寄り道と忘れられていた人々
「ねぇ、あんさらー」
『私』達がこの後どうするかで悩んでいると、マスターが『私』に呼びかけてきた。
『私』が意識をマスターに向けると、マスターはガーデンスライムと一緒にお姉さんの隣に立っていた。
『どうかしましたか、マスター?』
「おはなしはおわったの?」
ああ、『私』達の会話が止まったから、話が終わったのか聞きに来たのですね。
『そうですねぇ、後はこの後どうするかを決めれば、話し合いはとりあえず終わりです』
「そうなんだ。じゃあ、もうすぐおうちにかえれるの?」
『まあ、寄り道しないのなら帰れますよ』
もっとも、その寄り道をするかで『私』達は、悩んでいるんですけど。
「よりみちってどこによるの?」
『森の何処かにいるスィームルグのところですね。あの植物達と、結界のことについて話をしたいんです』
「ふうーん、そうなんだ。そういえば、あのひとたちのことはほおっておいていいの?」
『「『あの人達?』」』
『あの人達とは、誰のことですかマスター?』
「あの人達って誰のことアスト?」
『あの人達というのは、誰のことかねアスティア?』
『私』達三人は、マスターの言うあの人達が誰か判らなかったので、三人一緒にマスターに誰のことかを聞いた。
「え!わすれちゃったの?おねいちゃんもあんさらーも、さっきはそれをはなしてたじゃない。あ!でも、リッチのおじいちゃんはしらないね」
あの人達というのは、『私』とお姉さんが知っていて、リッチが知らない?はて、『私』はこの世界に来てマスターと会うまではずっと休眠していたので、この世界に知り合いはほとんどいない。必然的に、マスターの言うあの人達というのは、マスターと契約した後に会った人物ということのはず。けれど、マスターと契約後に会ったのは、マスターのお兄さんとお姉さん。そして、そこにいるリッチ。はて、他に『私』が知り合った人物なんていないはず?マスターは、いったい誰のことを言ってるんでしょう?
「アスト、あなたが言ってるあの人達って、いったい誰のことなの?」
お姉さんの方も、『私』同様に心当たりがなかったようで、マスターに直接聞いていた。
「あのひとたちは、あのひとたちだよ?」
「だからそれは誰なの?」
「さあ?なまえとかはしらないよ」
マスターのこの言葉に、『私』とお姉さんは一瞬わけが判らなくなった。マスターは、そのあの人達という人物の名前を知らない?いったいどういうことでしょう?
「何それ?アスト、どういうことなの?」
『少しいいかのう?』
お姉さんがマスターに詳しい説明を求めていると、今まで黙っていたリッチが話に加わって来た。
「どうかしたの?」
『どうかしましたか?』
「どうしたの、おじいちゃん?」
『いや、おまえさん達三人じゃと、話がなかなか進まんようじゃから、儂も交ざろうと思ってな。それでアスティア、結局おまえさんが言うあの人達とは、誰のことなんじゃね?』
「さっきおじいちゃんがくるまえに、もりからにげていったひとたちのことだよ」
「『あ!忘れてた』」
そういえばいましたね、そんな人達が。助けに行く、行かないで迷っている時に捕食型植物達に遭遇した上、突然リッチなんて高位モンスターが出現したせいで、すっかり忘れていました。
『森から逃げた者達とは、何のことかね?』
「それは、貴方が来るよりも前に、何かに追いかけられて森から出て来た人達がいたのよ」
『私達は、マスターを連れていましたので、助けに行くか行かないかで迷っていたのですが、ちょうどその時にあなたが氷漬けにしたあの捕食型植物達に遭遇したんです。さらに、遭遇直後にマスターの影からあなたが出現して、その逃げた人達のことを、今マスターに言われるまで、すっかり忘れていました』
『それは、いくらおまえさん達が儂の登場に驚いたとはいえ、酷くないかね』
「しかたないじゃない、私達に他人に目を向ける余裕がなかったんだから」
『そうですよ。捕食型植物達にリッチなんて、インパクトがあり過ぎて、他のことに気なんてまわりませんよ!』
『まあ、若者はそういうもんかのう?それで、その逃げた連中とやらはほおっておいて大丈夫そうかね?』
