ティエントの泉とガーデンスライム
こんこん。
マスターが本に、『私』がプラン作成に夢中になっていると、誰かが扉をノックする音が聞こえてきた。
「は~い」
マスターが返事をすると、扉を開けてマスターのお姉さんが部屋に入って来た。
「アスト、私今から出かけるんだけど、あなたも一緒に行かない?」
「おでかけ?うん。ぼくもいきたい!」
「そう。なら、準備しなさい」
「はーい!」
そう言うとマスターは、持っていた本を置いて、『私』の側にやって来た。
「あんさらーもいっしょにおでかけしよ」
『はい、マスター』
『私』はプランの作成を中断して、そう言うマスターに返事をすると、マスターは『私』を抱えて部屋を後にした。
それからマスターは家を出て、お姉さんにこう聞いた。
「それでおねいちゃん、どこにいくの?」
たしかに目的地は何処なんでしょう?
「目的地は、アストとバリュクスがこのあいだ行った、ファブルの森の広場の南側にあるティエントの泉よ」
「そこになにしにいくの、おねいちゃん?」
「今度学校で使う、薬草を採取に行くの。近場だし、せっかくだからアストと一緒に行こうと思って誘ったの」
「ふーん、そうなんだ」
『ファブルの森。あんなことがあった場所の近くに行って大丈夫でしょうか?』
「うーん、そうだねぇ。ねぇ、おねいちゃん」
「なあに、アスト?」
「そこってあんぜんなの?」
「ええ。あなたとバリュクスが遭遇した、モンスターのようなものとかはいないから大丈夫よ」
「だけど、おにいちゃんもそんなこといってたのに、じっさいにあんなのがでてきたよ」
「まあ、そうね。けど大丈夫よアスト。バリュクスが石化させられる程度の強さの奴なら、私の敵じゃないんだから。アストは、私の強さを知っているでしょ?」
「それは、・・・そうだね。たしかにあんなの、おねいちゃんならひとひねりにしちゃいそうだね」
あれを一ひねり?お姉さんは、どれだけ強いんでしょう?上位竜種のバジリスクであるお兄さんでも、手加減していたとはいえ、それなりにてこずったというのに。お姉さんは、バジリスク以上の強者ということでしょうか?
「だから、アストは何の心配もしなくていいの」
「うん♪」
マスターは、お姉さんの言葉に元気よく頷いた。
その後マスターとお姉さんは、ティエントの泉に向かって出発した。
それからしばらくの間、マスターはお姉さんと話ながら歩き、前回と同じぐらいの時間でファブルの森の入口に到着した。
そして、入口からはこないだとは違い、まっすぐに直進はせず、入口から入ってすぐにある三方の分かれ道の内、右側の道に入って行った。
それからまた少しの間歩いて、前回の広場と同じような開けた場所に出た。
ただ、違いがあるとすれば、そこは広場のように芝生や地面が露出した箇所が全くなく、直径十メートルほどの泉を中心に、色とりどりの様々な花ばなが咲き誇っていることだろう。
出発前にお姉さんが言っていたことを考えると、あの泉がティエントの泉であり、その周囲の花ばなの中にお姉さんが採取しに来た薬草があるのでしょう。
「うわあー、きれいなところだね、おねいちゃん」
マスターは、ティエントの泉と周囲の花ばなを見て、第一声にそう言った。
「そうでしょうアスト。ここは私のお気に入りの場所なの。だから、アストもきっと喜んでくれると思ったの。だから想像以上に喜んでくれて、私も連れて来たかいがあったわ」
「うん。ほんとうにきれいなところだね。それでおねいちゃん。これからどうするの?」
「そうね。私は、薬草を探すから、アストはこの辺りで遊んでてちょうだい」
「うん、わかった」
そう言うとマスターは、泉の方に歩き出した。
そして、お姉さんの方も薬草を探しに歩き出した。
「うわ~!ちかくでみると、もっときれいだね、あんさらー」
マスターは、ティエントの泉の辺に立って、周囲の景色を見ながらそう言った。
『そうですね』
『私』は、マスターの言葉に相槌を打ち、マスターと同じように周囲の景色を堪能した。
『それでマスター、これからどうしますか?』
「うーんとね?・・・たんけんしたい」
『探険ですか?』
「うん」
『では、この辺りを少し見て回りますか』
「うん」
そう言うとマスターは、泉の周りを歩き出した。
それから少しすると、
