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不可避なLIMIT  作者:
第二章 「SEEK」
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第8話

「……て! …きて! 起きて! ゆーすけ!」

「んー……」


 涼葉の必死な声と体が左右に揺すられる感覚で僕は目を覚ました。視界に彼女の心配そうな表情が映る。


「どうしたの?」


 寝ぼけ眼でそう答える。どうやらすっかり眠ってしまっていたらしい。


「『どうしたの?』じゃないよ! 着いたんだよ!!」


 車内を見渡すと、誰もいない。僕が最後まで睡眠を貪っていたようだ。


 涼葉に急かされ、手荷物を持ってバスを降りる。足元は芝なのか柔らかく、耳を澄ますと小川を流れる水の音が聞こえる。


 辺りは既に真っ暗だった。東京より星が輝き、空が澄み切ったようにクリアな色に見える。


 バスが東京駅を出発したのは朝なのに、一体何時間寝ていたんだと、僕は腕時計に目をやって驚いた。長針と短針の指し示す時刻は、午後八時半。恐ろしい。


「君たちが最後か。それじゃあ行くぞ」


 都築さんが大きめの懐中電灯を手に歩き始める。僕たちはキャリーケースを転がしながら彼女に続いた。


 バスの運転手は中に人がいないことを確認し、すぐさま元来た道を引き返していった。そもそもここに舗装された道なんて存在しない。周囲には樹木が生い茂り、バスはそれが生えていない所を進んでいるだけ、といった感じだった。まあ、それが道なんだろうけど。


 都築さんに続き、僕たちは針金でできたフェンスのような網目の門を潜る。最後にいた僕がその門を潜り終えると、都築さんは金色の錠を取り出し、厳重に鍵をかけた。不審者対応? と僕は首を捻る。


 そもそもここは一体どこなんだ? 寝ていたせいで、地理的把握が全くできていない。こんなに木が生い茂っていて、川の流れる音まで聞こえて、恐らく東京でないだろうことは予想がつく。だけど、何だか異次元に迷い込んでしまったのではないか、という錯覚に陥りそうになるくらい、この場所は不思議な感覚がした。


「何をしている? 置いて行くぞ」


 暗いにも拘らず、辺りを見回しながらトロトロ歩いていた僕に見かねて、都築さんが声を上げる。僕は置いて行かれては堪らないと、凸凹の地面の上にキャリーケースを素早く走らせた。



 フェンスの内側はきちんとコンクリートで舗装されていた。その道を何も考えずに進むと、オレンジ色の光で下から照らされた建物が目に入った。三階建てという低さの割に、セキュリティがしっかりしていそうなマンションっぽい。一先ず、自動ドアの入口を通って中に入る。


「君たちで最後かなー?」


 紫の淵のメガネをかけたポニーテールのお姉さんが近づいて来た。高いピンヒールのパンプスに、なぜか白衣。胸元の大きく開いたヒダ付のブラウスにタイトなミニスカート。一見すると、少しエロい研究員を装っている。


「そうだ」


 都築さんが勇ましくそう伝えると、メガネのお姉さんは白衣のポケットからカードらしきものを取り出し、それを僕たちに差し出して笑顔を見せた。


「私は水川セリカ。君たちの先生であるのと同時に、この寮の管理人さんでもあるのよ。これは君たちの部屋のカードね。門限守らないと許さないゾ☆」


 美しいウィンクと共にそんなことを言われたら、絶対守ります! と拳に力を入れて宣言しそうだ。だけど、隣で涼葉がまたいつもの蔑む目で僕を見つめていたので、言う筈の台詞はゴックンと呑み込み、代わりに優等生らしく、はい、という短い返事をするだけに留めたのだった。


 それにしても、白衣を着ているところを見ると、彼女が僕たちに教えるのは理系科目なのかな?


