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【完結】リリー・ガーランド・ゲイン -林檎姫の呪いと白百合の言祝ぎ-  作者: 冬原千瑞
第四章 秋編

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the harvest hazard Ⅸ




 寒々しく吹き荒ぶ強風に煽られ、湿気をたっぷり含んだ草原に構わず膝をついて、青年は主の足元に粛々と首を垂れている。背丈の高さを忘れそうな程に地に張り付くその有様を、少女は呆然と見下ろしていた。

「顔を上げて、ヨッカ。……私は、そんなことしてもらえる人間じゃあ、」

 言い切ろうとして、途端ハッと口を噤む。彼の胸には呪いがある。ガーランド家から感染(うつ)された林檎姫(メーラ)の呪いが。それがある限り、ヨークラインはガーランドに仕える一族として振る舞わなければならない。ヨークラインをこんな有様にして苛んでいるのは、呪い自体ではなく、ガーランド家なのだ。

 けれどリーンは傅かれることを望まなかった。自分も背を屈めて、ヨークラインの顔を覗き込もうとする。

「お願いだから顔を上げて。ヨッカと、きちんと話がしたいから」

 ヨークラインはやっと顔を上向かせた。黒曜石の無機質な眼差しが、感情を灯すことなく少女を映している。

「どうして、今まで黙っていたの。私のお母さんから、ガーランドからもたらされた呪いだと……どうして話してくれなかったの」

「我が主にはお知らせする必要のないものと、判じた故にでございます」

 リーンは悲痛に眉を寄せる。

「その言葉遣いもやめて。ヨッカじゃないみたいで、困るわ」

「なりません。従僕と打ち明けるからには、その弁えは欠かせぬもの。代々のガーランドに傅く身の上であることを、我が主にはご理解いただきたく……」

「嫌よ! お願いだから……ちゃんと、今まで通りに話して」

 潤みを帯び始めた声できつく咎められ、ヨークラインは渋い顔で沈黙する。リーンは歯痒く更に言い募る。

「どうして私に必要のないことだと思ったの。ガーランドの姫として扱うのなら、私にかかわることであるなら、隠さず全てを伝えてほしかったわ。お母さんとヨッカの間で締め括らないでほしかったわ。蔑ろになんか、されたくなかったわ」

「蔑ろにしたつもりなどないッ」

 ヨークラインは咄嗟に鋭く言い返した。一呼吸間を置いて、やがて諦めたように小さく息を吐いた。

「……正直に、真実を伝えたところで何になる。結果は最初から自ずと見えている。だから何も言わなかった。黙ったままなのが最適なのだと判断した」

 少女の白い柔肌を侵す落涙の痕を、痛々しそうに見上げる。だから言いたくなかったのだと、声音が哀感に塗れていく。

「でなければ、どうしたところで泣くだろう……君は……」

「……ッ」

 リーンは寄せた眉を更に悲しく歪め、唇を引き結んだ。そして、恥じらうように顔を伏せる。

「……私がいつまでも泣き虫で弱虫の姫だから、そうするのね。そうするしか、なかったのね。……ごめんなさい、至らなくて」

 湿る草原に、またひとつ小さな雫が落とされる。かすかな声が冷たい突風の最中に溶け込んでいく。ただ一言、ごめんなさい、と。





 石柱の根元に生い茂るものを、小さな手が嬉々と拾い上げている。魔術師(マグス)古代法(エイシェント)に則した落雷のおかげで、たちどころに生えてきたものだ。おもちゃの太鼓のような形のキノコ、てんてこマイタケである。

