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【完結】リリー・ガーランド・ゲイン -林檎姫の呪いと白百合の言祝ぎ-  作者: 冬原千瑞
第四章 秋編

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the harvest hazard Ⅴ



 小高い断崖の端より見下ろす海は、荒い水飛沫を黒々とした険峻の壁に打ち付けている。けれど、遠く限りなく広がるのは、寂々たる鉛色の水平線。泥水のような昏い海と、灰を被る低い雲との境界が曖昧で、遠目からでは物静かに混沌と融け合っているように見えた。

 生命の気配を感じさせない、冷たい潮の匂い。踊る飛沫の音に紛れ、笛を切々と鳴らすように吹き荒ぶ海風が唇と頬をなぶっていく。耳の縁にちりちりとした痛みが走るが、僅かにかじかむくらいの耐え難い寒さではない。只々、得体の知れない物寂しさだけが冷えた胸に募っていく。

 この涼しいばかりの、寂しいだけの海の向こうには、何があるのだろう。

 その問いかけに誰もがこう返す。

「何もないよ。ここはランズエンドだから」

「世界の果てだから、この先に行けたとしても、何も待っていない。誰も見つからない」

「だから僕たちは、君は、ここで暮らすしかない。ランズエンドの(フォリー)の中で」

「さあ、僕らの塔に帰ろう、白百合(リブラン)


 世界の果ての塔には、白百合と冠された少女がいた。そこで、少女は施された――人々へ祝福を導く方法を。


 


「――けれど、それは過ちだったの」

 膝上で握り締めていた手の甲にぽたりと落ちるのは、自責と懺悔の涙。頬筋に流れるものをそのままに、リーンは両手を恐々と広げた。右手を掲げ、人差し指だけを僅かにもたげる。

「私の見えるものは、人の『急所』と言われるところで――そこを示せば、周りの大人たちは良くやったといつも褒めてくれた。示された本人も、ありがとうございますと涙を浮かべて喜んでくれた。そして、その後にいつも目を伏せて動かなくなった。大人たちは、『遥か高みに昇った』と言った。それが本当は、何を意味していたのか……気付くのに何年もかかってしまったわ」

 ピックスはふんと鼻を鳴らして、両腕を組んだまま上体を反らす。

「……極悪人の良いようにかどわかされてた、ってこったな。ま、『祝福』なんざ、招呪師(しょうじゅし)なんつー馬鹿げた奴らの常套句だわな」

「知っているんですか?」

 リーンの驚愕に見開かれた眼差しを、ピックスは何でもないように見返す。少女の頰に伝う涙を指の背で優しく拭った。

(フォリー)の事件は有名だからな。私設の解呪機関だったが、裏では呪いをかける依頼も平然と請け負っていた。引き取った孤児(みなしご)たちにも招呪の仕方を教えて、自分たちの言うことを良く聞くお利口ちゃんな持ち駒を、沢山揃えていやがった。お嬢もその一人だったってこったな」

「そう。……でも、ある時、私たちは逃げようとしたの。もう、呪いたくなかったから。ここからは何処にも行けない――そう教えられていた、ランズエンドの(フォリー)から」

 リーンは人差し指を下ろし、潤んだ目元の名残を服の袖で抑えた。

「逃げる時に離れ離れになっちゃった子もいたし、私は一度捕まってしまって、また手伝いをさせられそうになった。……でも、エミリーが助けてくれた」

「エミリー?」

「あ、すみません。ノーム・スノーレット卿って言ったら分かりますか?」

「ああ……あのおっかないロリ婆さんな」

「おっかないかしら? 確かに厳しいことは言うけれど……」

 きょとんと小首を傾げるリーンに、ピックスは皮肉混じり表情を浮かべた。

(フォリー)の罪人は一人残らず捕縛されて、スノーレット卿の名の下で粛清されちまってる。本来なら、解呪師を裁くのは天空都市の兵鳥(バード)の役割なんだがな。神の花嫁(エル・フルール)を私利私欲で扱ったってなれば、そりゃお冠にもなるか」

 むしろ納得したと、ピックスは頬杖を付いてハーブティーを一口飲んだ。

「本当なら、ピックスさんが裁く筈だったってこと?」

「うんにゃ、その時の俺様はまだ兵鳥(バード)でも解呪師でもなかった、ただのチビガキ。お前さんと一緒で孤児だったが、ちっとだけ小利口でな。あの手この手使って、天空都市の高等解呪師に召し抱えられたってワケ」

