resumption
3.
朝定番の、鳥の鳴く声が微かに耳に届く。
カーテンの隙間から入る微弱な日光に顔を照らされ目が覚める。
体、だりい。
上半身を起こすのも億劫で頭だけを巡らせ辺りを見回す。
・・・広い部屋。
高級そうなカーテンに、しっかりとワックスのかかった傷一つないフローリングの床。
そこらの安いアパルトマンじゃないことは嫌でもわかる。
・・・マンション?
うわー高そー。
感慨のない感想を出してから、大事なことにやっと気づいた。
・・・・・・ちょっと待て。
此処はどこだ。
俺は・・・俺の名前は、・・・・・・うん、ちゃんと夜宮炯。
よかった。記憶喪失になったわけじゃないらしい。
だが、こんな部屋は俺の記憶にはないし、俺の意識は昨夜の路地裏で消えている。
つまり、此処は知らない誰かの家で、俺はそこに連れてこられて寝かされていると。
・・・普通に考えてそれはヤバイだろう。
上半身を起き上がらせ、よく部屋の中を見てみる。
これまた高そうなテーブルや、棚に乗った見たことの無い調度品が、俺をよそ者だということを暗示させる。
完璧に、俺はこんなところは知らない。
「・・・あーもー、めんどくせえ。」
誰かに拉致られる覚えはねえぞ。
頭を掻いて溜息を吐くと不意にドアが開いた。
静かな部屋に、ドアが開く音は目立って聞こえる。
「―っ・・・!!」
「・・・あ、起きてる。」
入ってきた男・・・え、いや男・・・?
・・・・・・性別不明の美形。・・・・・・声的に多分男は、警戒している俺の反応は総無視で、ベットの脇に腰掛けた。
「気分どう?具合悪かったりする?」
「・・・いや、・・・別に。」
見た目、20代前半。肩下くらいまである銀髪を無造作に垂らしている。顔はありえないくらい整っていて、目の色が若干薄い。
でも一応日本人の、多分男だとは思う。
そのふわりと微笑んで、顔を覗き込んでくる仕草に、自然と俺は神経が緩み素直に答えた。
「ならよかった。全然起きないし、ちょっとあぶないかなーとも思ったんだけど。」
「・・・あのさあ。」
此処はどこで、アンタは誰で、聞きたいことはとりあえず色々あったが、まず先に確認しておかなければならない。
もし俺の見解が外れていたら失礼以外の何者でもないからだ。
「何。」
「・・・あんた、おとこ・・・?」
銀髪美人は一瞬目を見開いて、だがすぐにまたフッと微笑んで、口を開いた。
「・・・文句あるか。家出少年。」
口調が若干違って聞こえるのは気のせいでは、きっとない。
「―――!!!。」
青ざめていく俺に視線を合わせて、にっこりと笑ったまま男は続ける。
「・・・なんで、って?」
「・・・あ、・・・。」
声に出せなかった俺の問いかけを、代わって補足される。
「職業柄、俺一度見た顔はそう簡単に忘れねえから。・・・な、夜宮息子?」
――ばれてる。俺が美和の息子だって完璧ばれてる。
でも何で。
何で知ってる。
俺のこと、何で息子だって、
知ってるんだよこいつは。
頭の中でまとまらない思考を必死に束ねる俺に、正体不明の美人はまたもや口を開く。
「・・・あれ、思い出せねえ? 頑張れよ、お前頭良いんだろうが。」
「は!?」
「アンタのママには、毎日本当にご贔屓にしてもらってるんだけどなあ?」
意味深なセリフに、俺は記憶の引き出しを片っ端からこじ開ける。
記憶力は、良いほうだ。
「え、と・・・・・・・・・、っあ!!」
ああ、思い出した。前に一度あの女に連れて行かれたホストクラブ。
そこで美和が指名していた・・・。
この男。
「アンタっ。あのババアが指名してたっ・・・!!」
「そう。思い出してくれてありがとう。夜宮・・・炯君・・・?」
にこりと、男が楽しそうに笑う。
そしてはい、とマグカップを渡された。中には、ココア。
