説明と制限
『さて、それでは早速術式を組むとしましょう』
スィームルグとの交渉が上手くいった『私』は、すぐに知識の洪水を抑制する術式の構築に取り掛かった。
「ピィ?『術式ですか?どんな術式を組むのですか?』」
『そうですねぇ?。知識を水に例えるなら、ダムの役割をする術式です』
「ピィ?『ダムですか?それは、・・・痛っ!』」
スィームルグは、突然そうな声を上げた。
『ああ!すみません。ダムのことは、あなたの元の知識の中にはあるわけありませんでした』
『私』は、スィームルグが声を上げた理由に思い至り、慌てて謝罪した。
いけないいけない。スィームルグに、ダムの知識が無いだろうことを想定していませんでした。
『大丈夫ですか?』
「ピィ『ええ、なんとか』」
スィームルグは、痛みを堪えるようにそう言った。
『すみません。説明は後回しにします。先に術式を組みますから、少し待っていてください』
「ピィ『わかり、ました。よろしく、お願い、します』」
スィームルグは、弱々しくそう言った後に沈黙した。
ああ、やっぱりつらいんですね。急いで術式を構築しましょう。
『私』は、スィームルグを案じながら、術式を検索した。そして、急ピッチで術式の構築を実行した。
ええっと、あれをこうして、ここがこうなって。あれ?こっちは何処に繋げれば?
むうっ。あらかじめ存在する術式なら、検索してコピーするだけで簡単に終わるのですが、あまり使用する必要性の無い術式だと、こういう時に面倒ですね。まあ、こちらは他人の構築した術式を拝借する立場ですから、文句を言うのはお門違いですけど。
『私』はそんなことを考えつつ、自分が検索可能な既存の術式を検索し、必要な箇所を繋ぎ合わせて新しい術式を構築していった。
『出来た』
それからしばらくの間悪戦苦闘を繰り返し、ようやく一つの術式が完成した。そして、『私』は少しの間完成の余韻に浸った。
完成までの所用時間は、スィームルグ達の主観時間でおよそ一時間。『私』の主観時間では、丸一週間を費やした。
やはり前例の無い術式を構築するのは難しく、安全性確保の為にも何度もトライ&エラーを繰り返した。しかし、スィームルグを待たせているのに、それだといつまでも終わらない。しかたないので、マスターの思考加速が染み込んだ魔力を拝借して、自分の主観時間を加速させた。その結果が主観時間の一週間です。本来なら何年もかかるような新しい術式の開発としては、かなり短期間で完成出来たと言えるでしょう。あとは、実際にスィームルグに使用して経過を確認し、問題点を洗い出して随時修正していけばオッケーです。やっぱり、新しい試みに万全なんてものはありませんからね。多少のリスクは我慢してもらいましょう。まあ、術式について説明して嫌だと言われたら、さらに時間をかけて別方面からのアプローチをしてみましょう。
『スィームルグ。とりあえず、術式が組み上がりましたよ!』
『私』は、内心でいろいろ考えつつ、スィームルグに術式完成を告げた。
「ピィ!『本当ですか!』」
『ええ。とりあえずはこの術式で大丈夫なはずです』
「ピィ?『とりあえずは?』」
『ええ。なんせ、もともと知恵の実を食べる人なんて、一つの世界に一桁いるかいないかなんです。その為、一つの世界全ての知識を抑制するような術式は、いまだかつてどの世界でも存在したことは無いんです』
「ピィ?『それでは、あなたが構築した術式というのは?』」
『私が構築した術式は、既存の今必要としている効果がある術式を繋げて、それを一つの術式に調整したものです』
「ピィ?『それって大丈夫なんですか?』」
『一応、理論面と仮想稼動させた時は問題は出ませんでした。しかし、現実では何が起こり、何に影響を受けるかはわからないので、その点については随時修正・改善していくつもりです』
「ピィ『そうですか。・・・わかりました、その術式でお願いします』」
『わかりました。それでは、術式の説明をいたします』
「ピィ『お願いします』」
『はい。ではまず最初に、この術式の内容について説明します。私が今回構築した術式は、あなたと、あなたの中にある知識を切り離し、分断するものです』
「ピィ?『私と知識をですか?』」
『そうです。知識を切り離し、あなたとの間にダム。壁を作り出します。これにより、不意打ち気味に発生する情報の過剰供給を抑制します』
「ピィ?『そんなことが本当に可能なのですか?それから、それをすると私の中にある知識は、まったく使えなくなるのですか?』」
『最初の答えは可能です。二つ目の答えは、今から説明いたします』
「ピィ『わかりました』」
『まず最初に結論からお答えします。抑制した知識は、こちらである程度の制限を設けますが、普通に利用出来ます』
「ピィ?『そうですか、そこは安心しました。しかし、ある程度の制限というのは?』」
『これについては、詳細を表示しますので、ご確認ください』
「ピィ『わかりました』」
『私』は、スィームルグが了承すると、術式の制限内容を表示して、そのページをガーデンスライムとスィームルグに見えるように開いた。
・知識の危険性ランクを設定。こちらから許可が出ないかぎり、危険度が高い情報を閲覧出来ない。
・知識の段階を設定。基礎知識から順番にしか閲覧出来なくなる。こちらは、特にこちらからの許可は必要無し。
・知識閲覧時の情報量の設定。知識を閲覧する際、設定した量までしか情報が一度に引き出せない。分割すれば問題無し。
・禁忌事項の設定。絶対に閲覧してはいけない情報を設定し、その情報を封印する。
『こんなところですね。もし問題が発生したら、新たに制限を追加するかもしれませんが、とりあえずはこれだけです。問題はありませんか、スィームルグ?』
「ピィ?『はい、問題はありません。ただ、この禁忌事項というのはどういったものを指すのですか?』」
『ああ、やっぱりそこが気になりますか?』
「ピィ『ええ。問題が無ければ教えてください』」
『そうですね。目安ぐらいは知っておいた方がいいでしょう。禁忌事項の目安は、知的生命体の尊厳を脅かすものや、一つの次元世界を滅ぼすようなもの以上の知識です』
「ピィ!?『世界を滅ぼすって、そんな物騒な知識もあったのですか!?』」
スィームルグは、『私』が答えた内容に驚愕した声で確認してきた。
まあ、それも当然ですか。
『ええ。なにせ、ありとあらゆる知識がもたらされていますから。そのような知識も当然混じってますよ』
「ピィ~『うわ~』」
ガーデンスライムとスィームルグは、現実を直視したくないようだ。まあ、無理も無いでしょう。まともな真剣の持ち主なら、突然自分が世界を滅ぼす可能性があるなんて言われたら、戦々恐々にもなります。
『さて、それでは説明もこのくらいで終わりです。そろそろ術式の実装に移りたいと思いますが、よろしいでしょうか?』
「ピィ『はっ、はい!急いでお願いします!』」
『私』が声をかけると、スィームルグはそう急かすように言ってきた。すぐにでもそんな危険な知識とは別れを告げたいようだ。
『わかりました。それでは、本体を出してもらえますか』
『わかりました』
『私』は、術式を施す為にスィームルグにそう頼んだ。
すると、ガーデンスライムの表面に穴が空き、青い色彩の一羽の鳥がその穴から出て来た。
『それではいきます』
『お願いします』
『私』は、早速スィームルグに構築した術式を施していった。




