心結契約と紋章
「おねいちゃん、だいじょうぶかな?」
お姉さんがこの空間を出た後、マスターは心配そうにそうもらした。
『ふむ。お嬢さんの身のこなしを見る限り、大丈夫じゃろう』
「たしかにおねいちゃんはつよいけど、あいてがわからないから、ふあんだよ」
『マスター、そこまで不安がらなくても、おそらくお姉さんは大丈夫ですよ』
「あんさらーは、どうしてそういえるの?」
『簡単なことです。先程お姉さんが戦いを渋ったのは、マスターがいたことと場所が森の中だったからです』
「そう、だね」
マスターは、少し考えてから頷いた。
「であれば、守らなければいけないマスターが安全な場所にいて、火を盛大に使っても良い場所が戦いの場なら、お姉さんは全力で戦闘を行えます」
「たしかに、そうだね」
「あのバジリスクのお姉さんよりも強いなら、たいていの相手は雑魚です。その上相手は植物。相性面でもお姉さんが有利です」
「たしかにそれなら、おねいちゃんはだいじょうぶそうだね」
『そうですよマスター。それに、予想外のことが起きても、そこのリッチにお姉さんを助けに行ってもらえば問題ありません』
『そうじゃのう。よしんば、儂の手にもおえなくても、逃げるだけなら難しくはないからのう』
「うん、それならあんしんだね!」
マスターは、『私』達の言葉に納得してくれたようだ。
『さてリッチ、あなたはこれからどうしますか?』
『儂かね?アスティアの子守でもするつもりじゃが、そう言うおまえさんは何かするのかね?』
『ええ、少ししておきたいことがあります』
『差し支えなければ、教えてくれんかね?』
『ええ、かまいませんよ。マスターとそこにいるガーデンスライムの、契約の儀式を行おうと考えています』
『契約の儀式?使い魔契約でもするのかね?』
『いえ、違います。マスターにしてもらうのは、心結契約です』
『しんゆう契約?聞いたことのない契約方式じゃのう。それで、どういった契約なのじゃ』
『二人一組を対象に、その二人の魂の一部の交換と心のパス(繋がり)を形成する契約方式です』
『魂の一部交換と心のパスの形成じゃと?まったく未知の契約方式じゃのう』
『そうですね、この世界には存在しない契約方式ですから』
『何故そんなものを知っておるのじゃ、アンサラー?』
『それは、それが私と契約した時にマスターが望んだ私の在り方だからです』
『おまえさんの在り方じゃと?』
『そうです。さて、リッチ。今から見せる魔法陣を床に描いてくれませんか?』
『魔法陣をか?それはかまわんが、何故そんな契約方式を実行しようとしておるんじゃ?』
『マスターの安全の為です』
『アスティアの安全?どういうことじゃ、アンサラー?』
『そこにいるガーデンスライムには、先程あなたが凍り漬けにした捕食型植物達と似たような危険があるのです。いえ、場合によっては、さっきの植物達よりも危険な何かが飛び出して来るかもしれません』
『こやつがか?』
リッチは、『私』の言葉に半信半疑なようで、マスターの足元で揺れているガーデンスライムを釈然としない雰囲気で見ている。
『そうです。そのガーデンスライムは、先程のような植物の果実を吸収して変異したスライムなのです。そして、このスライムは身体の中に異空間を持っていて、そこに吸収した植物達を自生させているらしいのです。ですから、そのガーデンスライムの中から、先程の植物達の同類が出て来る可能性は十分にあります』
『それはたしかに危険度のう』
『ですから、心結契約を行うことにしました』
『その心結契約を行うと、どうなるのじゃ?』
『心結契約のメリットの一つは、魂の一部を交換することにより、交換した相手の魔力属性が互いに得られることです』
『魔力属性をか!?』
『そうです、通常、魂から生成・供給される魔力の属性は固定されています』
『そうじゃな。使われていなかった属性が発現することはあるが、それは親と同じものじゃ。まったく違う属性が発現することはないのう』
『ええ。だから、魔力属性を増やせるこの契約方式は、魔法使いにとってかなり重宝します』
『うん?アスティアは、その歳で魔法使いなのかね?』
『いえ、マスターの使える魔法は、まだ時属性の思考加速だけです。ですが、可能性を広げておくことは大切です』
