魔法と迫る音
マスターには、最初に呪文・詠唱の方法を試してもらうことにした。
『それではマスター、最初は火の魔法を練習してみましょうか』
「うん♪」
『呪文は、《火よ、我が指先に灯れ》です。《火よ》、が方向性に置ける属性。《我が指先》がそれを発動させたい場所。《に灯れ》が、出現させた火の形状及び在り方になります。さあ、やってみて下さいマスター』
「うん、わかった。《ひよ、わがゆびさきにともれ》」
マスターは、右手を胸の高さまで持って来て、そう唱えた。
「あれ?あんさらー、ひがでないよ?」
『そうですね。けれど心配しないで下さいマスター。さすがに、初めてでいきなり成功は普通しませんから』
「じゃあ、なんかいもしてみればいいの?」
『そうですね。それとマスター』
「なに、あんさらー?」
『呪文を唱えた時に、何かいつもと違う感じは、ありませんでしたか?』
「ちがうかんじ?」
『そうです。こうして会話している時と、先程呪文を唱えた時に、何か違いを感じませんでしたか?』
「うーん?とくになかったとおもう」
『そうですか。それでは、違いがわかるまで、繰り返し練習しましょう』
「うん!」
それからマスターは、しばらくの間呪文を繰り返し唱え続けた。
が、1時間近くやっても、一行に火は着かなかった。
「つかないよ、あんさらー?」
『着きませんねぇ?魔力は十分にありますし、魔力処理能力も低くはあっても、皆無というわけではないのに、なんで発動しないんでしょうか?』
本当になんで発動しないのでしょう?呪文に間違いはないですし、魔力が全く反応していないわけではないのに?
そう、マスターは自覚してはいないけれど、マスターが唱えた呪文に、魔力は反応していました。にも関わらず、一行に火が出ないんですよねぇ?何ででしょう?
『私』は、内心現状を理解しかねていた。
「どうしよっか、あんさらー?」
『そうですねぇ、他の属性を試して駄目なら、呪文・詠唱方式以外の方法に切り替えましょう』
「わかった」
『それでは、次は地の呪文をいきます』
「うん!」
『《土よ、我が手より生まれ落ちよ》です』
「わかった。《つちよ、わがてよりうまれおちよ》」
マスターの呪文に、マスターの体内の魔力が反応を見せた。
が、何故かまた物質には変換されなかった。
「またしっぱい?」
『魔力自体は反応を示しているんですけどねぇ?どこに問題があるのでしょう?・・・しかたありません、最後に時の魔法を試したら、他の方式に切り替えましょう』
「うん、わかった」
『さて、では次の呪文は、《時よ、その流れを違え、我が意識を加速させよ》です』
「うん。《ときよ、そのながれをたがえ、わがいしきをかそくさせよ》」
『私』はこの時、また失敗すると思っていた。
けれど、その考えは否定された。
何故なら、マスターが呪文を唱え終わった瞬間、それまで僅かな反応を見せるだけだったマスターの体内の魔力が輝きを放ち、マスターの身体を覆っていったからだ。
『これは、成功したのですか?』
「そうみたい。ふしぎなかんじ。どこからか、ぼくのからだにちからがながれてくる。これが、さっきあんさらーがいってたまりょくのかんじなのかなあ?」
『おそらく、それで合っています』
「やった!ようやくできた」
マスターは、本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。
『マスター』
「なに?」
『魔法の発動に成功したので、効果の程も確認して見て下さい』
「うん。けど、まりょくがぼくのからだにながれてくることいがいに、へんかはないとおもうんだけど?」
マスターは、自分の身体をあちこち見てそう言った。
たしかに、今発動させた時の魔法の効果は、少し判りづらいかもしれませんね。
『マスター、周囲を見て下さい』
「うん?わかった。あれ?」
『私』に言われたとおり周囲を見回したマスターから、疑問の声が上がった。
「ねぇ、あんさらー。なにかへんじゃない?」
『ええ、その変なところが魔法の効果ですよ。何が変なのか、考えてみて下さいマスター』
「ええとねぇ」
マスターは、もう一度首を回して周囲を見回した。
『判りましたかマスター?』
「たぶん、わかった、かな?」
『ほう、この短時間でですか?それは凄い。それではマスター、変なところはどこでしたか?』
