試練とルール
『さあ、主よ。早速試練を始めよう』
契約完了後、エトガルがすぐにそんなことを言い出した。
『エトガル。あなたねぇ』
『良いではないか、アンサラー。我は現在お前の管理下にあるのだ。主に我がどういった本か体験してもらうことに問題はあるまい?』
『まあ、たしかにそうですけど。・・・そうですね。マスター、少しエトガルの試練に挑戦してみますか?』
「しれんって、どんなの?」
『エトガル。マスターに、試練の基本ルールを説明しなさい』
『わかった。それでは主、我が試練の基本的なルールを説明するぞ』
「うん!」
『まず第一に、我の試練は我の本体である本の中にある亜空間で行われる』
『あくうかん?』
『そうです。今マスターがいるこの潜影研究所のような空間が、エトガルの中にあります』
『そして直接の試練内容は、その亜空間内にあるダンジョン・塔・迷宮を攻略していくことだ』
「こうりゃく?」
『ええ。マスターが成りたがっていた、冒険者が行うように、ダンジョン等を踏破して行きます』
「わ~、そうなんだ!」
『ダンジョン等の中には、無数のモンスター達が徘徊している。主には、スタート地点から順に奥に進んでもらう』
『ダンジョンの各フロアの広さは、奥に行くほど広くなっていきます』
『そして、モンスターの強さは奥に行くほど強くなるということはない』
「どういうこと?おにいちゃんたちのはなしだと、ダンジョンのモンスターとかって、おくにいくほどつよくなるものなんじゃないの?」
『主よ、それは通常のダンジョンの話だ。我のダンジョンでは、各フロアに挑戦者が初めて入った時点の強さよりも、少し強い程度のモンスターが出現するようになっている』
『なんでそんな仕様なんじゃ?』
『それは、我が役目が主の成長にあるからだ。弱いモンスターなどをいくら倒しても、成長率は悪いからな。自分よりも強い者を倒す方が効率が良いのだ』
『たしかに、強敵と戦う方が良い経験にはなるな』
『次に、次のフロアに進む方法ですが』
「うん」
『そのフロアのボスに認められることだ』
「ボスにみとめられる?」
『そうだ。戦って倒しても良いし、ボスの出す課題をクリアすることでもいい。各フロアのボスには、必ず戦闘とそれ以外に認められる為の条件が設定されている。主の可能なものをやればいい』
『何故、戦闘以外のクリア方法が存在するんじゃ?』
「うん、なんで?」
『我の役目の成長は、なにも戦闘面だけではないからだ』
『「?」』
マスターとリッチが疑問符を浮かべた。
『マスター。エトガルの試練の場は、たしかにダンジョンといった形式ですし、モンスターも出て来ます。ですが、成長というのは、肉体的・精神的・技術的なものも含んでなので、クリア条件が戦闘面一辺倒だと、問題が出るんです』
『なるほどな』
「へぇ~、そうなんだ」
二人共納得出来たようですね。
『そして、フロアを一つクリアする毎に、報酬が出る』
「ほうしゅう?」
『まあ、報酬というよりは、クリアのご褒美といった感じですよ』
『どんなものを貰えるんじゃ?』
『アイテムやスキル。アビリティーに知識と、多岐に渡ります。ただ確実なのは、クリアした者の成長の助けになるものだということです』
「へぇ~、たのしみだなぁ~」
『アンサラー。ダンジョンの仕様はだいたいわかったのじゃが、安全面はどうなっているのじゃ?』
『そこは問題ありません。エトガルの中は、外の世界とは完全に独立している為、外の時間は流れず、フロアの攻略に失敗しても、フロアの入口に戻されるだけです。ただ』
『「ただ?」』
『エトガルの外に出られるのは、フロアを攻略した瞬間だけです。ですので、攻略が上手くいかないと、いつまでもエトガルの中に囚われることになります』
『それでは、まったく安心できんじゃろ!』
『それは大丈夫ですよリッチ。今言ったのは、直接契約した者の場合です。マスターとエトガルは、私を挟んでの間接契約ですから、私の意思で中断が可能です』
『おお、それなら安心じゃな』
『我としては、試練を中断されるのは問題なのだが、しかたがない』
『そう言いますけどねエトガル。あなた、いつも所有者にぶっ通しで試練を受けさせるじゃないですか。本来なら、あなたが中断させるべきなのに、中断行為をまったくしないから、所有者が一気に成長して、外に出た時に外の世界の人に違和感を与えまくって、化け物とか言われることに毎回なるんですよ!それに、出られた人はまだましです。試練をクリア出来なくて、あなたの中で発狂して人生を終えた所有者だっていたじゃないですか!』
『試練を越えられなかったのだからしかたがない』
『そこは、少しは融通してあげなさいよ!』
『我に妥協は無い』
『もういいです。とりあえず、マスターの未来は私が守ります』
『う、うむ。頼んだぞアンサラー』
『ではそろそろ飛ばすぞ。構わないなアンサラー?』
『ええ。ただし、マスターは初回ですからクリア条件は緩めにしておくように。いいですね、エトガル?』
『わかっている。我の役目は成長の手助けであって、所有者をアレにしてしまうのは、我の目的ではない』
『わかっているのならよろしい!』
『それでは行くとしよう、主』
「うん!」
『儂は、どうしようかね?』
『待っていて下さい。リッチであるあなたが入ると、モンスターの強さが、マスターとあなたを足したのより強いものになってしまいます。ほぼ確実に、マスターが即死してしまいます』
『そうか。では、待つことにしよう』
「ピィ!」
リッチがそう言うと、今度はガーデンスライムが、自己主張の鳴き声を上げた。
『あなたもマスターと行きたいのですか?』
「ピィ!」
スライムが身体を凹ませながらまた鳴き声を上げた。
頷いたのだろうか?
「いきたいって!」
『うん?ああ、心結契約の効果が早速出ているのですか』
「うん!さっきは、いきたいっていってたよ!」
『そうですか。まあ、スライムぐらいならいいでしょう。エトガル、入る者一匹追加です』
『了解した』
『では行きましょう。マスター、スライムと一緒にエトガルに触れてください』
「わかった。おいで」
「ピィ!」
マスターが呼ぶと、床にいたガーデンスライムは、マスターの身体をはい上がっていった。
そして、マスターの腕を経由してエトガルの上に移動した。
『では頼みます、エトガル』
『試練開始だ!』
エトガルがそう言うと、マスター、ガーデンスライム、『私』の一人と一匹と一冊は、エトガルの中に吸い込まれて行った。




