3-2 三竦み
ドーラは屋根の上を走り、逃げるもラウィンもそのあとを引き離せない
ヴァロは通りを人をかき分けながら二人の後を追う。
どれほど走っただろうか。
ヴァロが二人に追いついたのは街の外れ、幸いなことに周囲に人影はみえない。
追いついてきたヴァロはラウィザが馬乗りになり、
短剣をドーラの首下に突きつけている場面に遭遇する。
ヴァロはとっさに鉄芯をラウィザに向ける。
「ラウィザさん、武器をしまってください」
「…お前、俺の敵か?」
ラウィンから凄まじいまでの殺気を感じる。
ヴァロの殺気に反応したのか、ラウィザは攻撃を止める。
「違います」
「こいつは敵だ。生かしておいてはならない」
返ってきたラウィザの口調はひどく断定的だった。
先ほどまでぼんやりとしていた表情の青年の姿は無い。
そこにいるのは一匹の狼だ。
「二人とも武器を仕舞え」
背後からグレコの声が聞こえてくる。
少し遅れて駆けつけてきたグレコはヴァロとラウィザに武器を向ける。
「ラウィザさんが仕舞うのなら」
「断る、こいつだけはここで殺す」
ラウィザはヴァロとグレコの言葉にも耳を傾けようとはしない。
図らずも三竦みの状況が作り出される。一触即発の状況である。
どれほどいがみ合っていたのだろうか、異様な膠着状況は一人の少女の登場にして破られる。
「武器をしまいなさい。これは聖堂回境師としての命令です」
フィアはその場に来るなり毅然とそう言い放った。
ここまで来れたのは、ミイドリイクの時に覚えた探査魔法を使ったためか。
『狩人』にとって聖堂回境師の命令は絶対である。
フィアの言葉に、ラウィザはしぶしぶドーラに向けていた刃物をしまう。
ただし視線はドーラを睨み付けたままだ。
「やー、助かったよヴァロ君。危うく死ぬところだったヨ」
ドーラはこちらの心配をよそに、むっくりと起き上がる。
「お前は何もんだ?」
グレコの警戒は解かれることはない。
グレコからは以前戦闘で対決した時よりも、重いプレッシャーを感じずにはいられなかった。
それは重く分厚く、まるでその場所が水の中になったような感覚さえ受ける。
「ドーラっていう旅の商人サ」
「おいおい、しらばっくれんなよ、その躰はウルヒっつう者のもんだ。どうやって手に入れた?」
グレコの声には口答えは許さないという凄みがあった。
「ヴァロ、てめえもこのことを知ってんな?」
ヴァロはグレコからぎろりとした視線を向けられ押し黙る。
「アイツは『狩人』の仲間だ。半端な理由じゃ納得しねえぞ」
答弁次第では裏切り者のレッテルを貼られることになる。
ただし事情は言えない。言ってはならない。
ドーラは教会が目の敵にする魔王の転生者なのだ。
それを口にすれば、間違いなくこの二人は敵になる。
ヴァロは言葉を出せずにいた。
「…このことはニルヴァや、ラフェミナ様もご存知のこと。
ただし、この話は機密事項に触れるために話すことはできません」
凛とした声でフィアは続ける。
「機密事項?」
「そのことをしゃべれば彼は罪をとがめられます。誓約書にそうしたためられてますから」
物おじせずにフィアはグレコを見据える。
いつもの華奢な姿でよくここまで立ち回れるものだと思う。
「誓約書だあ?」
疑わしげなグレコのヴァロは何度も首肯する。
ヴァロは何枚も誓約書を書かされていたことを思い出す。
確かに嘘は言っていない。
ナイスフォロー、フィア。
「どうしても知りたいのなら人に問うのではなく、自身で調べてみては?」
そのフィアの一言が決定打になった。
「…確認しておくが、そいつは敵じゃねえんだな」
グレコはフィアを睨み付ける。