 一つの柱に五、六個は群れとなって連なっている。それが十二本分とあればなかなかの量だ。籠の中にせっせと放り込むウィリアムは満面の笑みを浮かべている。

「うむうむ、これだけあれば、村の皆にも振る舞えるな。母上に何を作ってもらおうか。シチューかパイか……」

「そうだねえ、スープでもいいし、炙っても美味しいよねえ。これであの子もちょっとは元気になってくれるといいんだけれど」

 魔術師(マグス)はにっこりと笑って同じく籠に入れていく。その眼差しは穏やかなものであるが、少しの憂いをも帯びている。ウィリアムは首を傾げた。

「そういえば、身内に食べさせるためと言っていたな。薬師の(ゆかり)の者は、そんなに身体が悪いのか?」

「まあね。酷いと一月ずっと眠ってばかりさ。だからテンテコなキノコ如きじゃあ、焼け石に水なのかもしれない。本来なら、神さまのチカラの宿るモノを食べさせなければならないから」

 ウィリアムは思わず手を止めて、魔術師(マグス)に訝しげな視線をやった。

「神さまの……? 薬師は、本当は一体何を探しているんだ」

「特異的な解毒剤――金の林檎だよ」

 魔術師(マグス)は薄っすらと微笑んで、暮れの野原に視線を流した。背に茜を注がれて、大勢の影が群れを成して立ち並んでいた。その中でも取り分けて背の高い漆黒の青年に向けて、硝子細工のような目をとびきりに細める。それにつられて見やるウィリアムは、がっかりした様子だった。

「……なんと、魔女っ子は、村長である僕が成敗したかったというのに」

 遠目に捉えた魔女は、すまきのように縄くくられてげっそりしていた。

 同じくウィリアムを遠くから確認したヨークラインは、カウスリップからの借り物である飛翔装(バードコート)を今一度はためかせる。

「先に、村長の宅へ向かう。ウィリアムを無事保護したこと、伝えてくる」

「……逃げたわね」

「沈黙、気まずかったもんね」

 姉妹がひそひそと囁き合うが、ヨークラインは一睨みすることもなく背を向けて飛び立った。

 青年に負けず劣らず気まずい心地だったリーンは、やっと穏やかに息をついた。夕風に髪をそよがせて、ウィリアムの傍まで駆け寄る。腰をかがめて目線を合わせた。

「ウィル君……、妖精(プーカ)の皆は?」

「案ずるな、今は恥ずかしがって出てこないが、皆健やかなものだぞ。リーン嬢には大層感謝していると」

 問題ないと胸を張る少年に、リーンは安堵に口元を綻ばせる。

「そう……良かった」

 隣へ寄り添ったプリムローズが訝しげにため息をついた。

「嬢ちゃままで妖精(プーカ)とか……。そこに居座ってる古ぼけ天外魔、みょうちきりんなキノコでも嬢ちゃまに食べさせた?」

 鋭い眼差しを向けられて、魔術師(マグス)はやれやれと肩をすくめた。髪と服装を変えたからと言って、やはり因縁深めてしまった者にはすぐに悟られるというものだ。

「まあ待ちなよ妖精(プーカ)。君と無暗に争いたい訳じゃない。今日の私はなんたって善き賢者だからね」

 そうのんびり告げて、片手に持っていたものを少女へ放り投げる。それをカウスリップが掴み取った。

「これは……キノコ……でしょうか?」

「てんてこマイタケ。雪のお嬢さんと坊ちゃん村長が、君のためにって探してくれていたものだよ。それを食べて、早く元気におなり」

「罪滅ぼしとでも言いたいわけ?」

 紅玉の眼をぎらつかせて、少女は唸る。

「捕まったくせに、あたしの庭にまでのうのうとウロウロと……。お前の所業は、許されたものじゃないのに」

「君や誰かの許しがあろうがなかろうが、私は生き汚く生きるよ。残念だったね、可哀想な妖精(プーカ)

 一層憤懣に顔を歪めたプリムローズは、歯を剥き出しにして吐き捨てる。

「呪われろ、呪われて不幸に(おのの)け!」

 今にも飛び掛からんとする妹の肩を、マーガレットが後ろから強く押し留めた。

「こーら、プリム。今のあんたは省エネモードよ。それに、善意でくれたものにはお礼を言うべき」

「ねえちゃまはゲンキンなのよ。自分は解呪符(ソーサラーコード)でヨイショされてるからって絆されて!」

「ま、それは否定しないけれども、……無暗に喧嘩売る相手でもないでしょう。相手は千年万年の生き貫いた魔法使いよ。あたしたちが束でかかって、どうにか出来る相手とは思えないもの」

