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【完結】リリー・ガーランド・ゲイン -林檎姫の呪いと白百合の言祝ぎ-  作者: 冬原千瑞
第五章 冬編

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サイケデリック・アルカディアⅡ



 たまらずマーガレットは苛烈な声を張り上げた。

「馬鹿なことを言わないで頂戴! 解呪符(ソーサラーコード)はあなたたち天空都市が認めた技術なのよ。一度振り下ろした己が評定を、蔑ろにする気ッ!?」

天園鳥(クレイドルバード)の承認が下りている」

天園鳥(クレイドルバード)って……断罪機関の……?」

 エルダーは懐から取り出した書状をヨークラインに差し出す。

「これが召集令状だ」

 一歩も動けない青年の代わりに、傍らのリーンが受け取った。紐をほどいて巻かれた紙を広げ、中身の文字をたどたどしく読み上げていく。

「……勅書『アド・アボレンダム』?」

「何ですって、随分とふざけた真似まで……!」

「マーガレット、よせ」

 少女の怒声を遮るように、ヨークラインは片手を上げた。

「……返事は後日にしてくれないか。今はこの通り、歩くことさえままならないものでな」

「……了解した。ならば今夜はこれで失礼する」

 部下の兵鳥(バード)と共にエルダーは背を向けたが、ためらうように踏みとどまる。

「ヨーク……」

「何も言うな。分かっている」

「……すまない」

 今度こそエルダーが去っていくと、入れ替わるようにジョシュアが姿を見せた。リーンに寄りかかるヨークラインを引っ張り上げ、左肩で支えて抱える。

「ヨークを運ぶよ。レディたち、手伝っておくれ」



 当主の寝室は二階の北側にあった。天蓋付きの大きな古びた寝台に細身の長身を横たわらせ、重労働に慣れていない姉妹は疲労の濃いため息をたっぷり吐いていく。

「にいちゃま、何食べたらこんなにくそ重たくなるのよ」

「あんたより小食なのにね……人体って不思議なもんだわ」

「ヨッカ……」

 目尻を赤くするリーンが瞳のアイスブルーをひたひたに潤ませていくので、ヨークラインは気まずい仏頂面になる。

「だから、寝てれば治るというのに……。頼むからその顔をやめたまえ」

「心配させられる身にもなっておくれよ。レディたちの手さえ借りなきゃいけない絶不調だ」

 呆れた様子のジョシュアはヨークラインの額に手を当てる。熱がないことを確認し、安堵のため息を零した。

「ヨーク、寝る前に何か口に入れておくれ。食欲はあるんだろう」

「それなりにな。すぐに済ませられるものだと助かる」

「じゃあもち麦スープにしようかな。仕込んだスープがあるからそれに混ぜて……」

 メニューを考えつつ部屋から出ようとする際に、マーガレットも後ろに付き添う。

「もうどうせなら、あたしたちもここで食事しましょうよ。兄さんがいないと話が進まないし」

「僕としては、まず食べさせて、大人しく寝かせてあげたいけどね。まあ、本人は聞いてくれなそうだ」

 苦笑気味にちらりと目配せすれば、横たわるヨークラインが億劫そうにだが手招く仕草をする。

「ああ構わん。今は緊急事態だ、好き勝手に支度しろ」

「じゃああたし、座卓を持ってくるのよ。嬢ちゃま、手伝ってくれる?」

「う、うん。……そうだ、私も自分の部屋に良いものがあったわ」

 リーンが自室から持ち出したのは、エミリーお手製のキルト地の絨毯だ。そこにプリムローズが持ち寄った折り畳み式の座卓を置いて、キッチンクロスを広げていく。台所からはジョシュアが大鍋を持ち込んできた。中身は丸鶏と野菜のスープだった。多種類のパンやペイストリーも共に並べられる。