「なんか、まわりのへんかがゆっくりになっていること、かな?」
『おめでとうございますマスター。大正解です』
「やったー!」
マスターは、両手を上げて喜んだ。
『さて、ではより詳しい説明をいたしますマスター』
「うん!おねがい、あんさらー」
『はい。まず、先程発動させた魔法の名称ですが、《思考加速》と言います』
「《しこう、かそく》?」
『そうです、マスター。この魔法は、時属性の魔力を使用して、自分の意識を加速させる魔法です』
「かそくさせるとどうなるの、あんさらー?」
『具体的には、思考能力が加速することにより、通常とは異なる時間の使用が可能になります』
「つうじょうとはことなるじかん?」
『そうです。この魔法が発動中ならば、マスターの思考の加速にともなって、周囲の時間が減速した状態になります』
「げんそく?・・・たしかに、まわりのこのはのうごきとかがゆっくりにみえる、かな?」
マスターは、再び周囲を確認してそう言った。
『そうですね。人の知覚では、そう感じるはずです』
「けれど、まわりがゆっくりになるとなにかいいことがあるの、あんさらー?」
『ええ、もちろんですマスター』
「じゃあ、どんないいことがあるの、あんさらー?」
『まず一つ目は、周りがゆっくりになるので、物事を知覚、認識し、考える時間を増やせます。これは、戦闘や探索などで重宝するメリットですね』
「そうなの?」
『ええ、マスターは身体能力が低いですから、常時この魔法を発動出来るようになると、安全性がぐっと上がりますよ』
「おおー、なんかよさそう!」
『次に二つ目は、魔力処理能力を補えることです』
「それって、あんさらーがいってた、あれのこと?」
『そうです』
「それじゃあ、ぼくでも、おおきなまほうがつかえるように、なるの?」
『いえ、それは無理です』
「ええ~」
マスターは、とても残念そうに肩を落とした。
『ですが、マスターの初期の能力からみれば、実戦で使用可能な魔法は確実に増えますよ』
「そうなの?」
『ええ。マスターが魔力を処理する時間が長くても、周りがゆっくりになるのなら、実際の発動までの時間は周りにとっては、短くなりますから』
「あんさらー、ぼくには、よくわからない、かな?」
『マスターには難しかったですか?なら、これからゆっくりと魔法の効果を感じて、覚えていけばいいですよ』
「うん、あんさらー」
『それでは、三つ目のメリットについてです』
「うん」
『三つ目は、持続性の良さと、魔力消費量の多さです』
「?」
『簡単に言いますと、この魔法は一度発動すると、マスターが停めるか、持続可能な魔力が無くなるまで、延々と効果を発揮し続けます。そして、時属性の魔法らしく、持続させ続ける為の魔力が他の魔法に比べて多いんです』
「しょうひがおおいのって、メリットなの?」
『普通ならデメリットですが、今の年代のマスターには、メリットに変えられるんです』
「どういうこと?」
『それはですね、魂から肉体に供給される魔力の量は、魔力を限界まで行使するごとに増加するのが一つ。魔力を持続的に使用することにより、魔力処理能力が上昇するのが一つ。魔法を維持することにより、魔力運用の効率化が起こるのが一つ。そして最後に、魂の魔力をギリギリまで減らすことを繰り返すことによって、魔力回復時にマスターの魂が世界にある魔力を取り込むことが出来るんです』
「まりょくをとりこむ?」
『そうです。通常、魔力の最大値は魂が宿った時点で固定されていて、魔力の最大値が増えることはありえません。また、普通の手段では世界の魔力を取り込むことは出来ません』
「ふつうはできないの?」
『はい。世界の魔力と魂の魔力とでは性質が異なっている為、普通では取り込めません。もっとも、普通でなければ、そこそこ手段は存在します。私が今言っているのもその内の一つです』
「せかいとたましいのまりょくのちがいはなんなの?」
『そうですねぇ?色でいえば世界が無色で、魂は個々の色といった感じですか?』
「あんさらー、それじゃあよくわからないよ」
『そうですか。うーん、言い換えるなら、通常世界にある魔力には属性がなく、魂の魔力には魂ごとに違った属性があるということです』
「つまり?」
『つまり、マスターの魔力なら火・地・時を持つアスティアという属性になります』