「賢明なご判断をどうも、姉君」

 冷静に見据える琥珀の瞳に、魔術師(マグス)は悠然と笑って応える。立ち上がると、その容姿を変えていく。肩先に揃えた黒髪が淡色の長く波打つ髪へ、真っ白な外套は黒一色へ。そしてプリムローズを揶揄う風に横目で見やった。

「そうだね、私は強いよ。そこの妖精(プーカ)より、ずっとね」

「あたしのことを、妖精(プーカ)と呼ぶな!」

「だって君が妖精(プーカ)であることは、私にとっての真実だもの。でも、君が妖精(プーカ)でないことを信じるのも自由だ。君は本当は、自由に信じて真実にすることを選べる筈なのにね」

 一瞬怯んだプリムローズに、魔術師(マグス)はくすくすと愉快な音を転がす。

「怖いだろうね、強き力を持つ者に楯突くのは。主張は大きな声でしないと、心が潰れそうだものねえ?」

「うるさい……!」

 顔を真っ赤に歪ませるプリムローズがマーガレットの手から抜け出そうとしたその寸前で、滑らかにそよぐ長い黒髪が目の前を通り過ぎる。

「楯突くのは身を護るためなの。あなたの言葉に惑わされて、怖いから。それを分かっていながら、自分の腹いせに使わないで」

 プリムローズを庇うように背の後ろにやり、泣き腫らした眼差しに凛とした光を張って、リーンは魔術師(マグス)をねめつけた。

「……今日のところは、ここでお引き取り願えますか。あなたにはとても助けられたし、感謝もしています。でも、私はプリムの怒った顔や悲しい顔を見たくないのも、本当だから」

「嬢ちゃま……」

 プリムローズはつぶらな目を大きく瞬きさせ、毒気を抜かれたように怒気を鎮めていく。

 魔術師(マグス)はふっと静かに微笑んだ。

「その願い、当然勿論叶えよう。私も君には幾度となく助けられたからね。ありがとう、雪のお嬢さん」

 そう言って背を向けようとした矢先に、肩を強く掴まれた。皮肉気に口角を上げるピックスが、他の誰に聞かせるでもなく、「悪いな」と音もなく唇を口動かす。

「そこのへぼ屑ザルの無能ゴミ箱、さっさとお縄にするのよ」

 プリムローズからいつも以上に罵りられ、ピックスは頭を気まずそうに掻く。

「へいへい、仰せの通りに。脱獄犯はこれにて回収っと!」

 軽く言いながら魔術師(マグス)の鳩尾に一発拳を入れた。鈍い悲鳴を上げて傾ぐ身体を、軽々と担ぎ上げる。魔術師(マグス)が弱々しくも恨めしそうな声を出す。

「ちょ……もうちょっと……穏便に……」

「話は取調室で聞いてやる。っつーことで、このまんまこいつを天空都市まで運んでくっから、カウス、お前は当初の予定通り休暇を過ごせ」

 カウスリップは生真面目な表情で首を横に振る。

「いえ……ここは私が。隊長だけに運ばせる訳には」

「テメーの翼はキャンベルにパクられたまんまだろうが。鳥でもねえ今のお前さんにゃ不相応の仕事だ。あ、俺の取った宿には代わりに泊まっといてくれ。貧乏伯領にせっかくお布施したんだしな」

 そう意地悪そうにピックスは告げ、今度こそ飛翔装(バードコート)を羽ばたかせて飛び立ってしまった。

 リーンはプリムローズに向き直ると、隣並ぶカウスリップの手にあるキノコを受け取った。

「このてんてこマイタケを食べると力がつくみたいなの……。その、プリムに元気になってほしくって……」

 先程の毅然とした振る舞いが嘘のように、か細い声を落としていく。自信なくしおれたような姿に、プリムローズは思わずくすりと柔らかな笑みを零した。しょうがないと言った体で肩をすくめてみせる。