 ヨークラインにはもち麦入りのスープ。アップルパイの余りらしき林檎煮。トレイに載せられたそれらを、ジョシュアはリーンに預ける。

「さて、レディ。ヨークのお世話を任せてもいいかな」

「うん、勿論」

「おい、だから大病扱いするなというのに。一人でも食べられる」

 ヨークラインが仰々しいと睨むが、リーンは構わずベッド脇の丸椅子に座り、毅然と睨み返した。

「その油断が命取りなのよ。はい、口を開けて」

 スープを掬った木さじが口元に寄せられて、ヨークラインの眉間に大層深い縦じわが刻まれる。

「……幼子扱いはやめたまえ」

「そんな扱いなんてしてない。ほら、ヨッカ、あーんして、ちゃんと食べて」

 有無を言わせない強い口調だった。屈辱感すら漂う表情で、ヨークラインはようやく渋々口を開いていく。

 微笑ましく甲斐甲斐しい介抱なのに、やたら緊張感を帯びる二人のやりとりには、姉妹も薄ら笑いを浮かべるしかない。

「……なんて嫌そうに食べるのかしら……」

「にいちゃまって、ほんと不器用さんなのよ……」

「難儀なものだね、主従の関係っていうのは」

 ジョシュアもやれやれと小さく息をつくのだった。


 器の中身をさっさと食べ終えたヨークラインは、勅書を改めて読み上げる。

「審問は一週間後か……」

 レモンタルトレットを何個も口に頬張りながら、プリムローズは思案顔になる。

「随分と話の早さを感じるのよ」

「何かの策略を感じるわね」

 姉妹が目をぎらつかせる隣で、ようやく自分の食事を取り始めるリーンは首を傾げた。

「策略って……どうして私たちに?」

 コーンブレッドを片手に、マーガレットが不本意そうに肩をすくめた。

「推測するに、ぽっと出の『異端』如きがのぼせ上ってんじゃないわよ、っていうやっかみが第一の理由かしらね。――『アド・アボレンダム(異端廃絶諭告)』は、解呪における不義を問うためのものよ。天空都市の管轄から逸脱している解呪法――つまり異端には軒並み懐疑的なのは知っているでしょ。そこのところを上手く誤魔化すために、スノーレット女史っていう後ろ盾が我がキャンベルにはついている筈なんだけれど」

「『サイケデリック・アルカディア』――呪具の犠牲者がそれだけ多いのだろうね」

 ジョシュアが悲しげに声を落としつつ、プリムローズの空の皿にペイストリーを追加で差し出す。少女はそれもするすると口に入れ込み、飲み込んでからぽつりと口零した。

「多分、罹患者が金持ちばっかなのよ。お金をたらふく持ってる輩の声は、一段とでかいもの」

 カルテを見直していたマーガレットは、納得するように口元に手をやる。

「キャンベル家に依頼に来るのは元より裕福層が多いけど――確かにこの手の呪いには、キャンベル領内で罹った者はいないのよね」

「ウチは貧乏伯領だもんね。食べられるものがあればそれでいいっていう慎ましやかな人たちばっかなのよ」

 更にペイストリーを口に入れていく妹を見やりながら、マーガレットは苦笑した。

「その代表があんただもんね。ま、清貧とまでは言わないけど、むやみやたらに金稼ぎしてる訳じゃない。ウチの秘技はおまんまを食べるためが第一目的だって、そこのところを分かってほしいものだわ」

「そうなのよ。あたしだってレース編みや刺繍仕事でちまちま内職するのは、もういい加減飽き飽きなのよ」

 口を尖らせるプリムローズに、リーンはぎょっと目を瞠った。

「え……たまにプリムが拵えているのって、そのためだったの?」

「んふふ、今はお小遣い稼ぎ程度なのよ。解呪符(ソーサラーコード)が出来上がって、どかんと実入りが良くなってからは、あくせく作らなくてもだいじょぶになったのよ」

 随分と手慣れているのに、好んで作る素振りを見せなかったのが不思議だったのだ。理由が聞けて、リーンはようやく謎が解けた気分だった。

 マーガレットはポシェットから紙札を一枚取り出した。そっと労わるように撫でていく。

「……悔しいし、不愉快だわ。別にウチは後ろ盾をよろしくしてもらっているだけで、コインの一枚も頂戴しちゃいないのよ。解呪符(ソーサラーコード)の上客もそこそこ増えてきたし、ヘコヘコへりくだって出頭する意味はないんじゃないかしら」

