安全機構と三つの魔法
「さて、それではアスト」
「なあに、サラ?」
私は、現在防御結界を張って攻撃を防いでくれているマスターに声をかけた。
「私とエル君の話は聞いていましたよね?」
「うん。あの人は捕獲するんでしょ?」
「そうです。お願い出来ますか、アスト?」
「わかった、すぐにてんいさせるね」
そう言うとマスターは、人影に向かって右手を広げた。
「あっ、転移は駄目です!」
「ダメなの?」
「ええ。こちらの傍に転移させると、防御結界の内側に入ってしまいますから」
「それってもんだいなの?」
マスターは、防御結界の中に刺客を入れても問題が無いと思っているようですね。まあ、実際のところ私達の方には問題が無いのは事実ですからね。
「それは普通に問題があると思うよティア」
「え、けど・・・」
「あ~、エル君。たぶんですが私がアストを停めた理由は、君が考えていることとは別ですよ」
私は、エル君に返答しようとしていたマスターの言葉を遮ってそう言った。
「どういうことですかサラさん。ティアや僕達が危ないから転移を停めたんじゃないんですか?」
エル君は、私の言葉に首を傾げながらそう言った。
「いえ、危ないのはアストや私達ではなく、あの刺客の方なんです」
「どういうことですか?どう考えても、アストや僕達の方が危ないでしょう?」
「いえ、私達の方は危ないことは一切ありませんよ」
「なんでそう思うんですか?」
「思うというか、ある事実にそった想定の結果といいますか。ああ、そういえばその点については自己紹介の時に話していませんでしたね」
「どういうことです?」
「そうですねぇ、エル君はアストのお友達ですから、私の役割について話しておきますね」
「サラさんの役割ですか?」
「そうです。エル君は、私が人化する前の姿は知っているでしょう」
「ええ、たしかそれなりの厚みのある本でしたね」
「そうです。私は自己紹介の時に、サポートシリーズの一冊だと言ったでしょう」
「はい、たしかにそう言ってました」
「このサポートシリーズというのは、一冊一冊が違った内容が記されている、意思ある本達なのです」
「そのサポートシリーズというのは、全てサラさんみたいということですか?」
「今はその認識でかまいません。そしてそのサポートシリーズは、知的存在と接触。その後契約を結び、対象を自己判断で自身の契約者にします。契約した後は、私達に記されている内容をフルに使い、契約者の要望に応えるのが私達の役割です」
「サラさんの役割・・・。じゃあ、こないだあった時には魔法を覚えていなかったはずのティアが、今防御結界というのを張れているのは、サラさんに記されている内容によるものですか?」
「直接ではありませんが、間接的にはそうです」
防御結界をマスターに直接教えたのは、アズゥンですからね。私がしたことといえば、マスターとオーウ゛ェル に心結契約を勧めてマスターに空属性を共有したこと。それとそのアズゥンに、マスターの先生になってくれるように頼んだぐらいですからね。
「間接的ですか?」
「そうです。私に記されている内容は、私の創造主たるブックメーカーが知りえる情報についてです。つまり私の本としてのジャンルは事典や辞書の類いに当たります」
「その、サラさんは、ブックメーカーという人の手記といった感じですか?それで、その人の知識をティアに教えたから間接的ということですか?」
「微妙に違いますが、その認識でも大丈夫です」
エル君の認識は、おおよそ間違ってはいませんしね。
「それで、結局さっき刺客の転移を停めた理由は、具体的にはどういうものなんですか?」
「それは、私が提案してアストに構築していただいた、安全機構が理由です」
「安全機構?」
「はい。今展開している防御結界を含めて、アストにはいくつかの魔法を常時展開してもらっています」
「待ってくださいサラさん!常時展開って、この防御結界みたいな魔法をティアはいつも張っているんですか!?」
エル君は、私の言葉に驚愕している。
「そうです」
「い、いったいそんな魔力をどこから捻出しているんですか!?」
まあ、普通はそこが気になりますよね。魔法は無制限に使えるようなものではありませんし、常時展開では魔力という燃料がいくらあっても足りないと思うのが普通でしょう。
「全部アストの自前です」
「ティアの自前!嘘でしょう?ティアの魔力量はどうなっているんですか?■■の僕だって、そんなことは無理ですよ!?」
うん?今一瞬、エル君の言葉の一部にノイズが走った?・・・今はそのことについては後回しにしましょう。今は説明を優先します。
「エル君、私は別に魔力の回復無しで常時展開なんてことをアストにしていただいているわけではありませんから、そこまで驚かないでください」
「そ、そうですよね。さ、さすがに、無補給なんてことは不可能ですよね」
エル君は、私の言葉を聞いて落ち着きを取り戻した。
