本性と永遠
お兄さんの身体の輪郭が、『私』達の見ているまえでどんどん変化していった。
身体がどんどん膨れ上がり、服が裂け、身の丈があっという間に五メートル近くにまで巨大化した。そして、大きくなった身体の自重を支えるように四つん這いに、いや、四足獣と同じ体勢になった。変化は身体の巨大化だけではなく、背中からは蝙蝠の羽根を思わせる皮膜のついた翼が生え、臀部からは太くながい尻尾が生えてきた。首も伸び、頭部の形状もヒューマンのものから、爬虫類の、いやドラゴンの頭に変化していった。それからも細かな変化が続き、僅かな間にお兄さんはその身をドラゴンに変えた。
変化後のお兄さんの姿は、蜥蜴よりのドラゴンといった姿だった。
大地を踏み締める太い四肢。全身は、石のような硬そうな鱗で覆われていて、生半可な攻撃は受け付けないだろう。背中から生えている翼からは、力強く羽ばたいていた。後ろに伸びた尻尾は、振り下ろされる度に地面をへこませている。そして、長く伸びた首の先には、王冠のような角を生やした、竜の頭があった。
お兄さんの、竜の形態の金色の竜眼は、目の前の影を見つめ、その尖った牙が列ぶ口腔からは、灰色の煙が漏れ出ていた。
そして、『私』はそのお兄さんの姿に覚えがあった。
『バジリスク』
そう、お兄さんの姿は、翼があること、首がながいことを除けば、バジリスクに酷似していた。
バジリスク。見たものを石化する魔眼と、あらえる生命を死にいたらしめる猛毒を吐き出す、全世界で高位に位置付けられる、上級竜種。
お兄さんの正体がバジリスクならば、先程のお兄さんの言葉と、マスターのアビリティーに納得がいきます。
お兄さんはさっき、生は違うが、死を司ると言っていた。バジリスクなら、たしかに死を司る存在だろう。
それと、おそらくはマスターの魔眼の劣化前の形が、バジリスクの石化の魔眼なのでしょう。
『私』が。そんな風に考察している間にもお兄さんは走り、そして影に襲い掛かった。
スケルトン達と交戦していた影は、お兄さんの攻撃に反応出来ずに吹き飛ばされた。
影は、先程のアインのよりも遠く、広場の外側のだいたい一キロメートル先まで吹き飛ばされていって、大量の木々をへし折った後に停止。その後、沈黙した。
『まだまだ』
そう言うと、お兄さんは大きく口を開けた。
『私』はぞっとした。何故なら、お兄さんが開いた口の中に、膨大な量の魔力が集中していったからだ。
『これでも喰らえ!《ストーンブレス》』
そしてお兄さんは、その集中した魔力を灰色の閃光に変えて、影に向かって吐き出した。
お兄さんから放たれた閃光は、凄まじい速度で影に到達し、着弾点で爆発した。
その結果、影がいた場所を中心に、半径百メートル近い大地が吹き飛んだ。
『うわあー』
『私』は、その光景に唖然とした。
『私』の中には、当然竜のブレスについての記載も存在する。ゆえに、記載された内容の最大威力を考えると、これでもまだ小規模であることがわかる。
わかるが、やっぱり知識と現実は別物だ。
『私』は、そのことをまざまざと見せつけられた気分になった。
「わ~、やっぱり、カッコイイ。あんさらーもそうおもうでしょ」
マスターは、お兄さんを憧れるような眼差しで見つめながら『私』にそう言った。
『私』は、マスターの心中を推し量る為に、あらためてお兄さんを見た。
お兄さんは、蝙蝠の翼を力強く羽ばたかせ、影がいた場所を睥睨している。
人型から計算して、お兄さんはかなり若い竜のはずなのに、その姿からは竜としての貫禄と、圧倒的な強者としての風格といったものが感じられた。
ふむ。敵に回すと絶望の二文字が浮かびそうなたたずまいですね。が、味方であればこれ以上は無いと言っていいほど頼もしいです。そして、あの竜はマスターのお兄さん。しかも、家族が認めるほどにマスターに甘いとなると、マスターがカッコイイと言うことにも納得がいきます。
それに、どこの世界でも子供というのは、怪獣などが好きですから、マスターの反応は割と普通ですかね?
