ドレインソーンと影
音がした方向にいたのは、こちらに向かってはいずって来る、正体不明の細長い何かの集合体だった。
ただ、その何かはここ最近見た覚えがあるやつに存在感が酷似していた。
影のように虚ろで、本当にそこにいるのか?と疑問に思うほどに薄い存在感。こちらに向けてくる敵意のこもった気配。
この何かは、ファブルの森で遭遇したあの四足獸型の影と、同じ雰囲気がします。あの影の仲間でしょうか?違う可能性はあります。ですが、それならこの影がエトガルの中にいることにも説明がつくかもしれません。あの影は、空間のひび割れから出て来ました。この影があの影の同類なら、この影も同じような出現をした可能性がでてきます。結局のところ、あの出現があれの能力とかに由来するのかは不明ですが、それでも可能性はかなり高いはず。それなら、エトガルの中にあるこの場所に出て来れたとしても、不思議はありません。
『私』は、その考えを前提としてあらためて影を観察した。
影は、のっそりとした動きでこちらに向かって這って来ている。形は、さっきも思ったが、細長い紐が寄り合わさったような姿をしている。その姿は、先程のドレインソーンの茨が集まった姿を彷彿させる気もしたが、這っている姿を見ていると、蚯蚓やヒュドラにも似ているように見えた。しかし、全身が影のようなせいで、体表面がどうなっているのかわからず、この影の正体を特定することは出来なかった。輪郭もあやふやで、頭部があるのかもわからなかったが、いくつかの箇所からこちらに向けられている敵意を強く感じた。敵意の強弱が生じていることを考えると、あれには複数の意思がある可能性がありそうだ。それなら、あれは多頭首なのだろうか?いや、あの見た目では、そんなまともな分類は出来ないかもしれない。ここは、マスターに逃走を進言した方が良いかもしれません。情報の無い相手とは、出来るだけ戦闘を回避したいですからね。
『マスター!』
「えっ!なに?」
『逃げましょう』
「にげるの?」
マスターは、戸惑ったように聞き返してきた。
『ええ。バリュクスお兄さんがいた前回ならともかく、今のマスターには守ってくれる保護者がいません。幸い、あの影の動きはとろいようです。さっさと安全な場所に避難しましょう。この際反撃などについては、とりあえずの安全を確保してから、ゆっくり考えましょう』
「わ、わかった。けどあんさらー、ドレインソーンの核は放っておいてもいいの?」
『今はそんなことは気にしなくてもいいんですよ、マスター。それに、核を探していたのはドレインソーンを使役する為です。ドレインソーンの果実自体は、かじりかけのをインテラント達が持っています。後で種をもらって、マスターの亜空間臓器内で育てれば問題はいです。だから、さっさと逃げましょう!』
「う、うん。みんな、にげるよ!」
「ピィ!」
「「「ギィ!」」」
マスターがそう声をかけると、ガーデンスライムとインテラント達はすぐさま反応した。
「え?」
ガーデンスライムは、姿を通常のスライム型から半球状に変形させ、変形した自分の上にマスターを乗せた。
インテラント達は、マスターが乗っているガーデンスライムを神輿のように担ぎ上げた。
「え、え?みんななにするの?」
マスターは、そんな周囲の対応に混乱したようだ。
というか、『私』も混乱している。なんでマスターが逃げると言ってすぐに、こんな状況になるんですか?
『うわっ!?』
『私』とマスターが混乱していると、ガーデンスライムの一部が伸びて来て、空中に浮かんでいた『私』を捕まえてきた。そして、捕まった『私』はマスターの腕の中に移動させられた。『私』がマスターの腕の中に収まると、ガーデンスライムの一部がさらに出て来て、座っているマスターと腕の中の『私』を固定してきた。
シートベルト?