暗に餓鬼扱いされているような気がしたが、黙って受け取っておく。
「・・・アンタ、一回行ったきりなのに、俺の名前と顔覚えてんの?」
「まあね。一応これでもNo.1だし?」
「・・・知ってる。」
うちのババアは、ホストクラブに行っても、絶対No.1しか指名しない。
「昨夜、美和さんがひったくりにあってさあ、その後すぐ、家から息子がいなくなったって携帯に電話があったらしくて。んで、見つけたら保護&連絡お願いって言われてたから、一応連れてきたんだけど。まあ、あの人馬鹿だからひったくりと家出息子が同一人物だっては気付いてないみたいだし。よかったね。」
「・・・あの糞ババア。」
気づかれてないことに安堵する反面、やっかいなことを言いふらしてくれたババアに舌打ちをする。
「お前、一応ママなんだろ?」
「ママね、うんママ。息子の名前も忘れちゃったママ。」
ふう、と息を吐いて答える。
俺の家出劇は終わりを迎えるらしい。
「・・・ふうん。なあ、何で家出なんかしたの。」
「・・・自分が息子だったらって考えてみろよ。観察力が鋭いホストさん。」
自嘲的な笑みを浮かべて睨みつけてやる。
「勝手なことしやがって、人助けでもしたつもりか?」
「だってあんなとこで寝てたらどのみち捕まんだろうがお前。」
「・・・うるせえよ。どうなろうが俺の勝手だ。」
「・・・お金持ちお坊ちゃんから前科持ちのホームレスに降格ってか?そんなんお前のプライドが許さねえんじゃねえの?」
「・・・うっさい。」
「世間知らずのお坊ちゃんが余裕で暮らしていけるほど、此処らへんは甘くねえと思うんだけど。」
「うっせえよ!!!」
的確な現実論を次々と指摘され俺は耐え切れず怒鳴る。
俯いて、高そうなシーツを震える手で力いっぱい握って、歯を食いしばって。
そんなこと、自分でよくわかってんだよ。畜生。
ああムカつく。
苦し紛れに一言。声が震えるのが煩わしい。
「・・・あんたウザイ。」
「ありがとー。」
「褒めてねえよ!!」
「・・・知ってる。」
くすりと呆れたような音が落ちてきて、頭を撫でられた。
初めての感触。
今まで散々褒められ、喜ばれ、賞賛を浴びまくった俺だが、頭を撫でられたことなんて、なかった。
そしてまた新たなあいつ等に欠落した愛情に気づく。
忌々しい。
少しの沈黙。そして。
「・・・美和さんには、連絡してない。」
その言葉に俺はばっと顔を上げた。
・・・今、何て言った?
「お前が此処にいること、俺まだ誰にも言ってねえの。」
どうする?
綺麗な笑顔でそう問われる。
絶対、もうチクられてると思ったのに。
「どうするって・・・。」
「俺ん家、貸してやるよ。面白そうだから匿ってやらない事もないぜ?」
俺優しい人間だからー。
そう言う男に、優しい人間はこんな風に精神的に高校生を虐めたりしないとだろうが。と心の中でひっそりと突っ込みを入れる。
「暫くいれば?嫌いなんだろ?あのババア。」
あ、今こいつ客に向かってババアって言った。
店で見た時と大分印象が違うのは、多分こっちが素だからだろう。
徐々にこいつの性格が見えてきた気がした。
趣味の悪い遊びに付き合おうとしている、暇人。
「・・・俺本気なんだけど。」
「知ってる。だからこそ、だろ?」
俺、あの人大っっっっ嫌いv
綺麗な笑顔で言ってみせた男の問題発言は俺の迷いを有難くも綺麗さっぱり消してくれた。
そう、それこそが最大の理由。
そこでやっと視線を合わせた俺に美人は気がついて、ニっと笑う。
「家出、続行?」
「もちろん。」
そして俺の家出、もとい居候生活が幕を開けた。
*
やっと話が始まった感じ。
理不尽ホストと、家出少年のこれからの生活はきっと平凡なものではないことを祈って。