「キノコそのものに罪はないのよ。仕方ないから貰っといてあげるのよ。……ありがとね、嬢ちゃま」

 その優しい鈴の音に、リーンも瞳を薄っすら潤ませて微笑む。

「うん……」

 少女たちの手が、キノコを理由にして重ねられる。それを満足そうに見やるウィリアムが威勢良く声を張る。

「うむうむ、これでプリムも完全復活すること間違いなしッ! リーン嬢と、この村長たる僕に大いなる感謝を捧げることだ!」

「あんたに感謝する謂れも理由も、これっぽちもありゃしないのよ、このはなったれ」

 プリムローズは途端に鬱陶しいと眉を寄せるが、ウィリアムには響かず、得意げに胸を張るだけだった。

「何を言う。妖精(プーカ)と言えど、このフラウベリーの住人を慮るのが、この村長たる僕の役目だぞ」

「……はぁ、なんだかもう今日は、嫌味言う精も根も尽き果てたのよ……」

 くたびれて肩を落とすプリムローズに、リーンは慌ててフォローを入れる。

「でも、ウィル君はプリムのために一生懸命になってくれたのは本当よ。ウィル君の素敵なお隣さん――妖精(プーカ)たちも味方になってくれてね」

 まるで子供に聞かせるお伽話のような言葉にしか聞こえないと、プリムローズはやはり釈然としない。

「……嬢ちゃま、やっぱりみょうちきりんなキノコ、食べたんでしょ」

「ふふ、そうかもしれない。妖精(プーカ)の皆と友だちになれて、本当に良かったって思ってるわ」

 リーンが心の底からの朗らかな笑みを綻ばせるので、プリムローズは呆れたようにふんと鼻を鳴らすが、もう何も言わなかった。





 村長に事のあらましを報告したヨークラインが次に向かったのは、村の大通り沿いにあるホテルだった。ロビーの隣にあるパブは、収穫祭を見物せんと集う観光客で一際賑わっていた。宿の主人は上機嫌な笑みを浮かべつつカウンターで帳簿を付けていたが、ヨークラインの姿を捉えるとハッと表情を強張らせる。

「領主様、ご足労いただき申し訳ありません」

「村長から聞いた――俺の客人がいると」

「三階の一番奥の間にお通ししてございます」

「内密の話がある。俺が戻るまで誰も通すな」

 早口で告げ、懐から重みある布袋を取り出すと主人に渡す。かしこまりましたと主人は素直に頭を下げて見送った後、握らされたものを困惑に見つめる。口止め料にしては随分なものだったのだ。あの客人の見目姿からして、領主にとって重要な人物だとはどうしても思えなかった。

 奥間の天蓋付きのベッドには、一人の少女が腰掛けていた。西日の漏れる窓辺を眩しそうに見やっていたが、扉が開かれて室内に入るヨークラインの足音をきっかけに、ゆっくりと背後に振り向く。目映い黄昏に映える砂色のたっぷりとした髪が肩下で結われ、同じ色の瞳が逆光の中で色薄く笑む。手元の杖を支えにしながら、緩慢な動きで腰を上げた。

「何やら少々騒がしかったようですね」

「……何故あなたがこちらに――スノーレット卿?」

 ヨークラインから不愉快そうに睨まれているが、エミリーは穏やかに笑い返す。

「リーンさんから収穫祭へのご招待いただきまして。ついでにあなたの監理も兼ねています。……夏から、変わりなく?」

 静かに問われ、ヨークラインは苦り切ったため息を押し出した。

「……芳しくはないですね。マーガレットにも悟られました」

「聡明な妹御をお持ちのようで」

 エミリーはヨークラインの正面近くまで歩み寄った。そして青年の胸部に人差し指を当て、抑揚薄く告げる。

「この手は神に倣いし浄化の御業(みわざ)。苦しみよ、浮き上がれ。歪みよ、我が身に呼応せよ。絡まる苦難を相容れたまえ」

 針を刺したような痛みが心臓中心を貫き、ヨークラインは顔を歪める。やがて胸元より染み出した赤い光が少女の指先に灯った。それを確認し、エミリーは指をすっと離す。切っ先に付着する濁った紅の液体が、雫となって滴り落ちようとする。その寸前で、エミリーは口に含んだ。

