ドレインソーンと初遭遇
『私』達の視線の先には、ドレインソーンの茨を引きずる蟻達がいた。全身を覆う鎧のような黒光りする装甲の外殻。細長く、先の尖った複数の腕。頭部から突き出た二本の触覚。こちらをみる感情の伺えない眼。左右に分かれた鋭い口。どれをとっても蟻の特徴である。見た目だけなら完璧に蟻だ。そう、見た目だけなら・・・。
「おおきなアリさん」
「ピィ?」
『たしかに大きいですね。というか、ドレインソーンよりもさらに巨大化していますよ、この蟻達!?』
そう、姿は蟻なのだ。しかし、サイズはとうてい蟻とは言えない大きさだった。
なんせ、目算で一メートル以上。マスターの背丈を越えていることを考えると、最低でも一メートル以上の大きさだろう。
通常の蟻及び、蟻型モンスターの平均的な体長を考えると、ドレインソーンの二倍が可愛く思えるほどの、驚くべき倍率だ。通常の蟻なら百倍以上。蟻型モンスターでも、五倍~十倍にはなるだろう。本当に巨大化の果実でも配置されていたのでしょうか?
「ギィ」
『私』が現実逃避をしていると、目の前の巨大蟻が、こちらを見ながら鳴いた。
「こんにちは」
マスターは、突然そう言いながら蟻達にお辞儀をした。
「ギィ」
マスターがお辞儀をして顔を上げると、今度は蟻達の方がお辞儀をしてきた。
「ギィ、ギィギィ」
「え!あっ、ごめんなさい。いまとめまるね」
マスターがそう言うと、マスターの瞳から零れていた銀色の光がおさまった。
「これでいいかな?」
「ギィ」
蟻達は、マスターの言葉に首肯した。
マスターと蟻達の間で意思疎通が出来ている?
『マスター』
「なに、あんさらー?」
『その蟻は、さっきなんて言ったのですか?』
「うーんとね?さむいから、ひやさないでほしいって」
『そうですか。蟻ですものね』
この辺り一帯、人が凍死するレベルの気温ですから、それは蟻達も寒いでしょう。というか、耐性も無いでしょうによく冬眠もせずに生きてられますね?これが普通の蟻だったなら、慌てて地面に潜ってないとおかしい状況ですのに。
『マスター、彼らが何者なのか聞いてみてください』
「かれら?なにをいっているの、あんさらー。すくなくとも、めのまえのこのこは、おんなのこだよ」
『え!?』
女の子?
『どうしてわかったんですか、マスター?見た目はみんな同じなのに』
「え?そんなのみればわかるでしょう?」
『すみませんマスター。私には、違いがわかりません』
「え?こんなにちがうのに、あんさらーにはわからないの?」
『申し訳ありませんが、そうです。その、マスターにはどう違って見えるのですか?』
「えっとね、めのまえのこのつのは、まわりのこたちのよりすこしほそいよ。それに、からだもすこしちいさいし、いろのほうもほかのこたちのよりもすきとおってるよ」
『へぇー、そうなんですか』
まさかそこまで細かな違いを見分けられるとは、マスターの観察眼はなかなかのものですね。
しかし、女の子?雌の蟻ということは、女王蟻なんでしょうか?けれど、それならなぜ巣の外にいるのでしょう。普通外にいるのは、働き蟻や兵隊蟻のはずなのに?
・・・考えてもわかりませんね。マスターに直接聞いてもらうとしましょう。いえ、そういえばなぜマスターとその蟻との間で意思の疎通が出来ているのでしょう?今回は、翻訳魔法なんて使ってはいないのに。それとも、ガーデンスライムとのように、何となくですかね?いえ、それは無いですね。何となくで、先程のようなやり取りが出来るはずがありません。とすると、マスターの能力とかではなく、蟻の方の能力でしょうか?
