1-1 魔獣退治
空には満月。
黄金色に輝く麦畑を照らし出していた。
風が麦畑を吹き抜けていく。
闇と金色が支配する幻想的なまでの場で
魔獣と一人の男が対峙していた。
魔獣は長い耳を持ち、長いひげを生やしている。
真っ白な毛並みをしており外見は兎に近いものがあるが、
その巨躯は人の倍ほどもあろうか。
顔すらもすっぽりと包み込みそうな、巨大な爪の一撃が男の頭の上をかすめていく。
轟音とともに風が周囲に吹き荒れる。
「受けたらやばいな」
その男、ヴァロは背後に飛んだ後、生唾を呑み込む。
大味な攻撃だが、まともに食らったのならば即死ものだ。
魔剣の加護があるため、死にはしないだろうが。
それが今回一人で戦いを挑んだ理由である。
本来ならこんな魔獣と一対一のような無謀な戦闘はさけるところだ。
小隊を率いて、罠を張り、陣形を作って相手を包囲する。
それが人間の魔獣との人間との普通の戦闘である。
ヴァロは攻撃をかわしつつ、剣戟を繰り出すが、魔獣に致命傷を与えられない。
体勢を崩しながらヴァロが後退をしたところで、
魔獣が右手の一撃を繰り出すべく、前かがみになったところで
ヴァロは鉄芯を魔獣に投げつける。
不意を突かれ、攻撃を避けるために魔獣はあっけなく体勢を崩した。
その隙を見て斬りつけるも、踏み込みが若干浅かったようで致命傷には至らない。
ここで魔獣は分が悪いことを悟ったのか、魔獣はヴァロに背中を向け逃走をはじめた。
「そっちじゃないぞ」
ヴァロは魔剣ソリュードを振りかぶる。
「ラウ」
ヴァロは魔剣に向けて呼びかける。
『いつでもいいぜ、タイミング外すなよ』
少年の皮肉めいた言葉がヴァロの頭にひびいてくる。
ラウという魔剣ラルブリーアの管理者の声だ。
「わかってるって」
傍からみれば独り言を言っているようにしか見えないが
一応これでも魔剣と意思疎通しているのだ。
魔剣は数千の人間を犠牲にして作られた。
その際に魔剣を制御する中核となる人間が選ばれた。
それが管理者であり、戦いの際に剣を使う補助をしてくれるという。
それも魔剣と波長が合わなければ出てこないものらしい。
ヴァロは魔剣を大きく振りかぶり、そのまま真下に振り下ろす。
すると衝撃波が発生し、周囲のモノを呑み込んで相手に迫っていく。
衝撃波は魔獣の鼻先をかすめ、麦畑の中を魔剣による衝撃波が
金色に輝く麦を巻き込みながら駆け抜けていく。
さすがにこれには魔獣も驚いたようで、逃げていく方向が変わった。
「そっちに行ったぞ、フィア」
魔獣の待ち受ける先にいるのは一人の少女が杖を手にして待ち受けていた。
長くたなびくフィアの髪が月光に照らしだされ、金色に輝く。
背後に魔法式が展開し、発動する。
魔獣が地面にへばりつき、魔獣を中心に円を描くように麦が倒れる。
まるでそれは見えない巨人が小麦とその魔獣を踏みつけたようだ。
ヴァロはフィアのもとに駆けつける。
フィアの扱う魔法により、魔獣はその巨躯を地面に這いつくばったまま、
反抗的な視線でヴァロたちを見上げていた。
「やっぱり北方の雪国に生息するジャラニー。人々の話から間違いないと思っていたわ」
魔法で魔獣を拘束しつつ、何事もないような表情でフィア。
「なんで北方に生息する魔獣が南方のマールス騎士団領なんかに?」
マールス騎士団領は大陸の南方に位置し、魔獣等とは比較的無縁の場所である。
「…さあ、それは私も知りたいわ」
フィアは懐から取り出した粉を魔獣にふりかける。
魔獣の意識が無くなるのを確認し、フィアはかけていた魔法を解いた。
ヴァロはそれを見計らって懐にある麻縄で魔獣の両手両足を縛りあげるべく魔獣に近づく。
事の始まりは五日ほど前のことだ。
「魔獣が東部で発生したって?」
「ちょっと東部の方で魔物が出現したんで、フィアとその退治に行ってきてほしいのよ」
ヴィヴィはコップを片手にヴァロにその報告書を渡した。
赤みかかった髪に燃えるような瞳。
凛と澄まし整った顔立ちは意志の強さを示しており、その魅惑的な肢体は見る者をひきつけずにはいられない。
一度騎士団本部に出向いたのは伝説になっており、赤髪の女神とか呼ばれているとかなんとか。
