6-1 最後の一人
ケシオル・エリアーナは驚愕していた。
古城の中の天井のない大広間で、ケシオルは少女の姿の魔法使いと対峙していた。
戦いが始まってから正直すぐに決着がつくと踏んでいた。
少女の姿をした魔女、見かけは確かにいいがその姿で強者足り得る者は少ない。
自身の扱う魔法による影響を肉体にまで受けている者もしくは
肉体を入れ替える秘術を持っている者に限られるからだ。
後者は禁呪がほとんどで、扱える者はいない。
経験上彼女はそのことを知っていた。
年少で才を持ったものならば当然脚光を浴びているはずだし、
しかもそんな天才ならば少しぐらいは名を耳に入れたことがあるはずである。
目の前の少女の姿をした魔女は明らかに自身の予測を大きく上回っていた。
魔法の出力から魔法式の構成速度、咄嗟の判断能力、状況への対応能力。
どれをとっても上位の魔法使いとそん色ない。
お互いに繰り出された魔法が空中で激突し、爆炎を巻き上げる。
自身への日々の鍛練は欠かしたことはない。
あの方の弟子の中でも実力をみれば二位のはずだ。
そんな自分とこの小さな魔法使いは十二分に渡り合っている。
まるで上位の魔法使いを相手にしているようだとも思う。
彼女はかつての結社のなかでも指折りの実力者と噂されていた。
このまま進めば元老院にも名を連ねることが当然視されていた。
ただ、それを蹴ってまであの方の弟子になったのは
あの方の思想が結社の誰よりも優れていたと思えたからだ。
あの方はいずれこの世界を変える人間になる。
そして私はその傍らにいる魔法使いになる。
そう信じて疑わなかった。
「…名前を聞いておこうかしら?」
名を聞いたのは純粋にこの小さな魔女に対しての賞賛からだ。
「フィア」
フィアの一言に目の前の魔女の表情は驚愕に変わる。
「…ラフェミナが特例で聖堂回境師任じたというあの…。
…なるほど合点がいったわ。だから『狩人』と行動を共にしていたということ…」
すべてを悟ったように魔女はゆっくりと語り始める。
「かわいそうね、あなた」
「かわいそう?」
フィアは魔女に問い返す。
「なぜあなたは教会側につくの?
それだけの力を持つモノがどうして力ない者たちにくみするのかしら?
その上でいいように使われて…。
聖堂回境師という枠も所詮は人間の作った教会が定めた地位でしょう?」
彼女の言葉は徐々に熱を帯びる。
「どうして我々を排斥し、北の地へと追いやった連中にへりくだらなくてはならないの。
ラフェミナもサフェリナもカーナも、どうして力ある者は体面でしか物事を考えられない。
人間に必要なものは共存ではなく支配。力をもつ私たちこそ、その資格があるというのに」
フィアは悟る。
彼女の根底にあるのは人間に対しての強い憎悪だということに。
それが彼女を突き動かしているもの。
「あなたもわかるでしょう?こっちに来なさいよ。
こちらに来ればあなたの欲しいものをすべてあげる。
私たちを理解できるものは所詮私たちだけなのだから」
そう思ったことがないと言えば嘘になる。
魔女という存在は人間社会にとっては異物でしかない。
どれだけこちらが歩み寄ろうともそれは永遠に交わることはない。
ヴァロが差し出してくれた手をフィアは思い出す。
あの時、ヴァロが手を差し出されたことが暗闇にいた自身を救ったのだ。
フィアは手を握りしめる。
「…私は彼らのあたたかさを知ってる。人間を実験の材料としか見ないあなたたちとは違う。
あなたは私をかわいそうと言ったけれど、何も知らないあなたに私を憐れむ資格はない」
「そう…なら決裂ね」
どこか冷めた眼差しで彼女はそう呟いた。
ここで自身が聖堂回境師に任じられたという事を知っていたという事実が、
フィアの中に一つの答えを導き出す。
「…あなた、はぐれ魔女ではないわね」
フィアは出てきた違和感を口にする。
いきなりの言葉に魔女の表情は凍りつく。
それはフィアの言ったことが正しいことを表していた。
「あなたの背後にいる者はだれ?」
フィアは続ける。
はぐれ魔女の魔法式はどこか偏る傾向にある。
それは自身の得意なもの、もしくは興味の向く方向に特化すると言い換えられるかもしれない。
この魔女は式にその乱れがない。
かなり高次にバランスよくまとまっている。
