翻訳と理由
スケルトンとの意思疎通方法を探した結果、いくつか候補が出て来た。
『マスター』
「どうしたの、あんさらー?」
『スケルトンとの意思疎通方法について調べた結果、いくつか候補が見つかりました』
「ほんと、あんさらー!」
『はい』
「どんなほうほうがあるの?」
『候補としては、契約・翻訳魔法・念話・アンデット言語スキルなどがあります』
「いろいろとあるんだね。それで、どのほうほうがいいの?」
『今回は、翻訳魔法でいきましょう』
「わかった。それで、ぼくはどうすればいいの?」
『今から私が唱える呪文を復唱して、目の前のスケルトンに魔法をかけて下さい』
「うん、わかったよあんさらー!」
「アスト、アンサラーは何て言ったんだ?」
「おにいちゃん、あのね、あんさらーは、スケルトンさんにほんやくまほうをかけるって、いってるよ!」
「翻訳魔法?そんな魔法あったか」
「あんさらーはそういってるから、あるよ」
「俺が知らないだけか?」
お兄さんが知らなくても無理はありえません。何故なら、このピュシス共生王国は建国からすでにかなりの時間が経っており、国内の言語はすでに完全に統一されいる。その為、この国の国民は異種族であろうとも全員が共通語が話せる。その結果、統一前に存在していた翻訳魔法は不要になり、今の時代には残っていない。というのが、お兄さんが翻訳魔法を知らない理由である。そして、今『私』がマスターに使ってもらおうとしている翻訳魔法は、その失われた翻訳魔法の改造版である。思考加速状態のマスターの魔力を利用し、会話がスムーズに進むようにした優れものだ。この魔法ならば、思考能力の低いはずのスケルトンとも、生者と同じように会話が成立することだろう。
『それではマスター、いきますよ』
「うん、わかった」
『では、《音よ、発っせし者の意思に応え、思いを他者に届けよ》です』
「わかった。《おとよ、はっせしもののいしにこたえ、おもいをたしゃにとどけよ》」
マスターが唱え終わった瞬間、マスターの魔力がスケルトン目掛けて飛んで行った。
『これで会話が出来るはずです。マスター、何か話かけてみてください』
「わかった。はじめましてスケルトンさん。ぼくはアスティアっていいます。スケルトンさんのおなまえはなんですか?」
スケルトンは、マスターの質問に対して、再び歯をうちならして答えた。ただし今回は、歯の打ち鳴らされた音ではなく、ちゃんとした言葉になっていた。
『はじめ、まして。骨に、名はない。が、主からは、アインと、呼ばれている』
「スケルトンが喋った!!」
お兄さんは、スケルトンが話たことに驚き、目を剥いた。
「アインさんっていうんですか。ぼくもそうよんでいいですか?」
『構わない』
「ありがとうございます。それで、少しおはなししませんか?」
『手短に、頼む。まだ、戦闘中、だ』
「わかりました。じゃあ、さいしょに、アインさんたちはなんでここにいたんですか。おにいちゃんたちのはなしだと、ふだんはここにはいないんでしょう?」
『骨達は、探しもの、してた』
「さがしものですか?」
マスターの確認に、スケルトンは首肯で答えた。
探しもの?スケルトンが何を探すというのだろう?いや、さっきこのアインと名乗ったスケルトンは、主と言っていた。つまり、このスケルトン達は誰かに使役されているか、契約を結んで行動している?
たしかにそれなら、スケルトンらしくない今までの行動にも納得が、・・・いきませんね。むやみに襲い掛かって来なかったのは、主の命令か、契約に従った結果だとしても、面識のないマスター達を守ったことについては説明がつきません。アインも向こうのスケルトン達も、明らかにマスター達を守ってくれました。しかし、その主がスケルトン達に誰彼構わずに生者を守るように、といった主旨の命令や契約をしているなんてことはないでしょう。ならば、何故彼らはマスター達を守ってくれたのでしょう?
「その探しものってのは、何なんだ?」
お兄さんも、スケルトンに質問しました。
すると、今度は右手を上げて、目の前のマスターを指差し、次いでお兄さんを指差した。
「ぼくたち?」「俺達が探しものだと?」『マスター達が探しもの?』
『私』達の疑問符混じりの問い掛けに、スケルトンは首肯で肯定の意を示した。
マスターとお兄さんは顔を見合わせ、頭を再びスケルトンに向けた。
「どういうこと?」「どういうことだそれ?」
『骨達は、主に命ぜられた。生と死の、境界を司るものを、捜せと』
「そうなの?」
マスターは、スケルトンの言葉に首を傾げた。
「うーん、俺達は違うと思うがなぁ。母さんや姉さんなら当て嵌まると思うんだが」
お兄さんの方は、マスターとは違って、別のことで首を傾げている。
というか、お母様やお姉さんだと、スケルトンの言ったことに当て嵌まるのですか?生と死の境界を司るって、何者なんでしょう?
「なあ、やっぱり俺達は違わくないか?死を司るって、いうことなら俺は当て嵌まるだろうけど、生や境界の方は当て嵌まらないぞ。それに、アストにいたっては、どちらも当て嵌まらないだろう?」
お兄さんのその言葉に、スケルトンは首を横に振った。
『間違い、無い。二人から、生と死、二つの気配、見える』
「生と死の気配?」
お兄さんの確認に、スケルトンは首肯した。
生と死の気配。スケルトンには、お二人がどう見えているのでしょう?
「へぇー、アインさんには、ぼくたちがそんなふうにみえるんだ」
「俺達から、そんな気配を見ることが出来るのは、スケルトンだからか?」
『しかり。骨達が、死者であるが、故に』
「「ふうーん」」
「まあ、これでお前達が、俺とアストを守ってくれた理由はわかったな」
「そうだね、おにいちゃん」
「さて、それじゃあ詳しい話はあの影を倒した後でするか」
「うん」
「なあ、お前達はあの影が何だか知っているのか?」
『未知。ただ』
「ただ?」
『この世界に、存在しては、ならぬもの』
「存在してはならないって、どういうことだ?」
『あの影からは、生の気配も、死の気配も、しない』
「生と死の気配がしない?じゃあ、あいつは見た目どおり、生物じゃないのか?」
お兄さんの言うとおり、スケルトンが言っていることが事実なら、あれは生物の条件を満たしていない。生きておらず、死んでもいない存在を、生物とは呼べない。
『しかり。この世界の、理の外に、いるなにか』
「この世界の理の外にいる何か。それっていったい?」
この世界の理の外にいる何か。つまり、あの影は異世界の存在。あるいは、最初に見た時の印象どおりで、どこかの異世界にいる、何かの影という可能性が高いですね。
「それじゃあ、あいつは一刻も早く、倒した方がいいのか?」
『しかり。即時、抹消』
「わかった。そういうことなら俺も全力で手伝おう」
「おにいちゃん、あれやるの?」
あれ?何のことでしょう。
「ああ、出し惜しみしている場合じゃなさそうだからな。アイン、すまないがアストのことを頼む」
『了承。替わり、主に会って、欲しい』
「わかった。どうせ、助けてもらった礼を言わないといけないからな。行くぞ!」
そう言って、お兄さんは影に向かって走り出した。
『マスター』
「なに、あんさらー?」
『お兄さんは何をするつもりなんですか?』
「おにいちゃんは、ほんとうのすがたになるんだよ」
『本当の姿?』
マスターの言葉を聞いた『私』は、お兄さんの方を見た。
ちょうどその時、お兄さんの身体が変化を始めた。




