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1-2 大陸東部

魔物退治も終わり、ヴァロたちは馬車に揺られながら、交易都市ルーランに向かっていた。

馬車には樽一杯のリンゴが乗せられている。

魔物を引き渡した際に村人から送られたものだ。

初めは麦畑を荒らされ、不快な表情を見せていた村人たちも、

魔物が差し出されると手の平を返したようにヴァロたちに感謝し、

リンゴを一樽渡された(半ば強引に)。

まだまだたくさんある。

どこか立ち寄った村で売るなり譲るなりしてしまおう。

「…いいのかあれで…」

「…市場では結構な値段で取引されてるって言ってたわよ」

村人たちから分けてもらったリンゴをかじりながらフィア。

その横顔にヴァロは不意にどきりとさせられる。

金色の長い髪は嫋やかにあふれるようにフードからあふれ出ている。

異様なまでに整った顔立ちとその緑の眼差しは意志の強さを感じさせる。

体にも徐々に丸みを帯びてきた。

とても出会ったときのがりがりで、すすけた格好の少女の姿を重ねることはできない。

ヴァロは保護者であることを意識し、首を振った。

街に入れば男性に声をかけられることもしばしば。

人目を引きすぎるのでフードで顔を隠すように言ってある。


ちなみにヴァロの服も旅服である。

騎士団の制服は長旅で汚れるといけないので馬車の荷台にのせてある。

行商の者と言われても違和感はないだろう。

現在魔物の討伐のためにマールス騎士団領東部にやってきている。

収穫祭の時期で立ち寄る村は皆、収穫祭の準備の準備に追われていた。

「少しロロメクの騎士団支部に寄って行こうと思ってるけどいいか」

「…ロロメクの?」

フィアは意外そうな表情を浮かべる。

「キールさんに会って行きたくてな」

キールというのはヴァロの二人の魔剣使いのうちの一人である。

ヴァロの騎士団内での先輩であり、魔剣ルマ・エファンの使い手である。

聖都事変の一件以来会っていない。

「…かまわないわ。ヴァロには無理言って来てもらったんだもの」

そう言ってフィアはヴァロに体を預けてくる。

少女から女性に変わりつつあるフィアへの動揺を隠すために、ヴァロは平静を装う。

思えばフィアとこうして旅をするのは久しぶりである。


ヴァロたちが向かっているのは交易都市ルーラン。

大陸東部は東の大陸と最も近い、そのために大陸との交流の拠点となっている。

この大陸の玄関であり、他の大陸との交易は主に交易都市ルーランを通して行われるという。

「交易都市ルーラン、騎士見習いのときに一度行ったきりだったな」

フィアといえば馬の手綱を引いているヴァロの脇でリンゴにかじりついていた。

「どんな都市だったの?」

「華やかな都市だったよ。大きさは聖都には及ばないものの活気があって、

東の大陸に限らず、他の場所の交易品もあって他の都市にはない華があった」

「へえ」

「そういえば、クラントの奴は前にルーランでは気を付けたほうがいいと言われてたっけな」

クラントというのは一年前に出会った魔剣使いである。

四本の魔剣を使いこなし、魔剣となった女性を人間の姿に戻す旅をしていて、

ヴァロたちとはちょっとしたことがきっかけで知り合った。

実は『狩人』から負われている身なのだが。

一年前のミイドリイクの地下遺跡での攻防では助けてもらった。

ヴァロの持っている魔剣ソリュードは本来そのクラントに譲られたものだ。

遺跡の戦いのあと、あの男は魔剣ラルブリーアとなった女性を人間に戻すべく

『竜骨の棺』と『ラクリーアの果実』を手に入れるために他大陸へ旅立っていった。

あの男はこの青い空の下で元気にやってるだろうか。

「ところでルーランの結界を護る聖堂回境師ってどんな人なんだ?ユドゥンっていったっけ?」

「うーん、私も初めて会う人だからあまりよく知らない。

ただ大魔女ラフェミナ様に次ぐ、実力をもつ魔女って話をよく耳にするわ」

「ちなみに彼女の管理するルーランの結界は『暗黒結界』っていうらしいわ」

「暗黒結界、物騒な名前だな。」

「魔王戦争を想定した人類の最後の防波堤なのだから当然でしょ?

