結界と保存
あれからさらに時間が経過したが、リッチは今だに答えを出せずに唸り続けている。
『私』とお姉さんは、リッチが答えを出すのをただじっと待っている。
ただ、マスターとガーデンスライムは、早々に遊び初めていた。
マスターぐらいの子供にとって、ただ待つというのは苦痛でしょうから、その場にいた誰もが、マスター達を遊ばせておくことにした。
そして、ようやく答えが出たらしく、リッチがこちらに顔を向けた。
『うむ。とりあえずの予定は決まった』
「それで、これから貴方はどうするの?」
『とりあえずは、ガオンとニクスの奴らに会って、話をしようと思おとる』
「御祖父様達と?」
『ああ。一昔前にあやつらの身内に迷惑をかけてしまったことがあったんじゃ。そうしたら、あやつらはその時は十年近くの間、儂を見る度に機嫌を悪くしてのう。無言の圧力で、その当時にはすでになかったはずの胃がキリキリ痛む幻痛に苛まれたよ。じゃから、今回はちゃんと話を通しておこうと思ってなぁ』
リッチは、腹に手を当てながら骸骨の顔を苦痛に歪めた。
「はあっ?」
お姉さんは、リッチのその話にしばらくフリーズした。
『リッチに幻痛を与えるおじいさん達とは、いったい何者なんですか?』
そんな存在は、『私』には想像がつかなかった。
『アンサラーよ。知らん方がよいぞ』
リッチは、そう警告してきた。
『ところで、お嬢さんはいつまで固まっておるのじゃ?』
リッチが話題を逸らすように、フリーズしているお姉さんにそう言った。
「え?ああ、ごめんなさい。あまりに予想外のことを聞かされて、びっくりしちゃって」
『ということは、お嬢さん達にとっては、良い祖父達ということかのう?』
「ええ、私の知っている範囲だと、二人とも孫好きの好々爺よ」
『そうか、あやつらがのう。まあ、もとから身内には甘かったからそれは当然かのう』
「あっ!」
『どうかしたかね?』
「いえ、貴方にお礼を言ってなかったのを思い出して」
『お礼?儂にかね?』
「ええ、三日前のアインというスケルトンに一回。そして、今貴方に助けてもらって貴方達に二回も弟を助けてもらったわ。だから、アストを助けてもらったお礼を言わせて。アストを助けてくれて本当にありがとう」
『いやいや、気にせずとも良いよお嬢さん。それに、アインへの礼はともかく、儂への礼は必要ないからのう』
「どういうこと?」
『どういうことですか?』
リッチのその言葉に、『私』とお姉さんは揃って聞き返した。
『なあに、先程の攻撃は儂が防がなくても、アスティアには傷一つつけられなかったじゃろうということじゃ』
「それはどういうこと?貴方が攻撃を防いでくれなかったら、攻撃はアストを巻き込んでいたはずでしょ?」
『そうですよ。マスターには、回避も防御も出来ないのですから』
『うむ。儂も先程魔法障壁を使った時には、まだ気がついていなかったのじゃが、どうやらこの森全体に結界が張られているようなのじゃ』
「『結界?』」
『そうじゃ。しかもかなり強力なやつで、儂でも手がだせんほどじゃ』
『リッチが手をだせない結界?そんな異常な結界をいったい誰が、何の為に』
『誰がかはわからんが、何の為にかはだいたい想像がついとるぞ』
『私』が疑問を漏らすと、リッチがそう言ってきた。
『想像がつくとは、どういうことですか?』
『どうやらこの結界の術者は、そやつらが他者に危害を加えることを良しとしていないようなのじゃ』
リッチは、凍り付いている捕食型植物達を指差しながらそう言った。
「何故、そんなことがわかるの?」
『先程儂が魔法障壁を張る直前に、アスティアの前に空間の歪みが生じておった。儂の魔法障壁が無くとも、その歪みが盾となってアスティアは無事だったじゃろう。じゃが、そのことが疑問となり、このあたりを少し調べてみたのじゃ。その結果、この森が結界で覆われていることがわかったんじゃ』
「『なるほど!』」
そういうことですか。
『とわいえ、いったい誰がこれほど広範囲にわたって結界を張ったのじゃろう?調べた範囲だと、魔力の波動は全て同じ。つまり、術者は一人ということじゃ。これほどの範囲に一人で結界を張るなど、儂には無理じゃ。それに、何故そやつらを事実上無力化しているのかも、理由は謎じゃし』
「たしかに謎よね?」
『謎ですね?あれ、何かひっかかるような?』
『ほう、結界の術者に心当たりがあるのかね、アンサラー?』
「えっ!心当たりがあるの!」
『少し待ってください。今考えをまとめますから』
結界を張っているということは、空属性の力ですよね。その上、一人で森全体をおおいつくしいるのなら、空属性持ちの中でもかなりの力を持っているはず。それほどの術者なら、かなり数は絞り込めます。ですが、それでもまだ対象が複数います。他に何か絞り込む為のキーワードはないでしょうか?