ここでいう敵というのは『狩人』の狩りの対象であるかどうかということだ。
「はい」
フィアの返事にその場にある分厚い威圧感が消えていく。
「ったく、全く食えねえ女になったもんだ」
頭に手を当てながらグレコはつぶやく。
「おい、グレコ」
「ラウィザ、今は『真夜中の道化』を狩るのが最優先だ。そんなわけのわからん奴は後回しだ」
グレコの言葉にラウィザはしぶしぶ納得しつつ、反転しその場を去ろうとする。
「『真夜中の道化』?」
ドーラがヴァロに聞いてくる。
「俺たちの追ってるはぐれ魔女の集団だ。ドーラはこの場所にいたんだろう?何か見なかったか?」
ヴァロはドーラに問う。
グレコは非難を含んだ視線をこちらに投げてきた。
一般人にしゃべるんじゃねえと今にも聞こえてきそうだ。
ただヴァロは、ミイドリイクで幻獣王を見つけた手際といい、この男ならば何か知ってるような気がしたからだ。
「…二日前に北に向かった集団カナ」
その言葉にグレコは足を止める。
「馬車は三台。術者は五人。強力な光学式結界をはって巧妙に偽装してたネ」
「…どうやって気づいた?」
グレコがドーラに問いかける。
そこには先ほどの凄みは無い。声をかけたのはドーラに対する純粋な興味だろう。
はぐれ魔女は強力な偽装をする場合が多く、その魔女の偽装を見破るのは至難の業である。
それに人目の多い街中を通るなど、腕に絶対の自信が無くてはできない行為だ。
そんなものを何の警戒もなしに見破るというのは手練れの『狩人』でもできない。
もしその偽装を見破れるものがいたのならば、それは魔女に対してのこの上ない切り札になる。
「魔法であれ、結界であれ、強力な術は場を歪めるのサ。僕は特異体質でね、それがわかるんだヨ」
そう言えばこの男ミイドリイクの時も幻獣王を一人見つけていた。
「なら術者の人数をどうやって特定できた?」
「…馬車にかけられていた魔法式は少なくとも五種類あったからネ」
当たり前のようにドーラ。
魔法式は個人によりその構成に若干の差違があみられるという。
ただし、魔法式が見えたとしてもそれを特定するのは並大抵の魔法使いでは困難だ。
グレコはあり得ないものを見るようにドーラを見る。
「…おい、ヴァロ、すくなともこいつは敵じゃねえんだよな」
グレコの問いにヴァロは首肯する。
「お前。見逃してやる代わりに。今回の討伐に参加しろ」
「グレコ」
ラウィザはグレコの肩をつかむ。
「あいつらをとっ捕まえられるんなら俺は悪魔にも魂を売り渡すつもりだぜ」
ラウィンとラウィザはその場でにらみ合う。
「しつもーんダ」
横から渦中のドーラがとぼけた口調で切り出す。
「僕が参加する前提で話してるようだけど、それで僕には何の利益があるのカナ?」
「謝礼は弾むぜ。協力してくれたのなら以後『狩人』はあんたに手は出さないよう声をかけておこう。
これでどうだ?」
「…ふーん、悪くはないネ。ちょうどルーランから締め出しくらって暇してたところダ」
締め出し?誰にだ?ヴァロはドーラの言動に疑問を感じた。
「ところでヴァロ君は僕がついていくことに抵抗はないのカイ」
ドーラはヴァロを見て問いかける、
「抵抗なんてないさ。むしろドーラがいてくれれば心強い」
それはヴァロの偽らざる本心である。
こと魔法に関してはこの男の知識はずば抜けているし、
ミイドリイクでは命を救われた。
「うーん…それなら僕も手伝うことにしようカナ」
ドーラはそう言ってグレコを見る。
「俺はグレコ、後ろのおめえを襲った男はラウィン。よろしくたのむぜ」
差し出された右手をドーラは握り返す。
そうして今回の討伐にドーラが加わったのだ。