「それで、解呪師に……。でもどうして、兵鳥(バード)にまで?」

 一瞬考え込むようにピックスは沈黙したが、少女から視線を逸らしつつ、そろりと口開く。

「……単純に強くなりたかった。自分も、守りたいものも、強くならねえと守れねえからな。そんだけのこった」

 淡々とした何処か遠い目をしながら、紛らわすように再びカップを静かに傾ける。

 彼の心在らずで、視線の定まらない様子に既視感を覚えたリーンは気付く。キャンベル家の皆のように、この人もまた内に抱えているものがあるのだと。皆それぞれ、きっと誰もかもが、心に何かを閉じ込め、抱えながらも生きているのだと。

 ならば自分だって塞ぎ込むだけでなく、皆のように真っ直ぐ前を向いていける(すべ)を見つけられるのではないだろうか。

「……私も強くなれば、ピックスさんみたいになれるのかしら」

 真顔の少女がそうぽつりと言い零すので、ピックスは思わず吹き出した。

「ぶっはは、今の冗談は結構面白かったぜ。だが、俺の真似っこはお嬢に向かねえぞ」

 ケタケタと大笑いされて、本気だったのにとリーンは表情を剥れさせる。いつでも飄々として余裕のある彼の態度は羨ましいし、見習いたいくらいなのだ。

「ピックスさんは自分は強いっていう自信があるでしょう? だったら、私もせめて、自分の出来ることに自信が持てれば、少しでも強くなれないかと思ったの」

 リーンの手指にピックスは些細な視線を向けた。

「――見えるんだったな、人の『急所』が。ま、確かに解呪師としての旨味はでかいわな。呪いを解くにもかけるにも、そこが一番の直通ポイントだ」

「見えるようになったのは、(フォリー)で見え方を教えてもらったから。これが、神の花嫁(エル・フルール)としての力なのかしら……」

「そうさの。姫たちの言う『急所』とは、世界の(ことわり)と通ずる出入口のような場所じゃ」

 クッカが空になったカップにハーブティーを注ぎつつ口を挟む。

「外界より干渉するための鍵穴を探し当てるのが、姫の能力(チカラ)。鍵穴をこじ開けんとする悪意を俗に『呪い』と呼び、善意たる大いなる力を、『聖呪(アナテマ)』と呼ぶ。神の叡智として、古くは魔法使いが術の会得を争っておった。そこの寝そべっとるお前さんは、良く知った話じゃろ?」

 クッカの投げかけで、魔術師(マグス)に多くの視線が集中した。向けられた本人は、苔の絨毯の上で億劫そうに寝返りを打ち、あくびをしながら気の抜けた声を出す。

「千年以上前の古くっさい話だよ。私以外に、そんな力を使える奴はもうこの世に一人残らずいない筈さ」

「だったら魔女っ子を名乗るあのガキは何なんだよ」

「さてねえ? これでも耄碌してるから、都合の悪いことは忘れやすくなっちゃって」

 白々しく口笛を吹く魔術師(マグス)を、ピックスは害虫でも示すように指差してリーンに向き直る。

「お嬢も、こいつとまではいかねえが、過去のことは水に流してやれっつー気概は持った方がいいぞ。強くならなくても、そんくらい出来る。じゃなきゃ生きにくくてしょうがねえ」

「でも……」

 リーンは小さくかぶりを振る。してはいけないことをしてしまった過去は、心にきつく纏わりつく茨のようなものだ。振り解こうにも、鋭い棘となって苛んでくる。

「決してなかったことには、ならないわ」

「真理だな。なかったことにはならない。が、別に忘れろとまでは言わねえよ」

「え……」

 思いがけない言葉に、俯きがちだった顔を思わず上げる。

「これは昔話だ。退屈な時に、ふっと思い出しちまうだけのもんだ。毎日を面白いこと楽しいことばっかで埋め尽くして、見えにくいようにしちまえばいい」

「そんなに上手く……出来るものかしら」

「出来なくても構わねえよ。お嬢がその時したいことをすりゃそれでいい。……それに」

 少女の絹のような黒髪の一房を、いたずらに撫でて払うピックスは眩しそうに目を細め、やがてくしゃりと笑った。

「俺にとっちゃ、今のお前がいてくれるだけで充分だしな。ガーランドの姫だとか、神の花嫁(エル・フルール)の力だとか、そういう七光りな前書きなんざどうだっていい」

「……どうして、そう言い切ってくれるの……」

 自分でも分からなかった気持ちをそっと包んで返され、リーンは戸惑う。戸惑いながらも、不思議な心地良さが胸内に広がっていく。強がらなくても、只のリーン=リリーとしていれば良いのだと、弱いままの泣き虫で、情けない心のままでも構わないのだと、安心させてくれる。

