引きずり出された影と反撃の炎矢
「じゃあまずはこれかな?『しんらばんしょうをこのてに、わがのぞむままにひきよせよ《いんりょくしょう》』」
マスターは、掌を人影に向けて魔法を発動させた。
ドサ ズルズル
すると、木の上にいた刺客が木の上から突然落下した。そして、ゆっくりとこちらに向かって地面の上を引きずられるように移動して来る。
「サラさん。ティアはなにをしたんですか?」
「今アストが発動している魔法は、《引力掌》と言って、術者の掌に指向性の引力を発生させ、任意の対象を引き寄せることが出来ます」
「へぇー、そんな魔法があるんですか」
エル君は、感心したようにそう言った。
「ええ。私に記されている魔法の内の一つです。後は、あの刺客が私達の傍に来た時点で捕獲すればいいでしょう」
「そうですね」
ズルズル ザクッ
が、刺客の方も引きずられるままにはしていなかった。今まで投げていたナイフを地面に突き立て、マスターの《引力掌》に抵抗した。
「あー、抵抗されてますね。どうしますかサラさん。僕が捕獲して来ましょうか?」
「いえ、刺客があの人影だけとは限りませんから、アストの結果外に出るのは危険です。もう少し様子を見ましょう」
「わかりました」
ガリガリ ズ ズズ ザクッ ザクッ
マスターの《引力掌》と刺客の抵抗は、それからそれなりの時間続いた。
マスターが《引力掌》で引っ張るだけにたいして、刺客の方はナイフを使って地面を崖登りの要領で移動し、こちらから離れようとしている。しかし、崖から落ちるように時たま移動に失敗し、マスターの方に引き寄せられたりしていた。
「随分と抵抗しますね。というか、先程エル君から聞いた話と状況が食い違っていますね。あの刺客、ひょっとして奴隷じゃないんじゃないですか?」
私は、現状を見てそう思った。
「たしかにそうですね。僕としても、聞いていた話と状況が異なっている風に感じます。ですが、あれが刺客である以上、殺すよりは捕獲した方が国としては都合がいいので、捕獲は続行でお願いします」
「わかりました。アスト、パワーは上げられますか?」
「うーんと、ちょっとムリかな?」
「無理?どうしてです、アストの魔力ならまだ余裕があるでしょう?」
安全機構に魔力を割いているとはいえ、マスターの魔力量ならまだまだ余裕のはずですよね?
「あのひとだけならともかく、かずがちょっとおおいよ、サラ」
「「数が多い?それってどういう・・・」」
ザザ ザザ ズズ ズルズル
私とエル君が、マスターの言葉の意味を問いただそうとしたちょうどその時、森の中から新しい人影が引きずられるように出て来た。
「あの、アスト。ひょっとして《引力掌》の対象を複数に設定しましたか?」
私は、森から新たに出て来た人影を確認し、マスターにそう確認した。
「うーんとね、ミカくんとリルちゃんのてきでひきよせてるよ」
「つまり、この森の中にはこれだけの刺客がいたということですか?」
私は、その事実に頭が痛くなった。
都市のそばにこんなに刺客がうろちょろしているとは。私は、新たに出て来た人影の数を数えてそう思った。そして、新たに出て来た人影を観察した。
人影の数は最初の一人を含めて六人。新たに出て来た人影の格好は、最初の刺客と全員同じで、外套を纏って全身を覆い隠している。しかし、今回は木の上ではなく見晴らしのいい場所なので、人影の身長や体格がだいたいわかった。それによると、何故か小柄な刺客が多かった。なんせ、六人中四人がマスターと同程度の子供の体格だったのだ。
「エル君。アダンス王国の刺客というのは、子供も含まれるのですか?」
「僕が聞いた話ですと、含まれるようですよ。しかし、体格は子供サイズですけど、種族によっては大人かもしれませんよ?」
