エトガルと間接契約
『私』は、能力説明の為にマスターに声をかけようとした。
『おや?』
そう思ってマスターに意識を向けると、マスターは『私』以外に別のぶ厚い本を一冊持っていた。
この部屋の壁にあった本でしょうか?
『というか、『私』の重量は変更出来るからいいとして、よくそんな重そうな本を片手で持っていられますねマスター?』
「え?べつにこのほん、おもくないよ?」
『そんな、馬鹿な』
「ほんとだよ。ほら!」
そう言うとマスターは、持っていたぶ厚い本を高だかと片手で持ち上げて『私』に見せた。
『あれ、本当のようですね』
マスターの身体能力については知っているので、本当に本の方が重くないのだということがわかった。
『む?』
『私』は、そう思った後に本の表紙に意識を向けると、その本が何であるかに気づいた。
『エトガル(挑戦されるもの)?』
『私』は、その本が『私』が思ったものであるのかを確認する為に、意識を向けた。
サイズは一般的な図鑑と同程度。本自体の色は、濃い深緑色をしていて、大きな門が表紙いっぱいに描かれている。そして、その門には劍等の武器と、それを携えた人々の後ろ姿が描かれていた。
『私』はそれを確認して、その本が『私』が思った存在であると確信した。
『聞こえていますか、エトガル?』
『誰だ、我を呼ぶのわ?』
『私』が、その本に呼びかけると重厚な思念が返って来た。
『やはりエトガルでしたか』
『そう言うお前は、アンサラーか』
『久しぶりですねエトガル』
『たしかにな。最後に会ったのは、三千年くらい前だったか?』
『たしか、そのくらい昔でしたね』
『それで、なんの用だ?』
『とくに用はありませんよ。私のマスターがあなたを手に持っていたので、久しぶりに声をかけてみただけです』
『ほう、お前のマスターとな。どれ。・・・ひ弱そうだな。こんなのを主にしたのか、アンサラー?』
『ひ弱も何も、マスターはまだ五才ですよ。そもそもあなたは、大半の存在をひ弱だと言うではありませんか』
『当然だろう。実際にひ弱なのだからな』
『そのひ弱を鍛えるのが、あなたの役目でしょ』
『しかり。我はエトガル(挑戦されるもの)。ひ弱なる所有者を鍛え、強くすることこそが我が役目』
『おまえさん達、知り合いかね?』
『私』とエトガルが久しぶりの会話をしていると、リッチがそう聞いてきた。
『ええ、このエトガルは私の同胞です』
『しかり。アンサラーは、我が同胞だ』
『エトガル。それがその本のタイトルかね?』
『そうです』
『そうだ』
『二百年くらい前に手に入れてから、ずっと不明だったタイトルがようやくわかったのう』
『あなたは、エトガルの餌食になっていなかったのですか?』
『餌食?どういうことかねアンサラー?』
『ふん!こやつは、我が手元に渡った時点ですでに強者だったのだ。我は、ひ弱な者にしか用はない!』
『ああ、なるほど。そういうことですか。まあ、たしかにそうでしょうね。リッチがひ弱に当て嵌まるわけはないですね』
『どういう意味かね?』
『このエトガルの所有者というか、餌食になる条件が、成長の余地がある者に設定されているのです』
『成長の余地がある者?』
『そうだ。我は、今だ成長の余地を残す者(ひ弱な者)を挑戦者とし、試練を与えることを役目としている』
『試練を与える?本であるおまえさんがかね?』
『そうだ』
『リッチ。このエトガルは、読んで知識を得られる本ではなく、様々な状況を体験することで、現実の、生きた知識を与える本なのです』
『生きた知識?それは、経験ということ解釈でいいかね?』
『ええ、それで大丈夫です』
『なるほどな。たしかに、儂がこの本を手に入れた頃には、もう成長の余地などなかったことじゃろうし、経験も長きにわたる時間の中で、ほとんど得てしまった後じゃったからのう』
リッチは、しみじみとそう言った。
『ですが、その方が幸せですよ』
『何故じゃね?』
『エトガルは、いつもやり過ぎるのです』
『やり過ぎる?それはいったい、どういうことじゃ?』
『言葉の通りですよ。エトガルは、いつもやり過ぎるんです』
『具体的には、エトガルはどうしたのかね?』
『そうですねぇ?パターンとしては、所有者の成長の余地が無くなるまで、鍛え続けます』
『先程の話から察するに、当然ではないかのう?』
『しかり。鍛えることこそが我が役目ゆえに』
『だから、そのせいで所有者が酷い目に逢うのです』
