03
ふわりと香ばしい良い匂いが鼻腔をくすぐって、ひこひこと鼻をうごめかせた。
パンの焼ける良い匂いって幸せ……と布団に潜ったままのルチアの頬が緩む。
パン屋の朝は早い。お客さんの朝ごはんに間に合うように開店時間を早くしているためだ。父はいつも早朝とも言えない時間に起き出して、前日の夜に仕込んだパンを焼きながら昼に向けての仕込みも進める。
起きて手伝いをした方がいいのかなとも思うが、あったかい布団の誘惑には勝てない。香ばしい匂いを満喫しながらぬくぬくと布団の気持ちよさを堪能する。極楽極楽……と年寄りくさいことを胡乱な頭で考えていると、やがて鼻先に届く匂いが若干の変化を見せ始めたことに気がついた。
香ばしいっていうか……あれ、ちょっと焦げ臭い……?
事態を把握した瞬間、幼い頃から叩きこまれた商売人魂が眠気を凌駕した。手間暇かけて仕込んだパン種が売り物にならなくなる危機感から、思わずがばりととび起きる。
「父さん、焦げてる!」
覚醒した目に映る見慣れない室内にぼんやりと小首を傾げた。
「……あれ?」
綺麗に片付いた室内はベッドと小さな棚があるだけで随分と殺風景だ。ベッドサイドの窓からは重く垂れこめた雨雲と霧のような雨が降り注ぐ街の景色が見下ろせた。夢の中で漂っていた焦げ臭い匂いだけはどうやら現実のものだったようで、未だに危機感をあおる匂いは消えていない。
そろりとベッドから這い出して、自分の姿を見下ろす。全身はすっかり乾いてはいたが、白いスカートには茶色い泥の染み。
「ああ……そっか」
ぼんやりと状況を理解する。
そうだ。そんなことは――もうあり得ないのに。
ため息をひとつ落として気分を切り替える。まずは今の状況を把握しなければいけない。
腕組みをして記憶の糸を手繰り寄せる。魔術師に証書を書いてもらって、転送便で送る手はずを済ませたことまでは覚えている。それからどうしたんだっけ。それにここは一体どこだろう。
「……思い出せないなあ」
考えていても無駄だろう。仕方がない。
ルチアは部屋にひとつだけある扉に向かった。
おそるおそる扉を開けて、細い隙間から向こう側を窺う。途端に焦げ臭い匂いが増した。
きょろきょろとどこか見覚えのある室内を見回すと、急にドアが外側にぐいっと引かれて支えを失った体がぐらりと傾いた。
「おわっ」
どたんと無様な音を立てて床にうつぶせに倒れ、顎をしたたかに打つ。
「いたた……」
顎を押さえて悶えるルチアの頭上から冷たい低音が降ってきた。
「目が覚めたか」
涙目で声音の主を見上げると、冷やかな視線で見下ろす美貌の魔術師が立っていた。
驚いて喉が詰まったように声の出せないルチアの前にしゃがむと、大きな手が伸びてきて額にぴたりと当てられる。冷たくて気持ちいいなと思っていると、すぐに手を離してセルジュは立ち上がった。
「熱は下がったようだな」
「はあ、熱があったんですか」
ルチアののんきな返答にセルジュの眉がぴくりと動く。思わず身構えたが、彼は何も言わずそのまま視線を逸らすと台所の方へ歩いていく。よくわからないが、なんだか機嫌が悪そうだ。
「あの……何がどうなってこんなことになっているんでしょう……?」
上体を起こして床に座り込んだまま恐る恐る姿勢のいい背中に問いかけると、ちらりと肩越しに振り返った琥珀色の瞳が冷え冷えとした色を湛えていて、思わずルチアはぶんぶんと首を振った。
「いえ、その、えーっと、なんといいましょうかっ。……あ! そうそうこの匂い! なんだかさっきから焦げ臭い匂いがしませんか!?」
冷や汗をだらだらとかきながら無理矢理に話題を転換させる。事実、焦げ臭い匂いは先程より確実にその濃度を増していた。
「えっとー、そこのオーブンかなー? ちょっくら失礼しますよっと」
立ち上がって匂いの元をたどると、小ぶりなオーブンにたどりつく。側に転がっていたミトンを装着すると鉄製の小さな扉を開けた。オーブンの奥には赤くなった炭と真っ黒になったこぶし大の何かが転がっている。
「うん? 何でしょうね、これは。完全に炭化していますねえ」
こぶし大の何かを棒でかき出す。ぷすぷすと煙を出すそれに鼻を近づけて嗅いでみたが、正体は判然とはしなかった。
「……だ」
首をひねるルチアから不機嫌そうに視線を逸らして、何事かをセルジュが呟く。
「え? すみません、よく聞こえませんでした」
小首を傾げながらそう問うと、きっと鋭い視線がルチアに向けられる。
「パンだと言っている」
ルチアは視線を手元に落とした。
パンだって?
