お兄さんとファルブの森
マスターと『私』が向かった先には、つんつんした灰色の髪に、瞳孔が縦に開いた金色の竜眼をした、年のころ十代前半のマスターに似た少年がたっていた。
「おかえりなさい、バリュクスおにいちゃん」
彼が先程マスターのお姉さんが言っていた、マスターに甘いお兄さんのようだ。
「ただいまアスト。今日も本を読んでたのか?」
彼は、マスターの持っていた『私』を見て、そう言った。
「うん♪」
「今日はどんな本を読んだのか、話てくれよアスト」
「うん。えっときょうはね・・・」
マスターはお兄さんに聞かれて、嬉しそうに朝から読んだ本の名前を羅列していった。
「それから、せかいたいぜんしゅう あんさらーをようだよおにいちゃん!」
最後に『私』の名前が出た瞬間、お兄さんは怪訝な顔をした。
「世界大全集 アンサラー?そんなタイトルの本、書斎に置いてあったっけ?」
お兄さんは、そう言って考え込みはじめた。
お兄さんの記憶には、『私』のタイトルも名前もあるはずがないので、お兄さんのこの反応は当然だろう。
なにせ、マスターと契約する前の『私』は、タイトル無しの純白の本であり、タイトルや色がついたのはマスターと契約した直後。どう頭を捻っても『私』のことは出てくるわけがなかった。
それからしばらくお兄さんは頭を捻っていたが、結局記憶の中には該当するタイトルが無く、考えるのを断念した。
「なあ、アスト。そんなタイトルの本、うちの書斎にあったけか?」
「うん、あったよ」
「そうか。アストが嘘を言うわけはないし、ただたんに俺が忘れているか、知らなかっただけだな」
そう言って、お兄さんは納得したように頷いた。
マスターのお兄さんは、自分の記憶力よりもマスターの言葉を信じるようですね。
まあ、マスターは実際嘘を言ってはいないので、お兄さんの考えに間違いはないんですけどね。
「それで、その本には何が書いてあったんだアスト?」
「うーんとね?いろいろむずかしいこととか、つよくなるほうほうとか、ぼくのしらなかったことがいっぱいあったよ!」
「そうか、よかったな」
「うん♪」
マスターとお兄さんは、互いに嬉しそうに笑いあった。
おそらく、マスターは知らなかっことをいっぱいしれて。お兄さんは、一人で留守番させていた弟が楽しそうにしていて笑っているのだろう。
「そうだ!おにいちゃん」
二人がひとしきり笑いあった後、マスターはお兄さんに聞くことがあったことを思い出したようだ。
「どうした、アスト?」
「あのね、このほんにかいてあったことをやってみたいんだけど、ひろいところでやったほうがいいといわれたの。おにいちゃん、どこかちょうどよさそうなばしょしらない?」
「広い場所かぁ?そうだなあ、それだったらこないだ依頼で行ったファルブの森なんかがいいかもしれないな」
「ふぁるぶのもり?」
「ああ、ここから歩いて30分そこらにある森だよ」
「ふうーん、そこってひろいの?」
「ああ、森の真ん中に結構大きな広場があるからな。それに、あの森にはたいしたモンスターはいないから、俺が一緒なら、アストを連れて行っても大丈夫だろうしな」
「じゃあおにいちゃん、いまからぼくをその森につれていってくれない?」
「いいぞ。今日はギルドには行かないから、時間はたっぷりあるからな。うん?そういえばアスト、結局何をするつもりなんだ?」
「うーんとね、まだヒミツ♪おでかけのじゅんびしてくるね」
そう言ってマスターは、お兄さんと別れて先程とは別の部屋に入って行った。
「さて、俺も出かける準備をするか」
一方、残されたバリュクスはというと、そちらも出かける準備をする為に、家の自分の部屋に向かおうとした。
が、途中で不意に足をとめた。
「うん?そういえばさっき、アストは広い所でやったほうがいいと言われたって、言ってなかったか?言われたって、誰にだ?時間的に考えると姉さんかな?・・・まあ、いいか。アストが戻って来る前に俺も準備をしよう」
バリュクスは、そう言って自分の部屋に歩いて行った。
それから二人は必要な物を持って、家の前に集まった。
「おまたせおにいちゃん」
「いや、大丈夫だ。けど、アストは何を持っていくんだ?」
剣を持ち、外套をはおって冒険者の装備を整えたお兄さんがマスターに聞いてきた。
「うんとね、さっきもってたあんさらーに、あとはおやつとか!」
「まあ、ピクニックに行くのとそう変わらないから、それでいいだろう。それじゃあ行こうかアスト?」
「うん!」
そうして二人は、ファルブの森を目指して歩き出した。
『私』は、その道すがらファルブの森について調べた。
ーファルブの森ー
ビュシス共生王国の交易都市ハルモニアから東側1Kmの場所に位置する森。
都市から比較的に近い為、危険なモンスターは定期的に駆除されていった歴史があり、その結果、現在ではほとんど無害な小動物及び、スライム等の低級なモンスターしか棲息していない。その為、街の住人が普通に訪れることが可能で、都市の住人達にも親しまれている。
森の中央には、かなり開けた場所があり、そこはかつて危険なモンスターと冒険者が戦った後だと都市では言われている。そして、そのモンスター討伐後に、都市総でで整備を行った結果、何故か広場にすることになったらしい。
詳細は不明ながら、都市住人の憩いの場兼、初心者冒険者達の実習スペースとして、現在進行系で親しまれ、活用されている。
『ハルモニアとファルブの森』より参照
ふむ。これならマスターの練習場所として問題は無さそうどすね。
そして、『私』がそんな風に思っている間に、およそ40分の時間で、マスター達はファルブの森にたどり着いた。
「ついた~!」
「おう、到着だ」
「けど、いえでおにいちゃんがいってたよりも、じかんかかっちゃたね」
「まあ、それはしかたないさ。あの時間は、俺達冒険者の移動速度の場合なんだからな」
「そうだろうけど、ぼくも、うんどうしたほうがいいかな?」
マスターは、自分の手足を見ながらそう言った。
まあ、たしかにマスターの体格は、同年代の子供達の平均に比べると、一回り小さいですから、マスターがそう思うのは無理ないでしょう。
「そりゃあ、運動をした方がいいのはたしかなんだが、アストの場合はなあ」
「そうだけど」
?どういうことでしょうか?マスターは運動してはいけない理由でもあるのでしょうか?
そういえば、マスターは何故ずっと部屋で本を読んでいたのでしょう?
マスターの年頃の子供なら、近所の子供達と遊んでいるのが普通でしょうに?
「まあ、いいじゃないか。今はとりあえず広場の方に行こう」
「うん」
そうして、マスターとお兄さんは森の中に入って行った。