まだまだ
ツンデレを書いてみたかっただけです。
「結婚しよう!」
「だが断る」
こんなやり取りも日常的に繰り返されてると誰も気にしない。むしろ、ああまたかよあのバカップルという視線があちこちから刺さる。止めて、誤解だから。
「何で?こんなに好きなのに!」
「あんたの一方通行だけどね」
「愛してるって言ってくれたじゃないか!」
「それは中学の時の劇のセリフでしょ」
「俺以上に君を好きな奴なんていない!」
「私の魅力を全否定するな!」
5年前から変わらない、安定の馬鹿に頭痛がしてくる。そもそも私がモテないのは目の前にいるこの男、藤堂 豊が原因だ。毎日同級生に求婚され続けている女に言い寄る男なんていない。
5年前、当時中学2年生だった私は特筆するところのない、ごく普通の一般生徒だった。それでも普通なりに楽しい学生生活を送っていたのに、文化祭にクラスの出し物で劇をすることになってからそれが一転した。
いや、別に劇をすることは良い。目立つのは得意ではないが、端役ぐらいなら問題ない。しかし、私に割り当てられたのは主役。こともあろうに恋愛を主とした劇のヒロインに抜擢されてしまったのだ。
その相手役が藤堂だったのがさらなる不運だ。そもそもクラスで演劇をしようという話が持ち上がったのも藤堂がいるからだった。
容姿端麗、頭脳明晰、文武両道、品行方正等々、奴を誉めるための言葉には事欠かないと言われるほどの文句なしのイケメン。そんな男がクラスにいればそれを売りにしようというのは当然の発想だろう。
当然のように奴は主役となったがそこからが大変だった。クラスの中でも派手な女子の2大勢力である、橋本さんと宮田さんがヒロインの座を巡っての大論争を始めたのだ。
結局何時までも2人の争いに決着が着く気配が無かったため、くじで決めることになった。その時に2人だけでやってもらえば話は拗れずに済んだものを、空気の読めないイケメンがクラスの女子全員で引くことを進めた。
それを聞いた瞬間の私の心境としては、ふざけんなコノヤロウ、もしも私が引いちゃったらどうしてくれる、だった。
面倒事はごめんだと、神に祈りながらくじを引いたが、私は神に見放された。
その上、何とか誰にも気付かれずに橋本さんか宮田さん、それが無理でも別の人と交換してしまおうと企んでいた私の気持ちも知らずに、奴は声高らかに宣言してくれやがった。
「わぁ、大野さんが相手役かぁ。よろしくね!」
この瞬間、私こと大野 優香里の平穏な学生生活は終わりを告げた。
その後のことは思い出したくもない。劇の練習の為とはいえ、毎日奴に愛を囁かれ続けた。それも人目を憚らずにやるものだから、クラスの2大勢力を敵に回した私の味方はほぼ皆無。幸い直接的な攻撃こそ無かったものの、針の筵に座らされるような生活が中学卒業まで続いた。
高校の入学式では新生活に心踊らせていたのに、新入生代表の挨拶で壇上に登った奴の姿を見て、その場に崩れ落ちそうになった。
何の因果か、奴と私は同じ高校に進学していた。早くも肉食系女子の皆様に囲まれている奴を見ながら、せめて高校では関わらないでいようと決意したのも虚しく、奴は大声で私の名前を呼びやがった。
「待ってよ、大野さん。一緒に帰ろう!」
満面の笑顔で私に話しかける奴と、その周りを囲む鋭い目付きの女性陣。即座に身を翻して逃げた私は悪くないと思う。
にもかかわらず、奴は私の後を追って来やがった。正直、並んで帰るのは御免だったが、あれだけの女子を振り切ってきたらしい奴に、にっこりと笑って押しきられた。
駅まで並んで歩きながら、丁度良いから私は疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「藤堂君は、さぁ」
「うん、何?」
「何で私に構うの?」
その言葉に、彼は驚いたようにこちらを見た。だが、これは私の偽らざる本音だった。
そもそも、私が中学卒業まで色々言われ続けたのも、知り合いが誰もいないような高校に進学したのも、彼が私を構い続けたのが原因なのだ。
あの劇の後、これで苦行から解放されたと思ったのに、藤堂君はその後も変わらずに私に話しかけた。それも、ただ話しかけるのではなく、劇の練習中のように甘いセリフを囁き続けたのだ。