この炭化した物体が?
どう見ても炭だ。
「……仕方ないだろう、俺は慣れていないんだ! オーブンなど使ったことがないからな!」
美貌の魔術師はぷいっと視線を逸らして負け惜しみのような台詞を吐いた。
じゃあ何で今使ってたんですかと聞こうとした矢先、今度はかまどに据えられた鍋が噴きこぼれる音がする。
「あわわ、大変大変」
ルチアは慌ててかまどに駆け寄ると、ミトンをはめたままの手で鍋を火から下ろす。蓋を取って中を確認すると、そこにはスープなのか煮物なのか少々判断に困るものが入っていた。具材がものすごく大きいまま入っているが、水分が多い所を見ると多分スープなんだろうと思う。
そっと背後を振り返ると、腕組みをしてそっぽを向いている金色頭が目に入った。
「……あの」
「なんだ」
金糸の髪を背中で揺らしながら、不機嫌な声が肩越しに返ってきた。
「私、やりましょうか」
ルチアはきょろきょろと台所を見回し包丁を探し出すと、炭化したパンを片手に持つ。
「大丈夫ですよ。パンだって真っ黒になってますが、こうやって焦げた表面だけ削れば中は多分食べられます!」
そう言いながらがりがりと包丁でパンの焦げを取り除いていく。削り取った奥からは真っ白な生地が顔をのぞかせて、ルチアは顔をほころばせた。
ケチくさいと笑うことなかれ。何せパン屋の娘だ。誰かが丹精込めて焼き上げたパンは少しだって無駄にすることはできない。
「ほら!」
焦げた部分は綺麗になくなって、一回り小さくなって生まれ変わったような真っ白い塊を、振り返っていたセルジュの目の前に高々と掲げる。いつも食べる小麦色のパンとは全然違うけれど、ふかふかの白いパンはそれはそれでおいしそうだ。
パンの救済に成功して嬉しそうなルチアを、セルジュがしげしげと見つめる。その眉間から皺が少しだけ減ったように思えるのは気のせいだろうか。
「えっと……駄目ですか?」
反応のなさにルチアがしょぼんと肩を落とすと、魔術師は視線を逸らすと「頼む」と小さな声で呟いた。
顔を上げるとやっぱり綺麗な顔はルチアとは反対の方を向いていて、聞き間違いかと思う。小首を傾げて戸惑っていると、ものすごく嫌そうな顔で睨まれた。
「……やるなら早くしろ。俺は腹が減っている!」
「うあ、はいっ!」
なんだか理不尽なことで怒鳴られた気もするが、とにかくお許しも出た。お世話になったお礼として、ここはひとつ腕を振るおう。ルチアは腕まくりをしながらえへへと笑った。
「では少々お待ち下さいね!」
ふんと面白くなさそうに鼻を鳴らしたセルジュに言うと、台所を見回して使えそうなものを探す。吹きこぼれたスープで消えてしまったかまどに手早く火をおこしなおし、鍋の中身をもう一度見て念のため味見をした。見事に無味無臭だったが、味付けをし直して具材のサイズだけ調整すれば十分に食べられそうだ。次いで火にフライパンをかけ燻製肉を焼きながら脇に卵を落とし入れて目玉焼きを焼く。焼いている間に台所の隅で見つけたしなびた青菜をソテー用にざくざく切っておき、手早くお茶の支度をして暖炉の側で温めていたお湯を使ってお茶を入れる。
家事の中でも料理は割と好きな方だ。ふんふんと鼻歌まじりに作業を進めていき、あっという間に食卓の上に簡単な食事の準備が整った。
「台所にあるものを勝手に使わせていただきました。あんまり凝ったものはできませんでしたけど……」
カップにお茶を注いで差し出しながら言うと、対面に座ったセルジュは律儀にも両手を合わせた。
「いただきます」