『うむ。そういえばそもそもそやつらはいったい何なのじゃ?』
『私』が悩んでいると、リッチが捕食型植物達を指差して聞いてきた。
『さっきから記憶を探っておるのじゃが、そやつらのような植物に心当たりが全く無いんじゃ。まあ、じゃからこそわざわざ凍り漬けにして、保存しているんじゃが』
「ちょっと待って。保存ってことはまさか・・・」
お姉さんは、リッチの保存という言葉に嫌な想像をしたようで、戦々恐々しながら、氷像となっている捕食型植物達に視線を向けた。
『安心せい、お嬢さん。たしかにそやつらはまだ生きてはおるが、その氷の中からは、自力での脱出は不可能じゃよ』
「本当でしょうね?」
『大丈夫じゃよ。万が一その中で動けても、その氷の強度はドラゴンでも砕けないレベルじゃから』
「ドラゴンでも!まあ、それなら安心かしら?」
お姉さんは、多少懐疑的な目で氷像を見たが、とりあえずは安心したようで、氷像から視線を外した。
『私』は、二人の会話を聞いていてピンときた。
空属性で、捕食型植物達に関係があり、マスターを守ってくるような条件でこのファブルの森に結界を張れる、その方面でリッチよりも上の存在。そんなのは、一羽しか思いつかない。
『スィームルグ!』
『スィームルグ?それが術者の名前かね?』
『はい』
『そのスィームルグとやらは、どういった存在なのかね?』
『スィームルグは、空間を自由自在に操る能力と、木をあらゆる植物の果実が実る、セーンムルウの樹に変異させる力を持った異世界の霊鳥です』
『異世界の霊鳥?何故そんな鳥がここにいるんじゃ?』
『さあ?それは直接聞いてみないと、私にもはっきりしたことはわかりません。ですが、スィームルグは子供好きの温厚な霊鳥のはずです。だから、スィームルグがマスターのような子供をあの捕食型植物達から守る為に、この森全体に結界を張っている可能性はかなり高いです』
『ふむ。話を聞く限りでは、その可能性が今の段階でもっとも有力じゃな。さて、その推測が当たりだとして、これからどうするかのう?』
「アンサラーは、何ですって?」
『スィームルグという霊鳥が結界の術者の可能性が高いそうじゃ』
「ああ、たしかにさっきアスト経由で聞いた感じだと、たしかに可能性は高そうね」
『アスティア経由?お嬢さんには、アンサラーの声が聞こえていないのかね?』
「ええ、さっぱりよ」
『まあ、お姉さんの方が普通ですね』
『どういうことじゃ?』
『その話はまた今度にしましょう。それよりもこれからどうします?』
『どうするべきじゃろうのう?お嬢さん、アンサラーがどうするか聞いてきたんじゃが、お嬢さんはどうするね』
「え、私?そうねぇ、どうしようかしら?」
リッチもお姉さんも、どうするか決められずに悩み出した。