『あ~、どういうことじゃね?』
リッチは、首を傾げた。
『エトガルには常識が欠落しているのです。普通なら妥協してもいいところを妥協せずに、成長が止まるまで試練を与え続けるのです。その結果、本来なら到らない段階まで所有者の能力が伸びてしまい、所有者が周囲の人々に異常とか、化け物とか言われるようになることなどしょっちゅうです。たとえそうならなくても、試練による負荷の結果、所有者の人格や価値観がおかしくなることもかなりの割合で発生しています。エトガルの所有者になった者の中で、まともな人生を送れた者は、一パーセントにも達していないのが、私の知っている範囲でのエトガルの所有者の現実です』
『それは、なんとも・・・』
リッチもその事実に退いたようだ。
『それは違うぞアンサラー!』
『エトガル、私は何か間違えましたか?』
『まともな人生を送れたのは、二パーセントだ!』
『少しは、三千年会わないうちに増えていたということですか。けれど、本当に多少しか増えてませんね』
『我が所有者達が軟弱過ぎるのだ!』
『絶対違いますよ。ブックメーカーも、どうしてエトガルをこんな性格に設定したのやら』
そう思ってすぐに思い直した。
いえ、違いますね。最初期のエトガルは、こんなのではなかったはずです。
最初期のエトガルは、所有者が成長していくことを喜ぶ教育者かトレーナーといった感じの性格だったはず。いつからこんなになったんでしょう?
『私』は、過去の記憶を思い返した。が、ある時からこうなっていたという記憶しか出てこなかった。
『坊主!強くなりたくはないか?日常の中で、己の限界を試してみようと考えてみたことは一度としてないか?我と契約すれば、それを確かめる機会をやるぞ!』
「え~とっ?」
そうこうしていると、エトガルがマスターを所有者にしようとしていた。
『なにをしているんです、エトガル!!』
『見たままだアンサラー。坊主を次なる我が所有者にしようとしている』
『させませんよ!マスターを、あなたの所有者(犠牲者)になんて!!』
『そうじゃ!アスティアにもしものことがあれば、ドラゴとニクスの二人も黙っているはずがない。断固阻止するぞ!!』
「あの、ぼく」
『答えてはダメですマスター!』
『そうじゃアスティア。そやつの声に耳を傾けてはいかん!』
『邪魔をしないでもらおうかアンサラー!』
『お断りです!そっちこそ私のマスターをたぶらかさないでください!!』
『少しぐらい構わないではないか』
『かまいます!大いにかまいます。あなたの次の所有者は、余所で捜しなさい!マスターは、絶対ダメです!!』
『そう強く言われると、その坊主を是非所有者にしたくなるな。だが、これ以上お前を怒らせるのも問題か。なら、こちらが譲歩しよう』
『『譲歩?』』
『そうだ。本契約ではなく、アンサラー。お前を間に挟んだ間接契約ならどうだ?それなら、お前の心配するようなことにはならないはずだ』
『間接契約。私の管理下に入るということですか?』
『そうだ。それなら問題あるまい』
『たしかに、最初の問題は無くなりますが、やっぱりあなたをマスターの近くには置いておきたくないですよ』
『独占欲か、アンサラー?』
『それもありますが、あなたがそこまでマスターにこだわる理由は、なんですか?』
『理由か。簡単なことだアンサラー。お前の主には、我がこだわるだけの成長の伸びしろがあるということだ』
『ああ、そういうことですか』
『それで、答えはどうだ、アンサラー?』
『そこまで言うのならいいでしょう。私と契約しましょうエトガル』
『それで大丈夫のか、アンサラー?』
リッチが、念話を絞って聞いてきた。
『大丈夫です。マスターに下手なことはさせませんよ』
『私』も、念話を絞ってリッチにそう返した。
『そうであってほしいのう』
『それではエトガル。契約しましょうか』
『ああ、アンサラー』
エトガルがそう言うと、『私』達の周囲に魔法陣に似た光の輪が出現した。
『我、彼の者との契約を結ぶことを宣言する』
『我、彼の者達の契約の下に、契約を結ぶことを宣言する』
『我、彼の者と主の間を取り持つ者』
『我、彼の者達の意思と契約に従う者』
『『我らが契約を今ここに結ぶことを誓約する!!』』
『私』達が誓いの言葉を宣言すると、光の輪がそれぞれ『私』達の中に消えて行った。
『契約完了です』
こうして、『私』とエトガルの間に無事に契約が結ばれた。




