帰還と自己紹介
あれからはなんの問題も発生せず、マスターが自然に起きるまでの間平穏が続いた。
「ふあぁぁ」
そして、マスターが昼寝から目を覚ました。
『マスターが起きましたか。エトガル、マスターが起きましたから、そろそろ帰りますよ』
『わかった』
『私』は、マスターが起きた同時にマスターの腕の中から浮かび上がった。そして、『私』同様にマスターの傍で休眠していたエトガルに声をかけた。
『スィームルグ。ガーデンスライムも問題はありませんね?』
「ピィ!『ええ、大丈夫です』」
『わかりました。マスター』
「ふぁあにぃ、あんしゃら~」
マスターはまだ寝ぼけているようで、返答がおかしかった。
『もう帰りますよ』
『ふぁ~い!』
やっぱり返答が眠そうだが、気にしないことにした。
『エトガル。帰還をよろしくお願いします』
『わかった』
エトガルがそう言うと、『私』達の身体を光が覆い、その場から掻き消えた。
そして、『私』達は潜影研究所の中に出現した。
『ほうっ。本当にあっという間じゃったのう』
『私』達が出現してすぐに、『私』達がエトガルの中に行く時にいたリッチにがそう言ってきた。
『まあ、あなたにとってはそうでしょうね。もっとも、こちらの体感時間だと、丸一日近く経過していますけど』
『なんと!丸一日もか?エトガルの試練とやらは、そんなに難しかったのか?』
『いえ、時間がかかった原因が試練のせいかと言われると、それは微妙ですね』
果実を収穫する為にかなりの時間を使いましたが、それは試練のせいかと聞かれると、少し違いますからね。なんせ、別に果実を収穫しまくらなくても試練はクリア出来たでしょうし。実際、エトガルの中で活躍した果実は、アップスの実とドレインソーンの果実ぐらいのものでしたし。
『うむ?試練以外で、エトガルの中で何かあったのかのぅ?』
『ええ。まあ、いろいろと』
『私』はそう前置きして、エトガルの中で起こったことをリッチに話した。
『・・・波瀾万丈じゃのう』
小一時間ほどかけて、エトガルの中での出来事を詳しく説明した後、リッチに開口一番にそう言われた。リッチには眼が無いのに、リッチの落ち窪んだ眼坑からは、同情の視線を感じた。
『たしかにそう言えますよね。私としても、予想外が多い体験でしたよ』
まず最初の予想外は、第一階層が果樹園化していたことですね。ですが、こちらの方は『私』がエトガルに、マスターの為になる場所にしてほしいとリクエストした結果ですから、まあいいでしょう。なんせ、果実が大量に手に入ってマスターを強化出来たのですから。
次の予想外は、侵入者の存在ですかね?もっとも、時系列的に見れば、その時のはただたんに情報が表示されるのが遅れていただけでしたけど。しかし、侵入者は実際に居たんですよねぇ。しかも二体も。
『私』は、紐状型と鳥型の影のことを思い出した。そして、冷却して氷像にした鳥型をどうしようかと思った。
そう思っている状態で、なんとはなしに視線をさ迷わせると、ある一点で視線が固定された。
その視線の先には、『私』の話を聞いて、何事かを考えている様子のリッチがいた。
『あのう、リッチ』
『・・・うん?なんじゃね、アンサラー?』
『少し頼みたいことがあるんですが』
『頼み?お前さんが儂にかね?』
『はい、そうです』
『ふむ。頼みの内容によっては引き受けてもかまわんよ』
『そうですか。それでは、頼みの内容なのですが、先程話た中にあった鳥型の影のことなんですが』
『おお、先程アスティア達に襲い掛かって来た奴じゃな』
『そうです』
『それで、それがどうしたんじゃ?』
『その影について、あなたの方で調べてもらえませんか?』
『儂が、かね?』
『ええ。お願い出来ませんか?』
『いや、その鳥型の影とやらには儂も興味がある。じゃから、その頼みを引き受けることはやぶさかではない。しかし』
『しかし?』
『何故儂に頼むんじゃね?その理由を教えてもらえんと、その頼みを引き受けるわけにはいかんのう』
『理由ですか?それは簡単です。まずは、あの鳥型を解析出来る可能性があることが一つ』
『たしかに、儂は研究者じゃからその理由には当て嵌まるのぅ。一つということは、他の理由もあるのかのぅ?』
『ええ。その他の理由としては、あの鳥型の影が暴れても逃がさず、確実に倒せる実力を持っていることです。リッチのあなたなら、大丈夫でしょう?』