つまりは彼女を教え導いている人間がいるということになる。
この魔女よりもそれは高い力をもった魔法使いが背後にいるのだ。
それをフィアは直感的に悟っていた。
「…危険よ、あなた」
魔女はフィアを睨み付け、魔力が彼女の周りに満ちていく。
お互いこれから本気の戦いになることを、
本当の死闘になることをフィアは覚悟した。
直後、閃光が空に煌めく。
フィアは知っていた。ヴァロが村人を救出したという合図だ。
「なんてこと?まさかあの子がやられるなんて…」
動揺が魔女の顔に広がる。
魂連結者は離れていても味方の安否がわかるらしい。
カロリッサを後方に配置していたのは、彼女と自身しか肉体交換の魔法を使えないためだ。
ケシオルは想像以上に追い詰められていることを悟る。
油断があったと言わざる得ない。
カロリッサがやられたこともだが、その直後に相手は閃光弾を放った。
それは人質を救出したという合図であると考えられるからだ。
人質を救出したということを知らせる理由、
それはこちらが魂連結者であることを知っている。
できるだけ考えたくはなかったが、そう見て間違いはないだろう。
そもそもこれは第二次魔王戦争時に使われた禁術である。
それが使われていた当時のモノはほとんどいない。知るものはほとんどいない。
ましてそれを見たものはいないはずである。
それが最大の優位性であり、それは絶対に揺るがないものだと信じて疑わなかった。
年齢はまだ若いが目の前にいるのは聖堂回境師となりえたもの。
知っていてもおかしくはない。
彼女は知らない、それを知っていたのはフィアではなく一人の人間だということに。
彼女に誤算があったとすればそこだろう。
フィア深呼吸をし、目の前の前の魔女に向き合う。
ここからは小細工なしの純粋な力比べになるそんな気がした。
幸いなことに人質は解放されている。フィアはもう手加減をする理由はない。
ここでこの魔女を倒しても復活される可能性はなくなったのだ。
戦いの影響でフィアと魔女の周囲を閃光が照らし、埃が巻き上げられる。
二人の背後に次々と小さな魔法式が展開し、消える。
二人の放つ光弾が古城を跡形もなく破壊していく。
戦いはそれほど長く続かなかった。
決めたのはフィアの一撃。
フィアの魔法が、彼女の体に吸い込まれるように彼女の体に直撃する。
右半身がえぐられたような恰好になった。
「まさか、これほどとは…」
吐血しながらその魔女は語る。
フィアは肩で息をしていた。
「…認めましょう…あなたは強い」
普通の人間ならショック死していてもおかしくはないほどの肉体への損傷。
フィアも手加減できる相手ではなかった。
手加減などすれば、立場は逆になっていただろう。
「…まだよ」
突如地面に魔法式が出現し、地面が裂ける。
「何を?」
フィアは後ろに跳んで様子を見守る。
あの肉体は致命傷を負っている。もう長くはない。
媒介となる肉体は彼女の近くにはない。
あるとすれば自身を爆弾とする自爆魔法の可能性。
しかし、その予想は外れていた。
フィアの目の前に五つの頭を持つ化け物が現れる。
大きな魔方陣の上に鎖とともに貼り付けられていた。
五頭それぞれ別々の頭をもっていて、立ち上がれば城壁ほどの身長があるかもしれない。
獰猛な牙は岩すらも砕けそうであり、その表皮はうろこで覆われ剣などは全く歯が立ちそうにない。
「召喚魔獣?違うこれは…」
フィアは言いかけてその可能性を即座に否定する。
彼女は召喚魔法を見たことがある。
それはこの地上の何かを媒介としなくてはならない。
この獣は明らかに受肉しているし、使った魔法式は三次ではない。
とするとこの魔獣はこの地の下に眠っていたものと考えるのが自然だろう。
「ここに私たちをおびきよせたのはこれのため…」
「この魔獣は来たるべき時のために、この古城の地下深くに封印しておいたもの。
ここはそういう意味でうってつけの場所だった」
瀕死の魔女は得意げに語る。
「来たるべき時?」
事態はどんどん悪い方向に流れている。
そうなっているのはフィアでも簡単にわかる。
だが、この距離ではフィアはどうすることもできない。
「…これから死にゆくあなたが知るべきことではないわ」
そう言い残すと魔女は力なくその場に倒れた。
次の瞬間、目の前の魔獣の十の眼に光が灯った。