 そんなことを思いながら、カードを受け取る。そこには、二〇四と書かれていた。涼葉は三〇三のようだ。きっと男子が二階で、女子が三階なのだろう。


 この寮は、入口の自動ドアを通った後は、今水川先生から受け取ったカードキーを翳さないともう一つある扉を潜れないらしい。やはり、どこかのマンションのようだ。


「それと、これもプレゼントね」


 そう言って水川先生が次に差し出したのは、お弁当の入ったビニール袋。晩飯は各自取れということなのだろう。


「明日は朝八時にここに集合。その際、部屋にある制服を着てくるように。学生鞄も用意してあるから、筆記用具などはそれに入れて持ってくるといい。何か質問は?」


 完全に連絡事項だけを告げる都築さん。だけど、いきなりそんなことを言われても、何も出てこない。


 僕も涼葉も、大丈夫です、とだけ伝えた。


「じゃあ私はこれで失礼する。何かあれば水川先生を頼るように。君たちが寮にいる間は彼女もここにいるからな」


 都築さんは水川先生に、宜しく、とだけ伝えて、早々に寮から退散した。


「はい、じゃあお二人は自分の部屋に行ってねー。荷物整理もあるだろうし、やっぱりベッドで寝ないと疲れ取れないと思うから。明日は遅刻せずに元気な顔見せるんだゾ☆」


 水川先生が僕たちの背中を押しながら、再びウィンク。きっと決めポーズなのだろう。


 半ば強制的に部屋へ追いやられ、僕はエレベーターに涼葉を残して二階で降りた。手前に二〇一の部屋があるのを見ると、僕の部屋は奥から二番目だ。


 一体お隣さんはどなた? と思って二〇三の表札(?)を見る。〝高林〟と書かれているが、顔と名前が一致していないのだから、誰のことだかさっぱり判らない。ついでなので、二〇五も覗いておいた。〝早坂〟くんらしい。


 僕は軽く溜息を吐いて、水川先生から貰ったカードキーをドアノブのすぐ下にある差込口に差し込んだ。すると、ピーッという音と共に赤かった光が緑に変わった。これはどこかのホテルの一室みたいだ。


 寮にしては豪華だと思う。一人一部屋で、セキュリティもバッチリ(?)。部屋の中も、明るいベージュのフローリングが雰囲気を柔らかくしている。その床には、ガラスのローテーブルとダークブラウンのソファ、ベッドにチェストといった最低限の物しか置かれていなかった。


 僕は一通り部屋を見回す。そして、素通りしそうになった視線を一度引き戻した。


「これって……」


 そこには、白一色の壁に同化した真っ白なブレザーがかけられていた。ブレザーの中には濃紺のワイシャツと白のラインが入った黒いネクタイがかけられ、その下にあるベッドの上には畳まれた黒のズボンが載っていた。


 ドラマやアニメでは白いブレザーなんてよく見るけど、実際初めて生で見たわー、とそれをぼんやりと眺める。


 半年の合宿のような国家プロジェクト。そのために施設を整え、制服まで……?


 僕の頭の中には幾つもの疑問が浮かんでくる。だけど、それを打ち消すように持ってきた荷物を部屋に広げた。だって、考えてもきっと答えなんて出ないと思ったから。


 洋服や靴、ゲームなどの私物を仕舞い、少しずつ部屋を自分色に染め上げる。そんなことをしていたら、時間は既に夜十時を過ぎていた。


 一通りやることが終わったからなのか、腹の辺りから中身が空だと知らせる音が図々しくも大きく鳴る。そういえば、水川先生から貰った弁当食べてないや、と思い出し、徐にビニール袋から食料を取り出した。


 冷めきったエビフライを口にしながら、机の上に置いてあった手書きの『この寮の決まりッ☆』に目を通す。この書き方、絶対水川先生だ。


 朝と夜は一階の食堂で食事が出るらしい。どうやら水川先生の手作りのようだ。朝は七時半、夜は七時。お風呂は各部屋のものを使用し、特に共同風呂はないそうだ。


 テレビも音楽機器もない。ただ時計の秒針が無情にカチッカチッと音を奏でるだけの空間。これでは独り言を呟きたくなってしまう。おばちゃんがお昼に煎餅をかじりながら、バラエティー番組にツッコミを入れる気持ちが何となく解る。


 僕は高音域補完機能やクリアステレオ機能が付与されたお気に入りの音楽プレイヤーを取り出し、イヤフォンを耳に当て、いつも聞いている音楽を再生した。何だか妙に安心する。


 エンドレスリピートに設定されたアニソンを聞きながら、今度は時代から若干取り残された感があるガラケーを取り出す。すっかり遅くなったけど、無事着いたっていう連絡くらい、ばあちゃんに入れておこうと思ったのだ。だけど――、


「圏外……?」


 僕はアンテナマークの代わりに表示された、その二文字を見つめた。


 ここ、電波悪いのかな?


 僕は意味もなくケータイを振って、それでも電波が立たないことを確認。それでその日は、ばあちゃんに連絡を取ることを諦めて大人しくシャワーを浴び、明日に備えていつもと違うベッドに横たわって眠ったのだった。


 この時の僕はまだ、ケータイに表示された二文字が暗示する意味を理解していなかった。

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