(どうしてこの人は、私が欲しかった言葉を知っているのだろう……)

「そりゃあ、お嬢はお嬢らしくいればいいっつーお節介な同情心からか?」

 おどけるように言ってみせるピックスの軽快な笑みはふと削ぎ落され、少女を真正面から見下ろす。

「これまでのお嬢は、他人の都合に振り回されっぱなしだった。でも、今は少し違うだろう。自分の意思で選べるものが増えている筈だ。俺たち遊撃鳥(リベラルバード)の手で守られることを選ばず、キャンベルの下で留まっていることは、お嬢の選んだものだ。違うか?」

 天空都市でホスティアという若者から、守護を打診された記憶が蘇る。とっさに零れていたのは断りの言葉だった。キャンベル家で解呪法を学ぶことを決めた自分には、他の誰かに誘われることなど考えもしなかったからだ。

「確かに……そうだけれど。私はあそこで暮らして、解呪師になるのが当たり前だと思っていたから」

「……当たり前じゃなけりゃ、俺たちに守られる選択もしてくれたか?」

 ピックスの大きな手が、リーンの手指を恭しく持ち上げた。包み込もうとする手付きは優しかったが、相反する強さで握られる。けれど痛くも苦しくもない。大切な宝物を壊さないように、けれど決して失くさないようにと、確かな意志の下で熱い体温に覆われる。

「ピックスさん……?」

 リーンは大きなアイスブルーの瞳を瞬かせる。それを若草の瞳が、ひたむきに捉える。

「解呪師になりたいなら、天空都市で学んだって構わないんだ。お嬢が望むなら、俺が直々に教えたっていい。……キャンベルの代わりに、今の俺ならお前を守ってやれる」

「あ、あの……」

「――自由を愛する鳥には、荷が勝ち過ぎやしないかなァ」

 二人の神妙な間に水を差したのは、愛らしい小鳥のさえずりだった。天井近くの止まり木より、コマドリのクーが細やかな音色を降り注ぐ。

神の花嫁(エル・フルール)に命を賭せるのは、守護者(ガーディアン)を任ぜられた神の剣(エル・グラン)だけ。昔からそう相場が決まってんのサ」

 ピックスは舌打ちし、射殺さんばかりの眼力でねめつける。

「脳みそスカスカの鳥に言われたって、何の説得性も見当たらねぇな」

「あのネ、若造。同類だからこそ忠告してるのヨ。何事にも分相応があるってこと、弁えなきゃネ」

「ピックスさん、その……」

 眉を下げたリーンの視線に気付いたピックスは「悪い」とぶっきらぼうに零し、少女のほっそりとした手を離した。己の頭を乱暴に掻き、何かを堪えるように仰々しくため息をついた後、自嘲気味に微笑みかけてくる。

「……ま、そういうこった。鳥も、俺も、他の誰でも、言いたいことを勝手に言う。他人の言うことなんざ、全部他人の勝手都合だ。だからこそ、そこから何を選ぶのかはお嬢自身だってことを良く覚えておくこった」

 それでも少女は、迷い惑う理由を声に乗せる。

「でも、……その選択が誰かを傷付けてしまうとしたら? 好きな人の望まないことを、私は選びたいと思ってしまったら。魔術師(マグス)の手当てを、プリムは望んでない。だけど、私はとっさに治したいと思っちゃったから……」

「えへ、雪のお嬢さんのピュアな同情を買える私は存外悪辣じゃあないのかも」

「言ってろよ外道」

 得意げに頬染める魔術師(マグス)にピックスが吐き捨てるように言って、リーンに続ける。

「好きだからって、相手の都合に合わせることが特別素晴らしいって訳でもねえだろ。まあお嬢が好きでやってることなら、問題ねえんだけど」

 けれどもだと、人差し指を少女に突き付けて、実直な眼差しを一層鋭くさせる。

「他人の都合に自分を巻き込ませるな。巻き込まれても、その中で最善を模索しろ。それがお嬢の心と、お嬢自身を守ることになる。強くなりたいんなら、自分を守ることに気ぃ配るのも一つの方法だ」