がさ、がさがさ
マスターから少し離れた場所にある茂みが揺れ動いた。
『私』とマスターが何かと思い、視線を向けると、茂みから何かが飛び出して来た。
何かと思い見てみると、それはだいたい十五センチメートルくらいの大きさの、スライムと植物が混じったような何かだった。
『何ですか、これ?』
「さあ?」
『私』もマスターも、その何かを見て首を傾げた。
『私』は、それが何か軽く検索をかけてみた。しかし、全く同じ存在は検索にかからなかった。が、類似したモンスターは、いくつか情報が出て来た。
名前は世界ごとに違う為、直訳的な名称でいうのならそれぞれプランタースライム(鉢植えスライム)、プラントスライム(植物スライム)、ツリースライム(木スライム)といった名称になる。意味としては、そのまま植物の特徴を有したスライムということだ。
それらのスライムの姿は、通常の液体スライムの体表に植物が生えている。あるいは、寄生しているような見た目となっている。
つまり、見た目でいえば目の前のスライムはまさにそれといった感じです。
ただ、さっきの検索で当たりが出なかった。つまり、このスライムは見た目以外の何かで、『私』に記載されている世界の情報から違う存在だと認識されていることになる。
いったい何が違うのでしょうか?。とゆうよりも、あの影に続いてから二体目のアンノーンですか。この世界はいったいどうなっているのでしょう?
ザァァー
『私』がそんなことを思っていると、先程まで『私』の中になかった記述が急に記載された。
そしてその記述は、目の前のスライムに関するものだった。
『私』は、その内容を確認した。
ええと、名前はガーデンスライム。ガーデン?庭園?何故こんな小さなスライムにガーデンなんて名前が?
『私』は、名前の時点で疑問を抱いたが、そのまま読進めた。
ガーデンスライム
コスモス世界で誕生した全世界初のスライム。
この世界に強制移動させられてやって来た来訪者、スィームルグの能力を受けたセーンムルウの樹の果実を吸収して通常のスライムが変異。
現在、セーンムルウの樹の果実を吸収したスライムが随時変異して、ファブルの森の西側で増殖中。
スライム部分の体内が異空間化しており、その中で多種多様な植物が生育中。
ガーデンスライムの気性は、体表及び体内にある植物群で光合成によりエネルギーを作り出せる為、比較的温厚。
ただし、体表の植物の種類によっては、状態異常及び捕食される危険性有り。
『え!捕食!?』
『私』は、捕食の部分を見て、慌ててガーデンスライムの方に視線を向けた。
ガーデンスライムは、茂みから飛び出した後はその辺をうろちょろしていた。
はずだったが、『私』が視線を向けた先のガーデンスライムは、いつのまにかマスターと鬼ごっこをして遊び始めていた。
『はっ?』
『私』の視線の先でマスターとガーデンスライムが中よく戯れている。その光景に、『私』はしばらくの間呆気にとられた。
「あんさらー、どうかしたの?」
「ピィ?」
『私』が呆気にとられていると、マスターとガーデンスライムが心配そうに『私』を覗き込みながら、そう尋ねてきた。
『マスター、身体は何ともありませんか!』
「え?・・・とくにわるくはないけど?」
マスターは、身体のあちこちを触った後に、キョトンとした顔でそう答えた。
『そう、ですか』
どうやらこのガーデンスライムの体表に生えている植物は、状態異常を起こしたり、捕食したりする系統の植物ではなかったようですね。
が、念の為ガーデンスライムの体表の植物について検索をかけてみた。
ドラゴアップル
魔法系世界原産の果実植物。
地脈・水脈・龍脈・霊脈・星脈の傍でのみ生育し、魔力をふんだんに取り込まれた一品。
全世界のドラゴンを魅了する、恐るべき果実である。
魔力成分が凄まじい為、竜・龍族以外の者が食べると、大変危険。
『うーん。これならば、食べなければ大丈夫でしょうか?』
『私』は、植物の内容を確認してそう漏らした。
『マスター、遊んでていいですよ』
「そう?じゃあ、つづきをしよ!」
「ピィ!」
マスターとガーデンスライムの二人は、鬼ごっこを再開した。
そして『私』は、そんなマスターとガーデンスライムが遊んでいるのをただ眺めていた。