「たしかにその可能性は十分にありますね。子供サイズの種族はそれなりにいますし、そういう種族の方が奴隷にしやすいでしょうしね」
力とかリーチとか、身体的に不利な要素が多いですからね。
「ですが、もう一つある可能性があります」
「もう一つの可能性ですか?それはいったいどんな可能性ですか?」
「彼らがアダンス王国で言う忌み子である可能性です」
「忌み子ですか?それはどういう子供達を指した言葉なんですか?」
あまりいい意味ではないでしょうけど。
「アダンス王国で忌み子と呼ばれる子供達は、ヒューマンとしては規格外の能力を持った子供達のことを指したものです」
「ヒューマンとしての規格外?けれどヒューマンという種族は、もともと個体差が激しい種族でしょう?」
属性や性質も多種多様で、良くいえば可能性の塊というのがヒューマンという種族のはずです。
「まあ、それはそうなんですけど、アダンス王国辺りのヒューマンには、他種族を受け付けず、平均以上の力を持つ者を排斥する排他的な性質があるんです」
「つまり、天才とか勇者、英雄になれる素質や資質のある子供を忌み子扱いした上、奴隷に落として刺客扱いしているということですか?」
「実情でいえばそれなります」
「最低ですね」
「この国の誰もがそう思っていますよ」
倫理的にはそれが普通でしょうね。どうやらアダンス王国というのは、ヒューマンの負の面が凝り固まった国のようですね。そりゃあ、エル君みたいな小さな子供に馬鹿で間抜けと言われるわけですよ。
私の中でのアダンス王国の評価はだだ下がりである。
私はそのことを踏まえて、改めて人影を観察した。
引きずられて来る人影達の脇には、それぞれ武器があった。最初の人影はナイフ。新たな五人の人影の脇にはそれぞれ剣・槍・杖・弓・鞭があった。それから推察する彼らの戦闘スタイルというか戦闘職は、斥候か盗賊。剣士に槍兵。魔法使いに弓術士かレンジャー。最後の鞭の人物については判断がつきづらいですが、可能性としては普通に鞭使い。変わったところで魔物使いなどでしょう。ただ、その人物だけが大人サイズなので、奴隷使いである可能性も濃厚です。「あの鞭使いが怪しいですね。あと、場合によっては杖を持っている人物も」
「たしかにその二人は、奴隷の主の可能性がありますね」
「ふむ。アスト、杖と鞭を持っている二人を優先的に行動不能にしてください」
「わかった。『ちのくさりよ、かのものたちをいましめ、なんじにとらわれししゅうじんとせよ《じゅうあつのかせ》』」
ドカ!ドカ!
マスターの魔法が発動し、今まで引きずられて来ていた内の二人。杖と鞭を持った人物が地面に減り込んだ。
「サラさん。今ティアは、何をしたんですか?」
「今アストが発動させた魔法は、地属性の《重圧の枷》というものです。この魔法は、対象の手足に重力の枷を形成して、その部分を加重します。すると、たいていの場合はああなります」
私は、地面に減り込んでいる二人を指しながらそう言った。
「へぇー、捕獲とかには便利そうですね」
「ええ。この魔法は、対象の足止めか捕獲に用いるのが主流ですから。アスト、あの二人は除外して、他の四人を今の内に引き寄せてください」
「わかった」
マスターがそう言うと、杖と鞭を持っていた人物の横移動が完全に無くなり、それ以外の人達の引きずられるスピードが上がった。
そして、彼らがマスターの防御結界の辺りまで来た時に動きがあった。引きずられていた内の一人。弓を持った人物が、矢を番えていない状態の弓をマスターに向かって構えたのだ。
「何をするつもりでしょう?」
「さあ?」
私とエル君は、その行動に首を傾げた。
「打ち抜け、炎矢 Level3」
その人物が幼いながら、はっきりした口調でそう言うと、矢が番えられていなかった弓に、炎の矢が出現した。
そして、間髪入れずその炎の矢がこちらに向かって放たれた。




