降り立つ者とその力
『繋がった』
その言葉を聞いた瞬間、その場にいた全ての者達が動きを止めた。
そして、声の出所。拡大したマスターの影から誰もが意識を逸らせなくなった。
『私』達が見ているなかで、それは影から完全にその姿を現した。
『「リッチ!」』
現れた存在を認識した『私』とお姉さんは、同時にその正体を口にした。
影から出て来たのは、デザインは古いがとても質の良さそうな紫紺のローブを纏い、闇色の宝玉が付いた深紅の杖を持った骸骨だった。
そして、その骸骨からはかなりの威圧感が周囲にもたらされていた。
それは、明らかに目の前の存在がかなりの格を有する、高位の存在であることを『私』達にしらしめていた。
ゆえに、『私』とお姉さんはこの相手がリッチであると確信したのだ。
リッチ
魔術師や魔法使いが自分自身を生ける屍と化し、不死を獲得した存在。
高位の魔術師が永遠に魔法の研究をする為に魔法的な儀式でアンデット化することが大半の為、基本的に魔法の造詣が深く、多種多様な魔法を扱える魔法のスペシャリストである場合がほとんど。
さらには、魔法使いの弱点でもある体力の低さや防御力の低さもアンデットになっていることによって解消されている。
いや、身体強化魔法とアンデットの身体能力を組み合わせた場合を考えると、弱点どころか長所にさえなっているといえるだろう。
魔法と身体能力でもそれなのに、リッチにはさらに恐るべき特徴がある。
それは、不滅であるということだ。
いや、正確にはリッチは、自分の魂を封じた護符を何処かに保管しており、護符が無事である限り、時間はかかるが肉体を再構築して何度でも復活することが出来るのだ。
ここまでくると、どんなチートモンスターなんだといった感想しか出てこない。
いや、ここはあえてモンスターではなく、人間と言った方がいいだろうか?
短命種であるがゆえに永遠を望む。脆弱であるがゆえに力を望む。知性があるがゆえに知識を求める。
そして、知恵を持つがゆえに他の種族が真似出来ないような悲劇さえも生み出す。
あらん限りの希望と絶望を内包した存在。それがリッチ。
何故マスターの影から出て来たのかは謎ですが、早急に逃げた方がいいですね。
『私』は、マスターに逃げるように言おうとした。
GUGYAAAA!
が、それよりも先に、リッチの威圧に耐えられなくなった捕食型植物達が、リッチに攻撃を仕掛けた。
ある者は蔓で、またある者は謎の液体で、またある者は葉で、それぞれがリッチに向かって攻撃を殺到させた。
『「危ない!!」』
『私』とお姉さんは、その攻撃に声を上げた。
なぜなら、リッチの前には今だに状況がわかっていないマスターが立っているからだ。
リッチならあの程度の攻撃など何ともないだろうが、幼いマスターには防御も回避も不可能。
捕食型植物達から放たれた攻撃が、リッチの正面にいたマスターを巻き込みリッチに直撃する。
『私』は、マスターの死の瞬間を幻視した。
だが、その未来は訪れなかった。
それは何故か?答えは簡単だ。
マスターの正面に、幾何学模様の魔法陣が出現したのだ。
マスターを巻き込もうとした攻撃の全ては、魔法陣にぶつかり消滅した。
どうやらマスターの背後にいたリッチが、魔法障壁を展開してマスターを迫り来る攻撃から守ってくれたようだ。
何故リッチが?とは思ったが、マスターが助かったことに『私』は安堵した。
「なんで?」
お姉さんも、『私』と同じようにマスターの無事に安堵し、そしてリッチの行動に疑問を持ったようだ。
『幼子を守るのに理由が必要かねお嬢さん?』
お姉さんの問い掛けに、リッチは落ち着いた声でそう返してきた。
「あなたは、いったい何者なの?なんでアストの影から出て来たの?」
お姉さんは、立て続けに疑問をリッチにぶつけた。
『ふむ。儂が何者であるか、か』
リッチは、少し考えて答えようとした。
GURAAAA!!
