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不可避なLIMIT  作者:
第四章 「TRUTH」
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第54話

 僕たちの前をかろうじて走っている航輝と一条さんはもうそろそろ限界を迎えようとしている。このままスピードダウンしてしまったら危うい。


 僕は小鳥先生に目を向けた。体育館前でまだ都築先生と交戦中だったが、両者とも相当体力を消耗しているようだった。気になったのは、気絶しているはずの水川先生と大崎先生だ。僕は彼らが倒れていた場所に目を向ける。


「あれ……?」


 僕は走りながら目を擦った。だけど、何度見ても同じこと。二人の姿が消えていたのだ。


 小鳥先生の相手が都築先生しかいないところを見ると、二人が意識を取り戻したとは考えにくい。二人の性格を考慮すると、体力がほとんど残っていない敵一人という状況で参戦しないはずがない。ということは、誰かがどこかへ運んだということになる。今この状況で、運べる人物は一人しかいない。涼葉父である。


 先ほどから彼の姿は見えない。多分この島からの脱出準備でもしているのだろう。建物爆発のボタンを押したのはきっと涼葉父。だとすると、脱出の方法くらい用意しているはず。涼葉に僕たちを追わせたのはきっと、それを気付かせないため。自分たちだけ脱出し、僕たち生徒は皆殺しにしようとしているのだ。爆発ボタンがあることからも、やはりこの国家プロジェクトの最後は僕たちを校舎ごと爆発させ、事故死に見せかけるというシナリオだったのだろう。


 星空をバックに、プロペラが回転する音が聞こえてくる。


「あれ家のヘリ」


 西園寺さんが呟く。間違いない、あれは僕たちの救世主だ。


 僕が感動する横で西園寺さんが僕に微笑む。


「今度こそ、わたしたちは運命を超える」


〝運命を超える〟。その言葉にどれだけの重みがあるのだろうか。ここで過ごした約半年が走馬灯のように蘇る。この言葉を胸に脱出を試みた。僕たちの仲間が五人も犠牲になった。彼らが夢見た想いが漸く実を結ぼうとしている。


「そうだね」


 僕は泣きそうになるのを抑えて、西園寺さんに微笑み返した。


 ヘリの音が近づくのと同時に、涼葉も僕に近づいて来た。最後の意地だったのだろう。涼葉は僕の背中に詰め寄り、傘を振り下ろす。


「おわっ!!」


 僕はギリギリのところで振り返り、正面から振り下ろされた傘を両手で受け止めた。そのまま傘を力強く握る。僕と涼葉が対峙する。


『爆発まで残り一分』


 このアナウンスを合図に都築先生は舌打ちしながら、校舎裏へと去っていく。小鳥先生は僕たちの方に走って来ていた。


「いいの? お父さんのところ行かなくて」


 僕はヘリの音に負けないように声を張り上げる。


 涼葉は傘を持つ手に力を込めた。それに押されるように僕の腕が下がり、傘の先が肩に着く。


 ヘリはもう僕たちの上空にいる。それにより風が強く吹き、視界が自然と細くなる。


「……ゆーすけ、ホントに行っちゃうんだね」

「この島で最期を迎えるのは御免だからね」


 肩にかかっていた強い力が消え、ふっと軽くなった。涼葉は傘を下ろし、後ろを向く。


「今度もし会うことがあったら、その時は必ず――――」


 涼葉はそれだけ言い残すと、走って校舎裏の方に駆けて行った。爆発までのタイムリミットを考えると涼葉が少し心配だったけど、相手のことを考える余裕は今の僕にない。


『爆発まで残り三十秒』


 ヘリは着陸していなかった。残り時間を考慮してなのか、ヘリから縄梯子が垂れ下がっている。一条さん、西園寺さんが既に乗り込み、航輝はまだ梯子の途中くらいにいた。小鳥先生は今まさに縄梯子に手をつけたところだった。


『爆発まで残り二十秒』


「透谷くん急いで!」


 小鳥先生が大声で叫ぶ。校舎が爆発するのなら、規模はかなり大きい。ヘリが近くにいたら爆風に巻き込まれてしまう。もう離れなくてはいけない時間だった。


 僕はヘリに向かって必死に走る。だけど、それは心なしが徐々に空に向かって引き上がっているように見えた。


 僕はヘリの前に到着し、走るその足で梯子に向かって手を伸ばし飛び上がった。体が宙に舞う。そして僕の世界は一瞬にしてグレースケールに変化した。うるさいヘリの音も聞こえない。


「え」


 伸ばした僕の手は揺れる縄梯子を掴み損ね、体は重力に引き寄せられるように落下する。


『爆発まで残り十秒』


「もう限界です。離れます」


 操縦士が西園寺さんにそう伝え、ヘリが物凄い速さで上空へ舞い上がり、僕から遠ざかる。


「諦めるのはまだ早いですわ――――――――――っ!!」


 僕はその声にきつく閉じていた瞼を持ち上げた。それと同時に誰かに腕を掴まれる衝撃が体に走る。目を開けた世界は、色を取り戻していた。


『爆発まで残り五秒』


 僕が見上げると、そこにいたのは小鳥先生だった。梯子の一番下に足をかけ、逆さになりながら僕の左腕をきつく掴んでいる。上り終えていたはずなのに、僕のために梯子をロープ代わりに下りて来てくれたのだ。


『爆発まで残り一秒』


 そのアナウンスの直後、この島全体に響き亘っているのではないかと思われるほど大きな機械音が耳を劈いた。


 ピ―――――――――――――――――――――――――――――――ッ


 白すぎる校舎、プレハブの購買、セキュリティの整った寮、その全てが窓ガラスを散らし、黒煙を吐き出しながら炎上する。まるでそれらが意思を持って火を噴いているかのようかのようだった。どことなく現実味が欠けた、映画のワンシーンのような気さえした。


 直後、激しい爆風が襲ってきて、僕たちは目を開けていることができなくなった。だけどそんなことはどうでもよくて、僕は空をはためく縄梯子に掴まりながら、振り下ろされないように必死にしがみ付いていた。絶叫マシーンを遥かに超える激しさに生きた心地はせず、僕は吐きそうになるのをひたすら堪えていた。


 暫くして風が治まり目を開けると、下は深い紺に染まる海だった。


 僕はすぐさま後ろに振り向き、目を細める。


 視界に映ったのは、暗闇に浮かび上がった煌々と燃え続ける一つの島だった。

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