『まあ、そうじゃな』
『そして、メリットの二つ目は、魂の交換によりパスが形成されて、互いに意思の疎通が可能になります』
『意思の疎通?』
『ええ、互いに常に念話をしている状態というのがわかりやすいですか』
『まあ、おまえさんとアスティアのような状態ということかのう?』
『まあ、近いですね。ただ違うのは、この契約方式だと価値観がズレていても、相手側の価値観で補整が入ります』
『それはつまり、相手の価値観が理解出来ないというような状況にはならないということかのう?』
『ええ、そうです』
『それはすごいのお!』
『そして三つ目のメリットは、契約対象のスキルやアビリティーも共有出来ることです』
『スキルとアビリティー?それは何じゃ』
『世界が魂に刻む能力や力の総称です。これについては、また後日ということで』
『わかった。それで、どれもメリットは大きいと思うのじゃが、植物対策はどうなっておるんじゃ?』
『それが、三つ目のスキルとアビリティーの共有です』
『どういうことじゃ?』
『モンスター同士の共生が成立している場合は、スキルやアビリティーの補助が関係している割合が多いのです。例えば毒耐性とか、植物使役とかです。ですから、共生相手のスキルやアビリティーを共有すれば、安全面がかなり向上するはずです』
『なるほどのう。なら、早速準備するかのう。それでアンサラー、魔法陣はどんなやつを描けば良いのじゃ?』
『これです』
『私』は自分を開いて、心結契約に関するページをリッチに見せた。
『ほう、本当に儂が見たこともない術式じゃのう』
『いけそうですか?』
『うむ。忠実に転写するぶんには問題無いじゃろう』
『それではお願いします』
『承知した』
そう言うとリッチは、机から筆とインクを持って来て、『私』を見ながら床に魔法陣を描き始めた。
さすがはリッチということなのか、リッチは魔法陣を忠実に、そして初めてとは思えない速さで床に転写していった。
その結果、十分とかからずに床に描かれた魔法陣は完成した。
『こんなところでいいかのう、アンサラー?』
リッチが書き上げた魔法陣を見ながら『私』に確認してきたので、『私』も最終確認を行った。
魔法陣の大きさ。文字の形状と配置。線の繋がりに、魔力回路の確認。
全て問題は無いようですね。
『ええ、それで大丈夫です。それでは、早速契約の儀式を始めましょう』
『他に、儂は何かすることはあるかね?』
『とりあえずは無いですね。あなたは、そこで見ていて下さい』
『わかった』
『マスター!』
「なあに、あんさらー?」
『少しいいでしょうか?』
「うん、いいよ!それで、なにをすればいいの?」
『ガーデンスライムと一緒に、そこの魔法陣の上に立ってください』
「うん、わかった。おいで」
マスターは、足元のガーデンスライムに呼びかけた後、一緒に魔法陣の上に移動した。
「たったよ、あんさらー!」
『はい。それでは今から私が呪文を念唱するので、魔法陣の上にいて下さい』
「わかった!」
「ピィ!」
『それではいきます。《違う場所、異なる時、別の星の下で生まれし種族の者達。今、彼の者達の魂を結び、何者にも断ち切れぬ絆となす。互いを心友とし、不変なる約束を互いに胸に刻め。心結契約!》』
『私』が念唱の終止を告げると、魔法陣が輝き、マスターの魂とガーデンスライムの魂を繋ぐ、光り輝くラインが形成された。やがてそれは不可視となったが、マスターは胸に、ガーデンスライムは体表に、ラインがあった所にそれぞれ異なる紋章が浮かび上がってきた。
マスターの胸の紋章は、青い雫とそれを取り巻く青々と繁った木々の形をしていた。
一方、ガーデンスライムの体表の紋章は、上側に羽ばたく朱い鳥。下側には、咆哮する灰色のバジリスク。そして中心には、黒い文字盤と三本の針が描かれていた。
『契約は成功のようですね』
『ほう、心結契約とやらはこんな紋章が浮かぶのか。実に興味深い』
「あんさらー、おわったの?」
「ピィ?」
『ええ、終わりましたよマスター』
「じゃあ、もうでてもいい?」
『いいですよ』
『私』がそう言うと、マスターはガーデンスライムと一緒に魔法陣から出た。
こうして、マスターの一回目の心結契約は無事に結ばれた。