「どうぞー」
にこにこと見守るルチアの前で、上品なしぐさで青菜のソテーを一口口に含む。無言のまま一通り口にすると、小さな声で「旨い……」と呟いた。
「目玉焼きに燻製肉なんて誰が焼いても大体はおいしくできますよ」
褒められたことは嬉しかったが、正直ルチアの腕はこの際関係ない。正直にそう言うと、セルジュは真面目な表情で首を振る。
「俺が焼くと苦みしか味がない」
「……それ相当な焦がし具合ですね」
食材がもったいない。ルチアは思わず両手を合わせた。合掌。
「いつもお食事はどうしているんですか?」
疑問をぶつけると、セルジュは手にしていたフォークを置くと浅く頷いた。
「ふもとの村の食堂を利用している」
「じゃあどうして今日は?」
小首を傾げながら問うと、途端に眉間にしわが寄る。何か悪いことを言ってしまったのだろうかと戸惑っていると、ふてくされたような表情を浮かべた。
「……病人を連れ出す訳にも、置いて行く訳にもいかないだろう」
「病人……、ああ、私、熱があったんですっけ」
あんまりにもすっきり目覚めたので実感がない。けろりと言い放つと、信じられないものを見るような目で見られた。
「あー……なんか、すみません」
ということは。
ルチアの体調を気にして、慣れない料理をしようとしてくれたのだろう。
硬くなったパンを柔らかく食べられるように温めて。食欲がなくても喉を通りやすいようにスープを用意して。
やっぱり、優しい。
嬉しくなってにへっと頬が緩む。
「ひとが気を使ってやったというのに……。余計な世話が焼けるほど回復したようで何よりだな」
セルジュが眉間にしわを寄せてパンをむしりながらぶつぶつと不機嫌そうに呟いた。
「はい!」
「今のは嫌味だ」
栗色の髪を揺らして元気に返事をすると、何故だか睨まれた。でももう全然怖くない。
えへへと笑っていると、魔術師の口から深いため息がこぼれた。
「……お前、本当に覚えていないのか」
「転送便の手配をした所までは覚えているんですけど。あれからどうなって私はここにいるんでしょう?」
転送便はふもとの村の支局で手配をした。よしこれで安心と意気揚々と支局を出たのは覚えている。まあ確かにその時点でかなり思考は朦朧としていた自覚はあるのだが。
「街道で倒れていたのを村人が見つけてここに担ぎこんだんだよ。あの村には医者はいないからな。村人たちの必要な薬は大体ここで作っているし」
魔術師の中には薬草に詳しい者も多く、薬を作って生計を立てている者もいる。医者のいない地域は魔術師に頼っている所も多いと聞く。
「はあ、なるほど」
「どこから来たのか知らんが、雨に打たれながら歩いてきて体も冷え切っていた。倒れてもおかしくはない。むしろこれくらいで済んで驚いたくらいだ」
セルジュが苦い表情を浮かべる。
「そういえば二日ほどまともに食事もしていませんでしたしねえ」
いやあ、助かりましたとのんきな言葉を口にすると、ぎらりと怖ろしい目で睨まれた。
「へらへらするな。反省をしろ反省を」
「はあ、すみません」
謝罪の言葉を口にしながらも反省の様子の感じられないルチアに、セルジュは呆れたように口を噤んでお茶を一口啜った。
「あ、ところであれからどれくらいの時間が経っているんでしょう。ええと確かここへ来たのが朝の十時くらいですよね。支局で手配をしたのがちょうど正午くらいでしたし、まだ外は暗くなっていませんから、今は夕方ですか?」
すっかり日が落ちるのが遅くなりましたもんねえと続けると、セルジュはきょとんと琥珀色の瞳を瞬いた。
