2-2 幕開け
グレコたちと合流して、半日ほど馬車で進むと
二人の騎士団員が道端に立っている場所に出くわした。
どちらも、鎧を着こみ、仮面のようなものを着けていて、その表情をうかがい知ることはできない。
二人の騎士団員が向かってくる。
「お前たち何者だ。この先の村でたちの悪い疫病が発生したために隔離されている。
即刻引き返されよ」
知っている声にヴァロは驚く。
「キールさん」
「ヴァロか?」
仮面越しに驚いたような声が聞こえてくる。
「フィアちゃんもお久しぶり」
仮面をとるとと驚いた表情のキールがそこにいた。
キールというのはヴァロの二つ上の先輩にあたる。
良家の出身で堂々としており、騎士団において男女問わず人気がある。
「なんだ、知り合いか。世の中狭いねぇ」
背後の荷台からグレコがひょいっと顔を見せる。
「村の警備ごくろうさん。俺たちがここの封鎖を依頼した者だ」
グレコはそう言って書状を取り出しキールたちに見せた。
高価な羊皮紙が用いられる教会御用達の豪華な装飾がされている。
ヴァロは内容は見えなかったが、教皇のサインがしてあるのが見えた。
教皇といえば人間界における絶対権力者である。
キールともう一人の騎士は頭を下げて道をあけた。
「封鎖ですか?」
「建前上な」
疫病の隔離は『狩人』が行うことではない。
異端審問官『狩人』の本来の目的は魔の討伐。
だとすればこの先の村では魔の関連した何かが起きているということになる。
それこそ封鎖しなくてはならないほどの。
「…一体村では何が起きているんです?」
ヴァロはグレコに尋ねる。
「カッカッカ。話すよりも見てきた方が早い。
うちらはちいっとすることがある。キールっつったっけ?
そいつら案内してやってもらえるか」
「はい」
通されたということは危険がないということでもある。
グレコは個々の村に来ることを検証だとラウィンに言っていた。
状況がつかめない。取りあえず村まで行ってみたほうがよさそうだ。
「四日前仕事終わりにいきなり、上から呼びつけられていきなりここの警備だぞ」
三人になるとキールはくだけた口調になった。
「それは災難でしたね」
キールはヴァロよりも二つ上で小隊を任されるほどの実力者だ。
「その日の同僚と酒を飲みの約束がぱあだ。ったくうちの上は人使い荒いぜ」
「お疲れ様です」
「…それにしても驚いたよ。まさかこの案件が『狩人』案件だったなんてな」
キールの口調が少しだけ低くなったのをヴァロは感じた。
「…この先の村では一体何が?」
「あの『狩人』の人も言った通り、この先はお前たちが見て判断するといい。
正直俺には何が起きてるのかさっぱりわからないんだ」
わかっていることは『狩人』が封鎖するほどのことが起きているということだけだ。
この先で起きていることはろくでもないことには違いない。
「キールさん、もうひとつ一つ話したいことがあります」
ヴァロはそう言うと脇に差した剣をキールの前に差し出した。
ヴァロが鞘から刀身を見せると、魔剣特有の黒い靄のようなものが立ち上る。
「そいつは魔剣じゃないか…」
ヴァロは頷き、キールに剣を手渡した。
「契約まで完了しているのか…」
「…少し事情があって、ある人から譲られました。できるだけ内密にお願いします」
『狩人』の二人にうっかり知られてしまっては自身が『狩人』の討伐対象になりかねない。
まして指名手配を受けているお尋ね者からもらったものである。
出所を問われれば答えられないものである。
「俺も魔剣使いのはしくれだ、事情を問うほど野暮ではないつもりさ。
ただ、お前が持っていることが広まればただではすまないぞ。
その魔剣を所有していた国家に見つかれば返納はもちろんのこと、賞金がかけられるかもしれん」
そうそのためにヴァロはこの魔剣の出所を調べていたのだ。
大魔女ラフェミナや聖堂回境師のヴィヴィからはその所有を認められたものの、
現在の制度では魔剣の所有権は国家に依存している。
断じて個人の所有物ではないのだ。
「ヴィヴィさんには伝えてあるのか?」
「ええ」
聖剣の維持、管理は聖堂回境師が行っている。
ここでキールの口から出るのは当然の流れだ。
「しばらくぶりに会ってみれば、とんでもない爆弾をかかえたものだな」
「はは…」
キールの言葉にヴァロは苦笑いするしかなかった。
四百年前の大戦時に造られたという魔剣は絶大な力を有する。