が、リッチが答えようとしたちょうどその時に、捕食型植物達が咆哮した。
視線をリッチから捕食型植物達に向けると、リッチ目掛けて突撃して来ているところだった。
『ふむ。お嬢さんの質問に答える前に、奴らを片付けるとしよう』
リッチは静かにそう言うと、深紅の杖を奴らに向かって一降りした。
すると、捕食型植物達の根の下に魔法陣が出現した。
『私』達の視線がその魔法陣の方に向くと、リッチは杖の先端にある闇色の宝玉から魔法陣目掛けて魔力を照射した。
すると、魔法陣がリッチの魔力を供給されて起動した。
魔法陣が淡く発光したと思った瞬間、捕食型植物達が全て一瞬にして凍りついた。
『「な!?」』
その光景に『私』とお姉さんは絶句した。
「あれだけの数をたった一瞬で!」
『氷属性の瞬間冷凍魔法。しかも、魔法陣による遠隔発動点指定型!』
この世界の魔法体系には、氷属性も遠隔発動点指定型の魔法は無いはずなのに!
もっとも、『私』とお姉さんでは驚きのポイントが違っていたが。
『ほう!儂の魔法を一目見てその内容を理解したか。なかなかに面白い魔法書を持っているようだな、幼子よ』
リッチは、マスターに向かってそう言った。
「うん♪あんさらーは、とってもおもしろいよ!」
『ふむ。その魔法書は、アンサラーというのか』
「うん!」
リッチは、興味深そうに『私』を見ながら、マスターと会話している。
『ふむ。幼子よ、名を教えてくれぬか?』
「いいよ!ぼくのなまえはアスティア!アスティア=ドライトだよ!」
マスターが名乗ると、リッチが少しの間動きを止めた。
『うん?ドライト?ひょっとしてだが、ガオン=ドライトの血縁かね?』
「うん!おじいちゃんだよ」
『なるほど。どおりで、懐かしい魔力の波動がするわけだ』
どうやら、このリッチは、マスターのおじいさんのことを知っているようですね。
『ふむ。だが、幼子から感じる魔力は、それだけではないな。これは、・・・そうだ!ニクス=ニーチェの奴の波動だ!』
「御祖父様のことを知っているのですか?」
リッチが新しい名前を上げると、今度はお姉さんがそう答えた。
『御祖父様?とするとお嬢さんは・・』
「ええ、ニクス=ニーチェの孫です。そして、貴方の目の前の子供は私の弟です」
『ほう!すると、あの二人の子供が結婚したのか?』
「ええ。父がガオン=ドライトの息子で、母がニクス=ニーチェの娘です。御祖父様達を知っているのですか?」
『うむ、昔馴染みだ。そうか、あの二人の孫か。それなら、アイン達が反応したのも当然じゃな』
「「『アイン?』」」
アインというのはひょっとして?
「それってスケルトンのアインさんのことですか?」
『おお、そうじゃ。アインの奴は、儂の古くからの使い魔でな。そのアインに、長い間ある存在の探索を命じておったのじゃが、今日探しものを発見したと帰って来たのじゃ』
そういえば、あれから三日は経っていますから、順調に行けば、今日帰り着くはずですね。
「アインさんたち、もうおうちにかえりついたんだ」
『うむ、それでじゃ。アイン達からの報告を聞いた儂は、いてもたってもいられなくてのう。アインについていた魔力の残り香を導べにして、影を媒体にした空間転移を行ったのじゃ』
スケルトンについていた魔力の残り香?・・・ああ、翻訳魔法の時のですか!それにしても、さすがはリッチといったところでしょうか。三日も前のマスターの魔力の残り香で、空間転移を成功させるなんて。これが普通の魔法使いなら、途中で魔力が枯渇して干からびるか、途中で繋がりを見失って、空間の狭間で永遠に迷子になっていますよ。
『そして、転移の出口となったのがアインについていた魔力の主である幼子の影。つまり、アスティアの影というわけじゃ』
「なるほどね。だいたいの話はバリュクスから聞いていたけど驚きね。まさか、スケルトン達の言っていた主がリッチだったなんて」
『そうかね?スケルトンが、儂のようなリッチに仕えていることは、わりとよくあることじゃよ』
「そう、なの?まあ、今はそれはいいわ。それで、貴方はこれからどうするの?」
『儂かね。ふむ、こうして顔も確認したし、相手がガオンとニクスの孫であることもわかった。さて、会った後のことはとくに考えておらんかったからのう。さて、どうしたものやら?』
リッチは、腕を組んでしばらくの間あーでもない、こーでもないと考えに没頭した。