直ぐに飽きると思ったのに、彼は毎日必ず私に甘く愛を囁き続ける。それが冗談だと分かっていても、恋する乙女達の嫉妬は凄まじかった。
彼女達の行為は、確かに直接的な被害は無かった。それでも、常に突き刺さる視線に、投げつけられる嘲笑に、話しかけても無視されるというその態度に、私の心は傷ついたのだ。
それも、卒業までの辛抱だと、自分を慰めて頑張ったのに、今度はそれが3年続くとなったら、私の心は今度こそ耐えられないだろう。
そういった私の心情をぽつぽつと話しながら歩き、彼の返事を待つ。
だが、彼は無言のままでとうとう駅についた。電車に乗り、自宅の最寄り駅につき、駅を出ても彼は無言のままだった。
居心地の悪さを感じながらも一緒に歩き続け、分かれ道に差し掛かったところで改めて彼に向き直った。
「高校では、もう、私に関わらないでね」
瞬間、彼が弾かれるように顔を上げた。その目をしっかりと見つめ返しながら、ゆっくりと告げる。
「もう、あんな思いはしたくないの」
それだけを告げて逃げるように彼に背を向けて帰ろうとしたが、突然腕を掴まれた。
びっくりして彼を見ると、彼は今まで見たことがないような真剣な表情をしていた。
「藤堂く・・」
「ごめん」
どうしたのかと聞こうとしたら、被せぎみに謝られた。どうして良いのかわからず、ただ彼を見つめ続ける。
「大野さんが、そんな辛い思いをしてるなんて、全然知らなかった」
それは、そうだろう。彼女達は藤堂君の前では綺麗に取り繕っていたし。それに彼に悪気が無かったことは知っている。だからこそ、私は彼に訴えることが出来なかったのだから。
「気にしないで良いよ」
関わらないでいてくれれば、それで良いのだと。口には出されなかったその言葉を感じ取ったのか、彼はつらそうに顔を歪めた後、覚悟を決めたように口を開いた。
「好きなんだ」
「は?」
何を言われたのかわからない。そんな顔の私に、彼は堰が切れたかのように話し続けた。
「君が、大野さんが好きなんだ。あの劇をやる前からずっと好きなんだ。その綺麗な黒髪が好きなんだ。ふとした瞬間の笑顔が好きなんだ。いつも真面目に黒板に向かってる姿が好きなんだ。図書室で楽しそうに本を読んでいた君が好きなんだ。」
真っ赤な顔で私の好きなところを延々語り続ける彼に、私の顔も赤くなる。
「わ、わかったから、もう止めて!」
何時までも止まらない彼の告白を聞き続けるのに耐えられなくて、懇願するように彼の言葉を遮った。耳まで真っ赤になった彼は、意を決したように私に告げた。
「大野 優香里さん。僕と付き合って下さい」
必死な様子で真摯に頭を下げる彼に私も、真剣に答えた。
「無理です。ごめんなさい」
呆気に取られたらしい彼を置いて逃亡したが、直ぐに捕まってしまった。
「何で!理由を教えて!」
「さっきも言ったでしょう?私はもう貴方に関わりたくないの」
彼の真剣な気持ちはわかったが、それとこれとは話が別だ。私には、今日見かけた肉食系女子達の嫉妬を受けてでも彼と共にいたいとは到底思えない。
そう言った私に、彼は輝かんばかりの笑顔でこう宣った。
「じゃあ、彼女達から何もされないようにすれば良いんだね」
その笑顔に、私は嫌な予感しかしなかった。
全く嬉しくないことに、私の予感は大当りだった。翌日から、奴は私に猛アタックを仕掛けてきたのだ。
それは土下座であったり、薔薇の花束を捧げられたり、酷いときは校内放送で自作の愛の歌を歌われた。
ここまでする奴の恋路を邪魔する猛者など現れることはなく、見事に奴は残念なイケメンの称号を手に入れ、私には憐れみのこもった視線とバカップルの片割れという物申したくなる称号が与えられた。
奴はイヤに協力的な教師の協力を得て同じ大学に進学した今でも変わらず、思わず返品したくなる程に情熱的な愛を捧げ続けている。
「愛してるよ!優香里」
「そう」
今日も変わらぬ彼の愛の告白に、赤くなった顔とにやけてしまう口元を隠しながら、この程度ではまだまだ好きになんかなってやらないと決意を新たにした。
優香里は学校公認のツンデレ。
最初の告白で意識し始めてます。
じれったいからさっさとくっつけとの声多数。
赤い顔もにやけた口元も隠せてると思っているのは本人だけ。