一本で軍と渡り合った話や獰猛な魔物を倒したという伝説は数多くある。
一説ではその保有本数はそのままその国力を示し、その本数の情報は国家機密と直結しているという。
その管理は魔剣というモノは各国によって厳重に管理されていて、その国々の名家に託されているという。
そして、このキールという騎士もその由緒正しき名家の出であり、魔剣所持者である。
「銘は?」
「ソリュード」
キールは魔剣の名を口で反芻する。
「聞いたことがないな。管理者とは会えたのか?」
「ええ」
「どんな奴だ」
「ラウという少年です。戦闘の時だけ声が聞こえてくるんですけど、それ以外は…」
まだ魔剣と契約して日が浅いヴァロには、クラントのように長時間管理者と話すことはできない。
管理者を視覚化できる魔法もあるようだが、それは以前ヴァロと出会ったヒルデという女性しか使えないそうだ。
ヴィヴィの前でヒルデの名前を出したら、専門分野が違うといって突っぱねられた。
彼女は光学魔法の第一人者であり、カーナ四大高弟の一人とか言われる伝説クラスの魔法使いらしい。
魔法にもいろいろあるのだと同時に、ヒルデさんがかなり高名な人だったのだと思い知った。
「困ったな。フィアちゃんもわからない?」
「私の持っている資料にもその名はありませんでした」
魔剣の管理はフィアたち聖堂回境師が行っている。
その聖堂回境師の資料にもないということは普通は考えられない。
長くこの管理を行っていたのはヒルデである。
大陸中旅をしていて、また会えるかすらもわからない。
今更ながらクラントにこの魔剣のことを聞いておくんだとヴァロは後悔していた。
「…知っての通り、国にはその魔剣を秘匿しているモノもある。
ただ厳重に保管され過ぎ、関係者が死んでしまい、忘れ去られたものもあるという話も聞く」
「この剣もその一本かもしれないと?」
「ああ、もう一つ可能性があるとすれば登録漏れの魔剣か」
「登録漏れ?」
「教会側も魔剣の所在を管理する目録ができたのは
第二次魔王戦争からしばらくしてからだ。それは知ってるな」
「ええ」
第二次魔王戦争、それは四百年前、第三魔王クファトスが引き起こした人類と魔王軍との戦争である。
人間の生存域は六分の一まで追いやられ、人口も最盛期の三分の一以下まで減少したという。
辛くも人類は勝利するも、終わったあとに人々を待ち受けていたのは長い戦乱による荒廃した土地であった。
人類はその荒れた土地を復興するために数十年にもおよぶ歳月がかかったという。
そんな状況の中で目録は作られたのだという。
「あの当時、教会ですら造られた魔剣を正確に把握してるわけじゃなかった。
行方が分からない魔剣は魔王戦争で破損したものとして処理されたらしい」
「…」
「俺も手を尽くしてみる。後輩が国家大逆罪で捕まるのは避けたいからな」
「シャレになってませんよ、それ」
ヴァロは頭を抱える。
「…くれぐれも出所がわかるまであまり他言はするなよ」
「はい」
「さて到着だ。二日前からそのままにしてある。くれぐれも現場を荒らさないでくれ」
そうこう話しているうちに目的の村まで到着したようだ。
そこにはどこにでもあるような山村の風景だ。
収穫祭の準備が村のあちこちに見られる。
ただ村には人っ子一人見当たらない。
だが魔物に襲われた後は無いし、どこにも争った痕跡が全く見受けられない。
夕暮れの橙色の光が照らし出す様が、その異様さを際立たせていた。
「どうした、フィア」
フィアは血相を変えて走り出す。
そして家々を一軒一軒を見て回る。
人の住んでいる痕跡はあれど、人は全く見当たらない。
「フィア」
フィアは突如立ち止まる。
ヴァロとキールはどうにかそれに追いつく。
「…俺たちが二日前に隣村の通報から通報を受けてから
駆けつけてきたときには誰一人として住民はいなかった。
まるで住民が煙になってしまったかのように一夜にして消えてしまっていたんだ」
キールは重々しくそれを口にする。
「…『真夜中の道化』」
フィアは険しい表情でその言葉を紡いだ。
ヴァロもキールもその言葉に耳を疑う。
それはこの大陸の伝説の一つ。
何十年に一度あるという住民集団失踪事件。
その伝説を彼らは目の当たりにしていた。
キールは聖都事変で出ております。
ただ相手魔王だったし、あまり活躍してなかったかとw
大晦日…。今年も終わるなあ。
来年は魔王戦争編まで入れるといいな。
年末年始全力でこの真夜中の道化は終わらせたいです。