『マスター』
「なに、あんさらー?」
『さっきからどうやってその子と意思疎通をはかっているのですか?』
「どうやってって、こう、あたまのなかにあのこのいいたいことがつたわってくるようなかんじ?あんさらーや、リッチのおじいちゃんのねんわにちかいかな?」
『念話に近い?テレパシーとかでしょうか?』
念話に近くて、念話ではないものとなると、ポピュラーなのはそれですね。
「たぶん、そうだとおもう」
『そうですか。それではあらためて、彼女達が何者のか聞いてもらえますか?』
「うん、わかった!あのね、きみたちはどういったひとたちなの?」
「ギィ、ギギィ、ギィ」
「へえー、そうだったんだ。たいへんだったんだね」
マスターは、うんうん頷いている。
『どうでした、マスター?』
「えっと、あのねあんさらー。じつは、・・・」
それから、マスターが聞いた内容を話してもらった。
『私』には、蟻がギィギィ鳴いているようにしか聞こえなかったが、マスターには多少曖昧な箇所があるが、わりと詳しく聞こえたようだ。
『私』がマスターから聞いた内容をまとめるとこうなる。
彼女達は、元々はエトガルが配置した試練ようのモンスターだったらしい。そして、試練開始と同時にこのフロアを徘徊しだした。ただ、徘徊しだした理由としては、挑戦者。マスターと戦う為ではなく、この森の果実を集める為だったそうだ。それはなぜかというと、このフロアの戦闘以外のクリア条件が、一定量の果実で効能再現を行い、その再現した効能で彼女達が出すいくつかの試練を攻略することだそうだ。その為、試練用の必要最低限の果実を、彼女達みんなでせっせと集めていたそうだ。ちなみに、どんな果実が必要なのかは内緒の為、果実の収穫はマスターに見つからないようにこっそりとやっていたそうだ。
どうりで、このフロアを八割かた踏破したのに、一回もモンスターに遭遇しないはずですよ。偶然『私』達と遭遇しなかったのではなく、向こうが隠れていたせいだったのですね。
そして、彼女達はこの植物。ドレインソーンの果実を収穫に来ていたそうだ。
そのサイズでよく茨に捕まらなかったものだと思ったら、彼女達は元々はせいぜい十㎝程度の大きさだったらしい。その為、刺には触れず、茨の間をぬって果実のところまで行けたそうだ。
それがなぜ今のサイズになったかというと、収穫したドレインソーンの果実を食べたかららしい。
試練用に収穫しに来たのに、なんで今ここで食べたのか聞いてみると、原因は『私』達だった。
彼女達がちょうど果実を収穫している時に、マスターが冷却を初めてしまい、冬眠しそうになった。それでもなんとか果実を持って帰る為に、熱を生み出そうと果実を極僅かながらかじった。その直後に身体が巨大化した。しばらく混乱したが、とりあえずいったん巣に帰ろうとしたちょうどその時にマスター達と鉢合わせしたらしい。
なんとも言い難い話ですね。というか、マスターが通訳してくれた彼女の話を信じるなら、彼女達の巨大化の原因は、ドレインソーンの果実ですよね?
本当は、食べてからのお楽しみのつもりでしたが、ドレインソーンの果実の効能について調べた方が良さそうです。
『私』は、ドレインソーンの果実について検索を開始した。
ドレインソーンの果実
ドレインソーンが吸収した生命力・魔力などのエネルギーを圧縮した果実。別名、進化の実又はランクアップフルーツ。ドレインソーンは、吸収した生命力・魔力などを、自身の進化の為のエネルギーに変換して、核の側で果実の形状で貯蓄する。この果実に限界までエネルギーを貯めてから吸収することにより、ドレインソーンは次の段階に進化する。ただし、このエネルギーは純粋に進化を促すもの為、他の生物が食べても効果を発揮する。ただ、食べた生物が進化するかどうかは果実内のエネルギー量と、食べた生物のポテンシャルによって変化する。エネルギーが足りなければ進化せず、ポテンシャルが足りなければ、エネルギーに負けてダメージをおう。最悪の場合、死亡する危険有り。
なるほど、そういうことでしたか。てっきり、ドレインソーンの果実の効果は、吸収か貯蓄だと思っていましたが、まさかその効能が進化だったとは、驚きです。
『私』は、蟻達が巨大化したことに納得がいった。