「ねえちゃまに賛成。夏にあたしたちが散々よろしくしてやった義理を不義理で返す不届き者に、これ以上肩入れする意味はないのよ」

「――だが、疑惑の技術に人々が好んで手を伸ばす訳がない」

 ヨークラインの静謐な声がぴしゃりと水を差した。

「此度の事変で、噂はすぐに広がる。大きく出たとて、我がキャンベルの印象が下がるだけだろう。下手を打つ真似は控えたい」

「じゃあ、大人しくワッパをかけられるつもり?」

「その是非を問い、断を下すのが審問だ。嫌疑を晴らすならばどの道出ねばならんだろう、……致し方ない」

「何言ってるの、こんな状態の兄さんを外へ連れ出せる訳がないでしょう」

「そうだよ、ヨーク。お前は当分絶対安静。これはキャンベル家の総意だ」

 ジョシュアの譲らない意思を込めた声に、ヨークラインは苛立たしげに返す。

「だからとて、都市に赴いて弁舌を振るう者は必要だ。それとも、よもやここで会見でも開くつもりか? くだらんお祭り騒ぎに成り果てるだけだ」

 眉を懊悩と歪めるマーガレットだったが、やがてたっぷりのため息を落とした。

「……しょうがないわね。ずっと暖かい部屋に籠もっていたかったけれど、行くしかないかしら」

「ひええ、ねえちゃまが脱・引きこもり宣言……!」

 プリムローズがいっそ恐怖に慄くように身を震わせる。失礼ねとぼやきながらもマーガレットは否定しない。

「打ってつけが他に誰がいるってのよ。むしろ口車と立ち回りなら、兄さんより上手くやれる自信があるわ。構わないでしょ、ヨーク兄さん」

 ヨークラインは不服そうだったが、諦めたように小さく息をついた。

「……ならば俺より上手くてやってこい。無茶だけはするなよ」

「心得ておくわ。……さて、そうとなれば、少しばかりの根回しが必要よね」

 少女は琥珀の瞳を爛々とさせると、手の内の解呪符(ソーサラーコード)を掲げ、とことん優美な微笑みを浮かべてみせるのだった。




 学徒区の食堂は営業時間の終える夜更けになると、さすがに人の気配が薄くなってくる。憩いのひと時にカードゲームに興じたり、酒を持ち込んで楽しむ者が数人いる程度だ。

 仄かな灯りに染められる一画で、一人の男がうなだれていた。大きな体躯の背筋を曲げて、蒸留酒をちびちびと舐める表情は壮絶な沈鬱が広がっていた。

「なーんかまた、幸せも裸足で逃げ出しそうなツラしてんねえ」

 エルダーは赤らめた顔をようやくもたげた。同輩から酒瓶を寄こされても、へそを曲げる態度を見せるだけだった。

「……ブラウンか。ほっといてくれ、隊務と言えども罪悪感を覚え、自己嫌悪を強い酒ではぐらかす木偶の坊で愚かな俺のことなんか……」

「ほーお。どうせキャンベル家絡みなんでしょ」

 的中過ぎて思わず目を見開くが、すぐに思い直した。

「……そうか、お前は広報部の情報員だったな。しょうもないパパラッチばかりしてるから忘れそうになるが」

 ブラウンは肩を軽く揺らし、エルダーの真向かいに座った。発泡酒の栓を開けて、瓶口に口を付けていく。

天園鳥(クレイドルバード)が絡んでるから、あんまり良いハナシは降りてこないけどね。なーんか妙に情報規制されてるっぽいし」

「規制って、何故だ? というか何の情報が……?」

「うんにゃ、ただの勘だからあんまり気にせんで。おかげでこっちは面白いネタに飢えてんだよね。あーあ、どっかに特ダネ転がってないかなあ……っと」

 ブラウンが懐から取り出したのは、高音が鳴り渡る紙札だ。にんまりと口元を上向けていく。

「おやおや、噂をすれば何とやらで」

 一撫ですると、紙札から麗しい声が凛と発せられた。

『こんばんは。お久しぶりね、ブラウン』

「ま、ままま、マーガレット・キャンベル嬢!?」

 絶叫するエルダーの後頭部を、ブラウンはやかましいと叩いた。

「これはマーガレット嬢、ご機嫌うるわしゅう。直接のご連絡なんて超珍しいじゃん」

『ええ、どうしてもあなたの声が聞きたくて』

 隣でエルダーがたちまち蒼白になっていく。

「えっ、なに、お前、実はマーガレット嬢とはそういう……!?」

 立ち上がろうとするエルダーをブラウンは再度強めに叩いて、テーブルに沈める。

「そんで、今日は一体全体どうしたワケ?」

『良いネタがあるんだけど、高く買う気ないかしら』

「ほーう、言い値で買おうじゃないの」

 豊作の予感に堪え切れず、ブラウンは即座に応じたのだった。


 ネタを回収し、通話を終えたブラウンは、目を生き生きときらめかせていく。

「これはまたとなく筆がノリノリに乗りそうな予感……! 平和な街には他人事の刺激的なゴシップってねえ」

 有頂天の心地で席を立とうとすれば、服の裾をエルダーが力強く掴んできた。妬ましそうに睨み上げてくる。