「――確かに、毒素は承りました。これでしばらくは、まだ芽生えはしないでしょう」

「……ありがたく存じます」

 ゆっくりと息を吐いて、ヨークラインは安堵の表情を浮かべる。特殊な力量を持つエミリーが行えるのは、解呪だけではない。おかげでヨークラインは今日まで生き長らえていた。

「……昔から、そのような吸呪を?」

「教えません」

 エミリーは、いつもの何もかも諦観している風な薄い微笑みを浮かべている。

「知ったところでどうするというのです」

 今日は虫の居所が取り分けて良くないヨークラインは、思わず声を荒げる。

「あなたは、俺に教えないことが多い。リーン=リリーのこともだ」

「彼女が望んでいないからですよ。あなたに知られることを恐れている」

「だが、それを(まか)り通そうとする権利はあなたにはない!」

「承知しております。なので、今日はあなたへの詫びも兼ねて赴きました」

 エミリーが差し出したのは、寝台近くのチェストの上に置いてあった茶封筒だった。中身の書類に、青年が早々と目を通す。そして当たり散らすように紙束を床に投げ打った。それでもエミリーは涼しげにしている。

「彼の手を借りずとも、彼女が話してくれるのを待つべきです――そう言いたいところですが、時間はあまりありませんから」

「奴もあなたの手の内か。やはり信用ならんな、あの商人は」

 青年の怒気を含んだ文句に、エミリーはさすがにくすりと苦笑した。

「あまり責めないでやっていただけますか。ホーソン・カムデンとは少なからず交流がありまして。彼に頼ればあらかたの情報は掴めますから」

 床に散らばった書類――身辺調査の報告書をヨークラインは今一度拾い上げて、手の内に戻す。

「リーン=リリーは、ガーランド家で過ごした五歳以降の消息が、不思議なまでに不明だった。死んでしまったのだと推測する程に。だが、彼女は生きていた。この一、二年前からあなたの管理する孤児院で暮らしていたと――やっとそこまで掴めたところだった。この十年弱の空白を探ってもなかなか仔細が出てこなかったは、あなたが秘匿していたからか。一体何が狙いで、彼女を引き取った?」

「誤解があるようですが、私が彼女を発見したのは数年前の偶然です。あの忌まわしき塔からの、白百合(リブラン)の祈りが聞こえたからこその、偶然」

 悔しそうに睨み続けるヨークラインに、エミリーはまるで酷薄にも似た微笑みを浮かべ続けている。

「薄々気付いてはいたのでしょう。あなたの知らないこの十年の狭間、彼女が何物にも脅かされることなく安穏に暮らしていただけと……本当にお思いでしたか?」





 キノコのポタージュ、カボチャとサーモンのホワイトソースグラタン、ローストチキン、デザートには洋梨のタルト。小さめのローテーブルには隙間なく料理が並んでいた。座り心地の良いソファに座りながら、小柄な少女と中年の男は我先にと皿を掴んで中身を大口で頬張る。

「あ~~ん、五臓六腑に染み渡るぅ~~」

「久々のNOT自炊メシ! 人様の手の込んだ料理はヤババのヤバだわ~~」

 『まずは存分に食べさせろ』。懐柔の仕方を心得ているヨークラインの指示通り、双子魔導士には沢山の食事が与えらえていた。キャンベル家のリビングにて、無我夢中で貪る二人に呆れた眼差しを向けるのは、同室のダイニングテーブルで夕餉をとるキャンベル家――主に妹がため息さえ漏らした。