「……今は朝だが」
「え、朝!? 私そんなに寝ていたんですか!? うわあ、まずい。転送便を手配したのが昨日だから……えーと、届くのが……」
記憶を掘り起こして日数を確認していると、セルジュが金糸の髪を揺らして首を左右に振った。
「一昨日だ」
「……はい?」
思わずルチアの動きが止まる。
「お前は昨日丸一日寝ていた。よってお前が転送便を使ったのは一昨日だ」
「お、ととい……?」
信じられない思いで魔術師を見つめる。彼は無情にも首を縦に振った。
「ひええええええ! ま、まずい!」
一昨日の集荷分は昨日転送処理をされて、遅くとも今朝までには配達が終わっているはずである。そして証書にはセルジュ・フェデレの署名が入っているのだ。
ということは。
自然に導き出された答えにルチアは青ざめた。がたんと大きな音を立てて立ち上がる。
「ああああああの、えっと、お世話になりっぱなしで大変心苦しいのですが、急いでここを出なければなりません!」
焦りからうまく回らない口でそうまくしたてると、セルジュは不機嫌そうに眉をひそめた。
「飯だけでも食っていけ。ここ三日まともに食っていないと言ったのはお前だろう。また倒れるはめになってもいいのか」
「そ、そうなんですが、その、ここにいては追手が……!」
あわあわとうろたえながらも律儀に答えるルチアの言葉に、唐突に扉を乱暴に叩く音がかぶさる。ひっと小さな悲鳴を漏らしてルチアは身を固くした。
「おい! ここにいるのは分かってんだぞ! 出てこいや!」
柄の悪い怒鳴り声にびくんと体を震わせる。
「ひええ! 来た! どっ、どうしようどうしよう」
おろおろと右往左往するルチアを前に、セルジュが美しい顔を迷惑そうにしかめた。
「えっとえっと、あの、私はここにいなかったことにしてください! こ、こっそり裏口から……」
ルチアが言い終わらない内にどかんと一際大きな音がして、木製のドアが内側に倒れてきた。ドアのあった場所に現れた、蹴り飛ばしたと思われる人物が足を下ろしながら口の端を釣り上げる。
「もう逃がさねえぜ……!」
悪人めいた台詞を吐く男を見てセルジュが片眉を上げた。
「追われているってエルガルドのことなのか」
「邪魔するぜ、セルジュ!」
男は家主の返事も待たずにずかずかと部屋の中へ入る。短く切り揃えられた茶色の髪は四方八方に飛び跳ねていて、彼がよほど慌ててここへ来たことが良くわかる。目つきの悪い緑の瞳に睨みつけられ、ルチアはひっと小さく息を呑んだ。
「ひいいいいいい! み、見逃してください!」
「見逃せるかこの馬鹿野郎があ! ちょこまかちょこまか逃げやがって! いい加減覚悟決めやがれ!」
「嫌ですよ!」
小動物のように怯えながら逃げ惑うルチアを、エルガルドは肉食獣さながら追いかけまわす。いかんともしがたいコンパスの差がエルガルドに味方し、ルチアの左腕を掴むことに成功したものの、思いっきり足を踏まれて怯んだ隙にまた逃げられてしまう。
「おま……っ、大人しくしやがれ!」
「大人しく拉致されるひとがこの世のどこにいるんです!」
「拉致じゃねえっつってんだろ!」
大声の応酬に、舞い上がる埃。どたばたと食卓のまわりで繰り広げられる騒動に、セルジュの堪忍袋の緒が切れた。
大きな音と共に拳をテーブルに叩き付けると、琥珀色の瞳を眇めて掴み合っているふたりを睨みつけた。拳に握りしめられたフォーク越しの眼光の鋭さは半端ない。
「……俺は食事中なんだが」