「お前……何で彼女とはそう親しげなんだ」

「マーガレット嬢とは文通仲間なの、前々からのね」

「文……通……だとッ!?」

「鼻息が荒い、うざい」

 三度目は拳をお見舞いした。そして口元に深々とした笑みを浮かべていく。

「まあ見てなって。この広報部情報員の精鋭ブラウン・ツッカーが、皆のマドンナ、金の女神の輝ける覇道を書き記してしんぜよう――僭越ながらね」


*


「じゃ、こいつを局留めで頼むな」

「はい、お預かりいたします」

 手紙を郵便局に預けると、ピックスはそのまま学徒区の食堂へ足を向けていく。解呪師局前を素通りしようとして、思わず足を止めた。

「嘆かわしいことだ」

「おいたわしや、キャンベル嬢」

「何考えてんだろうな、天園鳥(クレイドルバード)は」

「我々を救ってくれた女神だぞ」

 そう怒り嘆きながら局内で群がっているのは、後方支援部の解呪師たちだった。肩をいからせて何かを読み込んでいるらしい。

 聞き捨てならない台詞の羅列に眉をひそめつつ、ピックスはその背後から怪訝そうに覗き込んだ。

「なーに三々五々とタムろってんだよ」

「ああ、ピックス殿。見てください、こちらの号外記事を!」

 興奮気味に真正面に広げられたのは一面にもわたる少女の写真、そして特大の見出し文字。ピックスは顔を盛大にしかめていく。

「……あ? 何だこれ」


 天空都市号外記事

 『異端にして異彩キャンベル家――まさかの破門か』


 ――先日より七大都市を中心に猛威を振るう呪具『サイケデリック・アルカディア』。兇徒は未だ捕縛ならず、その第一容疑が辺境伯領のキャンベル家にかかっている。

 出頭を命じられた当主のヨークライン・ヴァン・キャンベルは疲労の重なる体調不良により出席能わず。代行として、キャンベル解呪法の開発者であるマーガレット・キャンベルが応じる。

 彼女の名をこの天空都市で見聞きする者は多い。キャンベル家の美しき姉妹の片割れ、女神のように光り輝く金の少女。

 幼い頃よりあらゆる専門書を嗜み、その才気煥発さを見込んだ祖父の奨めで名門女学校『アンジェリカ・アカデミー』へ入学。僅か一年で卒業単位を取得し、首席で学業を修める才媛である。己が勉学旺盛さの奮い役立てる場を、人を癒し救う尊い御業(みわざ)――解呪へと見定め、天空都市の門戸を叩く。その優秀さはやがて独自の解呪法を見出すまでに至った。

 彼女の手がける解呪符(ソーサラーコード)は、能力の有無にかかわらず万人の手で解呪を行うことを目的とするもの。夏の災禍においても比類なき力を発揮し、我々解呪師にただならぬ知恵と支援を授けてくれた。異端と称されど、真心を尽くす彼らに、このような仕打ちは酷というものではないだろうか。査問機関の正当な判事に注目されたし――




「……おい、ここまで煽る必要があるのか?」

 エルダーの厚意で送り届けられた記事を読み、ヨークラインは一抹の不安を覚えるしかない。だがマーガレットは荷造りしたものを御者に預けながら、しれっと返す。

「民衆を味方につけるにはスリリングなゴシップが必要だもの。じゃ、行ってくるわね」

「気を付けてね、メグ」

 胸元に手を添え、不安な面持ちで見上げるリーンにマーガレットは深く微笑みかけた。

「心配いらないわ。お土産に期待してて、美味しいチョコレートでも見繕ってくるわ」

 別れの挨拶代わりに軽くウィンクすると、馬車へ乗り込んでいった。間もなくゆっくりと車輪が動き始め、屋敷から遠ざかっていく。

 隣からプリムローズがリーンの腰回りに抱き付いてきて、こちらもにんまりと微笑みかけてくる。

「大丈夫よ、嬢ちゃま。ねえちゃまの回りに回る口車は、タップダンスしてるようなものだもの」

「ええと、喩えが良く分からないのだけれど……」

 ヨークラインがため息交じりにプリムローズを見下ろした。

「お前の口八丁手八丁は、マーガレット譲りだからな……」

「んふふ。そこだけは似た者同士かもなのよ」

「そもそも姉妹なんだから、似るのは当たり前じゃないかしら……?」

 リーンが心から不思議そうに呟くと、プリムローズはふと瞬きし、眼差しをくすぐったそうに柔めた。やがてきゃらきゃらと大きな声で笑う。

「だったらゆくゆくは、嬢ちゃまもあたしたちと似た者同士になっちゃうかもね」

「やめろ、お前みたくの小賢しさを身に着けてくれようものなら、どうしてくれる」

 ヨークラインは相変わらずにべもない。それでもプリムローズの利発さが純粋に羨ましいリーンは、馬車を見送りながら小さく呟いた。

「……本当に、そうなったらいいのに」



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