第49話
狭く暗い場所で、僕たち五人はひたすら息を潜め、互いを監視し、時間を過ごした。
暗いながらも、僕は腕時計に目をやる。既に二時間ほど経過していた。ここは根気よく待つしかないな、そう思っていたちょうどその時、カチャッと扉の開く音がした。既に何度か都築先生や大崎先生が出入りしていて、扉の音がする度に僕たちは緊張の空気に包まれていた。だけど今回の音は違う。職員室と保健室の扉はスライド。開く時はガラガラと鳴る。今回の音はスライド式のそれではない。
僕たちの緊張が高まる。足音がこちらに近づいて来る。鼓動がうるさ過ぎて、相手の動きに集中できない。
足音はそのまま校舎の外へ向かった。僕は階段裏から少しだけ顔を覗かせて、それを確認。
男が暫くして戻って来た。それと同時に、僕は自分の能力を躊躇いもなく使用する。
全身透明に!!
体全部が透明になるイメージをしながら念じると、物の見事に僕は透明人間と化した。生徒たちは突然姿を消した僕に戸惑っている様子だった。
僕は構わず男に近寄る。長い時間能力を継続使用していると、精神が疲れてしまう。能力を使用するには多大な集中力が必要となるからだ。自分の中のイメージが壊れてしまうと、能力が解かれてしまうという欠点があった。これは昨日、僕が自室で試して判ったことだった。能力が覚醒したタイミングがみんなより明らかに遅い僕は、数回能力を使用したところで死に至らないだろうと判断したのだ。本当は使用する度、生きている心地がしなかったけど、そうは言っていられなかった。
男が急に立ち止まり、後ろに振り向いた。僕も慌てて立ち止まり、息を止める。男は不思議そうに廊下を眺めて何もないことを確認すると、再び例の部屋に向かって歩き出した。
僕はホッと胸を撫で下ろし、男との距離を詰める。
彼は持っていた白衣のポケットに忍ばせていたカードキーを取り出し、ドアのロックを解除する。そして、中に入った。その隙に僕もするりと中に入り込む。ドアはガチャリと音を立てて閉まった。
男が気付いている様子はない。部屋は四角く狭い。目ぼしいものも特にない。宮本さんが教えてくれた通りだった。だけど一つだけ、彼女が見落としているものがあった。
なるほど。だからこの部屋には誰もいなかったんだ!
能力の使用を解き、僕は中からドアを細く開けて廊下の様子を窺った。先生たちが出てくる気配はない。それを確認して、僕はみんなの方に向かって手招きをした。部屋をずっと見ていた彼らは僕に気付いて、足音を立てないように駆けって来る。そして、彼らも無事部屋の中に入り込んだ。
「あれ!? さっきの人は!?」
開口一番、航輝が口にしたのは誰もが思う疑問だった。入った部屋に、男の姿はなかった。
「さっきの人はここだよ」
僕は自分の立っている下を指差す。そこには取っ手の付いた蓋のようなものがあった。男は透明化した僕の前で、この蓋を開けて地下へと続く階段に足を踏み入れたのだ。
僕は男と同じように蓋を開ける。先ほどと同様に中から階段がお目見えした。
「僕たちも行こう」
随分と人数が減ってしまったが、漸くここまで来た。もうすぐ明らかにされるはずの真実に僕の表情は自然と引き締まった。
そこは研究室だった。幾つものパソコンが並んで設置されている。壁に設置された大きなモニターには校舎内の各部屋の様子、何かの居場所を特定するかのようなレーダー、X線で撮ったような誰かの体内写真などが映されていた。モニターの前には青い固定のスイッチがある。フェンスの電流解除のものだろう。その横には無造作に複雑な形をした鍵が置かれている。それはきっとフェンスの扉を閉める南京錠のものだろう。部屋の中央にはテーブルと椅子があり、シャワールームやトイレ、ベッドなども設置されていた。男がこの中で生活していたことが窺える。
僕たちの足音が響いていたのだろう、男は階段から下りてくる僕たちを待ち構えていた。怜悧な顔つきに銀のメガネ。知的オーラを携えた人物。
「よくここに辿り着けたね、悠介くん」
みんなの顔が驚きのそれに変わる。内通者を除いては。
僕はみんなより一歩前に足を踏み出した。靴の音が大きく木霊する。
「お久しぶりです、涼葉のお父さん」
帝都大学医学部附属病院に勤務するエリート医師。いつもは柔和そうに見えるその人物が、今日は冷徹な人間に見えた。
僕の衝撃発言に航輝、一条さん、西園寺さんの三人は瞳に驚愕の色を宿し、バツが悪そうにみんなから視線を逸らす涼葉を見据える。
「……う、嘘だ! 片瀬さんがスパイだなんてそんなこと……あるわけない!」
航輝が震える声で必死に訴える。
「そうだよな!? 片瀬さん! 否定してくれよ!」
だけど、彼の言葉は虚空に消えた。涼葉は航輝に応えることもなく、父親の横に付く。
「そんな……」
失望に耐えかねて、航輝が弱々しく感情を漏らす。
「ちょっと! どういうことなの!? ちゃんと説明してよ!」
涼葉たちを見ながら、僕の腕を引っ張る一条さん。だけど、僕は彼女の手を取って腕から離した。
「どういうことなのか、それを僕も聞きに来たんだ」
僕の鋭い視線は真っ直ぐに涼葉父を捉える。怒っているのか、平静を保っているのか、当惑しているのか、正直自分でもよく分からない。ただ、語調は強かった。




