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不可避なLIMIT  作者:
第四章 「TRUTH」
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第52話

「……どうして外部と連絡が取れる? ここは圏外」


 ぬいぐるみの顔が潰れるほど握りしめた西園寺さんが無表情で涼葉父に詰め寄る。彼女の瞳は怒気を帯び、殺気を纏っていた。こんな西園寺さんを見るのは初めてだ。僕は唾を呑み込む。


 涼葉父は西園寺さんを見て戦慄し、距離を取るように後退した。


「こ、これだよ」


 涼葉父は机の上にあった少し大きめの黒いケータイを取って、西園寺さんに見せる。


「イリジウムケータイだよ。知らないのかい? 人工衛星を利用して通信する衛星携帯電話だよ。圏外の地域でも使用できるんだ」


 西園寺さんはイリジウムケータイを奪取すると、それを僕の元へ持ってきた。


「これで電話して助けを求める」


 西園寺さんから手渡されたケータイを見つめる。衛星携帯電話なのだから、きっと人工衛星まで障害物の無い屋外でないと使用できない。涼葉父が電話の度に外へ出ていたことから考えても間違いない。


 僕は西園寺さんに頷き、来た道を引き返そうと身を翻す。


「ちょっと待ちたまえ! 悪いが、君たちをこの島から出す気はないよ」


 涼葉父の声がこの研究所に反響する。


「君たちはいつか爆死する。そんな危険因子を日常に置いておけるはずもない。解るだろう? 君たちが日常生活に戻ったら、罪なき誰かを巻き込んでしまうかもしれない。正直、君たちが東京に戻ると迷惑なんだ。だから、ここに君たちを拘束していた。人命を守るためにね」


 僕は彼の話も聞かず、階段を上がって行った。西園寺さん、航輝、一条さんも続く。


「涼葉……」


 父親に言われて涼葉は頷き、外へ出て行った生徒たちを追いかける。


 誰もいなくなった研究室で、涼葉父は溜息交じりに右端のデスクの前に立つ。そのデスクの表面には一部四角く線が入っており、彼はそれを持ち上げた。中から一つのボタンが姿を現す。色は赤い。彼は暫し逡巡してから、震える人差し指でそのボタンに触れた。


『――カウントダウンを開始します。爆発まで残り二十分』




 僕は階段を駆け上がりながら、涼葉父の言葉を反芻していた。彼の言っていることはよく解る。例えば僕が家にいる時に爆発したとして、その近くにばあちゃんがいたら確実に巻き込んでしまうだろう。だけど、涼葉父の意図は違うところにあると感じていた。あの人は研究バカだ。だとすると、自分たちが潜在能力覚醒器を埋め込んだ子供たちが、将来どのような能力を発揮し生きていくのか、気にならないわけがない。勿論、僕たちを東京に戻したら危険だという考えもあるのだろうが、それよりも僕たちの能力の方に興味があり調べたいのだろうと、僕は直感で感じ取った。だからこそ、最初の面談では僕たちからそれを訊き出そうとするような質問を重ねたし、授業は理系文系拘らず受けさせることによって僕たちの能力がどのような時に発現するのかを見ていたのだ。


 仮にここから出られたとして自分がどうやって生きていけばいいのか。そんなことは考えていなかった。だって考えてもきっと分からないし、とにかくこの島から抜け出したいという思いが強かったから。


 僕たちは鍵のかかった部屋を飛び出し、廊下を駆け抜ける。外が近くなるにつれ強く吹き込む風が冷たい。


 僕たちは下駄箱を通過し、校舎の外に出て足を止めた。一瞬にして表情が険しいものになる。


「……そこを退いて下さい」


 正面には四人の先生が僕たちを待ち構えていた。彼らにそんなことを言っても無駄なことは解っている。


 ここではまだ電話ができない。僕たちの頭上には屋根があった。せめてあと一メートル向こう側に行けたら……!


 僕が歯噛みしていると、西園寺さんが僕の袖を引っ張ってきた。


「ちょっと貸して」


 僕は西園寺さんの目線の先を辿り、そこにあったイリジウムケータイを手渡した。彼女は番号を押している。十桁の数字を押し終わると、彼女は僕にそのケータイを返却した。


「わたしの家の番号。きっと助けに来てくれる」


 西園寺さんの家って一体……と思いながらも、今はそんなことを考えている場合ではないと首を横に振る。後ろからは廊下を走る音が近づいている。きっと涼葉だ。これでは囲まれてしまう。


 さてどうするか。後ろからやって来る涼葉を倒して校舎内に入り、他の出口を探したところで、きっと前にいる先生たちが走ってくればすぐに追いつかれてしまう。そうであれば、前進して少しでも外に出られる道を選ぶ!


 涼葉が到着し、僕たちを背後から詰める。僕は息を大きく吐き、そして先生たちに向かって走ろうと足に力を込めた、その時だった。


「なっ!?」


 咄嗟のことで全員の反応が遅れた。一番右にいた小鳥先生が隣にいた水川先生をいきなり蹴り飛ばしたのだ。人間の所業とは思えないほどの脚力で、水川先生は信じられないほど吹っ飛んだ。もう彼女はダメだ。意識を失い、倒れたまま微動だにしない。


 小鳥先生は異様に強かった。先生という枠の中で争いが起こることを予想していなかったのは僕たちだけではない。小鳥先生以外の全員がそう思っていたのだ。だからこそ全員のに僅かな隙が生まれ、動きが鈍くなり、反応が遅れた。小鳥先生はその瞬間も逃すことなく、更に隣にいた大崎先生の腹部に膝蹴りを食らわせていた。全員が吹っ飛ばされた水川先生に目を奪われている間も、小鳥先生は一人で戦っていたのだ。彼女は大崎先生の腹部に衝撃を与えた後、小さい体を上手く使って俊敏に動き、背後から飛び蹴りを食らわせ、最後に首元に手刀をお見舞いしていた。


 それがどれくらい短い間に行われたのか分からない。僕たちが水川先生から正面の先生たちに視線を戻した時、既に大崎先生は倒れていた。僕たちは目の前で何が起こったのか知る由もなく、茫然とその場に立ち尽くす。


 小鳥先生は次に都築先生へ向かっていた。さすがに二人がやられた後ということだけあって都築先生は小鳥先生の攻撃が見えているようだった。


 小鳥先生は動きながら声を張る。


「何ボサッとしているのですか!? 折角道を開けて差し上げたのですから、さっさと外部に助けを求めなさい! それとイリジウムケータイは国際電話と同じ要領で番号を押すのですよ!」


 直後、都築先生の突きが小鳥先生に決まり、苦しそうに脇腹を抑える。


「生徒に助言か。教師の鏡だな」


 都築先生の皮肉に小鳥先生は苦しそうに笑う。


「あなたは悪人の鏡ですわね」


 僕たちは小鳥先生の声で我に返ったように動き始める。僕は手に持っていたイリジウムケータイを西園寺さんに手渡し、身を翻した。目の前には涼葉が立っている。


「連絡は西園寺さんが取ってくれる? 僕どうしても涼葉と話がしたいんだ」


 心配そうな表情をしていた西園寺さんだけど、次に強く頷き外に飛び出して行った。一条さんと航輝は狼狽しきった表情で、僕と西園寺さんを交互に見比べている。


「西園寺さんに付いて行ってあげて」


 僕は静かに言い放った。二人はお互い顔を見合わせてから、解った、と短く返事をして西園寺さんの後に続いた。

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