『私』達が完全に固定されると、インテラント達は一気に走り出した。
マスターを乗せた彼らは、あの影とは反対方向に向かってすごいスピードで森を駆け抜けて行った。
「うわ~、すごい!」
『たしかにすごいですね』
そう、いろいろな意味で。インテラント達は、かなりのスピードで森を駆け抜けている。時速にしておよそ四十キロメートル近く。そう、インテラント達は障害物の多い森の中を、車の速さで移動していた。だが、これはすごいと思った一つでしかない。二つ目にすごいと思ったのは、ガーデンスライムのことだった。ガーデンスライムは、インテラント達の移動で発生する振動を全て受け流していて、マスターには一切の揺れを感じさせていないのだ。普通、これがだけのスピードを出した馬車や車に乗っていたら、乗り馴れないマスターは乗り物酔いになっていたでしょう。そうなる様子がないのは、かなりすごいことです。しかも、こんな気遣いをしているのが知能のそう高くないガーデンスライム。さらには、まだ会ったばかりのインテラント達と示し合わせていたような見事なコンビネーション。
『私』は、現状にただただ驚くばかりでした。
ズズ、ズズズズ
ビシィ、バシィ!
『私』が驚いていると、後ろからあの影のはいずる音と、何かが打ち付けられるような音が聞こえてきた。
「なんのおと?」
『ピィ?』
「「「ギィ?」」」
マスター達にも『私』と同じ音が聞こえたらしく、それぞれから疑問の声が上がった。そして、そこからさらに離れた場所でインテラント達はいったん停止した。
停止したインテラント達は、百八十度回転して向きを変えた。
『なっ!?』
「なにあれ!?」
「ピィ!?」
「「「ギィ!?」」」
『私』達が向きを変えた先で見たものは、まさに怪獣決戦といった光景だった。
『私』達の視線の先では、あの影とドレインソーンが戦っていた。
あの影は、こちらに向かって相変わらず這って移動して来ている。
ビシィ、バシィ!!
そして、あの影と『私』 達の間にいたドレインソーンが、茨を鞭のようにしならせて、向かって来ている影を攻撃していた。
あの影も、紐状の部分を動かしてドレインソーンに応戦している。
どうやらマスターが魔眼を停止させたので、ドレインソーンは動けるようになったようですね。しかし、
『なんであの影とドレインソーンが戦っているのでしょう?』
「さあ~?」
「ピィ?」
「「「ギィ?」」」
『私』はそんなことをもらしたが、その場にいた誰にも原因はわからなかった。
いえ、原因はとくにないのかもしれません。ドレインソーンは近づいて来たあの影の生命力や魔力を奪うとしているだけ。あの影は、『私』達を追いかけるのを邪魔するドレインソーンを倒そうとしているだけ。そんなシンプルな理由の方がわかりやすいですし、一番可能性が高いですね。
しかし、なんでドレインソーンはあんなちまちました戦い方をしているのでしょうか?ドレインソーンなら、茨を巻き付けて刺を差し込めば勝てるでしょうに?それとも、あの影にはドレインソーンのドレイン攻撃が効いていないのでしょうか?
ドレインソーンが手間取っている理由としては、その線が高そうですね。
けど、なんでドレインソーンのドレイン攻撃が効かないのでしょう?
可能性としては、あの影が堅くて刺が刺さらない。あるいは、そもそも魔力や生命力が無い。
どちらの理由にしても、あの影は厄介ということですね。
鉄をも貫くドレインソーンの刺を通さない身体。生命力・魔力が無いのに動いている。
どちらか、またはまったく別の理由だったとしても、Bランクのドレインソーンがてこずっているいじょう、あの影のランクも最低Bランク以上ということでしょう。
できれば、ドレインソーンにはあの影を始末してもらいたいですね。ドレインソーンが相手なら、マスターの能力が有効なことは先程確認出来ていますから。
ブゥゥゥゥン!!
『私』がそんな算段をしていると、影から妙な音が聞こえてきた。
何かと思い、影を注視してみると、いつの間にか影が淡く発光していた。
なにかとてつもなく嫌な予感がした。
そして、その予感が正しかったことはすぐにわかることになった。