「……自分の都合と、他人の都合」

 リーンはそう呟いて、なるべく努力してみようと苦笑を浮かべた。

「区切って分けられるピックスさんは、やっぱりすごいですね。私には大きな宿題になりそうだわ」

 ピックスは面映ゆそうに口角を上げた。

「他人に何処までもお人好しになれるお前さんの方がすごいと、俺は思うがね。ま、ぼちぼち頑張れ」





 淡く滲む光を注ぐ巨大な銀月を背景に、数羽の野鳥が翼を広げていた。獰猛な目つきは獲物を探すものだったが、標的が見つからないままゆっくり旋回を続けている。

 その遥か下方のたっぷり葉の覆い茂る大木からは、二本のおさげ髪が垂れ下がっていた。不意に揺れ動き、枝葉の隙間より少女の幼顔を覗かせる。

「どーいうこと……?」

 外敵に備えて身を潜めていたは良いが、あまりにも静寂に満たされた時分が続いて痺れを切らしていたのだ。梢の周りに飛び交う煌々とした灯りをしっしと払いながら、しかめ面の魔女は首傾げる。

「あいつらちっとも姿を見せないじゃない……」

 ワンダーマッシュルームによって引き起こした幻惑境には、生身の人間には危険なものばかりで溢れ返っている筈だった。空にも森にも肉食の鳥獣が蔓延っており、触れるだけで焼け爛れてしまうような猛毒の植物もそこかしこに生い茂っている。

 せっかくの阿鼻叫喚の地獄絵図を期待していたのにと、頬を憤りに膨らませる。腰掛けた大木の枝から飛び降りて、キノコに溢れる枯れ葉の上に難なく着地した。

「導き手でもいるっていうのかしら? 神の花嫁(エル・フルール)の名は伊達じゃないわね。くそ忌々しいッ」

 八つ当たりに蹴り付けたのは、膝上程の高さはある大ぶりのキノコだった。すぐさまその傘裏より、膨大な胞子が噴出した。胡椒が振りかかったかのようにマッジーの鼻先を緩やかに刺激する。

「ぶにぇっくしょい、ぶみゅっくしぇい、ぶひゃっくしょいっ! へぷちへぷちへぷち……ッ、ああんもう! ほんっと忌々しいッ!」

 くしゃみが止まらないまま顔全体を真っ赤にして地団駄を踏んでいれば、上空から一人の気配がさっと降りてくる。

「よっす、マッジー。首尾はどうだ?」

「タッジー! んもう、この通りサイアクだってのよっくしょん!」

「あらま~、コショーショーショーダケでも食っちゃった?」

 ゲラゲラと笑った中年の男は、鼻水を垂らす少女にハンカチを差し出した。

「最悪ってこたないだろ。予定通り、ガーランドのお嬢ちゃんをこの幻惑境に閉じ込められたんだろ?」

「でもっ、メソメソやベソベソの泣き声一つ聞こえやしないわ。嘆き苦しみ悶えているのかぜーんぜん分かんない!」

 歯軋りするマッジーは受け取ったハンカチで盛大に鼻をかむと、その場に呆気なく放る。それは木の葉に姿を変え、地面に舞い落ちた。

「ま、それはそれとして。キャンベル家の秘技、掻っ払ってきたよ」

 タッジーは口の端を卑しく曲げ、懐から丸められた羊皮紙を取り出した。それを近場にあったテーブル大のキノコの上に広げる。上部に長方形の大きな空白の欄があり、下部にはタイピングするかのように文字盤が数行にわたって刻み込まれている。

 そして同じく懐より、幾何学模様の描かれた細い紙札――マーガレットから譲り受けた試供品の解呪符(ソーサラーコード)を取り出す。

 羊皮紙の上部右端にそれを置くと、空白の欄に数多くの文字が浮上した。万人に理解しがたい数式の羅列を、タッジーは驚嘆と愉悦の混じる眼差しで追いつつ、うっとりしたため息をつく。

「コードを基盤とする物質エネルギー変換装置――神の叡智、人の霊知の複合産物とはねえ……。イイねえ、イイよお、このマッドな発想は嫌いじゃあないよお」

 マッジーが害虫でも見るような目つきでタッジーをねめつける。

「ハァハァと勝手に一人で()がってないで、説明しなさいよ」

「つまりね、オレらで言うところの魔力を、人の理解可能な言葉で結び付けて高エネルギーに仕立て上げてるってところかね。それには、元の物質からエネルギー情報を引っ張り出してこなきゃいけないんだけど……」