しかし、今はこれは言わない方がいいでしょうが、マスターの魔力量だと、防御結界などを常時展開しても、一週間くらいなら回復などの補給無しでも大丈夫なんですよね。ヒューマン状態でこれですから、他の血が覚醒するとどうなることやら。
「さて、話を本筋に戻します。現在私がアストに常時展開してもらっている魔法の内、現在私が言ったことに関係のある魔法を説明いたします。よろしいですか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
エル君は、私の言葉に慌てて頭を下げた。
別に頭を下げるようなことではないと思いますが。私はそう思ったが、まだ驚愕が抜け切っていないのだろうと判断して、話を続けることにした。
「さて、安全機構を構成する常時展開型魔法ですが、ここで関係するのはその内の三つです」
「三つですか?一つはこの防御結界ですよね?」
エル君は、今も飛んで来ているナイフが弾かれている場所を見ながらそう尋ねてきた。
「はい、そのとおりです。安全機構の一番外側にあり、アストを中心に展開しているのが空属性魔法に分類される防御結界です。防御結界の詳しい説明はここでは割愛しますが、ご覧のとおりアストを中心とした一定の範囲を守り、攻撃を防御いたします」
「たしかに、ティアだけじゃなくて僕達に向かって来る攻撃の方も弾いていますからね」
「はい。次に二つ目ですが、地属性魔法の一種《歪曲力場》という魔法です」
「《歪曲力場》?それって、どんな魔法なんですか?」
「この《歪曲力場》という魔法は、術者を中心とした一定の範囲の空間を重力で歪める魔法です」
「空間を歪めるですか?というか、空間を歪めるのは先程一つ目の時に言っていた空属性なのでは?」
「そうです。もちろん空属性にも同名の魔法はあります。しかし、これも割愛します。この魔法の効果というか、活用法ですが、術者を中心に展開し、その範囲に入ったものの道筋を歪めて捩曲げることです」
「道筋を歪めて捩曲げる。具体的にはどうなるんですか?」
「そうですねぇ?火属性のファイアなどの単発魔法や、弓矢などの遠距離攻撃ですと、攻撃がアストに到達することなくそれます。風属性のウインドなどの広範囲魔法だと、《歪曲力場》の効果範囲に入った風などが上下左右に逸らされることになります。通常空間を通過する攻撃は全て無効に出来るでしょうね」
「それってどんな無敵状態ですか?というか、それのどこに刺客が危険な要素があるんです?」
エル君は、《歪曲力場》の説明に唖然としながらもそう質問してきた。
「エル君。今までのは全て、遠距離攻撃だった場合です。これが近距離攻撃になると話が違ってきます」
「ええと、近距離攻撃ということは、素手での格闘技とか、剣や斧による攻撃ですよね?いったいどうなるんですか、サラさん?」
「攻撃がアストに触れそうになると、その触れる部分を起点として、全体が捩曲げられます。力の向きに問題が無ければ武器を落としたり、転ぶ程度で済みます。けれど、歪めた力の向きに問題がありますと、武器や生物は自壊する危険があります。そこまで極端にいかなくても、武器や手足が折れることは十分にありえます」
「それは、たしかにあまり想像したくない結果ですね。・・・うん?あのぉ、サラさん。たしか三つ目もあるんですよね?」
「ええ。今までの二つは、そこまで殺傷能力が高いものではありませんでした。しかし、三つ目については接触イコール死です」
「前二つも大概の気がしますけど、三つ目の接触イコール死って、どんな魔法を展開しているんですか?」
「アストが展開している三つ目の魔法は、火属性の《消熱防壁》という魔法です」
「《焦熱防壁》ですか?」
「そうです。この魔法は、術者の体表面に超高熱の膜を形成する魔法です」
「超高熱の膜ですか?それって、触ると高熱で焦げたりするんですか?」
「いいえ、焦げる暇などありません。膜に触れたものは、一瞬で熔解蒸発します」
「え!熔解蒸発ですか!?」
「言ったでしょうエル君。接触イコール死だと」
「たしかに言ってましたけど、言葉どおりの意味だったんですか。・・・あのぉ、サラさん」
「どうかしましたか、エル君」
エル君は、何かに思い到ったらしく、一瞬はっとした顔して、私に声をかけてきた。
「それだと、今の僕達も危険なのでは?」
エル君は、心配そうにそう尋ねてきた。まあ、普通に今の内容を考えたら、危険だと判断しますよね。
「その点については心配しなくても大丈夫ですよ、エル君。ここでは説明しない方の安全機構魔法の中に、敵以外に被害がでないようにするものがありますからね。というか、その魔法がないと、アストはなんにも触れられなくなってしまいますよ」
「あっ、そうですよね。今ティアは普通にそこに立っているんだから、そうなりますよね」
エル君は、マスターに視線を向け、その様子を確認すると納得してくれた。
「さて、エル君への説明も終わりました。アスト、というわけで転移は無しであの刺客を捕獲してください」
「うん、わかった」
そうしてマスターは、新たな魔法を発動させにかかった。