結界だけで魔王と戦争することも可能なのよ」

「魔王と戦争か…。そう言われるととんでもない話だよな」

魔王というのは教会が魔王と指定したモノのことを指す。

災厄をまき散らし、屍の山を築くといわれている。

人類にとって幸いなことにここ数十年その魔王指定者はでてきていない。

「ラフェミナ、サフェリナ、カーナの三人の天才魔女が作り上げた究極にして最大の結界」

「大魔女ラフェミナ…。今でも信じられないけれどあんなおっとりとした人が大魔女なんだよな」

大魔女ラフェミナ。

四百年以上生き続ける三人の大魔女最後の生き残りであり、魔女社会の頂点とされる大魔女の位置にいる女性。

教会には聖女としてあがめられ、大きな発言力を持つという。

ラフェミナとはミイドリイクの騒動の際に一度会った。

夢物語に登場してくるような姫そのものの姿をしていた。

この世のモノとは思えないその容姿に加え、

纏っている雰囲気も、おっとりしているもののどこか気品のようなものを感じさせられた。

どこかの姫君とそう言う説明を受けても違和感はない。

「大魔女の魔法は見たことがないけれど、文献では何度か読んだことがある。

何でも彼女の魔法一つで地形すら変えるほどのものと聞いてる。

文献によれば魔法式だけで空を埋め尽くしたって話よ」

「まるでドーラの魔法だな」

「フフフ…確かに」

扱う魔法式の大きさはその魔法使いの力に比例するのだという。

大概の魔法使いの魔法式は大きくても身長ほどの大きさなのだという。

それが普通なのだ。空を埋め尽くすほどとなればすでに規模が違う。

ドーラが魔法式を空一面にに展開させたのは一年前とはいえ記憶に鮮明に残っている。

奴はミイドリイクでパオベイアの機兵ごと遺跡を消滅させるという災害級の魔法を使って見せた。

幻獣王の力を借りたとはいえ、そんな芸当並みの魔法使いにできるものではない。

フィアはヴァロの一言に笑って同意した。

あの奇妙な男はというと一足先にルーランに向かったという。

なんでもヴァロの兄貴のケイオスの商会の支部を立ち上げるのを手伝っているとのこと。

「それにしてもきれいな人だったなぁ、ラフェミナさん」

ヴァロは瞼を閉じて、一度見たラフェミナの姿を脳裏に思い描く。

「きれい?」

ここでフィアが珍しく突っかかってきた。

「そ、そういえばもう聖堂回境師とは結構会ってるな」

どこか不穏な気配を感じ取ってヴァロは話題を変える。

「そうね。ユドゥンさんと出会うと、もう半分以上と会ったことになるわね」

四百年前の大戦以来、人間の住む主要都市には必ず結界は張られるようになった。

教会から認められ、その結界を管理するものが聖堂回境師という役職のものである。

ヴァロは今まで出会った聖堂回境師を思い浮かべてみる。

フゲンガルデンの絶縁結界を管理するヴィヴィ。

聖都コーレスの対魔結界を司るニルヴァ。

ミイドリイクの封鎖結界を護るエレナ。

フィアを含めればすでに四人の聖堂回境師に出会ったことになる。

そのそれぞれが魔法使い屈指の力をもつ魔法使いのエキスパートであった。

あと四人見たことのない化け物が存在するという。

今回会いに行くユドゥンはその中でも最強格の存在だという。

そんな存在が管理する結界などすでに想像がつかない。

「…なんかあらためて考えるとフィアもすごいな。あんなひとたちと肩を並べてるんだよな」

それぞれ癖はあるが、一流の魔法使いに違いない。

本気を出せば一軍にすら匹敵するほどの力をもつ者たちだ。

「私はまだ名だけ。ラフェミナ様に特例として認められたけれど、

もっと研鑽を積んで早く一人前と認められるようにならないとね」

フィアの真剣なまなざしを横からヴァロは見て少し寂しさを感じた。

少女はどんどん自身のいる場所から遠ざかっている。

いつかは自身の手の届かないところに羽ばたいていくだろう。

そして、自身が一生かかってもたどり着けないような場所にたどり着き、

想像もつかないような大きなものを手にするだろう。

彼女たちと自身は立っている場所、見ているモノが全く違う。

「そうか、がんばれ」

ヴァロは不安を打ち消すように、フィアの頭をくしゃっと撫でる。

「うん」

フィアは嬉しそうにヴァロのされるがままになる。

この少女の前では最後まで立派な存在としてありたいと思う。


交易都市ルーランまでの道のりはどこまでも続いていた。

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