョシュアはヨークラインの元へ駆け寄ると、身体を仰向けにさせた。その口元にジョシュアが耳を寄せ、呼吸音を確かめる。

「大丈夫、気を失ってるだけだ」

「……うん、マナの流れも綺麗なものなのよ」

 プリムローズも己の額をヨークラインの手の甲に当てて、状態を伝える。マーガレットは心から安堵の息を漏らした。

「そう、良かった。……あいつらの言う通りなら、呪いも消えてる筈だけれど、とにかくまずは家で容体を……」

「悠長にしている時間はないよ」

 カタリナが腰に手を当てて、ぴしゃりと声を張る。

「『おままごとはお終い』だって、言っているだろう?」

 この非常事態に持ち出す話題なのか。苛立ちを隠さず、マーガレットは吠えた。

「もういい加減にして! あたしたちはここを離れるつもりは……」

「四の五の言わない、ちゃっちゃと支度おし。――もうすぐ闇狩りが始まる」

 鋭さを強めた言葉に、今度こそマーガレットたちは沈黙し、顔を見合わせる。

「闇狩り……?」

 突如、聖堂の中央に大きな魔法陣が浮かび上がった。そこから二本のおさげ髪を揺らした少女が飛び出してきて、警戒を滲ませて辺りを見回す。

「ルナリアは行ったみたいね」

「あなた、双子魔導士の……」

 マーガレットが呆気に取られている隙間もなく、マッジーは緊迫の表情で目配せする。

「来て。ここから逃げれば、足がつかないから」

「ほら、坊ちゃんとお嬢様方も早く早く」

 魔法陣の中からタッジーもひょっこりと顔を出した。急かすように手招きされて、プリムローズは訝しげに睨む。

「一体全体どういうことなのよ」

 ゴツン、と聖堂全体を震わす轟音が響いた。入り口の扉からだった。ゴツン、ゴツンと突き破るように衝撃音が続き、強硬的な度合が増していく。

「説明は後から詳しく。ひとまずとっととずらかっちまいましょ」

 ヨークラインを陣の中へ運び込み、皆がその周りに寄り添うようにしている中、カタリナだけが入口の扉へと足を向ける。

「カタリナおばあさま、何を……」

「キャンベル領主の代行として、ちっとばかり話相手にならないとね。それじゃあ、タッジー、マッジー。ウチのこまっしゃくれたちをよろしく頼むよ」

「アイアイ、レディ・カラミティ!」

 魔導士たちは敬礼で得意げに返した。すぐにマッジーが杖を真っ直ぐ天に向けて掲げる。

「『パスリセージ・ロズマリアンタイン、これは柔らかな革の鎌、夢幻泡影(むげんほうよう)現世(うつしよ)を君に』!」

 魔法陣が目映い光に包まれて、虹色の光線が迸る。淡色のきらめきが四方八方に弾け飛ぶと、子供たちと魔導士の姿は掻き消えてしまった。

 それとほぼ同時に扉が蹴破られ、複数人が俊敏な動きでカタリナの周りを取り囲んだ。黒づくめの輩が獣のように体勢を低くし、唸り声を上げる。

「――キャンベル領主、ヨークライン・ヴァン・キャンベルは何処だ」

「領主? そいつはあたしのことだよ。あのいけ好かない坊やは、今しがた家からほっぽり出したところさ」

「戯言を」

 喉元に鋭利な刃物を突き付けられても、老女は涼しげな笑みを浮かべていくのみだ。

「嘘だと思うなら確かめてみるといいさ。――おままごとは、これでお終いにしたからね」



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