「盗っ人猛々しいのに食事もがっつくとか、神経太っちょにも程があるのよ」

「でも作り甲斐があっていいよね。お代わりも沢山あるから言っておくれ」

 ジョシュアのいつもののんびりした博愛対応に、魔導士たちは歓声を上げた。口滑らせるには丁度良いと、マーガレットも敢えて止めはしない。カウスリップはピックスの言われるまま宿へ向かってしまったので、慎む必要もなかった。

「それで、あなたたちはヨーク兄さんに仕えていると聞いたけど、随分長く?」

 タッジーはチキンに齧り付きながら、飄々と肩を揺らす。

「まあね。歴代のクラム家の脛をかじって生きてきたヘボヘボ魔法使いだよ。クラム家は、魔力を動力に置き換える技術屋の面もあったからね。オレの魔導研究と近しいし、仕える代わりにそのおこぼれを頂戴していたのさ」

「エンコード……解呪符(ソーサラーコード)源泉機構(ソースコード)となる技術ね」

 マーガレットが興味深そうに返せば、タッジーは話が分かると思ったのか身を乗り出す。

「ま、それも元々は王家の血を引く由縁で為せるワザ。万人には扱えぬ秘技として、クラム家もそれなりに栄えていた訳なんだけど。……そのご威光も諸行無常なんだよねえ」

「王家の衰退が原因ってことなのかしら……? そこが解せないのよね。王家に連なるイイとこのお家なら、領地もそれなりに大きいし、容易く没落には追い込まれない筈だけれど……」

 マーガレットの首傾げる様子に、マッジーが面白くなさそうに口を尖らせた。

「勿論、クラム家は簡単には落ちぶれなかったわ。……だけど、時の経過には弱いわね」

 タッジーも同意するように、皮肉気に口元を曲げる。

「王家が崩壊した途端に、外界から狙われるのは、その庇護から外れた王家に連なる一族。直系も傍系も区別なんてしやしませんよ。悪漢も、好い人ヅラした街の権力者共も――それと分からぬ手口で、王家から賜った宝やら領地やらをまんまと強奪。旨味強きと思しきモンは全てしゃぶられ、貪り尽くされました。十年二十年、三十年と時を経る程に、遠慮はなくなっていって……酷いもんでしたねえ、ありゃあ」

「じゃあ、私の家も……?」

 リーンが静かに問えば、マッジーはタルトの一切れを口に放り込んで、頷く。

「そうよ。神の花嫁(エル・フルール)と神聖視されていたガーランド家も、とうとう旨い蜜を求めて狙われたわ。でも、当主と生まれたばかりの一人娘は命辛々逃げ出して、何処かへ隠匿。クラム家にも、その行方を知らせずにね」

「え……?」

「王家傍系一族のクラム家も当然狙われていたから、表立った結束はお互いを潰すと思ったのでしょうね。交流は秘密裏に、極力控えめにと限られていたの。命を受けて馳せ参じるのは、当主とその一族の跡取りの身に、何かあった時だけ」

「お互いを潰す、ね。守護者(ガーディアン)として仕える身分なのに、随分と扱いが平等というか、甘っちょろいのね」

 マーガレットが皮肉めいて横槍を入れると、マッジーはムッと顔をしかめた。

「そもそも、守護者(ガーディアン)という役目はほとんど形骸化していたのよ。実質の警固はガーランド領内の民でも事足りる。それに、ガーランドにもクラムにもそれぞれ伴侶がいたし、お互いを形式的に縛る関係は不適切だと、両当主の間で意見は一致していた。クラム家には他にも生業があったし、正直言うと守護者(ガーディアン)という役割は、一族にとって目の上のたんこぶだった。――けれど、それをまた縒り戻したのが、林檎姫(メーラ)の呪いよ」

「私のお母さんが……ヨッカに与えてしまったもの……」

 リーンが俯き、声を気弱に落とす。隣でその様子に気を揉むプリムローズが、半目でマッジーを睨んだ。

「でも、どうして? ご主人様に命令されたからって、あの居丈高なにいちゃまが合点承知って、大人しく受け入れるとは思えないのよ。嬢ちゃまのママとにいちゃまのパパの間でも、形ばかりの繋がりはもうなしなしって決めてたんでしょ? にいちゃまの身体を差し出すってマネは、その約束を破ることになるのよ」