このリッチは、氷属性と闇属性。それに空属性を扱えることは確認されています。あの鳥型の解析を頼むには、これ以上の人材はいないでしょう。
『ふぉっ、ふぉっ、ふぉ。たしかにそうじゃのう。お前さんの話からすると、なかなかに面倒な相手のようじゃが、儂ならば問題無く対処出来るじゃろうな。よかろう。お前さんの頼み、引き受けよう』
『ありがとうございます、リッチ。スィームルグ、マスター達に紹介しますから、氷像を持って出て来てもらえませんか』
『私』は、頼みを引き受けてくれたリッチに礼を言った。そして、ガーデンスライムの中にいるスィームルグに、氷像を持って来てほしいと頼んだ。
「ピィ『わかりました』」
『むうっ、誰の声じゃ?』
「だれのこえ?」
ガーデンスライムから聞こえて来た声を聞いて、リッチとマスターがそう呟いた。
『今紹介しますから、少し待ってください』
『私』が二人にそう言ってすぐに、ガーデンスライムの表面が波打った。そして、波打った箇所から件の氷の塊を掴んだスィームルグが出て来た。
『よいしょっと』
『それでは紹介しますね。彼女はスィームルグと呼ばれる異世界の霊長です』
「はじめまして」
『ほうっ。異世界の霊長とな』
『はじめまして皆さん。私には、名前が無いので、スィームルグと言う種族名でお呼びください』
『名前が無い?それは、スィームルグという種族に名前をつける慣習が無いということかね』
『いえ、私の過去が欠落しているだけです。スィームルグ自体は、種族としての絶対数が少なく、名前はあまり必要がありませんが、名前をつける慣習は一応あります』
『過去が無い?記憶喪失かね?』
『その点については、私が説明いたします』
そうして『私』は、彼女について知っていることと、エトガルの中で話した内容をマスター達に説明した。
『ふむ。ずいぶんと難儀な話じゃなぁ。それで、今は大丈夫なのかね?』
『はい。アンサラーの術式のおかげで、今は問題ありません』
『そうか。それはよかったのぅ。・・・むう?そういえば、儂も名前を名乗ってなかったのぅ』
『そういえばそうですね。リッチと呼べば反応してくれるので、とくに困りませんでしたし』
『そうじゃなぁ。儂も最近人に会わんから、種族名でも別によかったからのぅ。まあ、せっかくの機会じゃし、名乗らせてもらうとしようか。儂の名前は、《冥王》クラニオ=アンフェールじゃ』
『《冥王》?』
『ああ。儂が現役だった頃につけられた二つ名じゃよ。当時の仲間達は、みんな似たような二つ名を持っておる。そこにいるアスティアの祖父母にも、二つ名はあるぞ』
「おじいちゃんたちにも?それってどんなの?」
『そうじゃのう?うろ覚えじゃが、たしか《死王》、《生王》、《星王》、《司王》だったはずじゃ。もっとも、あやつらがまだ表舞台で活躍しているのなら、他の二つ名がついているかもしれんがのう』
「へぇー。じゃあ、らいげつあったときに、きいてみよっと」
『来月?あやつらと来月会う予定があるのかね?』
「うん!らいげつ、ぼくのたんじょうびがあるんだ!」
『ほう。それなら、その日に交渉出来るかのぅ』
「たぶん、できるとおもうよ」
『ふむ。それでは、儂の目先の予定は決まったのぅ』
「ピィ!」
リッチがそう言って何か考えはじめる。それを見ていると、マスターの足元にいたガーデンスライムが、マスターのズボンの裾を引っ張りながら、鳴いた。
「うん?なあに?」
「ピィ、ピィ~!」
「え?なまえがほしいの?」
「ピィ!」
マスターが確認すると、ガーデンスライムが頷いた。
「ぼくがつけていいの?」
「ピィ!」
ガーデンスライムは、また頷いた。
『あっ!それなら、私の名前もお願いします』
『おや?あなたも名前が欲しいのですか?』
『ええ。やっぱり、個人として呼んでもらいたいじゃないですか』
『まあ、そうですねぇ。マスター、せっかくですから考えてあげたらどうですか』
「ええ!なまえをかんがえたことなんて、いままでないよ!」
『それなら、私が資料をお見せしますから、それを踏まえて考えてみましょう。ね?』
「ううー。・・・わかった!やってみるよ」
「ピィ」『お願いします』
そうしてマスターは、二人の名前を考えることになった。