ヴァロからすれば本人は魔法の研究で彼女の住処から出ようともしない、真正のひきこもりなのだが。
ヴァロはその報告書に目を通す。
報告書には農作物の被害が数日前から頻発してるという話だ。
ご丁寧なことに巨大な足跡があったという。
足跡の大きさから身長は人間の倍ほど、農作物用の柵の破壊後からかなり鋭く大きな爪があることが推測できた。
確かに『狩人』案件である。
ヴァロの属する『狩人』というのは教会の認める異端審問官のことである。
『狩人』は主に教会が魔とされるものの退治専門を生業とする職業であり、
魔女、魔獣、魔族等の処理をしている。
仕事の合間の休日に訪ねてきてみれば、まるで待っていたかのように仕事を渡された。
彼女ヴィヴィ・ラプッサムはフゲンガルデンの結界とその周辺を取り締まっている聖堂回境師という役職をしている。
異端審問官『狩人』としてのヴァロの上司でもある。
「ちょっと…今一番忙しい時期なんだが?」
騎士団の仕事はこの時期一番忙しい。
二三仕事を掛け持つことはざら、休日すら満足に取れない日々が続く。
部署によっては泊まり込みで働いているものもいるというありさまだ。
ヴァロ自身もこのところ帰りがかなり遅れることが多い。
「あら?人的被害が出てから同じ言葉言えるのね?」
「つつしんで行かせていただきます」
ヴァロは真顔で即答した。
同僚たちからはもちろんいい顔をされないだろう。
お土産でも買っていかなくては後でひどい目にあわされそうだ。
「よろしい。フィアも行って来れば?」
横にいたフィアは驚いて声を上げる。
「いいの…いいんですか?」
「フィア、あんたまだユドゥンさんと面識なかったでしょ。いい機会だから会ってきなさい」
フィアの持ってきた茶を片手にヴィヴィ。
「ということでヴァロ、フィアの護衛もよろしくね」
これは命令である。こちらに拒否権はない。
「了解しましたー」
棒読みでヴァロは応えた。
「ああ、私へのお土産は東の大陸特産の茶葉ね。店は後でフィアに言っとくね」
「わかりましたー」
ヴィヴィの催促じみた言葉に嘆息しながら、またもやヴァロは棒読みで答える。
これが大陸東部への出張が決まった経緯である。
「それにしても、これ、食べられるんだよな?」
難しい顔でフィアがヴァロの問いに応える。
眼下には麻縄で縛り上げたジャラニーという魔獣が横たわっている。
「…食用で流通してるって聞くけど…」
あからさまに嫌そうな顔でフィア。
森に返すにしてもまた人里に下りてくる場合もある。
まさか自身の倍の背丈ほどの巨躯を運んで山に上るわけにもいかない。
ヴァロたちだけなら、この魔獣を食量にするなど考えもしないが…。
「後は村の人にまかせようか。仕留めるのに結構被害出しちゃったし…」
収穫前の麦畑がさんざんなことになっていた。
相手は神出鬼没の魔獣。
張り込み一日目で遭遇出来たのは幸運といえるかもしれない。
戦う場所は選べなかったとはいえ、かなりひどいありさまだ。
魔獣の肉は食べられるかは知らないが、無いよりはましだろう。
「ま、とにかくこれで魔獣退治の任務終了だな」
「そ、そうね」
二人は顔を見合わせてひきつった笑みを浮かべた。
その魔獣討伐が今回の事件の始まりだったとは、その時のヴァロたちには思いもしなかったのである。
そういうことで、ミッドナイトクラウン編の開幕です。
いきなり魔物退治からスタート。
これもちょっとした伏線の一つでもあります。
今回の部からいよいよ大陸の闇が垣間見えてきます。
誰が影からそれを動かしているのか。どうしてそれを行おうとしているのか。
それはゆっくりと明かされていきます。
またこの流れがやがて大きなうねりになっていきます。
そのうねりはやがてヴァロやフィアを、そして大陸全体を巻き込んでいくのですが
それはおいおい。まだオルドリクス編も終わってないw
よろしければお付き合いください。
最近三月のライオンを読み返しております。
島田さんかっこいい。ああいう大人に憧れるなぁ。
雷堂さん好きだわ。なんか昔の上司思い出す。
土橋さんも地味に好き。ああいう風に生きるのが理想でした。
名作ってのは読み返しても新しい発見があってたのしい。
そういうの作れたらいいなあ。と思ってみたり。
精進していかねばね。