「へぇー、そうなんだ。あれ?でも、それとまりょくがとりこめないことにどんなかんけいがあるの?」
『それはですね、魔力には属性を帯びていると、違う属性とは混じり合わない性質があるんです』
「まじりあわないとどうなるの?」
『通常の空間では、水と油のような状態になるだけです。ですが、これが生物の肉体で起こった場合は違います』
「?」
『下手をすると肉体が崩壊します』
「え!なんで!!」
『拒絶反応です』
「きょぜつはんのう?なにそれ?」
『拒絶反応というのは、ある条件下に慣れた状態で、その条件が変わった時に、その変わった条件を受け入れられず、拒絶してしまうことです。そして、この場合の最初の条件は自分の魂の魔力に慣れた状態。変わった条件は、取り込んだ世界の魔力になります』
「うん、それで?」
『肉体に世界の魔力を取り込むと、最初に先程言った通り、体内で魂の魔力と世界の魔力が分離します。そして、混じり和えず、分離した世界の魔力は、魂からの魔力供給を阻害し始めます。この状態で長くいると、やがて魂の魔力=生命力の供給が完全にストップします。すると、生命力の供給されない肉体は腐り始め、やがて肉体は完全に崩壊して、取り込んだ者は死に至ります』
「え、いきたままくさるの!」
『そうです』
「うわあ、とてもいやだなぁ。あれ?けど、だったらさっきあんさらーがいってたのは、だいじょうぶなの?」
『ええ、大丈夫です。私が提案した方法なら、今言ったようなことにはなりません』
「なんで?」
『それは今から説明いたします』
「うん。おねがい、あんさらー」
『では、最初に何故魂の魔力を空にしておくかを説明します』
「うん」
『魂の魔力を空にしておく理由は、魂の魔力をなんとかしておかないと、魔力の統合が出来ないからです。逆に言うと、ここをなんとかしておくと、魔力の統合が可能になります』
「そうなんだぁ」
『次に、この状態で肉体より世界の魔力を取り込み、魂の魔力の供給経路を逆に辿って、魂に世界の魔力を流し込みます』
「うん、それから?」
『すると、先程の場合だと分離する魂の魔力が無い為、世界の魔力は魂に問題無く定着します』
「うんうん♪あれ?でも、それだとたましいのまりょくがかいふくしたら、さっきのおはなしみたいになるんじゃないの?」
『そこに気がつくなんて、マスターは察しがいいですね』
「えへへ、それでそこはどうなっているの、あんさらー?」
『そこ話の前に、マスターは先程私が言った世界の魔力の色を覚えていますか?』
「え?うん!むしょくでしょう」
『そうです、それが答えですよマスター』
「どういうこと?」
『そうですねぇ?マスターは、おえかきなんかしますか?』
「うん。ぼく、おえかきだいすきだよ!」
『それなら、白い紙におえかきすればどうなるのかわかるでしょう?』
「そんなのきまってるよあんさらー。おえかきしたところは、クレヨンのいろになるよ。ああ、そういうことなの、あんさらー?」
『そうです、マスター。無色な世界の魔力は、後から回復した魂の魔力と同じ属性になります。白い紙がクレヨンと同じ色に変わっていくように。ですので、この方法なら問題無く魔力を増やせます』
「わあ、それならあんしんだね、あんさらー」
『もちろんですマスター。私は、マスターに危ないことを教えたりはしません』
「うん♪そうだよね」
『さて、では時属性が成功したので、もう一度火と地属性の魔法をやってみましょうか、マスター』
「うん、そうだねあんさらー」
『それでは、先程と同じ呪文でお願いします』
「わかった。えっとね、たしか《ひよ、わがゆび》」
カ・チャ
「《さきに》うん?ねぇ、あんさらー。いまへんなおとがしなかった?」
マスターは、呪文を中断して周囲をキョロキョロ見始めた。
『そうですか?私には特に何も聞こえませんでしたが?』
「そう。ぼくのきのせいかなぁ?」
カ・チャ、カ・チャ
『うん?いえ、ちょっと待って下さいマスター。今私にも何か』
カ・チャ、カ・チャ、ガ・チャ
「きこえた。ねぇ、いまきこえたよねぇ、あんさらー!」
『ええ、マスター。私にも聞こえました。何の音でしょうかこれ?』
『私』もマスター同様に、音の発生源を探した。
そして『私』は見つけた。森の中でこの音を鳴らす者達を。