動きを止めたふたりは竦み上がる。心なしか室温が下がったような気さえした。
「……はい」
「すまん……」
やれやれと肩をすくめてセルジュが食事を再開する。
「エルガルド、お前ドアだけは修理してから帰れよ。それからルチア、お前はとにかく飯を食え」
「あ、はい」
ルチアはいそいそとセルジュの対面に座る。ちらりと目を向けると、空腹なのか、エルガルドが物欲しげな視線をこちらに向けていた。上目づかいで見上げてくる様は、まるで目つきの悪い子犬のようだ。プレッシャーに耐えきれず、仕方なくルチアが声をかけた。
「……あの、坊ちゃんも召し上がりますか?」
途端に彼は嫌そうに顔をしかめた。
「その呼び方やめろ」
「はあ……でも、じゃあ何とお呼びしましょう」
ルチアが困惑した表情で尋ねると、エルガルドはほんのりと顔を赤らめながらぽりぽりと頬を掻いた。
「お、お兄ちゃんとか……」
でへへ、とだらしなく笑う彼にふたり分の生ぬるい視線が集中する。
「エルガルド……、お前ひとりっ子だっただろう……」
「い、いや、セルジュ、これには訳があんだよ!」
「まさかお前にそういう趣味があったとはな」
「名門オルランディ家の跡取りともあろうお方が……ドン引きですよね」
「違う!」
ふたりに氷の視線を向けられて、エルガルドは顔を真っ赤にして否定した。何故か人生の分かれ道に立たされている気がした。
「本当に兄妹なんだ! ルチアは親父の隠し子なんだよ」
「隠し子?」
セルジュがルチアに物問いたげな視線を向ける。ルチアは心底うんざりしたようなため息をついた。
「だからあ、そんなの私は知らないんですってば! 私の両親は平凡なパン屋で、坊ちゃ……エルガルド様は兄ではなくてただの常連さんです。オルランディ家のご当主様になんて、一週間前まではお会いしたこともありませんでしたし」
セルジュがもう一度エルガルドに視線を戻す。
「まあ、座れ。何度も言うが俺は食事中だ。食べながら聞こう」
エルガルドがルチアの隣の空いている椅子に大人しく腰掛けると、ルチアがお茶とスープをよそって差し出した。燻製肉と目玉焼きはきっかり半分こにして渋々差し出すと、エルガルドは嬉しそうにフォークで目玉焼きをつつき始める。
セルジュが口を動かしながらじっとりと目の前に並んだふたりを眺めた。
「ん?」
「どうかしましたか?」
視線に気付いて手を止めてこちらを見るふたりには、確かに共通点があった。
「髪の色も瞳の色も同じだな」
そう呟くとエルガルドはぱっと顔を輝かせ、反対にルチアはものすごく嫌そうな顔をした。
「髪と目の色は親父譲りなんだ」
「お父さんの目は緑でしたし、お母さんは茶色の髪でした。茶色の髪に緑の目なんて世の中にはごまんといますよ。それだけのことで兄妹認定されるなんて、たまったもんじゃありません」
ルチアが燻製肉を咀嚼しながらふんとそっぽを向く。
「だからそれだけじゃねえんだって! 今は持ってねえけど、家に帰れば里子に出した時の証書もあんだよ!」
「そんないくらでも偽造できそうなもの、信用できるもんですか!」
フォークを握りしめたまま睨みあうふたりにセルジュが苦い口調で口を挟んだ。
「話が進まない。ふたりとも少し落ち着け」
「……すみません」
しゅんとルチアが肩を落とす。散々世話になったセルジュにこれ以上迷惑をかけるのは本意ではない。
「エルガルド、説明しろ」
優雅な所作でお茶を一口飲むと、セルジュはエルガルドに顔を向ける。エルガルドはごくりと口中のものを飲み下して話し始めた。