第53話
背中の方からは、都築先生と小鳥先生が激闘を繰り広げる音が聞こえる。今、僕と涼葉を阻むものは何もない。
「……僕はずっと、涼葉は〝大人びて見える子供〟だと思ってた。いくらみんなの前ではしっかりしていても、僕の前では子供っぽい表情を見せることが多かったから。でも実際は〝子供っぽく振る舞う大人〟だったんだね」
「……………………」
僕は何も言わない涼葉に構わず、語を紡ぐ。
「僕が能力者だっていつから知ってたの?」
「……何となくは知ってた。ゆーすけ偶に見えなくなることあったから。でも、子供の時は魔法か何かだと思ってた。ゆーすけは特別で、どこか違う世界から来た人とかそんな風に思い込んでたんだ……。だけどさすがにそんなの信じる年齢でもなくなってきて、不思議に思ってお父さんに訊いたことがあった。その時だよ。お父さんからゆーすけが能力者だと聞いたのは」
過去を思い出し、涼葉の表情が柔らかくなる。
「ゆーすけは選ばれた人間だから特殊な能力が使えるって。しかもその能力を呼び覚ましたのはお父さんだって言うんだから、元々大きかった尊敬がもっと大きくなったよ。ゆーすけには言わないように口止めされてたから言わなかったけど。それで、わたしもお父さんみたいになって世の中の人に貢献したいと思って医者を目指した。だけどね……、その機器に不具合が見つかったって……、ゆーすけたちは助からないって聞いたの……」
今にも泣きそうな消え入りそうな声を出しながら涼葉は表情を歪める。僕は唇を噛んだ。
「だからって涼葉がここに来る必要はなかった。ここに来なかったら見る必要のない無惨な光景を見なくて済んだ! お父さんに僕たち能力者の行動を伝えて逃げ出さないようにとか、スパイの役割を与えられてたんだろうけど、そんなの拒否すれば良かったんだ!」
「そんなことできるわけない!」
涼葉の叫びに僕は押し黙る。
「ゆーすけの言う通り、わたしはお父さんからスパイとしての役をもらった。でも断れなかった。申し出を断れば、ゆーすけはわたしの知らない所で死んでしまう……。それが嫌だった! それに、わたしがここへ来てお父さんに有効な情報を提供できれば、ゆーすけたちの命が助かるかもしれない。そう思ったら、ここへ来る選択肢しかなかった。もしゆーすけたちを治せるとしたら、お父さんしかいないと思ってたから……」
「…………………」
「でも結局、わたしの行動は全て徒労だったみたいだけどね……」
自嘲気味に笑う涼葉が僕の目に痛々しく映る。その直後彼女は涙を拭い、人が変わったように目つきを鋭くした。
「ゆーすけたちが助からないと判った今、わたしの取るべき行動は一つしかない。能力者をこの島から出さないこと。ゆーすけたちには申し訳ないけど、東京の人たちのためだよ……!」
涼葉が横にあった傘立てから置き傘を一本抜き取り、それを手に僕に襲いかかってくる。彼女は剣道部所属。僕は帰宅部所属。勝敗は火を見るより明らかだ。情けないけど、僕が選択できるコマンドは一つしかない。
『にげる』!!
「うわああぁぁ―――――――――――――――っ!!」
泣きそうな悲鳴と共に、傘を振り回す涼葉から距離を取る。逃げ足なら涼葉にだって負けない自信がある。伊達に毎朝学校まで走っていたわけじゃないからね!
強いライトに照らされた校庭を疾駆する。なるべく西園寺さんとか巻き込みたくなかったのに、気付けば僕は彼女たちの方に向かっている。一条さんと航輝は顔を引きつらせ、既に逃げる格好で僕に背を向けている。西園寺さんは僕が近くに来ると、並走を始めた。全力疾走の僕の隣で平然と走る西園寺さん。そんな彼女に僕は目を剥く。本当に西園寺さんって何者!?
彼女はぬいぐるみを抱えながら、僕に目を向けた。
「家に連絡した。あと十分くらいでここに到着すると思う」
何が!? と僕がツッコもうとした時、突如アナウンスが流れた。女性の機械音。
『爆発まで残り十分』
「!?」
爆発って何が!? 僕たちが!? それとも他の何か!?
懲りずに追いかけてくる涼葉を背後に感じながら、今の放送内容に混乱する。
状況がよく呑み込めないけど、とにかく今僕は涼葉に追われていて、ここを抜け出そうとしていて、十分後に何かが爆発して、それと同時くらいに助けが来る、と脳内で箇条書きを作り上げて整理する。
十分後に爆発する〝何か〟が僕たちだったら、一巻の終わり。今すぐ食い止めなければならない。だけどすぐ、爆発するのは自分たちではないという結論に至った。そもそも、僕たちに内蔵されている潜在能力覚醒器をリモートコントロールすることはできないと思われる。もしできるのであれば、早坂くんが脱走した時に既に行っていたはずだ。東京に着いた時に収容所へ連行するのではなく、その前に爆発させてしまえばいいのだから。それに、校舎から機械音が流れているということは、予めセットされていた機能が始動したと考えるのが自然。とすると、考えられるのは建物の爆破! 島全体を爆発させることは恐らくないだろう。涼葉父や先生たちが自らの死を許すはずがない。
「西園寺さん!」
僕は息を切らしながら、必死に声を上げる。
「助けが来るっていうのは、この島のどこに!?」
「広い所」
「広い所って!?」
「ヘリが着陸できるくらい広い所」
「ああ、ヘリが着陸できるくらい広い所ね……」
と危うく流すところだった。
「ヘリ!? ヘリってヘリコプターの略だよね!? そんなのがあと十分足らずでここに到着するの!? というか、どうやってそれ呼んだの!?」
益々西園寺さんが分からない。見た目からも苗字からもお金持ちそうな感じはしていたけど、ヘリを所有しているようなお家のお嬢様だったの!?
西園寺さんは僕のツッコミにどう返していいか分からない様子。そんな彼女に僕は更に疑問を重ねる。
「それにしても、ヘリ到着早すぎない!? 東京からこの島までヘリだと二十分くらいで着いちゃうの!?」
「家で島持ってる。多分そこから飛んでくるヘリ」
「…………………」
もう何もツッコむまい。
僕は今の状況から自分がどう行動すべきかに思考を移す。
涼葉を巻くには校庭を抜けて、裸に近くなった樹木の方へ行った方がいい。木の間では傘も上手く振れないはずだから。でもヘリが到着できるような場所といったら、今僕たちが走っている校庭か、樹木を抜けた先にある草原くらいしかない。
『爆発まで残り五分』
あと五分では校庭を抜けて林を抜けるのは不可能。しかも校舎が爆発するとしたら、その近くにある木々も倒され、吹っ飛ぶ可能性がある。あまりに危険である。そうなると、消去法でもう校庭しかない。ここであと五分、逃げ切るしかないのだ。