 タッジーは解呪符(ソーサラーコード)を一度手に持ち、そこに描かれた文字をしげしげと眺める。神妙な表情で顎の無精ひげを撫で付けた。

「しっかし、ここまでエネルギーを良質に感受信(リーディング)出来るたあ、只者じゃあないね。キャンベル家には妖精(プーカ)でも潜んでるのかね?」

「そんで、出来るの、出来ないの?」

 感心薄いマッジーの苛立った問いかけに、タッジーは飄々とした笑みを深くする。

「勿論出来るとも、我がせっかちな相棒よ」

 羊皮紙に向き直り、文字盤を両指で流暢に叩く。欄に新たな文字が速やかに描かれていく。

【magi hstp-equiv="parsley-sage-rosemary-and-thyme" content="the phantom layer; charm=Wonder sacrifice to the world" 】

「モノホンが分析出来りゃ、後はこっちのもん、っと!」

  最後に、タンッと中指を一際大きく打ち付けた。

 それに反応したのは、空中に漂う蛍火の群れだった。一瞬で粉々に弾けたかと思えば、滑らかな曲線を描く光線となって周囲を目まぐるしく駆け回り、やがて一点に集中していく。大きな炎の玉として膨れ上がると、徐々に橙の発光を鎮めていく。

 代わりに数枚の紙切れが姿を現し、翻りながら舞い落ちてきた。それをタッジーが嬉々と掴み上げる。

「はいよ、マッジー式量産型・解呪符(ソーサラーコード)の一丁上がりッ!」

「……ホントに成功品で間違いない? いきなり爆発したりしないでしょうね?」

 訝しげに睨むマッジーは、人差し指で恐々とつついて、出来たての模造品の具合を確かめる。

「失礼だねえ。そんじゃ、ちょっくら試運転してみんとするかね」

 タッジーは己の両手を広げてパンッと大きくひとつ叩く。突如、真上から重量のある物体が足元に落下してきた。灰色にけぶる空を旋回していた大ぶりの野鳥が一羽、絶命した状態で枯れ葉に寝そべっていた。

「まずは腹ごしらえね」

 マッジーは頷くと、その場をぐるりと見回してから駆け出していった。

 男が慣れた手付きで野鳥の羽をむしり、手早く捌いていく。すぐに戻ってきた少女の手の中には大皿のような葉があった。そこに野鳥の骨付き肉と、近場の木々に生えた食用キノコをむしって並べる。岩塩入りの香辛料を振ってから、葉を折り畳んで全体を包み込んだ。石を並べて作っただけの簡易な焚き火台の上に、包みを乗せる。

 タッジーは解呪符(ソーサラーコード)の一枚を指で挟むと、仰々しい仕草で天高く掲げた。

「では参りましょう。……其は竈の途絶えぬ聖なる炎――エンコード:『ウェスタ』!」

 紙札を葉の包みの上に被せれば、勢い良く立ち昇った高熱風が包みを覆うように纏わりつく。数分もすれば、少量の煙と香ばしい匂いがたちまち広がり、熱気は掻き消えた。もう焼けたのかとマッジーは驚きながらも葉を広げていく。程良く蒸し焼けた骨つきの肉に齧り付き、途端に目を輝かせた。

「あっ、肉汁すごッ、旨味つよッ! 焼き加減丁度良過ぎじゃない?」

「うん、酒がないのが残念。こりゃあ便利なシロモノだ」

 貰った試供品は、火がなくとも簡易に加熱調理が行える解呪符(ソーサラーコード)だった。元々は、ジョシュアの炊事負担を軽くするためにマーガレットが開発したものだ。

 蒸し焼きの野鳥に舌鼓を打ちつつ、にやけ顔のタッジーは新たなる量産型の作成にかかる。システム通りに別のコードへ書き換えてしまえば、他の効果を望める筈だ。

「俺たちヘボヘボ魔法使いでも、神の叡智が思いのままってね」

 タッジーの有頂天な様子に、マッジーはあくまで呆れ顔を浮かべる。瑠璃の瞳をきつくすぼめたまま、手についた肉汁をぺろりと舐めた。

「元々はヨークちゃんの――クラム家独自の源泉機構(ソースコード)からなのよ。そのありがたみ、忘れないで」

「勿論勿論。坊ちゃんには一生頭が上がらないし、足向けて寝られないね」

 おどけるように肩をすくめて、タッジーは含み笑った。作ったばかりの紙札を持ち上げ、踊るようにたなびかせる。

「さてさて。腹一杯でお寝んねしちまう前に、坊ちゃんの大事なお嬢ちゃんを、ちと炙り出してみんとするかね」




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