けれど、こんな光景を見る機会があるのなら、マスターが空を飛んだり、火や岩を吐いたりしてみたいと思う気持ちもわかります。
『GURAAAA~!』
『私』がそんな感想を得たちょうどその時、お兄さんのブレスで吹き飛び、大穴が出来ていた場所から咆哮が聞こえてきた。
『そんな、まさか!』
『嘘だろ!』
「ありえない!」
『気配、健在』
『私』達三人は驚愕し、アインは感情を宿さぬ声で、現実を告げた。
そう、アインの言うとおり、ブレスの着弾点にはボロボロではあるが、影が原型を留めた姿で立っていた。
『嘘でしょう?あのブレスを受けて、原型を留めているなんて!』
どんな耐久力をしているのでしょう、あの影は?
『ちっ、手加減していたとはいえ、仕留め損ねたか』
『え!?』
手加減していた?あれだけ派手に大穴を作ったのに?
『私』は、お兄さんの言葉が信じられず、大穴とお兄さんを交互に見た。
『手加減?』
アインの方も、『私』と同じようなことを思ったようで、そんな疑問の声を漏らした。
『当然だろう。アストがこんな近くにいるのに、全力を出せるわけがない』
かなり離れているにもかかわらず、アインの声が聞こえたらしいお兄さんがそう言った。
そういえば、お兄さんは思考加速によって話スピードが上がっていたマスターとも普通に話ていましたね。やはり、竜の五感は並ではないということですか。
『GUGAAAA!!』
『私』が少し現実逃避していると、影が空中跳躍を繰り返しながら、お兄さん目掛けて突撃した。
『甘いんだよ!!』
が、お兄さんはそう言うと、身体を旋回させ、お兄さん目掛けて跳躍中の影に狙いを定めて、尻尾をたたき込んだ。
空中跳躍。あくまで空を蹴って、ジャンプをしているだけの影は、その跳躍中の隙をつかれ、お兄さんの尻尾をもろに受けて地面に向かって、凄い速さで落下して行った。
ドッカーーン!!
影の巨体は、そんな轟音をたてながら地面に激突した。
激突の結果、土が大量に舞い上がり、『私』達の視界を塞いだが、お兄さんが翼を羽ばて起こした風によって、すぐに土煙はおさまった。
『私』達は、土煙が無くなってすぐに影の姿を探した。
いた!
影は、今度はさすがに耐え切れなかったようで、右前足を失っていた。
『GURRRRR』
しかし、右前足を失ってなお戦意は衰えていないようで、影はそんな唸り声を上げながら『私』達を威嚇している。
『私』は、素直に凄いと思った。
お兄さんにあれだけ派手にやられたにも関わらず、今だ戦いを放棄しない影の姿に、ある種の畏敬の感情さえ覚えた。
『まだ諦めないのかよ』
お兄さんは、自分がボロボロにした影を見ながら、そう零した。
『仕方ない。なら、ここまで粘ったお前に敬意を込めて、お前には永遠を与えてやる。受け取れ』
『GUA?・・・GUGYAAAA!!』
お兄さんがそう言った後、影が急に暴れだした。
何故かと思い、『私』が影を観察してみると、影のようだった獣の身体が足元から灰色の石に変わっていった。
『私』は、影から視線を上空のお兄さんに向けた。
視線を向けた先にいたお兄さんの目は、先程までと違い、金色と灰色の光が宿った状態になっていた。
『バジリスクの石化の魔眼!』
お兄さんを見て『私』は確信した。あの影の獣を石にしているのがお兄さんの力によるものだと。
『GUA、GU、RAA・・・』
『私』がお兄さんに視線を向けている間も響いていた影の唸り声が不意に止まった。
『私』が視線を影に戻すと、そこには一つの石像が出来上がっていた。
こうして、マスター達と、影との最初の戦いは幕を閉じた。