「どうなのかしら?」
『あなたが一撃で捕食型植物達を氷漬けにしてしまったので、あいつらの危険度が判らないですしねぇ?』
『儂としては、助けに行った方がいいと思うんじゃがなあ』
「なんで?」
『何故です?』
『私』とお姉さんは、何故リッチが救援に行くことを進めるのか判らなかった。
『わからんのかね。その者達は、この森から逃げだしたのじゃろう。この結界で、あの植物達が無力化されている安全な場所から』
「『あ!』」
そうでした、この森には結界が張られていたから、あの捕食型植物達もたいした脅威になりませんでした。ですが、あの人達はその安全な森から危険な結界の外に逃げ出した。
「それは、たしかに助けに行った方が良さそうね」
『たしかに。ですが、もうそれなりの時間が経っています。まだ生きているのでしょうか?』
『ふむ。生きているかどうか調べてみた方がよいかのう?』
「逃げた人達は、だいぶ遠くまで行ってるはずなのに、そんなことが可能なの?」
『任せておれ、生者の気配を把握するのは、儂らアンデットの専売特許じゃからな』
「なら、お願いできるかしら?」
『うむ、任せておけ。それではいくぞ!《地に帰りし御霊よ。汝らが上に在りし、生者達の息吹を我に示せ!》』
お姉さんが頼むと、リッチは快諾して呪文を唱え始めた。
リッチが呪文を唱え出すと同時に、リッチの足元に魔法陣が出現した。出現した魔法陣は、リッチが魔力を注ぐと光だし、リッチの呪文が進むごとにその輝きと大きさを増していった。そして、リッチが呪文の終止を告げた瞬間、魔法陣の外側に向かって闇の波が彼方目掛けて駆け抜けて行った。
そしてそれから少しして、魔法の発動時に魔法陣から駆け抜けて行った闇の波が魔法陣目掛けて帰って来た。
「どうだったの?」
『うむ。人型の生命反応が四つ。植物型の生命反応が十。後は微細な反応が少々。どうやら、まだ生きている者達はおるようじゃな』
「それなら、助けは必要ね」
『たしかに、今ならまだ間に合いそうですね。その人達が今どの辺にいるのかわかりますか?』
『うむ、反応の帰って来た時間から逆算すると、ここから歩きで二十分といったところじゃな』
「二十分?あの人達、街まで辿り着けなかったの?」
『そのようですね。途中で追いつかれたのでしょう』
まあ、全力で走り通せるなんて、無理がありますからね。それにしても、歩いて二十分程度の場所で今も生きているということは、逃げていたのは相当の実力者ということでしょうか?
『リッチ』
『何かね、アンサラー?』
『死者は出ていそうですか?』
『いや、生命反応の強さからして、魔法で把握出来た時点では、全員生きておったのう』
『そうですか。この森から逃げている時に、火柱が幾つも上がっていたので、魔法使い辺りは亡くなってしまったかと思いました』
『こんな森の中で火柱じゃと?』
「ええ、かなりの数上がっていたわね」
『そういえば、一つだけやたらに疲弊している反応があった。それがそうかのう?』
「たぶんそうね」
『それで合っていると思います』
『ふむ、それなら急いだ方がよいな』
「走って間に合うかしら?」
『それは、彼ら次第でしょう』
『問題無い。生命反応と魔力は記憶している。先程儂が出て来たのと同じ手順で、その者達の影に道を繋げる』
『「なるほど!」』
そういえば、目の前のリッチには空間移動能力がありましたね。
「あ、でもアストのことはどうしようかしら?」
『それも問題無い。アスティアは、儂と一緒に影の中にいれば安全じゃ』
「『影の中?』」
『そうじゃ。儂は、リッチになる前は闇属性の影使いの魔術師でのう。今でも影を媒体にした魔法が得意で、影の中に潜むなど簡単なことなんじゃ』
「それなら安心ね」
『たしかに』
「きまったの?」
「ええ、アスト。あなたの言うあの人達を、これから助けに行くわ」
「そう、よかった」
マスターは、お姉さんの言葉に嬉しそうに笑った。
『それでは行くかのう』
「ええ、お願い」
お姉さんがそう言うと、リッチは杖を一降りした。
すると、リッチの影が拡大して『私』達を飲み込んだ。