林檎姫(メーラ)の呪いは保呪者(キャリア)の命を削る代わりに、神の如くの力を約束するわ」

 マッジーはため息混じりに肩をすくめる。

「ヨークちゃん……あの子は三男坊でね、当時のクラム家の中ではパッとしない子だったの。というか、兄上様たちや伯父上様たちが出来すぎっていうかね、ヨークちゃんだって能力の質は悪くないのよ。特出したものがなかったというだけで。……まあ、そういうところがアタシの世話焼き心をくすぐるっていうかねえ」

「あることないこと知った風で口を叩くな、愚か者」

 外からようやく帰ってきたヨークラインが姿を現し、苦り切った表情をマッジーに向ける。

「憐憫まみれの幼子扱いはやめろ。お前お得意の、悲劇の主人公にでも仕立て上げるつもりか」

 マッジーはソファの背もたれから身を起こし、膨れっ面になりながら前のめりになる。

「ヨークちゃんはカッコつけすぎなのよう。アタシが語るのは虚構じゃなくて事実よ。物語にするなら、超絶イケメンのスーパーダーリンに描いてあげるけれど。あ、今度新作出すんだけど、読んで感想聞かせてもらえる?」

 そう言って揚々と懐から一冊の文庫本を取り出す。ローテーブルに置かれたそれを、離れた席のジョシュアが遠くより目に捉え、思わずわあと歓声を上げた。

「もしかして、そのペンネームは月魔女シリーズの? 良かったらサイン貰えないかな」

「あらまあいいわよ。意外と読者が近くにいるものね」

 マッジーから二つ返事で頷かれ、嬉しそうに書棚を物色するジョシュアをマーガレットが少し面白くなさそうに見やった。マッジーに向けてついぼやく。

「魔女という割に、副業に随分精を出していらっしゃること」

「これでも長生きしているから、あることないこと語って日銭を稼いでいるワケなのよ。油断すると、コ・イ・ツ・が、す・ぐ・に、溶かしちゃうけど」

 マッジーが忌々しそうに隣のタッジーを力強く指差す。だが悪びれもなく、他人事のように男はケタケタと笑った。

「そうそう、魔導研究にも力が入っちゃうもんだよね。何せ生きすぎてヒマなもんで」

「ともかく、こいつらは大ぼら吹きでお調子者な奴らだ。あんまり話を鵜呑みにするなよ」

 ヨークラインのため息混じりな忠言を、マーガレットは含んだ微笑みで返す。

「けれど、エマ=リリー大公が与えた力――林檎姫(メーラ)の呪いを引き換えに、守護者(ガーディアン)の盟約が再び為されたのは事実なんでしょ。リーンを日頃過保護に扱うのって、そこから来てるのね?」

 それにはヨークラインは答えず、片手を腰にやって魔導士の二人に向き直った。

「それで、何故お前たちは、今更になってここへ来た。実質、クラム家は取り潰されて再興の見込みもない。お前たちに与えてやれるものなど、今の俺にはない。大人しく他の脛かじりに精を出していれば良かろう」

 タッジーは苦笑の表情で、己の不精髭を触った。

「んまあ、その脛かじり先が、今の坊ちゃんの祖父君――キャンベル伯爵なワケでして」

「何、伯爵が……?」

「……お祖父様が……」

 ヨークラインは訝しげに眉をひそめ、マーガレットも幾分身体を強張らせて言葉をゆっくり繰り返す。

「伯爵から伝言を預かったのよ。それを伝えるために、ここへ来たわ」

 マッジーはソファに座った体勢で首を伸ばし、キャンベル家の全員を見渡す。

「キャンベル家に暮らす全ての者たちへ――『おままごとは、そろそろお終いにしなさい』ですって」




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